1.24 反宥和政策を超えて~2030年のヒストリアンとビジョナリスト(新24)

(反宥和政策に伴うビジョンの再構築は、国際平和にかかわる根源問題です)

 

反宥和政策、宥和政策からの撤退問題は、非常に重要な課題ですので、もう少し検討してみます。

 

1)宥和政策の継続の可能性

 

宥和政策の継続の最大の論点は、対ロシア宥和政策ではなく、対中国宥和政策です。



2022/03/26のハンギョレに、パク・ミンヒ氏は、強硬派の立場を代弁する胡錫進前「環球時報」編集長の20日の微博への投稿を紹介しています。「ロシアがパートナーになれば、中国は米国のエネルギー封鎖を恐れる必要もなく、食糧と原材料供給も保障される。台湾海峡または南シナ海で中米間の戦争が勃発した場合、中国は米軍を制圧する力を徐々に蓄えてきており、ロシアは米国を敵視するスーパー核能力を持っているため、米国が核で中国を威嚇するのは困難であろう」

 

つまり、中国は、対ロシア宥和政策を継続することで、大きな利益を得ています。

 

2022/03/27のNEWSポストセブンで、日野百草氏は、商社マンの話として、次のように書いています。(編集要約)

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あわよくば中国のように、経済的損失は避けたい思惑があり、お互いの出方を伺っているアメリカとEUと同じように日本政府は、ロシアへの経済協力予算21億円をちゃっかり2022年度予算案に盛り込んだ。商社マンは、「ロシアに制裁しながら援助予算はキープでガス田開発ものらりくらり、ウクライナは本当に可哀相ですがこれでいいと思います」と言う。

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これは、対ロシア宥和政策の継続に他なりません。つまり、現状維持のヒストリアンの立場です。

宥和政策から撤退する理由は、宥和政策では、戦争を回避できないという現実にあります。

欧米と日本、オセアニアが、対ロシア宥和政策から撤退すれば、対ロシア宥和政策を続けている中国やインドが経済的利益を得るのは、当然のことです。

次のステップは、対ロシア宥和政策を続けている国に対する外交政策にシフトします。

対中国宥和政策、対インド宥和政策が問題になります。

人権の自由を優先する民主主義は、短期的な経済合理性とは相いれない部分があります。しかし、短期的な経済合理性を優先して、人権の自由を無視すれば、中長期的な経済にダメージが及びます。たとえば、戦争による経済的なダメージは、膨大なものです。

宥和政策の継続の検討は、戦争リスクとのバランスで評価する必要があります。

 

中国は、香港を軍事力で、支配しました。次は、台湾に軍事力を使う可能性が指摘されています。韓国と日本は、ポーランドやバルト3国に似ていると考える人もいます。

 

もちろん、ウクライナ侵攻が起こるまで、宥和政策に伴う、戦争リスクは低いと考えられていました。しかし、実際に、侵攻が起こったというエビデンスによって、戦争リスクの値は、更新されています。

 

また、ロシアは、ロシアから撤退した海外企業を国有化するといっています。

 

これは、宥和政策を継続した場合、海外企業が没収される可能性があることを示しています。

 

中国でも、アリババのような中国企業に対して、ビジネスルールの変更が求められました。まして、海外企業に対しては、将来、アリババ以上に、大きなビジネスルールの変更が求められるリスクがあります。

 

宥和政策を継続するか否かは、将来の戦争や、ビジネスルールの変更のリスクを勘案して、決める必要があります。

 

そして、ドイツは、宥和政策の撤退という方向に、外交政策を変更しました。

 

アジアでは、ウクライナのような紛争は、現在、発生していませんので、日本は、直ぐに、宥和政策を撤退するか、否かを決める必要はありません。

 

とはいえ、日本は、表向きは、対ロシア宥和政策から撤退しています。表向きというのは、ロシアへの経済協力21億円が2022年予算に組み込まれていること、サハリン1とサハリン2に対する輸入の切り替えを明示せず、輸入を継続しています。

 

本書で繰り返しているヒストリアンとビジョナリストの視点で、この問題を整理してみます。

 

(1)ドイツの宥和政策の変更

ドイツの政策変更には、まず、宥和政策の転換というビジョンがあります。

これに合わせて、エネルギー供給源のロシア依存を段階的に下げて行きます。

これは、エネルギー価格の上昇を伴います。

 

(2)日本の宥和政策の変更

 

前節でみたように、3月末で、日本政府は、日本の宥和政策を変更するか否かのビジョンをだしていません。

 

 これが、未だ、ビジョンを出していない、そのうちに、白黒を、はっきりしたビジョンが出て来ると期待できるのであれば、うれしいです。

 

しかし、「ヒストリアン対ビジョナリスト」という視点にたてば、ヒストリアンの政策決定者は、ビジョンを描くことができないので、待ってもビジョンは出てこないことが予想されます。

 

これは、2つのリスクを抱えます。

 

(1)脱宥和政策をとる先進国グループからの信頼を失い、外交上不利になる可能性があります。

(2)戦争が起こるリスクが増大します



2)冷戦後の世界と宥和政策

 

対ロシア宥和政策が使われる前の状況を振り返って見ましょう。

 

世界は、資本主義国と社会主義国に分かれ、その間には、経済的な取引は、ほとんどありませんでした。

 

資本主義と社会主義は、イデオロギーが違うので、政策運営について、話し合いができるとは思われていませんでした。

 

ソ連の崩壊前後で、大きな変化が現れます。

 

典型は、社会主義市場経済です。

 

社会主義は、資本主義で、資本家に富が集中することで、それまでの身分制度が、資本家と労働者に置き換わると考えます。身分制度社会では、王侯貴族が、不労所得を得ていたのが、公平性に反すると考えますが、資本主義では、資本家が、王侯貴族に、入れ替わると考えます。ですから、資本家は悪者です。所得の移転は、市場を通じて行われます。このため市場経済を導入すれば、資本家が発生します。

 

中国やベトナム社会主義市場経済ソ連の崩壊は、今までの冷戦構造を宥和政策に切り替えるきっかけになりました。宥和政策の結果、資本家が発生します。

 

2021/03/17のAFPBBによれば、「2021年胡潤世界富豪ランキングでは、世界の10億ドル(約1091億円)以上の資産を持つ企業家は、3228人で、中国人企業家は1058人で、米国の696人を上回り、 中国は6年連続で最も富豪が多い国となっています」

 

2020年のフォーブスの富豪の国籍別人数(独裁者や王室は除く)は、アメリカ614人、中国389人、ドイツ107人、インド102人、ロシア99人、香港66人となっています。第1位は、アメリカですが、3位以下と、大きな差があります。日本は、14位26人で、シンガポールと同列で、アジアでは、中華民国10位36人、韓国13位28人がより上位にあります。

 

ロシアのオリガルヒが多いと思われる富豪は、フォーブスでは、99人です。

 

オリガルヒは、政商と思われますが、中国人企業家にも、政商と思われる人がいます。現代の民主主義国の資本主義では、競争の公平性の確保が求められますので、インサイダー取引を連発する政商は違法です。

 

あるいは、人権を無視して強制労働に近い安い賃金で働かせれば、製品価格が安くなって、国際競争力のある製品が製造できるかもしれません。

 

宥和政策は、経済の拡大に伴って、導入されましたが、民主主義が十分に機能していない場合には、公平性や人権問題を抱えてしまうリスクがあります。

 

富豪が多いことを単純には喜べない訳です。

 

3)民主主義の自由な世界

 

今回、ドイツが政策転換した宥和政策は、対ロシア宥和政策です。

 

しかし、宥和政策の転換は、対ロシア政策だけでなく、他の自由が保たれていない国全般の外交の問題です。

 

 2022/03/27のブルームバーグで、ジョン・ミクルスウェイト氏は、「政治的権利と市民的自由に基づく自由のレベル」で、この問題を整理しています。

 

表1は、自由のレベルで、世界の国を分類して、その国のGDPシャアを示しています。なお、元の資料は、図ですが、ここでは、文字と数字を抽出して、表に変換しました。

 

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表1 自由な世界(Free World)

国別の世界GDPのシェアと、政治的権利と市民的自由に基づく自由のレベル。

Share of global GDP by country and level of freedom based on political rights  and civil liberties.

 

自由(Free)

U.S. 24%、Japan 5%、Germany 4%、U.K. 3%、France 3%。Italy 2%、Canada 2%、Australia 2%、Spain 2%、Korea 2%、Brazil 2%

 

非自由(Not free)

China 18%、Russ. 2%、Iran 1%

 

部分的に自由(Partially fee)

India 3%、Mexico 1%、Indon. 1%

 

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ミクルスウェイト氏は、宥和政策の転換は、対ロシアだけでなく、非自由国、部分的に自由国も対象にすべきだと考えます。

 

そして、バイデン大統領の排他的な政策を「バイデン大統領はまず、同盟国の間での経済的統合を深める一方、専制国家に対しても、そうした国々が柔軟性を高めるのであれば門戸を開いておくべきだろう。経済的な自由の拡大は世界および米国の繁栄にとって最善の保証であり続ける」と批判します。

 

2022/03/27のCNNは、バイデン大統領は、「プーチン氏に『権力を握らせておけない』」と発言したと伝えられ、話の真偽以前に、交渉能力を疑問視する人もいます。

 

さて、ミクルスウェイト氏は、現在の世界秩序は、ケインズが、ブレトンウッズ会議で提示した「国際通貨基金IMF)や世界銀行の創設、ドルを基軸通貨とする固定相場制づくり」に基づいており、宥和政策から離脱だけでは、不十分で、「新世界秩序」をつくる必要があると提案しています。

 

宥和政策が実施され始めたのは、1980年代からで、大きく使われるようになったのは、ソ連崩壊、天安門事件以降の1990年代です。全ての問題を、ブレトンウッズ会議にまで、遡る訳にはいかないと考えます。ただし、平和と経済成長を持続するために、求められている解答には、ブレトンウッズ会議と同じレベルのビジョンが必要であるかもしれません。

 

4)ケインズを超えて

 

2022/03/27のロイターによると「 トラス英外相は、ロシアの個人と企業に科している制裁について、ロシアがウクライナから部隊を撤退させて侵攻の終結を約束すれば、解除が可能になるとの認識を示し」ました。

 

つまり、制裁(対ロシア宥和政策の撤回)は、ロシアの対応によっては、解除が可能という説明です。

 

これは、制御システムの理論で考えると、ロシアの侵略の程度に、制裁が連動することになります。

 

現在は、侵略の程度の変化を見て、人間が、解除の割合を表すパラメータ設定をしていますが、これは、自動制御で代替可能です。

 

制御工学を少しでも、かじったことのある人は、このシステムの安定性が気になります。

 

トラス英外相の基本アイデアとしては、よいとしても、システムが、振動し、発散するリスクがあります。

 

現在の株式の取引は、アルゴリズムが行っています。

 

制裁が一部解除されると、アルゴリズムによる株式の売買が株価を変動させます。

 

ケインズを超えた「新世界秩序」は、自由国と非自由国の間の緩和政策のレベル調整装置になるのかも知れません。ただし、それを開発するには、パラメータ設定に使える緩和政策や侵略のシステムモデルが必要で、未解決の問題が多くあります。

 

世界の富豪番付で今年も中国人企業家が最多 世界初の1000人台に 2021/03/17 AFPBB

https://www.afpbb.com/articles/-/3336963

 

世界長者番付 ウィキベテア(フォーブス資料)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%95%B7%E8%80%85%E7%95%AA%E4%BB%98

 

ウクライナ侵攻の裏で進む世界食料争奪戦 激安を賛美する日本の危うさ 2022/03/27 NEWSポストセブン 日野百草

https://www.news-postseven.com/archives/20220327_1738485.html?DETAIL

 

[コラム]プーチン習近平が変える世界 2022/03/26 ハンギョレ パク・ミンヒ

https://news.yahoo.co.jp/articles/6459c628b64f3d3c9f9e24334c0c5a6d0f2231ca

 

中国、南シナ海で新たに3環礁を軍事基地化 米比は合同軍事演習を過去最大規模で実施へ 2022/03/27 Newsweek 大塚智彦

https://www.newsweekjapan.jp/writer/otsuka/

 

西側諸国の団結なければグローバル化は失敗する 2022/03/27 ブルームバーグ(ジョン・ミクルスウェイト、ブルームバーグ・ニュース編集主幹)

https://toyokeizai.net/articles/-/541751?utm_source=newsstand&utm_medium=http&utm_campaign=link_back&utm_content=article

 

対ロシア制裁、完全な停戦・部隊撤退で解除─英外相=報道 2022/03/27 ロイター

https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-britain-sanctions-idJPKCN2LO0AH

 

バイデン氏、プーチン氏に「権力を握らせておけない」2022/03/27 CNN

https://www.cnn.co.jp/usa/35185444.html