政党の終わり(1)

1)西洋の敗北

 

トッド氏の「西洋の敗北」を読んでいます。

 

この本は、それまでのトッド氏の著書にくらべると、走り書きの部分が多く、想像をしないと理解できないところがあります。

 

この本のメインテーマは、「国民国家としての西洋は消滅している」です。

 

「西洋の敗北」では、国民国家としての日本については触れられていません。

 

しかし、トッド氏の必要条件である国際貿易黒字を生み出す産業の力という点で評価すれば、国民国家としての日本は、2010年頃に消滅しています。

 

アメリカの農業生産は、減少しています。

 

日本は、農産物とその原材料を輸入しなければ生きていけません。

 

コメの価格の高騰は、全体の一部の現象ですが、システムが破綻していることを示しています。

 

トランプ大統領は、日本は、アメリカからコメを輸入すべきであると主張しています。

 

しかし、トッド氏の見立てに従えば、5年から10年以内に、アメリカは食糧の輸入国になります。

 

一方、日本は、食糧、肥料、石油を輸入する外貨を稼ぐことができなくなります。

 

この問題は、複雑なので、今後分析しますが、要点は以下です。

 

「西洋の敗北」では、トッド氏は、西洋では、国民国家が消滅したといいます。

 

トッド氏の考える国民国家の条件は、以下です。

 

<1>ある領土内のさまざまな階層の人々が共通の文化に属する

<2>経済的自立の達成(常態化した赤字ではない)

<3>中流階級を中心とする特殊な階層構造

<4>正当な他者の存在

 

<1>は、移民が増えると問題を抱えます。日本の場合には、法度体制(年功型雇用)が、維持されてきました。しかし、黒字の大企業のレイオフにみるように、年功型雇用は崩壊しています。民主主義は、本来はメリトクラシーになりますが、日本では、メリトクラシーが育っていません。つまり、トッド氏の真空状態になりつつあります。

 

<2>は、2010年頃に消滅しました。

 

<3>は、一億総中流と呼ばれた時代には、実現していました。しかし、現在では、破綻しています。

 

2023年分の民間給与実態統計調査によると、給与所得者6068万人のうち、従業員1000人から4999人の事業所で働く人が900万人(14.8%)、5000人以上の事業所で働く人が1008万人(16.6%)です。企業規模により、賃金に差があります。また、円安によって、賃金ベースが半額になってしまいました。中流階級は崩壊してしまいました。

 

<4>はファーガソンのテーゼ「人間の集団はそれ自体としては存在せず、常に他の同等の人間集団に対して存在する」に、由来します。

 

コンピュータサイエンスでいえば、分離フィルタ―の設計がなければ集団にならないといえます。1970年頃から、高度人材は、英語圏では、国を超えた共通の労働市場をもっていました。移民の受け入れは、移民が同化すれば、正当な他者は消滅します。移民が同化しない場合には、正当な他者が、国内に存在することになります。

 

日本は、移民を受け入れていませんが、日本国内に外国人が多数います。つまり、正当な他者が、国内に存在する問題を抱えています。



2)政党の問題

 

さて、参議院選挙があります。

 

トッド氏は、「西洋の敗北」では、国民国家を対象に考察しています。

国民国家の理論は、集団に対しては、概ね当てはまるはずです。

 

そこで、国民国家の理論を、政党にあてはめてみます。

 

<1>ある領土内のさまざまな階層の人々が共通の文化に属する

 

政党、あるいは、政党の支持者には、共通の文化があるでしょうか。

新興政党には、共通の文化を打ち出しているところがあります。

公明党を除く、既存政党には、共通の文化はありません。

 

共通の文化のひとつは、法度体制であり、神道(神社)です。

神社への奉納として、祭りがセットされてきた地域もありますが。人口減少によって、祭り(共通の文化)の維持は困難になっています。山車の巡行などには、共同作業が欠かせませんが、その共同作業は、主に、農閑期にある農業従事者に支えられてきました。総人口が減少し、農業従事者は、更に減りました。

 

文化をイデオロギーとしてとらえた場合、冷戦の終了までは、社会党共産党は、独自の文化を持っていたと解釈することもできます。

 

冷戦崩壊によって、ゆるやかな社会主義を掲げる社会党は分裂してなくなりました。ソ連がなくなり、中国が、社会主義市場経済を提唱した結果、共産党は、立ち位置を工夫する必要に迫られました。



<2>経済的自立の達成(常態化した赤字ではない)

 

政党の経済的自立とは、政治献金の透明性の問題です。共産党を除く政党は、独自の収入源をもっていません。与党が経済的自立を達成していると考えている国民は減っています。与党は、多額の献金をした企業のいいなりではないのかという疑問があります。これは、政党が、経済的自立を達成していないために生まれる疑問です。

 

政党助成金も、その使途が疑われています。

 

与党は、官房機密費を何に使っているか不明です。アメリカのように、時間がたったときに、公文書の公開の義務はありません。これは、合法ですが、法の支配を逸脱しています。

 

政党助成金の使途も、官房機密費のように、怪しいと考える国民が多くなっています。

 

制度上は、政党助成金は、一括して政党に渡さずに、会計検査院などがあずかり、領収証を確認してから振り込むことは可能です。

 

政党助成金は、新政党には、既得権を維持するハードルになります。

 

<3>中流階級を中心とする特殊な階層構造

 

中流階級は、崩壊しました。老後の貧困対策にNISA(株式投資)を進めることは、正気ではありません。最大の問題である貧困層は投資ができません。政府は、わずかな給付金で、貧困対策をつくろっています。貧困が拡大した原因は、消費税の増税法人税の減税です。さらに、円安、インフレによって、家計から、企業への所得移転が起きたことが原因です。一方、30年間生産性は、まったく上がりませんでしたので、貧困が拡大しました。

トッド氏は、アメリカは、0.1%(400人)の富裕層と、10%の上中流層と、90%の貧困層から出来ているといいます。

 

90%の貧困層に、増税する、あるいは、10%の上中流層に減税すると、アメリカ社会は崩壊してしまいます。富裕層のマスク氏は、減税法案に反対しました。しかし、法案は、上中流層の賛成で、成立しています。

 

日本の上中流層は、大企業で働く15から30%です。上中流層は、マイノリティになりました。日本もアメリカと同じようにコアな中流階級の喪失という構造問題を抱えています。

 

中流階級が、マイノリティになった結果、政党は安定した支持基盤を失いました。

 

これは、過去30年間の政策によって、生み出された結果です。

 

<4>正当な他者の存在

 

社会党が健在の時には、自民党の他者は、社会党であり、労働組合でした。

 

自民党は下野して、民主党政権になりました。

 

その後、自民党は、政権を取り戻しますが、民主党よりの政策を採り入れました。

 

このことによって、自民党は、民衆党よりの有権者の票を獲得できました。

 

しかし、このことは、自民党が、正当な他者を失ったことを意味します。

 

正当な他者を失った自民党は、集団としての維持が困難になり、内部分裂を繰り返しています。政策は、まったく見えなくなりつつあります。

 

石破首相は、2025年6月11日の党首討論で給付金に否定的なことを言ったのに、2日後には物価対策として給付金を実施する方針を発表しました。

 

これでは、政党が何をするのか、みえまえせん。

 

トッド氏の分析では、正当な他者の存在がなくなると、集団は、目標を失い、崩壊します。

 

正当な他者の存在がなくなった問題は、野党も共有しています。

 

野党は、与党を明確な他者として、政策を組み立てることができなくなっています。

 

与党と野党の政策は似通っています。消費税を減税しても、歳出を削らなけば、問題は解決できません。野党が、歳出を削れば、野党は与党より小さな政府を目指すことになります。野党は、そこまで右寄りのリバタリアンの政策をとるつもりはありません。

 

しかし、人口が減っているので、生産性の低い歳出を削らなければ、財政は破綻します。



3)まとめ

 

国民国家の理論は、政党政治の分析に使えそうです。

 

トッド氏は、ロールズの1971年の「正義論」は、「最貧層の幸福に起用する限りは不平等を容認する」社会的な賭けであったと批判しています。

 

経済学の理論は、2つのパーツから出来ています。

 

第1は、効率性優先の市場原理の世界です。この理論は、微分係数を最大化すればよいので、数学的には、微分可能であれば、簡単です。

 

第2は、ロールズが問題にした平等性の世界です。

 

トッド氏は、ロールズ「正義論」は失敗作であったと考えています。

 

しかし、平等の正義の問題は避けて通れません。

 

貧困が拡大した原因は、消費税の増税法人税の減税です。さらに、円安、インフレによって、家計から、企業への所得移転が起きたことが原因です。

 

これは、言うまでもなく、経済的弱者から経済的強者への所得移転になります。

 

これは、不平等を拡大する政策です。

 

年功型賃金で、所得の低い若年層が、高齢者を支えることは、経済的弱者から経済的強者への所得移転になります。

 

実際には、所得の低い若年層から高齢者への所得移転は、困難を伴います。

 

その結果、所得の低い若年層の所得税は、(103万円の壁のように)低くなっています。しかし、この方法では、税負担する国民の割合が減少して、コアな中流階級の喪失をまねきました。民主主義が崩壊します。

 

また、消費税を通じた所得の低い若年層から高齢者への所得移転は、残っています。

 

つまり、この問題の解決には、所得移転の正義が不可欠です。

 

筆者は、ロールズが失敗した原因は、数的言語を持っていなかったためであると考えます。

 

ジニ係数のような数的言語を使って、平等の正義を定義(所得移転のアルゴリズムを定義)していれば、貧富の差の拡大を押さえることができたはずだからです。

 

数的言語を持たない政治学者は、問いを立てられないと思います。