日本は如何にして発展途上国になったか(16)

(9)フェイクと人材

(フェイクは、人材を徹底的に棄損しています)

 

1)フェイクと人材

 

第一に、人文的文化が科学的文化の代替になるというフェイクは、経験が科学に優るという信念に通じます。

 

これは、科学(エンジニアリング)を学習しても、収入が増えないことになり、エンジニア教育やリスキリングを阻害します。

 

結果として、デジタルリテラシーの欠如やデータサイエンスの無理解へと繋がります。

つまり、フェイクを追放しない限り、社会人を含めた教育に、ダメージを生じて、発展途上国に急落していきます。

 

第二に、フェイクは、企業組織で、適切な人材評価を通じた生産性向上を阻害します。これは、企業経営に異常なバイアスをかけて、株価を継続的に落下させます。

 

外資が、大株主の場合には、不合理で株価を下げる経営は容認できませんので、経営改革を要求します。これを、マスコミは、「モノをいう株主」と表現します。

 

あるいは、取締り役に、外部人材を入れて、企業ガバナンスの透明化を求めます。

 

こうした問題に対しては、外部人材の活用を拡大すべきであるという意見が多いと思われます。

 

しかし、冷静に考えれば、「外部人材の活用を拡大」や「モノをいう株主」は対処療法を要求しているにすぎません。

 

経営陣が、株主利益を最大化していれば、「モノをいう株主」が特に発言をすることはありません。

 

つまり、「外部人材の活用を拡大」や「モノをいう株主」が問題になる理由には、フェイクによって、株主利益が最大化されていないという原因があります。

 

言い換えると、幹部への選抜が何を基準に行なわれているのか、人材の評価は何でなされているのかという点への疑問です。

 

株主利益を最大化して、企業の利益を最大化する人材が選抜されていれば、「モノをいう株主」はクレームをつけるとは思われません。

 

ただし、その基準は、同期入社を基準にする年功型の選抜ではあり得ません。海外の「モノをいう株主」には、年功型の選抜が、今までのルールであるからという説明は通用しません。

 

この人材評価問題は、幹部や経営者だけでなく、全ての労働者に当てはまります。

 

2022年4月に、家電量販店の入社式を取材したフランス人ジャーナリストの西村カリン氏は、経営者の社員評価に疑問を感じています。(筆者の要約)

 

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社長は「上司が言うことはどうでもいい。大事なのは自分で考えて行動すること」と強調した。

 

私のようなフランス人では「自分で考えて行動する=自由に決めて自由にやる」と理解する。

 

日本人の理解は「自分で考えて行動する=相手が望んでいる態度をよく理解した上で行動する」だと思う。

 

なぜなら、入社式では、皆同じ制服のようなスーツを着て、皆同じような姿勢を取って、皆同時に同じ言葉を聞いて、同時にメモを取っていたから、これが、社長の期待する「自分で考えて行動する」ことだと推定されるから。

 

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西村カリン氏の指摘は、日本では、生産性の向上や企業の利益よりも、「上司が望んでいる態度をよく理解した上で行動する」こと、間違えば忖度になりかねない人材基準が採用されていることを示しています。

 

これは、上司が間違っていた場合、企業の軌道修正が効かず、赤字を垂れ流すことになるので、合理的な判断のできる株主は容認できません。

 

シャープのように、赤字を垂れ流して、止血できなくなった企業でも、外国人が経営者になると、黒字回復する場合があります。こうした場合には、人材評価基準に問題があった可能性が疑われます。

 

2)転職と生産性

 

労働生産性をあげる基本は、労働生産性の低い(賃金の安い)企業から、労働生産性の高い(賃金の高い)企業に転職(労働移動)することです。

 

これは、高度経済成長期に、農業から工業への労働移動が生産性と所得をあげたのと同じ原理です。

 

労働市場があって、同一労働に対して、より低い賃金を提示する企業は、労働者を得られず、市場から撤退することに対応します。

 

政府などが市場経済に介入すると、市場が機能しなくなり、効率性が下がって、社会全体で見ると貧しくなります。これは、政府の失敗と呼ばれ、回避すべき、まずいケースになります。

 

最近、論破王として人気のあるひろゆき氏は次のようにいっています。

 

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「うちの会社はギリギリの経営なので残業代は払えないです」と言う会社は潰れた方がいいです。給料をきちんと払わない会社が価格競争をすると、まともに給料を払う会社が負けて潰れます。ブラックな会社が潰れるとまともな会社は売り上げが増えて昇給や研究開発や投資がしやすくなります。

 

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この主張に賛同する人が多くいたようですが、市場経済からみれば、これは論破以前の問題です。

 

「残業代は払えない」ということは、雇用契約が破綻して、市場経済が成立していないことを意味します。

 

この状態のデータは、賃金統計調査にはでてきません。

 

「残業代は払えない」ことが、異常でないと考えていること、サービス残業が当たり前であると考えている社会では、労働移動が起こらないので、賃金はあがりません。

 

企業の目的は生産性をあげて、競合企業に負けないで、利益をあげることです。

 

西村カリン氏のいうように、「上司が望んでいる行動」(サービス残業)を行えば、生産性は改善しません。これは、競合企業が、生産性を改善し続ければ、時間の問題で、倒産する経営を選択していることになります。

 

ひろゆき氏は、サービス残業をする企業が生き残って、サービス残業をしない企業がつぶれると主張します。しかし、円安で、実質賃金を切り下げることは、経済的には、サービス残業と同等の効果があります。円安は、短期的には、見かけの売り上げをあげますが、生産性の向上を伴っていないため中期的には、破綻します。それは、サービス残業によるコストダウンは、生産性の向上のように継続しないからです。

 

これは、円安によっって、輸出競争力がなくなった日本の製造業の実態です。



「上司が望んでいる行動」が正当化される根拠は、人文的文化です。

つまり、フェイクが、労働市場を破壊して、転職と生産性の向上を阻害しています。



3)プログラミングとイノベーションのジレンマ

 

クリスチャンセンは、市場でシャアの大きな企業が、新興企業に勝てない現象を、「イノベーションのジレンマ」と呼びました。これは、有利なポジションにいるにもかかわらず、そのポジションを続けようとして、変革が遅れて、市場での競争力を失う過程を指しています。

 

クリスチャンセンは、イノベーションのジレンマが発生する原因については述べていませんが、カーネマン流に、「ファスト&スロー」で考えれば、成功してシェアを取っている企業が、現在のビジネスモデルを継続するために使われる脳は、ファスト回路であり、ビジネスモデルを変更するために使われる脳は、スロー回路です。

 

一方、新興企業には、ファスト回路を使ってすすめるビジネスモデルはありませんので、全て、ビジネスモデルをゼロから構築することになり、スロー回路が使われます。

 

こう考えると、イノベーションのジレンマを回避するためには、ビジネスモデルの変更のために、スロー回路にスイッチをいれる方法を考える必要があります。

 

ファスト回路は、過去の事例を繰り返すヒューリスティックな思考法です。

 

過去の成功事例を参照する前例主義を使えば、ファスト回路が全開になり、イノベーションのジレンマが発生します。

 

パターンマッチングの思考を繰り返せば、ファスト回路が止まりません。

 

パターンマッチングは、作曲でいえば、過去の名曲を持ってきて、アレンジしなおす方法です。これは、ゼロから作曲するより効率的です。

 

しかし、2023年現在、この方法論であれば、AIのアレンジャーに、人間が勝てそうになくなっています。

 

プログラミングをする場合、ゼロから全てコードを書くことはありません。

 

繰り返し使われるような使用頻度の高いコードはライブラリ化されています。

必要とする関数を呼び出せば、それで、十分です。

 

一方、過去のパターンマッチングだけでは、新しいプログラムはつくれません。

 

プログラムを作るには、必要なライブラリの組合せ、呼び出す順序を考えた上で、残りの部分をコーディングする必要があります。

 

作曲でいえば、リズムの部分は、既存の部品をつかって、メロディーラインを新しく作る方法に似ているかも知れません。

 

さて、今回のテーマは、人材評価です。

デジタル企業に必要な人材は、新しいプログラムを開発できる人材です。

 

その人材は、高度人材と一言で片付けられますが、評価には、2つのステップが必要です。

 

第1は、試作品を作ってもらうステップです。

 

第2は、試作品の良し悪しを判断するステップです。



4)まとめ

 

3節を書きはじめる時には、作曲やプログラミングを例に取れば、必要な方法のアイデアを示せると思って書きだしました。

 

しかし、年功型雇用では、不可能な気がしてきました。

 

現在の検討の前提は、年功型雇用を維持しながら、あるいは、変えるとしても、ゆっくりと変化させるソフトランディングが可能であるという前提にたっています。

 

その前提では、労働者の移動はゆっくりで、労働市場は形成されません。

 

無理だと思ったのは、作曲の例を考えたからです。

 

世界のオーケストラは、ベートーベンを中心とした古典派のレパートリーを中心に、食べています。古典派とその前後の評価が定まった名曲がないと、演奏会に人はきません。

 

しかし、それだけでは、袋小路にはいってしまうので、作曲家に新作を依頼して作ってもらって演奏します。

 

新作の演奏は、練習にとても時間がかかります。

 

首尾よく演奏できても、レパートリーに定着する割合は数パーセントでしょう。

 

これが、3節で述べた2ステップになります。

 

この例で、年功型雇用を考えると、レパートリ―はいつも同じです。

 

年功型雇用では、演奏曲目はすべてスケジュールされていて、新曲が入る余地はありません。

 

外れが多くて労力のかかる新曲を作曲してもらって、演奏するつもりはありません。

 

しかし、年功型雇用を残しながら、デジタル企業に変身する方法があるはずだと考えたいます。

 

古典派の曲と同じように練習が簡単で、外れのない新曲があるはずだと考えているように見えます。

 

これは、前提が間違っているのではないしょうか。




引用文献

 

日本企業が欲しいのは結局、「自分で考える人」か「上司の意をくむ人」か 2022/04/15 Newsweek 西村カリン

https://www.newsweekjapan.jp/tokyoeye/2022/04/post-107.php

 

「残業代払えない会社は潰れるべき」ひろゆき氏のひと言で議論百出…背景には4月からの残業代アップ義務化も 2023/02/14 Flash

https://smart-flash.jp/sociopolitics/221849