日本は如何にして発展途上国になったか(15)

(4)飛ばなかった次世代ロケット「H3」初号機

 

(H3型ロケットが飛ばなかった原因には、科学的文化の欠如があります)

 

1)経緯

 

JAXAは、種子島宇宙センターから先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)を搭載したH3ロケット試験機1号機の打上げを2023年2月17日10時37分55秒に予定し、作業を進めていましたが、ロケットの自動カウントダウンシーケンス中に、1段機体システムが異常を検知し、固体ロケットブースタ(SRB-3)の着火信号を送出しなかったため、当日の打上げを中止しました。



2)失敗と中止

 

JAXAのメディア課長は、「状況はよくわからないが、(原因究明に)時間がかかる見込み。打ち上げてはいないので、失敗とは判断できない。今日はもう打ち上げる状況にはない」と説明しました。

 

この失敗ではないという発言が混乱を生み出しました。

 

表現の如何にかかわらず、ロケットは飛びませんでしたので、「中止」で止めて置くべきだったと思いますが、「失敗とは判断できない」というドキュメンタリズムが出てきたのが、混乱の原因です。



2023年1月26日10時50分21秒に種子島宇宙センターからH-IIAロケット46号機が打ち上げられ、ペイロード情報収集衛星レーダ7号機を正常に分離し、所定の軌道に投入しています。

 

当日の打ち上げ予定時刻は同日10時49分20秒でしたが、飛行禁止区域にヘリコプターが入り、安全の確認に時間を要したため6分前頃に打ち上げ時刻を変更しています。JAXAは、これは自動カウントダウンシーケンスの前であり、もし自動カウントダウンシーケンスが始まっていたら変更できなかったと説明しています。

 

つまり、自動カウントダウンシーケンスが始まってからの中止(変更)はあり得ません。

 

「固体ロケットブースタ(SRB-3)の着火信号を送出しなかったため、本日の打上げを中止した」というのは、自動カウントダウンシーケンス中に事故が起こったので、打上げを中止したと見なされます。

 

課長が、「打ち上げてはいないので、失敗とは判断できない」(自動カウントダウンシーケンスが始まっても変更できる)という発言をしてしまったので、その発言に話を合わせることになっています。

 

これは、ドキュメンタリズムの問題なので、実態とは関係しませんので、ここで止めておきます。

 

用語に関係なく、飛ばなかったことは事実ですから。

 

3)問題の整理

 

事故はある確率で起こります。なので、ロケットが飛ばなかったこと自体には問題はありません。

 

問題は、そこに至る経緯です。H3ロケットウィキペディア)の開発経緯は、以下になります。

 

H3型ロケットは、2014年度から開発が開始され、総開発費は約2,000億円です。今までの改良開発のH-IIA/Bと違い、H3ロケットは新しい設計概念に基づいています。大型液体燃料ロケットとしては1994年のH-II以来の新規開発ロケットになります。

 

日本では初めて、機体の設計・開発段階から民間企業(三菱重工)が主体的役割を果たしています。ロケットシステム全体を極力モジュール化し、第1段に新規開発エンジンを採用し、部品点数を削減し、民生部品の利用して費用削減を図っています。9割の電子部品に安価な自動車用を採用し、点検を自動化するなどコストカットを進めています。最小構成時の打ち上げ費用はH-IIAの半額の約50億円を想定しています。また、射場整備作業期間をH-IIAから半減させ、年間打ち上げ可能回数を6回に増加させる計画です。 

 

(1)2020年度の試験1号機打ち上げを目指して開発が進められていました。

(2)2020年5月に行われた燃焼試験で新開発のLE-9エンジンに技術的課題が見付かり、2020年9月に2021年度中の打ち上げ予定へと延期されました。

(3)2022年1月に打ち上げ予定の時期は明言できないと再延期されました。

(4)2022年9月1日、JAXAは記者説明会を開催し、ターボポンプの振動問題についてはほぼ解決し、2022年11月に行う燃焼試験の結果から打ち上げの可否の判断が行われると発表しました。11月のエンジン試験では、Goサインがでています。



2020年2月に、三菱重工業はコスト削減により約50億円のコストを実現できたとしても、「再利用型」ファルコン9ロケットの低コスト化を進めるスペースXの攻勢によって、「相場水準がさらに下がってしまえば、コスト競争力だけで勝負できるかは不透明」とコメントしています。 

2018年5月より2022年10月まで120回を超える高頻度かつ全ての打上げに成功し高信頼性を誇るファルコン9ブロック5の限界費用は1500万ドル(20億円)と安価であり、H3ロケットが信頼性とコストの両面で対抗出来るかは危ういと言われます。

日経ビジネスは、将来的に大型ロケットの再利用型が主流になれば、H3は使い切り型ロケットのために「改良型として再利用技術を導入するなど対応を迫られる」可能性を指摘しています。

4)論点

「三菱スペースジェットの課題」を読んだ人は、H3ロケットのここまでの経緯が、スペースジェットにそっくりであることに気付くと思います。

三菱重工業は、スペースジェットの撤退の原因は特定できないといっています。

つまり、同じようなエラーは再度起こりうるといっています。

今回(2月17日)の延期の前に、2回の延期があります。

スペースジェットの経緯を見ていれば、同様に、3回目の延期が起こる確率は高いと想定されます。

つまり、今回の問題点は、ロケットが飛ばなかったことではなく、予想通り3回目の延期が起こったことにあります。

これは、感情論ではなく、ベイズ統計で、次の延期確率を計算すれば、延期を繰り返す毎に、次に延期が繰りかえされる確率が高くなるという確率計算の問題です。

こう考えると、これは、JAXAではなく、三菱重工業の問題です。

通常のロケットであれば、お金がかかる開発は国(官)が担い、事業が軌道に乗った段階で民間に移管しています。H2Aもこの方法をとっています。

 

これを、経済学は、ロケット開発は、市場経済にはなじまない公共材なので、政府主導でなければ供給されないと説明します。

 

ところが、スペースXは、ロケット開発は、市場経済で可能と判断して、ロケット開発に参入して、成功をおさめました。

 

日本では、かって米は配給制であったため、米屋でしか扱えない時代が長く続きましたが、現在ではスーパーでも買えるようになりました。

 

H3では、一刻も早い商業化を目指すため、移管先の三菱重工業に開発段階から主体的に参加してもらい、JAXA三菱重工が共同開発するという、これまで経験のない方法にしています。

 

しかし、この方法には疑問があります。

 

スペースXは1社で全てを仕切っています。

 

三菱重工業は、スペースジェットで1社で仕切って上手くいきませんでした。

 

H3ロケットは、JAXA三菱重工業の2チームの連動です。これは、1社で仕切る場合より、複雑になり、時間がかかると考えられます。

 

競争相手のスペースXは1社で全てを仕切っています。

 

普通に考えれば、それだけで、ハンディになってしまいます。

 

三菱重工業が、どこまで主体的に動いているのかで、全てが決まってしまいます。

 

政府は今まで、IC企業に国策で補助金をだしています。補助金の範囲であれば、赤字にはなりませんので、企業は、政府の方針に従います。しかし、そのことと、企業が、主体的に価格競争に勝てる製品を開発できることとは全く別次元の問題です。

 

競合企業と価格競争に勝てる製品を開発するためには、開発速度の問題を解決する必要があります。これは、微分の問題です。

 

H3ロケットは、2014年から開発が始まっていますので、2022年までで、8年間の時間が経過しています。三菱重工業とスペースXの8年間の技術開発速度を比べて、三菱重工業の方が遅ければ、H3ロケットは、ファルコン9に追いつける可能性がありません。遅ければ、差は開くだけで、ビジネスは成り立ちません。

 

2020年2月に、三菱重工は、「コスト競争力だけで勝負できるかは不透明」とコメントしていますので、ビジネスにならないが、政府に言われて付き合っているように見えます。少なくとも、主体的に、スペースXに価格競争で勝てるシナリオをもっていないと思われます。

 

5)原因の究明

 

 三菱重工は、スペースジェットの撤退の原因は特定できないといっています。

 

JAXAは、原因を究明して、再度、H3ロケットの打ち上げをしたいといっています。

 

原因の究明とはなんでしょうか。

 

JAXAは、2022年10月に固体燃料ロケット「イプシロン」6号機が指令破壊され、打ち上げに失敗しています。

 

この原因究明は、委員会で進められ、考えられる原因は、2つの部品のいずれかに、絞り込まれています。

 

しかし、この検討は、2種類の原因の1つしか見ていないように思われます。

 

特定の部品が不良で、ロケットと制御できなくなった場合を考えます。

 

その場合には、2種類の原因があります。

 

第1は、不良となった部品です。

 

第2は、不良となった部品を事前に点検して交換できなかった組織マネジメントの不良です。

 

H3型ロケットでは、コストカットのために点検を自動化しています。

 

つまり、DXの進展によって、この2つの原因は切り離せなくなっています。

 

点検の自動化は、センサーとコンピュータプログラムで構成されています。

 

ロケットを製作するために、部品と部品の組み立て方がわかるロケットの設計図を作成します。

 

点検の自動化の部分は、ロケットの設計図には書き込まれていません。

 

この部分がかかれた設計図がありますが、これは、今までは、人間が行ってきた作業ですから、組織マネジメントの一部です。

 

目に見えるように体系化して説明すれば、ロケットを飛ばすためには、次の2枚の設計図が必要です。

 

(1)従来のロケットの設計図

 

(2)ロケットのための組織マネンジメントの設計図

 

点検の自動化のようなDXは、(2)に含まれます。

 

日本は、先進国の中ではとんでもなくDXが遅れています。これを、2種類の設計図の体系で整理すれば、日本企業の(2)の「組織マネンジメントの設計図」が劣悪なことになります。

 

JAXAとスペースXを比較してみます。

 

JAXAは、2003年に宇宙科学研究所と、宇宙開発事業団NASDA)、航空宇宙技術研究所(NAL)が統合されて発足しています。

 

これは、重複を避ければ効率があがるというエビデンスのない発想に基づいています。実際には、重複を避ければ競争がなくなるので、効率は落ちます。これは市場原理が効率的な理由でもあります。市場がない場合で、特に、納期が重要な場合には、競争は必須で、マイクロソフトは、Windowsなどのソフトウェアの開発で、複数チームを競わせて、開発を急ぐ、サバイバルゲーム方式をとっています。

 

JAXA(政府)は、2014年に、スペースXのような民間主導の開発に負けていると判断して、三菱重工業中心に開発にモードを切り替えています。

 

しかし、今回のH3型ロケットのマスコミ対応は、全て、JAXAが行っており、どこまで、三菱重工業が主体的に、H3型ロケットを開発しているのかは不明です。

 

一方、スぺースXは、2002年にマスクによってカリフォルニア州に設立されています。設立時には、同年に買収された宇宙開発大手のTRW社から、ロケットエンジン開発に携わっていたトム・ミュラーとそのチームが合流しています。また、マスクは会社設立のために1億ドルの自己資金を投入しています。

 

2006年にNASA国際宇宙ステーション (ISS) 物資補給のための打上げ機の設計とデモ飛行を行う商業軌道輸送サービス (COTS) を契約しました。

 

日本政府は、2014年になって、JAXA方式では、スペースXに勝てないと判断して、ロケット開発戦略を民間主導に切り替えています。

 

しかし、タイムテーブルから見れば、民間主導に切り替えるべき時期は、スペースXが設立された2002年頃でした。その2003年に、政府は、重複をなくして競争を排除してJAXAを設立しています。

 

「(2)ロケットのための組織マネンジメントの設計図」の視点で見れは、2003年以降、アメリカと日本は、全く異なった組織マネンジメントの設計図でロケット開発を進めてきました。

 

2014年には、組織マエンジメントの設計図の優劣の差が明らかになって、JAXA中心の組織マネンジメントの設計図では、コストと技術で勝負にならないことが明らかになっています。

 

H3型ロケット開発で、JAXAは従来の組織マネンジメントの設計図を変更したといっています。

 

しかし、JAXAの組織マネンジメントの設計図は、スペースXの組織マネンジメントの設計図に勝てると考える理由はありません。

 

スペースXの組織マネンジメントの設計図は20年間ブラッシュアップして改善されています。

 

スペースジェット失敗は、三菱重工業の組織マネンジメントの設計図に欠陥があったことを示しています。

 

H3型ロケットの開発では、民間主導と言いながら、JAXA三菱重工業の共同開発になっていますので、組織マネンジメントの設計図はとんでもなく複雑になり、意思決定に時間がかかるようになっています。

 

宇宙開発は、有識者会議をつかって、基本計画を作成して、進めています。これは、宇宙開発だけでなく、全ての分野に共通しています。

 

そこで議論されているのは、キーワードと予算だけです。開発のための設計図と組織マネジメントのための設計図が議論されることはありません。

 

つまり、2種類の良い設計図がなくとも、キーワードと予算があれば、技術開発ができると考えています。

 

設計図が議論されれば、問題点の改善がなされます。これが、検証と改善を含む科学的文化です。

 

キーワードと予算だけで技術開発ができると考えるのは人文的文化です。

 

これは、青い鳥のように永久に実現されることはありません。

 

有識者会議には、権威がありますが、その決定は、科学的文化ではなく、人文的文化に基づいていて、答申は、検証可能ではなく、エビデンスよって、改善されるプロセスが含まれていません。このため本来であれば、エビデンスに基づいて改善されるべき、間違った意思決定が永久に繰り返されるという構造的な問題を抱えています。

 

最近、COCOAについて次のような総括がなされています。

 

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デジタル庁と厚生労働省は2月17日、新型コロナ対策として導入し、不具合が問題になった接触確認アプリ「COCOA(ココア)」について、実用化を急いだ結果、開発や運用の体制が不十分だったとする検証報告書をまとています。今後、感染症対策にデジタル技術を活用する際は、平時から十分な検討をしておくべきだとしています。

 

 報告書はアプリ導入までの過程で感染症対策の専門家らの関与が薄かったと指摘。新たなツールの活用には初期段階からデジタル技術と感染症の双方の専門家が密に連携する必要があるとしています。

 

 アプリの開発運用を担った厚労省は、コロナ対応で人手が不足し、システムに関する知見も不十分だったとしています。

 

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これは、人文的文化の説明で、科学的文化に耐えられる原因究明ではありません。

 

過去に病院で患者の取り違え事故が多発した時期があります。

 

(1)の設計図のレベルでは、これは、患者の取り違えが原因です。

 

これに対して、「デジタル技術と感染症の双方の専門家が密に連携する」ように、看護師は患者と密に連携すべきであると原因究明することは許されません。

 

それでは、再度事故が起こって、最悪の場合には、患者は死亡してしまいます。

 

病院では、(2)の組織マネジメントと設計図を見直しています。

 

つまり、患者の名前と生年月日を確認するプロトコルを義務づけ、患者には、バーコードのタグをつけて、患者の意識がない場合でも取り違えが起こらないようにしています。

 

この科学的文化のレベルでみれば、デジタル庁と厚生労働省の発表は、(スペースジェットと同じように)今後も注意しないとCOCOAと同じ問題が発生しますと言っていることになります。

 

JAXAとデジタル庁は、日本の行政の中では、最も、科学的文化による意思決定がなされていると期待されている組織です。

 

しかし、実態は、人文的文化が横行して、「組織マネジメントと設計図」という科学的文化が欠如しているように見えます。

 

引用文献

 

H3ロケット試験機1号機による先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)の

重い決断をしたH3ロケット責任者 原点は「唯一の失敗」2023/02/14 毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20230213/k00/00m/040/172000c

 

本日の打上げ中止について 2023/02/17 JAXA

https://www.jaxa.jp/press/2023/02/20230217-1_j.html

 

H3ロケット試験機1号機打上げについて(第一報)202/02/17 JAX

https://www.jaxa.jp/press/2023/02/20230217-0_j.html



だいち3号(ALOS-3JAXA
https://www.satnavi.jaxa.jp/ja/project/alos-3/

 

新型ロケット「H3」初号機打ち上がらず、ブースター未着火 2023/02/17 ロイター

https://jp.reuters.com/article/jaxa-h3-fail-idJPKBN2UR03G

 

JAXA広報「失敗ではない」 H3ロケット打ち上げ 2023/02/17 産経新聞

https://www.sankei.com/article/20230217-VVKZGGCN7VJZNIPFJQAMVLXDFE/

 

文科省「H3は失敗ではなく中断」2023/02/17 産経新聞

https://news.yahoo.co.jp/articles/b2d1d0f091093738209ae0016925d0a755028a2b

 

次世代ロケットH3、打ち上がらず 初号機からつまづく 2023/02/17  産経新聞

https://www.iza.ne.jp/article/20230217-6GHAVA7GKFM7JEA3U26DILEAOU/?utm_source=yahoo%20news%20feed&utm_medium=referral&utm_campaign=related_link

 

「H3」ロケット「推力不十分だったか、補助ロケットへの信号送信でトラブルか」…専門家指摘  2023/02/17 読売新聞

https://www.yomiuri.co.jp/science/20230217-OYT1T50108/

 

ライブ配信中】H3打ち上げ中止でJAXAが記者会見「一刻も早く原因究明する」  2023/02/17 読売新聞

https://www.yomiuri.co.jp/science/20230212-OYT8T50003/

 

【速報】「申し訳ないし悔しい」JAXA会見H3初号機打ち上げ中止「補助ロケットへの信号送出で異常」2023/02/17 14:23 MBC南日本放送

https://news.yahoo.co.jp/articles/7b26c04be3ed7a1cf347b03c1e67fa32181ea6f6

 

【速報】打ち上げ「失敗は成功のもと」 H3ロケットで永岡文科相“失言” 2023/02/17 16:51 FNNプライム

https://news.yahoo.co.jp/articles/6bfb4f578b371d942021174a0a19746e0c7c70b6

 

宇宙作家クラブ ニュース掲示

https://www.sacj.org/openbbs/



ココア開発・運用の体制不十分 コロナ確認アプリで検証報告 2023/02/17 KYODO

https://nordot.app/999126014203199488