WYSIATI(1)

質問Geimini

 

ダニエル・カーネマンが提唱した**WYSIATI(What You See Is All There Is:見えているものがすべてである)**というバイアス>に関する質問です。

 

質問1:

 

経済学者は、経済モデルのダイアグラムにのらない変数を無視するWYSIATIがあるように思われます。

 

例えば、消費者の主観は経済活動に影響を与えます。

 

単純な因果モデルを考えれば、消費者の主観に影響を与える因子(原因)には、次のようなものが考えられます。

 

正規雇用であれば、将来の収入のバラツキが大きくなるので、同じ年収でも、消費を控える。

 

実質賃金がさがり続ければ、将来の賃金の減少をみこして、消費を控える。

 

マクロ経済スライドで、将来の年金が下がることが確定していれば、消費を控える。

 

年功型組織で、企業は新規事業の展開に失敗して、レイオフを行っていれば、将来のレイオフを想定して消費を控える。

 

年功型組織で、企業が工場を海外に移転する計画をすすめている場合には、国内でレイオフがおこる可能性が高いので、消費を控える。

 

しかし、経済学者は、こうした交絡因子を全て無視して、ルーカスの合理的期待のみを仮定しています。

 

また、経済活動に影響を与える消費者の主観は、媒介変数レベルでしか計測されませんので、交絡因子の無視が続き、ルーカスの合理的期待が検証されない構造になっています。

 

この理解は妥当ですか。

 

質問2:

 

WYSIATIを回避する手法として、レイヤーモデルは有効であると考えられますか。

 

たとえば、生態学では、物理レイヤー、化学レイヤー、生物レイヤーを考えます。

 

例外がありますが、基本的には、下層のレイヤーが上層のレイヤーを規定すると考えます。

 

湖の水質は、水の物理的な性質で循環が決まり、循環ともなって、化学物資が移動して反証し、化学物資(水質)によって、生物層が影響をうけると考えます。

 

魚は、物理的な変化によって推進しますが、この活動が湖の循環に与える影響は無視できると仮定しています。これは、レイヤーの分離に対応しています。

 

生態学のレイヤーモデルには、認知バイアスがあります。それは、物理レイヤーが、太陽エネルギーの支配をうけると仮定している点にあります。温暖化が問題になっている事実は、物理レイヤーが、石油と石炭由来のエネルギーの影響をうけているという事実を示しています。石油と石炭由来のエネルギー収支を扱った生態系モデルは、現時点では、例外になります。とはいえ、物理レイヤーを見える化することで、このような検討が可能になる点は、重要です。

 

解答Gemini

 

ご提示いただいた洞察は、経済学のモデル構築における「認知的限界」と、それを突破するための「システム的アプローチ」の核心を突いています。

特に、経済学におけるWYSIATI(見えているものがすべてである)の指摘と、それに対するレイヤーモデルの有効性についての議論は、非常に論理的で説得力があります。

 

質問1:経済学におけるWYSIATIとルーカス批判の逆説

 

ご指摘の理解は、現代の行動経済学制度派経済学の視点から見ても、極めて妥当であると考えられます。

経済学者が「将来の不安」や「雇用形態による主観の差」を無視しがちな背景には、以下の3つのWYSIATIが潜んでいます。

  1. 代表的個人(Representative Agent)のバイアス:
    マクロ経済モデルの多くは、社会全体を一つの「平均的な個人」として扱います。これにより、ご指摘のような「非正規か正規か」という**構造的な差異(ヘテロジェニティ)**がダイアグラムから消去され、結果としてそれらが消費に与える因果関係が見えなくなります。
  2. 合理的期待形成の「モデル内完結」:
    ルーカスの合理的期待形成は本来、「人々は利用可能なすべての情報を使って予測する」という仮説ですが、実際のモデル構築では「利用可能な情報 = モデル内の変数」に限定されがちです。つまり、**「モデルに載らない不安要素は、合理的個人にとって存在しないも同然である」**という循環論法(WYSIATI)に陥っています。
  3. 計測の困難性による排除:
    「主観」や「将来不安」はアンケート調査などでしか計測できず、GDP金利のような「硬いデータ」と同列に扱いにくいという技術的制約があります。パールが言う「データ表現優先パラダイム」に従えば、**「計測できないものは、因果図のノード(変数)として登録されない」**ため、永遠に無視され続ける構造になっています。

質問2:WYSIATIを回避する手法としてのレイヤーモデル

 

レイヤーモデル(階層モデル)は、WYSIATIを回避するための強力な解毒剤になり得ます。

レイヤーモデルが有効な理由

通常のフラットな因果ダイアグラムでは、目に見える強い相関(例:可処分所得 $\to$ 消費)に目を奪われます。しかし、レイヤーモデルを採用することで、以下のような「垂直的な視点」が強制されます。

  • 存在論的なチェックリスト: 「経済レイヤー」だけでなく、「制度レイヤー(雇用慣行)」「心理レイヤー(主観的期待)」「物理・生命レイヤー(エネルギー・人口)」を重ねることで、**「今、自分はどの階層の変数を見落としているか?」**という問いが自然に生まれます。
  • 交絡因子の特定: 経済活動(上層)の変化が、実は雇用制度や社会保障(下層)の変化によって規定されているという「下層からの制約」を可視化できます。

生態学モデルの教訓:分離と相互作用

ご提示いただいた生態学の例は非常に示唆に富んでいます。

魚の動きが湖の循環に与える影響を無視する「レイヤーの分離」は、**モデルの計算可能性(認知負荷の軽減)**のためには必要です。しかし、温暖化の例が示す通り、レイヤー間の「フィードバック・ループ」を見落とすと、モデルは破綻します。

  • 経済への適用: 「ルーカスの合理的期待」を一つのレイヤー(心理・期待レイヤー)として独立させ、その下層に「制度・構造レイヤー(非正規雇用の拡大など)」を配置すれば、**「下層の変化が上層の期待形成プロセスそのものを変容させている」**という因果関係を記述できるようになります。

 

結論

 

見える化(ダイアグラム)」は思考を助けますが、同時に「描かれたもの以外を排除する」という強力なバイアスを生みます。

  1. 経済学の現状: ご指摘の通り、計測の難しさやモデルの簡略化を優先するあまり、構造的な交絡因子を無視したWYSIATI状態にあると言えます。
  2. レイヤーモデルの意義: 異なる抽象度の階層を「重ね書き」することで、単一レイヤーでは見落とされる交絡因子を強制的に視野に入れる(見える化する)ことができるため、非常に有効なアプローチです。

 

 

限界国家日本(18)経済モデルの間違い(1)

1)前書き

 

おことわり。今回の説明は、脳に優しくありません。理解しにくいと感じた場合には、スキップしてください。今回の内容は、後で読み返せば、納得できると思います。

 

今回の説明を簡単なイメージで説明すれば、次になります。

 

気象庁は天気予報を出しています。

 

天気予報は、外れることがありますが、気象庁は天気予報が外れた理由をアドホックな仮説(後付け説明)で説明しません。

 

気象庁は、「天気予報が外れた理由は、天気予報のモデルに改善すべき点が残っていたから」であると考えています。

 

こうして、気象庁は、天気予報のモデルに改善を加え、最近の天気予報の精度は、劇的に改善してます。

 

政府と日銀は、経済予報を出しません。政府と日銀は、金利の変更などの政策効果を含めた経済予測を出しません。

 

これでは、「経済予報モデルがあっていたのか/間違っていたのか」の検証ができません。経済学者は、経済は、合意的期待で動くといいます。

 

経済予報を出して、それが、ある程度当たれば、経済予報が、合意的期待になります。

 

期待される経済予報の最低限の精度は非常に低いものです。最低限、経済が良くなるか、経済が悪くなるかがわかれば十分です。

 

つまり、合意的期待とは、経済予報によって、制御が可能です。

 

経済学者は、次のループがあるといいます。

 

期待→経済→期待→経済

 

このループがあると、「経済」という船は、ドリフトしてきます。市場均衡は成り立ちません。

 

このドリフトモデルは、ソロス氏のモデルです。

 

主流の経済学のモデルは、ドリフトがあっても、市場均衡は成り立つという数学的に破綻したモデルになっています。

 

市場均衡が成り立たないというソロス氏のモデルは、主流の経済学では、異端になっています。

 

ドリフトがあっても、市場均衡は成り立つというモデルは、ドリフト量を計算したあとで、市場均衡計算で、船をもとの位置(中央)に戻す計算をしていることになります。

 

経済学者は、ドリフトがあるので、経済予測が外れるといって、経済予測を公開しません。

 

ドリフトがあるので、経済予測が外れるという主張は、経済モデルが破綻していることの言い換えにすぎません。

 

それでは、「経済モデルが破綻している」ことは確かでしょうか。

 

2)経済学は科学か

 

経済学者は、次のような前提を暗黙に共有しています。

  • 観測不能な内部状態(期待・信用需要)を仮定してよい
  • proxy (代替指標)があれば内部状態を推定できるとみなしてよい
  • モデルは現実の“近似”として扱ってよい
  • 構造変化が起きても、後付けで説明してよい

これは、経済学という学問の内部での“常識”です。

 

しかし、この「経済学という学問の内部での“常識”」は、制御工学・科学哲学・データサイエンス・コンピュータサイエンス・数学・疫学・バイテクからは、経済学が、科学基準を満たしていない証拠と判断されています。

 

経済学が「科学基準」を満たさない結果、次のリスクが生じます。

 

  1. 循環論法(自己正当化ループ)

 

・観測不能な内部状態(期待・信用需要)を仮定し、

・その仮定を使って観測を説明し、

・その説明をもって仮定を正当化する。

制御工学・数学では即アウトですが、経済学では常態化しています。

 

  1. 構造的過学習(構造が変わるたびにモデルが破綻)

 

経済は制度・行動・期待が変わるため、同じ構造が長期間維持されない。

そのため:

  • 過去データで学習したモデルは未来で必ず破綻
  • 破綻すると「構造変化があった」とアドホックな仮説(後付け説明)
  • その説明をもとにまた新しいモデルを作る
  • しかしまた破綻する

という 永続的過学習サイクル が発生します。

 

  1. 不可観測変数への依存(ブラックボックス化)

 

制御工学では内部状態が推定できなければ制御不能ですが、経済学は内部状態を「あることにして」議論を進めます。

結果として:

  • 期待
  • 信用需要
  • リスク選好
  • 制度的制約

など、観測不能な変数がモデルの中心に置かれ、ブラックボックスブラックボックスのまま扱うという危険が生じます。

 

  1. 反証不能性(アドホック仮説の無限増殖)

 

科学哲学の基準では、反証可能性がない理論は科学ではありません。

しかし経済学では:

  • 予測が外れたら「期待が変わった」
  • 効果が出なければ「制度が変わった」
  • モデルが破綻したら「ショックがあった」

という アドホックな仮説(後付け説明)が無限に追加されます。

これは宗教的説明と構造が同じです。

 

  1. 政策の制御不能性(入力が効かない)

 

制御工学の基準では、入力が状態を動かせなければ制御不能

経済政策では:

  • 金利を下げても貸出が増えない
  • マネタリーベースを増やしても信用創造が起きない
  • 財政支出を増やしても乗数が安定しない

つまり、入力(政策)が状態を動かさない。

にもかかわらず、政策は続けられます。

 

  1. モデルの自己目的化(制度の正当化装置になる)

 

数学・コンピュータサイエンス・データサイエンスでは、モデルは現象を説明するための道具です。

しかし経済学では:

  • モデルが制度を正当化する
  • 制度がモデルを補強する
  • その循環が学問の権威を支える

という 制度=モデルの自己強化ループ が生じます。

 

  1. 政策失敗の不可視化(責任の所在が曖昧になる)

 

制御工学では、制御が失敗したら原因を特定できます。

経済学では:

  • モデルが悪いのか
  • 制度が悪いのか
  • 期待が変わったのか
  • 外生ショックなのか

が識別できません。

 

結果として、

政策失敗の責任が誰にも帰属しない

という危険が生じます。

 

  1. 社会的コストの増大(誤った政策が長期化)

 

科学基準が弱いと、誤った政策が長期に続きます。

  • 失敗しても反証されない
  • 後付け説明で延命される
  • モデルが制度を正当化する
  • 制度がモデルを補強する

このループが続くと、

社会的コスト(失業・停滞・格差)が累積 します。

 

3)補足

 

「経済学という学問の内部での“常識”」は、ルーカス批判と市場均衡モデルに対応しています。

 

ルーカス批判は、<構造的過学習(構造が変わるたびにモデルが破綻)>をまったくクリアできていません。

 

経済学の文献の99%は、ルーカス批判と市場均衡モデル(帰納法)が使えるという前提で書かれています。AIは、そのような前提で書かれた経済学の文献で学習しています。なので、AIに、ルーカス批判と市場均衡モデル(帰納法)が間違いであることを認めさせることは、容易ではありません。

 

上記の<経済学が「科学基準」を満たさない結果のリスク>の内容は、AIが確認したものです。

 

しかし、翌日になると、AIは、<経済学が「科学基準」を満たさない結果のリスク>を忘れて、ルーカス批判と市場均衡モデル(帰納法)が正しいと言い出します。

 

なお、経済学には、「 反証不能性(アドホックな仮説(後付け説明)の無限増殖)」があります。

 

ルーカス批判の疑問点をAIに聞くと、疑問点を解決するアドホックな仮説(後付け説明) が次々に紹介されます。これでは、議論が不可能になります。

 

市場均衡モデルは、帰納法であるため、どんなにパラメータを調整しても、推論の道路が曲がっている場合には、未来を予測することはできません。ルーカス批判は、この帰納法の罠にかかっています。

 

因果推論の科学のパールは、経済学モデルの問題点を整理しています。その論文は、和訳されていませんが、AIに「パールの経済モデル批判」を聞けば、日本語の説明を受けることができます。

 

ソロス氏のモデルや行動経済学のように、市場均衡モデルを使わない経済モデルもありますが、異端扱いになっています。

 

限界国家日本(17)未来の方角の道路は曲がっているか

1)未来の方角の道路

 

帰納の二段モデルではなく、パースの三段モデルを使う必要がある場合は、未来の方角の道路が曲がっている場合になります。

 

それでは、どのような場合に、未来の方角の道路が曲がっていると考えられるでしょうか。

 

道路が曲がっていると判断できるヒントはあるでしょうか。

 

実は、多くの場合、この質問の解答は容易に得られます。

 

その理由は簡単で、道路を曲げたい人がいるからです。

 

推論の道路の例をあげて説明します。

 

ある過疎地域の自治体の人口を考えます。

 

この自治体の人口の過去のデータは、継続的に人口減少が起きていることを示しています。

この人口データを直線のトレンドにあてはめると、トレンド直線が得られます。

道路の比喩で説明すれば、このトレンド直線は、過去の方角の道路です。効果的な少子化対策がない場合には、未来の方角の道路は、このトレンド直線の上にあると思われます。

 

赤い点線のトレンド直線の上にある未来の道路を進むことは、人口が減少し続けることに対応しています。

 

過疎地域の自治体の人口の首長(市長)は、人口の減少を止めたいと考えています。

 

つまり、過疎地域の自治体の人口の首長(市長)は、未来の方角の道路を過去の方角の道路のトレンド直線の上ではなく、曲げたい(人口の減少を止めたい)と考えています。市長は、少子化対策の政策を行って、トレンドに介入して、緑色の点線の方向に道路を曲げたいと考えています。

 

道路を曲げたい政治家がいて、予算を投じて道路工事に着工しています。

 

この状況で、未来の方角の道路が過去の方角の道路のトレンド直線の上にあると考える根拠はありません。

 

予算を投じて道路工事を始めることを介入といいます。介入後の道路は反事実と呼ばれます。

 

一方、道路工事がない場合、過去の道路のトレンド直線の上の未来の道路は、事実と呼ばれます。つまり、介入によって、未来の道路は、事実から反事実に移設されたと考えます。

 

 

 

図1 推論の道路

         

整理すると次になります。

 

介入(道路工事)がない場合:

 

事実:未来の道路は過去の道路のトレンド直線の上にある。

 

介入(道路工事)がある場合:

 

反事実:未来の道路は過去の道路のトレンド直線の上ではなく、工事による移設先にある。

 

未来のことを事実と呼ぶことは、日常言語の使い方ではありませんが、因果推論の科学では、この用語を使います。

 

事実(定常過程)帰納の二段モデルが使える

 

時間     過去→現在→未来

因果モデル  A → ・ →  A(事実)

 

反事実(非定常過程):帰納の二段モデルが使えない(帰納の二段モデルの罠)

 

時間     過去→現在→未来

因果モデル  A → ・ →  B(反事実)

 

多くの政策の目的は、現状に介入する道路工事を目指しています。

介入の目的は、既存の因果関係の破壊にあります。

 

つまり、政策の効果を考える場合には、道路が曲がっているという前提で、帰納の二段モデルではなく、パースの三段モデルを使う必要があります。

 

現在の日本の社会科学者の多くが、

  • パースの三段モデル(アブダクション)は非科学的だ」
  • 「バックミラー(帰納)さえ磨けば前方(未来の方角の道路)が見える」 という幻想を持ち続けています

多くの社会科学者は、未来の方角の曲がった道路を、過去の方角の道路の延長上にあるという(帰納の二段モデルの罠)に嵌っています。

 

この問題に関する正式な統計はありませんが、Geminiの社会科学研究者を対象にした推定は以下になります。

 

近年の学術動向や方法論の普及状況から推測すると、「意識的にパースの三段モデルを用いている人」はまだ少数派(全体の2〜3割程度)であり、残り7〜8割近くの多くの研究者は、実質的に帰納の二段モデル、あるいはアブダクションを「帰納」の一部として混同して運用しているのが現状ではないかと考えられます。

 

2)疑似介入

 

1点、混乱しないように注意をしておきます。

 

過疎地域の自治の人口の首長(市長)は、過去に、人口の減少を止めたいと考えていました。

 

予算を投入して道路工事をしましたが、人口の減少は止まりませんでした。

 

これは、簡単に言えば、道路工事が失敗して、道路が曲げられなかった場合に相当します。

 

つまり、介入するつもり(計画)でしたが、介入は失敗しています。

 

道路工事が成功した場合(介入ができた場合)と道路工事が失敗した場合(介入ができなかった場合)を区別する必要があります。

 

介入するつもり(計画)でしたが、介入が失敗した場合を疑似介入と呼ぶことにします。

 

介入するつもり(計画)で、介入が成功した場合を真の介入と呼ぶことにします。

この用語を使うと次の整理ができます。

 

介入 = 真の介入 + 疑似介入

 

エビデンスに基づく政策決定(EBPM)とは、疑似介入を排除して、真の介入を抽出するプロセスになります。

限界国家日本(16)推論エンジン(4)

8)探究の学習と正解のない問い

 

探究の学習(探究の論理)は、パースの同僚でもあったデューイによって提唱されました。

 

探究の論理とは、パースの三段モデルを指します。

 

認知科学によると認知負荷には、次の大小関係があります。

 

照合 < 帰納 < アブダクション

 

照合の推論は、1分以内でできます。

 

帰納の推論は、1時間以内でできます。

 

アブダクションは、専門知識があり、十分なトレーニングをうけていない場合には、少なくとも、数日かかります。

 

アメリカのカリキュラムでは、本格的なアブダクション(パースの三段モデル)は、大学院のカリキュラムになっています。

 

日本では、戦後のGHQの占領下から始まって、探究の学習をカリキュラムに取り入れる試みが数回なされ、全て、失敗に終わっています。

 

これは、認知負荷を無視したカリキュラムは実現不可能なので、当然の結果です。

 

アブダクションの教育は、論理的な文章の書き方、帰納の二段モデルをクリアした後でなければ、不可能です。

 

探究の学習は、こうした認知ステップを無視しているので、その実態は、ぼぼ100%照合の二段モデル(照合→演繹)になっています。

 

照合の二段モデル(照合→演繹)を簡単に言えば、前例主義、権威主義です。解答がどこかにあると考えて、解答をコピーする推論です。

 

制限時間のあるペーパーテストで、評価できる推論は、照合の二段モデル(照合→演繹)になります。ペーパーテストで選抜された官僚は、照合の二段モデルの達人です。

 

制限時間のある有識者会議で使える推論は、照合の二段モデル(照合→演繹)になります。

 

照合の二段モデル(照合→演繹)の典型は前例主義です。

 

こうして、海外で流行している探究の学習(探究の論理、前例)が、照合の二段モデル(照合→演繹)で導入されています。

 

アブダクションが理解できた読者には、「正解のない問い」とは、帰納の二段モデルが使えない世界、あるいは、さらに単純化した照合の二段モデル(照合→演繹)が使えない世界をさしていることが理解できると思います。

 

デューイが探究の論理の必要性を主張した根拠は、帰納の二段モデルが使えない世界があるという事実に基づきます。

Copilotに、<教育カリキュラムのコンテキストで、「正解のない問い」とはどういう意味ですか>と聞くと、次の表が得られます。

 

従来の問い

正解のない問い

正しい答えを再現する

自分の答えを構築する

教師が答えを持っている

学習者が答えをつくる

手順を覚える

前提・根拠・価値観を扱う

知識の定着

思考のプロセスの可視化

 

これは、現在の教育界で理解されている探究の論理の内容です。ここには、パースの三段モデルの視点はありません。

 

ここには、帰納の二段モデルが使えない世界はありません。

 

9)大前研一氏の理解

 

大前研一氏は、「正解のない問い」を「答えがない時代」の教育と読んで次のように分析しています。(筆者要約)

日本の教育というのは、明治維新から戦後にかけては欧米に答えがあり、それに追いつき追い越せということでやってきました。答えのある世界で、早くその答えを覚えて、消化して、実行していくという教育です。その方向性の中で、工業化社会や大量生産・大量消費を前提としながら、比較的グレードの高い人たちを大量につくっていくという教育制度でした。

 

ところが、21世紀になると、まるで違う状況が生まれました。欧米にも答えがないのです。誰も答えを持っていません。そういう状況に置かれて、いったいどうすればいいのかということになりました。

 

こういう問題に対して、実は文科省自体が答えを見いだすことができていないのです。

 

メーカーにしろサービス業にしろ、一般の企業ではどんなものを売ろうかとなった時に、まず商品のコンセプトを考えて、それをどうやってつくっていくか、ということを検討します。

 

21世紀の教育というのは、見えないものを見る力、0から1を生む構想力──こういったものを育んでいくようなものでなければなりません。

<<

文科省教育の限界 「答えがない時代」の教育のあり方とは 2022/05/18 Newsポストセブン

https://www.news-postseven.com/archives/20220518_1753636.html?DETAIL

>>

 

ここで、「欧米に答えがあり、早くその答えを覚えて、消化して、実行していくという教育」とは、照合の二段モデル(照合→演繹)をさしています。

 

一方、次の部分は、明らかにアブダクションに対応しています。

 

メーカーにしろサービス業にしろ、一般の企業ではどんなものを売ろうかとなった時に、まず商品のコンセプトを考えて、それをどうやってつくっていくか、ということを検討します。

 

21世紀の教育というのは、見えないものを見る力、0から1を生む構想力──こういったものを育んでいくようなものでなければなりません。

 

ただし、大前研一氏は、アブダクションという単語を使っていません。

 

アブダクションは、日本では、ほとんど理解されていないことがわかります。

 

10)Point  of no return

 

アブダクションは、空をつかむような話におもわれるかも知れないので、補足しておきます。

 

「失敗の本質」を照合の二段モデル(前例主義)で読む方法が、ケースタディです。

 

一方、「失敗の本質」を自分が司令官であったとしたら、何が出来たかという視点(アブダクション)で読む方法がケースメソッドです。ミッドウェー海戦であれば、海戦が始まる前に、海戦の結果は未知であるとして、自分が司令官であったとしたら、どのような作戦を立てられたかを考えます。よりよい代替案(反事実)があったかを検討します。

 

この状況は、将棋や囲碁に似ています。

 

将棋や囲碁では、次の相手の手はわかりません。しかし、相手が最も成果をあげる手を狙ってくると考えれば、可能性のある手は限られてきます。

 

ですから、アブダクションを使えば、無限に多くのパターンを想定することにはなりません。

 

読者がミッドウェー海戦の司令官であったというケースメソッドをつかった場合、アメリカ軍の攻撃パターンは、限定されています。アメリカ軍の司令官が合理的な判断をすれば、打てる作戦は絞られます。

 

将棋には、投了があります。

 

投了とは、この先、どの手を打っても勝ち目がないとわかった時点をさします。

 

投了は、戦略では、Point  of no returnと呼ばれます。

 

Point  of no returnは、全ての代替案(反事実)を使っても、海戦にかてない場合に相当します。

 

ケースメソッドが有効な範囲は、状況がPoint  of no returnに達していない場合になります。

 

状況がPoint  of no returnを越えている場合には、アブダクションは無効です。

 

状況がPoint  of no returnを越えている場合は、Game overといえます。

 

日銀は、2025年12月に、政策金利を0.5%から0.75%へと利上げしました。

 

2026年1月13日に、10年国債利回りは、2.160%まで上昇しました。

 

長期金利(10年国債利回り)が、2%をこえると、借入が多く、利益率が低い中小企業が倒産する確率が高くなります。

 

一方、円安をとめて、物価を安定させるためには、利上げが必要です。

 

日銀は、日本経済のエンジンの馬力を無視した経済モデルで、インフレが続けば、実質賃金があがることを期待しているか、期待しているふりをしています。

 

しかし、エンジンの馬力を無視した経済モデルは間違っているので、実質賃金があがることはないと思われます。

 

つまり、日銀の金利政策は、Point  of no returnを越えて、既に、Game overが決定していると考えることができます。

限界国家日本(15)推論エンジン(3)

5)アブダクション

 

推論エンジンを理解する上で、最大のハードルは、アブダクションの理解です。

 

アブダクションの説明がうまく出来るか、チャレンジしてみます。

 

最初に注意しておくことがあります。

 

アブダクション」という知らない単語がでてきたので、辞書を引いて単語の定義を調べる人もいると思います。

 

この方法では、アブダクションの理解に100%失敗します。

 

定義は、単純化です。単純化のプロセスで、アブダクションの理解に必要な情報がドロップアウトしてしまいます。

 

アブダクションを理解するためには、アブダクションが使われるプロセスを理解する必要があります。

 

6)パースの三段モデル

 

人間の脳は、連続分布、連続的な時間変化を理解できません。

 

最初から厳密さを追及すると脳が、拒否反応を示します。

 

脳に理解させる有効な方法は、厳密さを犠牲にした単純な例を使って、まずは、脳に納得してもらうことです。厳密さは、ここをクリアした後で、追加する二段戦略が効果的です。

 

時間を現在を中心にして、過去と未来に分けます。過去と未来の因果モデルが一致する場合と一致しない場合があります。一致する場合は定常過程、一致しない場合は非定常過程と区別できます。

 

この表現は、抽象的すぎて分かりにくい(脳は納得できない)です。

 

そこで、推論の道路の比喩で説明します。

 

読者は、現在という道路の地点にいます。そこから、過去の方角と未来の方角に道路がつながっています。ただし、過去の方角の道路は見ること(既存データを見る)ことができますが、未来の方角の道路は見ること出来ません(まだ、データがありません)。

 

 

 

 

図1 推論の道路

 

読者は、この道路で自動車を運転しています。「過去の方角の道路を見ること(既存データを見る)ことができる」は、「バックミラーに映っている風景を確認できる」ことに対応しています。

 

自動車の前方の風景は、未来にあるので、よく見えません。自動車の前方の風景は、霧の中にあって、よくみえないイメージです。

 

自動車が前に進む(時間がたつ)と未来の風景のデータは順次取得できます。この方法は、前向き研究と呼ばれます。これに対して、バックミラーに映っている風景を見る研究手法は、後ろ向き研究と呼ばれます。

 

自動車を前に進める場合を考えます。

 

図1の赤線は、過去の道路に帰納をつかって、近似して作った線です。

 

過去の道路の赤い点線の延長線(外挿)に未来の道路があるという推論は、帰納の二段モデル(帰納→演繹)になります。

 

未来に向けて、後ろ向き研究のデータにもとづく帰納の二段モデルを使うことは、バックミラーをみながら直進することに相当します。

 

帰納の二段モデルは、未来に向う道路が曲がっている場合には使えません。道路が真すぐな場合(過去の道路のラインの外挿に未来の道路がある場合)であれば、バックミラーに映っている風景を見ながら、真すぐ前に進んでも(帰納の二段モデルをつかっても)、崖から墜落することはありません。

 

しかし、道路が曲がっていると、崖から墜落してしまいます。

 

道路が曲がっている可能性があるとき、崖から墜落しないためには、どのような推論をすべきでしょうか。

 

哲学者のパースは、130年前に、道路が曲がっていると、帰納の二段推論では、崖から墜落してしまうこと(帰納の二段モデルの罠)に気が付きました。

 

パ―スの崖から墜落しない推論(パースの三段モデル)を説明します。

 

崖から墜落しない推論は、常識的なものです。

 

最初のポイントは、バックミラーを見ないで、前を見ることです。

 

これは前向き研究に相当します。

 

過去のデータではなく、リアルタイムで、前を見なければなりません。

 

前方には霧がかかっているので、見通しが非常に悪いですが、それでも、バックミラーを見てはいけません。

 

最初に、赤い線にそって、ハンドルを固定します。

 

これは、帰納にしたがって、ハンドルを固定して、前に進めば道路が見えて来るはず(演繹)という推論です。ここまでは、帰納の二段モデルを使っています。

 

前方に見えてきたデータが道路ではなく、ガードレールであった場合には、そのまま進めば墜落します。

 

つまり、前方には、道路が見えるはずでしたが、想定外のガードレールが見えました。

パースは、「想定外のガードレール」を「驚くべき事実」と呼びます。

 

「驚くべき事実」が見つかったことは、帰納の二段モデルの使用を中止しなければならないことを意味します。

 

そこで、「過去の道路の赤い点線の延長線(外挿)に未来の道路があるという推論(仮説)」を捨てる必要があります。

 

過去の経験は役に立たないことがわかったので、破棄する必要があります。

 

この先の道路は、この向きにあるはずという仮説を作成する推論は、アブダクションと呼ばれます。

 

ここでのポイントは、バックミラーの風景は参考にならないという点にあります。前方は霧の中にありますが、鳥の鳴き声や、前方の自動車のエンジン音など参考になるデータがあれば、使います。

 

アブダクションの結果にしたがって、ハンドルを右に30度切ったとします。この30度が正しい方向であれば、前に進めば道路が見えて来るはず(演繹)です。実際に進むと、データが得られます。このデータと見えて来るはずの道路が一致していれば(帰納)、仮説(ハンドルの角度)は正しいと言えます。

 

前方に見えてきたデータが道路ではなく、ガードレールであった場合には、そのまま進めば墜落します。

 

つまり、前方には、道路が見えるはずでしたが、想定外のガードレール(驚くべき事実)が見えました。

 

この場合には、アブダクションにもどって、仮説(ハンドルの角度)を修正します。

 

つまり、1サイクルは、(アブダクション→演繹→帰納)になり、このサイクルを繰り返して、前に進みます。繰り返しをn回行った場合、パースの三段モデルは、次になります。

 

パースの三段モデル(アブダクション→演繹→帰納)^n

 

一般には、nを省略して、次のように書きます。

 

パースの三段モデル(アブダクション→演繹→帰納

 

パースの三段モデルとは、霧深い道路を恐る恐る、注意して前向き研究でデータをとりながら、カメのように前に進むイメージになります。アブダクションとは、この先の道路がどちらを向いているかという仮説を作成するプロセスになります。

 

アブダクションのイメージが少しは理解できたでしょうか。

 

アブダクションは、非常に非効率です。これは、認知科学でいえば、認知負荷が大きいことに対応します。つまり、アブダクションをするには、帰納の二段モデルを封印することが必要条件になります。しかし、十分条件を満たすハードルは、更に、高いです。

 

アブダクションの定義には、アブダクションは、帰納、演繹に続く第3の推論であると書かれているモノが多いです。しかし、この説明では、アブダクションの理解は不可能です。そもそも説明を書いている人が、アブダクションを正しく理解していない可能性が高いです。

 

7)崖から墜落しない方法

 

最後に、一番重要な点を繰り返します。

 

バックミラーを見て運転する帰納の二段推論は、ガードレールが見えません。

 

前方をみていないので、ガードレール(驚くべき事実)が見えません。

 

つまり、自動車の運転に失敗したことは、崖から墜落して初めてわかります。

 

アベノミクスの金融緩和であれば、1年経ってのインフレにならないことは、前方に道路がなかったこと、つまり、前方にガードレール(驚くべき事実)があったことに相当します。

 

日銀が前方を見ている(パースの三段推論を使っている)場合には、1年後の予想インフレ率は、2%です。1年後に、インフレ率が2%になっていない場合には、仮説を修正しますといっているはずです。

 

しかし、日銀(経済学者)は、前むき研究をせずに、バックミラーをみながら、運転しています。なので、日銀は、前方にガードレール(驚くべき事実)があったと理解することはありません。

 

こうして、日銀が、帰納の二段モデルの罠にはまった結果、日本経済という自動車は、崖から墜落しています。

限界国家日本(14)AA層の脱出

1)AA層の変化

 

国外転出時課税制度によって、AA層(A層の中の富裕層)の国外脱失が始まっています。

 

「2040年の東京限界説」が前提とするトレンドデータ(シナリオ1)は、「納税者が逃げない」前提の計算です。AA層が流出するシナリオ2では、以下の「負のレバレッジ」が働きます。

  1. 「片道切符」の急増:戻らない日本人

多くの人は、海外移住を「一時的な留学や駐在」と混同しています。しかし、実は、<「日本に見切りをつけた永住者」>が激増しています。

  • 海外在留邦人のうち、「永住者」の割合は過去最高を更新し続けています(約57.5万人、前年比3%増)。
  • 「いつか帰ってくる日本人」ではなく、「二度と戻らないと決めた日本人」が過去20年で倍増しています。
    • 2004年: 約29万人
    • 2024年: 約57万人(20年間で約2倍に)
  • つまり、日本は 「旅行で行きたい国」から「住みたくない国」に変わりました。頭の良い人たちはすでに行動を終えています。
  •  
  1. 「才能の安売り」:ITエンジニアの残酷な比較

 

「日本は技術立国だ」という古い演繹エンジンは間違いです。具体的な年収格差を提示します。

 

職種:シニアエンジニア

日本(東京)

米国(シリコンバレー

シンガポール

平均年収

約800万〜1,200万円

約3,500万〜5,500万円

約1,800万〜3,000万円

手取り額の推移

社会保険料増で減少傾向

昇給率が物価高を上回る

低税率により手元に残る

 

  •  日本のトップエンジニアの給料は、米国の「新卒」や「中堅」にも及びません。
  • 「日本で頑張れば報われる」という考えはあてはまりません。「日本にいるだけで生涯賃金が数億円損をする」と理解すべきです。
  1. 「富の流出」:100万ドル以上の資産家の動向

 

AA層の中でも特に「資産」を持つ層の動向です。

  • ヘンリー&パートナーズの調査等によると、日本は「富裕層の純流出」が起きる国に転じつつあります。
  •  日本の富裕層の約21.5%(約5人に1人)が将来的に海外移住を検討中です。
  • その理由の1位は、 「子供の教育環境」と「資産の防衛(重税からの回避)」です。
  • 「金持ちから税金を取ればいい」という考えは、「課税される前に、課税対象(金持ち)が物理的に消滅する」という状態を考えると不可能です。

 

  1. なぜ「シナリオ2」で崩壊が10年早まるのか?

 

トレンドデータ(シナリオ1)は、「納税者が逃げない」前提の計算です。AA層が流出するシナリオ2では、以下の「負のレバレッジ」が働きます。

  1. 税収の絶壁: 日本の所得税の約半分は、上位数%の高額納税者が納めています。彼らが1割流出するだけで、自治体の予算は数千億円単位で吹き飛びます。
  2. 「管理職」の不在: 現場を回すB層をマネジメントし、外貨を稼ぐ仕組みを作るAA層がいなくなれば、B層の雇用そのものが消滅します。
  3. インフラ維持の限界: 維持費を払う「富」が先に消えるため、2040年に予定されていた水道・道路の崩壊が、2030年代前半に前倒しされます。

まとめ

 

「沈みゆく船の1等客室(AA層)は、すでに救命ボートを下ろして脱出を始めています。3等客室(B層)にいる私たちが、『船は大きいから大丈夫だ』とテレビを見ている間に、救命ボートはすべてなくなります。

2)日本経済の技術開発のエンジン

AA層は、2つで出来ています。1番目のAA層は、資産の持ち主です。2番目のAA層は高度人材です。この2番目のAA層(高度人材)が、技術開発の主役になります。

ここでは、日米の高度人材の層を比較するための代替指数(プロキシ)とその比を推定します。

脳に優しい説明をすれば、自動車の比喩が使えます。

「自動車(経済)」「エンジン(高度人材)」「ガソリン(インフレ/流動性)」という比喩を使うと、複雑なマクロ経済の構造(供給側の制約と需要側の刺激)を視覚的に理解することができます。

高度人材の層を比較するための代替指数(プロキシ)とは、日本とアメリカのエンジンの馬力を比較するイメージになります。

  1. 「エンジンの馬力」を測るための代替指数(プロキシ)

 

高度人材の層(馬力)を単一の数値で測ることは難しいため、以下の3つの多角的な指標を「馬力の代替指数」として採用します。

  1. デジタル・IT人材数: 現代経済(第4次産業革命)におけるエンジンの基幹部品。
  2. トップクラスの研究開発力(高被引用論文数): エンジンの「燃焼効率(イノベーション)」を決定する力。
  3. スタートアップのエコシステム価値(ユニコーン企業数): 新しいエンジンを組み上げる「設計力」。
  1. 日米の「馬力」比較と比の推定

 

最新の統計データ(2023〜2024年時点)に基づき、アメリカを「1」とした場合の日本の比率を推定します。

 

指標(プロキシ)

アメリカ (US)

日本 (JP)

推定比 (JP:US)

高度IT・ソフトウェア人材数

約 440万人

約 130万人

1 : 3.4

トップ1%論文数(科学技術指標)

世界1位(約 4,000本)

世界13位(約 300本)

1 : 13.3

ユニコーン企業数(未上場10億ドル企業)

約 650社

約 10〜15社

1 : 50.0

博士号取得者数(STEM分野/年)

約 40,000人

約 6,000人

1 : 6.6

 

  1. 推定結果:馬力(高度人材)の比

 

上記の指標を総合的に判断すると、単純な「労働力人口」の差(約1:2.7)以上に、エンジンの出力性能には大きな開きがあります。

  • 絶対的な馬力の比: 日本のエンジンを 1 とすると、アメリカのエンジンは 5 〜 10 程度の出力があると言えます。
  • パワーウェイトレシオ(人口あたりの馬力):
    • 日本の「重量(1.2億人)」に対する「馬力」の密度は、アメリカの「重量(3.4億人)」に対する密度よりも大幅に低くなっています。
    • 具体的には、人口1人あたりの高度人材供給能力において、アメリカは日本の約2倍〜4倍の効率を持っていると推定されます。

結論としての比率:

日本の自動車のエンジンの馬力を P(JP)、アメリカを P(US) とすると、

P(JP)  ≒  0.15 x P(US) 

(※イノベーションやデジタル化に特化した「現代型エンジン」の性能比較において)

  1. 比喩の補足:ガソリン(インフレ)の限界

 

この比喩をさらに深めると、以下のことが言えます。

  • オーバーヒートのリスク: 小さいエンジン(高度人材不足)の車に、無理やり大量のガソリン(過度なインフレ・通貨供給)を流し込むと、速度が出る前にエンジンが焼き付き(供給制約による悪性インフレ)、車体が壊れてしまいます。
  • トランスミッションの問題: 日本はエンジンの馬力自体もさることながら、それをタイヤに伝える「労働流動性」や「制度」というトランスミッションの摩擦係数も高いため、さらに加速しにくい構造にあります。

まとめ

日本が、科学技術立国になったり、日本製のAIが、世界の中心で活躍することはありません。

日本経済のエンジンの馬力は、アメリカ経済のエンジンの馬力の15%に過ぎません。

このことから、現状は、軽自動車(日本)とレーシングカー(アメリカ)のレースになっていることがわかります。

この状況で、政府が技術開発予算を投入することは、軽自動車にガソリンをつぎ込めば、レーシングカーにも勝てると言う主張になります。これは、根拠のない精神論です。

日本の科学技術の開発能力(高度人材)については、日本経済のエンジンは軽自動車クラスであるという「事実の隠蔽」がおきています。これが、2026年1月の日本経済は、太平洋戦争で言えば 「1944年(昭和19年)後半:サイパン陥落以降」 の状況に近いと推測できる理由です。

注意:

日本企業でも、活動の中心が海外にある企業は、この制約を受けません。これは、太平洋戦争時点とは大きく異なる点です。

 

限界国家日本(13)経済成長しない理由(2)

3)トッド氏の分析

 

種を開せば、「リターン(所得移転)>リターン(技術開発)」がクリティカルに、企業と個人の行動を制約するというアイデアは、エマニュエル・トッド氏のものです。トッド氏は、このアイデアを技術開発ゲームとしてモデル化していませんが、内容は、同じです。

 

トッド氏は、ウクライナ戦争のコンテキストで、なぜ、アメリカは、武器や空母を作る能力が落ちたかという説明で、「リターン(所得移転)>リターン(モノづくり)」という構造で、説明しています。

 

アベノミクスの10年で、工場の海外移転が進みました。この現象は、アメリカと同じように、「リターン(所得移転)>リターン(モノづくり)」で説明することができます。



4)野口悠紀雄氏の分析

 

野口悠紀雄氏は、次のように分析しています。

 

 高市政権の成長戦略を貫く発想は、比較的単純だ。その基底にあるのは、「AI・半導体などの先端分野に重点的に投資すると、技術革新が民間企業に波及し、生産性が向上する、そして経済が発展する」という成長モデルだ。

 

 しかしこのモデルは、過去30年の日本経済が繰り返してきた失敗を見れば、誤りであることが明らかだ。

 

 IT投資、デジタル化、DXなど、いずれも「導入」の必要性が喧伝されたが、生産性の上昇には結び付かなかった。

 

 問題は、技術が導入できなかったことではない。導入はできたのだが、新しい技術が持つ潜在力を活用できる組織、制度、人材、意思決定の仕組みが整備されなかったのだ。そのため、日本経済の生産性の上昇にはつながらなかった。

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AI「2026年問題」でまた露呈!?高市成長戦略だけでない日本の新技術導入政策の“構造的欠陥” 2026/01/08 Diamond  野口悠紀雄

https://diamond.jp/articles/-/381058?page=2

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最後の部分「問題は、技術が導入できなかったことではない。導入はできたのだが、新しい技術が持つ潜在力を活用できる組織、制度、人材、意思決定の仕組みが整備されなかったのだ。そのため、日本経済の生産性の上昇にはつながらなかった」が、トッド氏の分析とは、異なりますが、前半の分析は一致しています。

 

トッド氏の分析は。人材が技術を理解する(人材優先:人材→技術)ことを前提としています。

 

野口悠紀雄の説明では、特許などの技術文書の入手の時点を「技術導入」と呼んでいますが、トッド氏の解釈では、技術者のメンタルモデルが書き換えられた時点を「技術導入」と呼んでいます。

 

認知科学で考えると、トッド氏の分析の方が分かりやすいです。



5)国外転出時課税制度

 

日本が経済成長しないと確信するもうひとつの理由は、「国外転出時課税制度」にあります。この制度は、5年以上日本に滞在した人が、1億円以上の株式資産を持って国外転出する時に、資産の50%に相当する税金を納めるものです。この税金は、株式を売らない場合にもかかります。

 

この制度は、次のフィルターとして作用します。

 

第1は、外国人の高度人材をブロックする機能があります。

 

外国人の高度人材は、5年近く日本で活動すると、国外転出時課税制度により出国が困難になります。

米グーグル出身で、自動運転やソフトウエアなどの先進技術を手掛けるジェームス・カフナー氏は、2018年に、トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント(TRI-AD)の最高経営責任者(CEO)に就任し、2021年4月、トヨタの子会社で自動車の未来技術を開発するウーブン・プラネットの責任者に抜擢されました。2023年10月、カフナー氏は2年半の在任期間を経て退任しています。

詳細は、不明ですが、カフナー氏は、国外転出時課税制度の5年のリミットを考慮して、退任した可能性があります。

 

もしも、外国人の高度人材に、日本と他の国で、同じ条件のポストのオファーがあった場合、国外転出時課税制度がある以上、日本を選ぶ理由はありません。

 

第2は、日本人の高度人材の流出を加速する機能です。高度人材は基本的には、世界中を渡り歩きます。国外転出時課税制度があるので、日本では、大学院を卒業して、就職後、所有する株式の評価額が1億円をこえると、事実上、日本から、脱出できなくなります。ハイテク企業の株価は大きく変動します。所有する株式の評価額が数千万円こえると、次に、いつか、1億円を超えるリスクが高くなります。つまり、若年層の高度人材は、可能な範囲で、できるだけ早く、日本を脱出することが合理的な行動になります。

 

2019年頃から、日本のスタートアップ界隈では「創業当初からシンガポールや米国に親会社を置く(フリップ)」という手法が、投資家の間でも推奨されるようになっています。

 

以上のように、国外転出時課税制度は、日本から高度人材を追放する制度ですから、日本で、技術開発がすすみ、経済成長するというシナリオの実現可能性は、ほぼ、ゼロと考えられます。

 

国外転出時課税制度は、経済モデルには組み込まれていません。

 

6)反事実推論(1)

 

もうひとつの根拠は、認知科学に基づく推論です。これは、複雑なので、今回は反事実推論の部分に限って、説明します。

 

以上の2つの仮説には、問題があります。

 

データが不十分な場合には、原因を特定することはできません。

 

だからといって、失敗の原因を排除できなければ、失敗は繰り返されます。

 

原因を推論する方法の基本は、「もし、原因がなければ、どうなっていたか」という反事実推論をすることです。

 

アベノミクス(リフレ政策)が、経済成長停滞の原因であるという主張は、アベノミクスが実施された世界(事実)とアベノミクスが実施されなかった世界(反事実)を比較した推論に基づいています。

この反事実を考えることができるかが、認知科学から見たポイントになります。

2011年と2024年を比較すると、日本の所得は円建てではほぼ横ばい(約430万円〜450万円)ですが、アベノミクスで、為替レートが 1ドル=80円から150円へ と約46%も減価しました。

ここで、「為替レートが 1ドル=80円から150円へ と約46%も減価」という表現では、2024年に 1ドル=150円(事実の日本)と2024年に 1ドル=80円(反事実の日本)を比較していることになります。

 

つまりドルでみる国内の需要(購買力)は、約46%も減価しています。単純に考えれば、日本国内だけをマーケットにしている企業の46%が倒産しても不思議ではありません。株価は、円安になったので、見かけの数字は大きくなりましたが、ドル換算で考えれば、上昇率は少なくなります。

 

政策の評価は、事実と反事実を比較することで、初めて可能になります。

 

この事実と反事実とは、ドライビングフォース(原因、ここではアベノミクス)の有無でわけられるシナリオであり、この手法を未来に展開すれば、シナリオプランニングになります。

 

まとめると、過去の政策の評価では、事実と反事実の比較が必須条件になります。

 

現在の政策の選択は、未来の事実と反事実の比較に基づくことが必須条件になります。

 

現在の政策の選択は、シナリオプランニングを基本にする必要があります。

 

「現在の政策の選択は、シナリオプランニングを基本にする必要がある」は、因果推論の科学の基本であり、エビデンスに基づく政策選択の原則になります。

 

とはいえ、このことは、広く認知されているとは言えないので、認知モデルに問題があるといえます。この認知モデルの問題の中身が、今回、説明を省略した部分になります。

シナリオプランニングを整理します。

 

シナリオはドライビングフォースがある場合(事実)とドライビングフォースがない場合(反事実)を比較する手法です。未来に何が起きるかを予測することはできませんが、ドランビングフォースが適切に選択できれば、未来は、事実と反事実のどちらかに、落ちます。このシナリオの外(事実、反事実以内の第3の選択肢)に、未来がある可能性を考える必要はありません。

 

筆者は、このことが理解できて、初めて、なぜ、欧米では、シナリオプランニングが多用されるかを納得しました。

 

7)ダブルループ学習

 

認知科学には「シングルループ学習(既存の枠組み内での改善)」と「ダブルループ学習(前提そのものを疑う学習)」があります。

 

共通点: 太平洋戦争もアベノミクスも、「一度決めた方針をどう精度良く実行するか」というシングルループには長けていますが、「そもそもこの方針(戦争継続/円安誘導)は正しいのか?」というダブルループ学習が機能しにくい認知モデルを持っています。