1)反事実思考
トッド氏の「西洋の敗北」は、「因果推論の科学」の視点でも、興味深い本です。
例を示します。
第1の例は、「問い」です。
全ての章ではありませんが、章の頭には、「問い」が設定されます。
第1章には次のように書かれています。
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ここで真に問われなければならないのは、なぜ西洋諸国は敵国(ロシア)をこれほど過少評価してしまったかということだ。
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第2章には次のように書かれています。
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本章の目的は、次の疑問に答えることだ。「崩壊しつつある」と誰もが認識していたウクライナが、いかにしてロシアの軍事攻撃に耐え抜くことができたのか。
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第2の例は、オブジェクトとインスタンスの対応です。これは、データ(インスタンス)に基づく推論になります。
トッド氏は、ウクライナのインスタンスを特定の政策(宗教、家族構成、意思決定の方法、言語)を支持する集団であると考えます。
これは、国民国家理論の延長にあります。
国家には、複数の特定の政策を支持する複数集団があり、その集団が協調可能な場合にのみ、意思決定集団としての国家が機能すると考えています。
これは、人口社会学の問いによって、オブジェクトを把握する立場です。トッドは、宗教や家族制度が変化すると国家が変容して、意思決定ルールが変化すると考えます。このような問いは、人口社会学の言語がなければ、発することはできず、推論ができません。
第3の例は、トッド氏の推論は、反事実を多用していることです。
2)選挙の課題
トッド氏の手法を参考に、選挙の論点を考えます。
2025年7月13日のNHK「日曜討論」に与野党10党の幹部が出演し、参院選(20日投開票)へ向けて意見を戦わせました。
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自民党派閥裏金事件を受けた企業・団体献金の禁止について、自民党の森山裕幹事長(80)は「我が党は企業献金を悪だと決め付ける考え方は取っていない」とし「禁止より公開」と透明性を高めていく考えを示した。
れいわ新選組の山本太郎代表も「政策をゆがめてきた」と禁止を唱え、森山氏の「企業献金は悪ではない」という発言に対して「失われた30年、国民の購買力を奪い日本の景気停滞を起こした。大企業に減税してその穴埋めとして消費税を使っている」と主張。「国民を貧しくし、不景気でも消費税を上げ、非正規労働を拡大した。低賃金の外国人労働者を大量に入れてさらに雇用を不安定にした。これはすべて企業献金や組織票が基になっている」と批判した。
これに対して森山氏は「政党として自民党として、企業献金の額によって政策が曲げられることは全くありませんので。そういうこととはこの問題は別だと思っている」と説明した。
番組には公明党の西田実仁幹事長、日本維新の会の岩谷良平幹事長、共産党の小池晃書記局長、国民民主党の榛葉賀津也幹事長、参政党の神谷宗幣代表、社民党の大椿裕子副党首、日本保守党の有本香事務総長も出席した。
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「企業献金は悪ではない」自民・森山幹事長の発言に反論続々 立民「利権の温床」れいわ「政策ゆがめた」2025/07/13 スポニチ
https://news.yahoo.co.jp/articles/99ee5a96ed2f9d9b22aee679ea908e377067d489
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TBSは、次のように伝えています。
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「赤字国債を出して財政を悪くすることをせず、本当に困っている人、急ぐ人に手厚い手当を」
参政党 神谷宗幣 代表
「一番やりたいのは消費税の段階的廃止。5年間で200兆円の国債発行で済むので」
自・公が1人あたり2万円の給付などを公約にする一方、野党各党は消費税の減税や廃止を主張しています。
ただ、いずれの政策でも課題は「財源」。実現には少なくとも3兆円半ばから最大で30兆円と巨額の資金が必要で、「国債」つまり国の借金を財源にあげる政党も。
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「現金給付か消費減税か」財政悪化で日本国債の“信用”が課題に「金利急騰の恐怖感は底なし沼」【選挙の日、そのまえに】2025/07/13 TBS
https://news.yahoo.co.jp/articles/04dc64ccadb913841553f54cc85f961da8fdf37f
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恐ろしいことに、どの政党も、データを示していません。
恐ろしいことに、どの政党も、数的言語を示していません。
たとえば、TBSは、3兆円半ばから最大で30兆円と巨額の資金が必要といいますが、神谷宗幣氏は、200兆円の国債発行で済むといっています。
つまり、数字のレベルでの議論がまったくかみ合っていません。
トッド氏の思考法では、「何を目標とする政策か(問い)」、「誰を対象にする政策か(インスタンス)」、「政策を実施した場合と別の政策選択した場合の違い(反事実、政策効果)」の3点を明らかにしなければ、何も言えないことになります。
トッド氏の思考法は、「因果推論の科学」と共通性があります。ただし、トッド氏の思考法には、エビデンスに基づく検証はありません。
「西洋の敗北」で、トッド氏は、「西洋の敗北」は、実証が後回しになっているといいますが、この実証は、相関による検証と思われます。
トッド氏の思考法は、パラグラフの論理の延長線にあります。
たとえば、「何を目標とする政策か」では、中長期目標が必須になります。過去の少子化対策でも、科学技術政策でも、中長期目標とした政策はありません。
この中長期目標がないという問題点は、政治家だけの問題ではありません。
中長期目標あるいは、中長期計画では、問いに合わせて、複数のシナリオの中から、1つを選択する必要があります。
段落の論理には、時間概念がないので、短期と中長期の区別ができません。
逆にいえば、問いのあるパラグラフの論理でかんがえれば、最初に、短期と中長期の区別が自動的になされます。
たとえば、政策目標は、大きくわければ、経済成長と平等性の確保に分けられます。
「日曜討論」では、平等性(所得移転、所得の再配分)の議論しかでていません。
人口が減少していますので、経済成長がなければ、財政は破綻します。
まずは、歳出を減らす必要があるので、公務員の組織は縮小する必要があります。政府は、次々と新しい省庁をつくって、歳出の拡大に熱心です。
ファクトを見る限り、政府は、熱心に、財政を悪化させています。
自民党の森山裕幹事長は「我が党は企業献金を悪だと決め付ける考え方は取っていない」、つまり、「企業献金を悪だというファクトはない」という主張ですが、データは出ていません。裏金問題で、もめたように、領収証などの、ファクトはありません。
森山幹事長は、利害関係者であるので、「企業献金を悪だ」いうはずはありません。
科学の世界では、利害関係者には、発言の機会はありません。つまり、森山幹事長は、政治献金について発言する資格がありません。森山幹事長は、「私は利害関係者なので、この問題については、発言権がありません」と答えるのが、科学のルールを守った発言になります。
「日曜討論」には、パラグラフの論理も、トゥールミンモデルもありません。
「日曜討論」は、段落の論理で出来ています。この方法では、意見のすり合わせは不可能です。
3)帰納法の終わり
ある政治学者は、日本では、声の大きな政治家の政策が通るといいます。
これは、帰納法としては、事実かも知れません。
しかし、この法則を前提として、演繹法を用います。
声の大きな政治家の政策には、経済合理性がないので、経済成長はしません、
声の大きな政治家の政策には、所得再配分を考慮してないので、経済弱者問題を解決できません。
政策の設計図に書き込まれていても、効果が発生するとは限りません。
しかし、政策の設計図に書き込まれていない効果が発生すると期待することは合理的ではありません。
つまり、日本では、声の大きな政治家の政策が通るという政治学者には、このレベルの科学的な推論のリテラシーがないと言えます。
「政策の設計図に書き込まれていれば、効果が発生する」は、現状に介入して変化を起こす場合になります。
これは、現状に対する反事実のシナリオになるので、帰納法では推論できません。
現状に対する反事実のシナリオを検討するには、帰納法を捨てる必要があります。
一見すると、帰納法を捨てると、「日本では、声の大きな政治家の政策が通る」仮説を評価する基準がなくなります。学問としての客観性の基準がなくなるように見えます。
しかし、フランス革命の前には、人権も、三権分立もありませんでした。
トッド氏は、「西洋の敗北」で、西洋から、プロテスタントの宗教が失われた結果、発生した現象を論じています。トッド氏は、明確には述べていませんが、トッド氏の推論は、プロテスタントの宗教が失われた世界と、プロテスタントの宗教が失われなかった世界を比較しています。トッド氏の推論は、可能世界を認めないと成り立ちません。因果推論は、可能世界を前提としています。
「日本では、声の大きな政治家の政策が通る」と主張する政治学者は、可能世界を考えるイマジネーションが不足しています。
可能世界を考える場合には、どの可能性解がもっともらしいかを推論する判断基準が必要になります。
パラグラフの論理、トゥールミンモデル、因果推論の科学など複数の判断基準の候補があります。
ただし、推論が、段落の論理に囚われている限り、これらの判断基準に到達することはありません。