新しい資本主義を巡って~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画がでたので、今回は、米国との比較をしてみます)



2022/06/07に、内閣府のHPに、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」がアップロードされています。

2022/06/01のNewsweekに、 村上尚己氏が、コメントを出しています。

 

1)村上尚己氏のコメント

村上尚己氏のコメントのポイントを抽出すれば、以下になります。

 

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つまり、新しい資本主義の計画の中に「成長戦略」に属する政策が多く入っており、経済成長に配慮するというメッセージが強まった。「所得分配の是正だけでは、経済成長を実現することは難しいのではないか」などの意見が配慮されたのかもしれない。

 

本来、民間企業による投資資金の使い道は、リスクをとる民間企業が自ら決めるべきだし、政府が「成長産業」を定めたこれまで日本の産業政策は失敗する例が散見されてきた。ただ、開発コストがとても大きく不確実性が高いイノベーションの分野に限った政府支援であれば、望ましい経済効果が表れる場合はありうる。

 

なお、今後10年程度で総額150兆円とされる、脱炭素の関連投資の内訳は、経済産業省が作成した資料にある。具体的には、再エネ推進関連が5兆円/年、次世代自動車・省エネ住宅関連の投資4兆円/年間、など年間17兆円の脱炭素関連投資が想定されている。

 

一方、この財源調達がどのように行われるかで、経済成長への押し上げ効果は変わってくる

 

大規模な政府資金が動く可能性がある脱炭素促進政策が、日本経済全体の成長率を高め、かつ脱炭素目標の達成可能性を高めるには、経済情勢にあわせたマクロ安定化政策との整合性に配慮したうえで、実効性がある制度設計が不可欠だろう。そうでなければ、既得権益が増えるという弊害の方が大きくなりかねない。

 

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・配分から成長に重点が変わっている。

 

・膨大な補助金を投入すれば、「望ましい経済効果が表れる場合はありうる」。つまり、成功する確率は低いが、効果はゼロではない。

 

・実効性がある制度設計なしに、予算を増額しても、既得権益が増えるという弊害の方が大きくなるので、逆効果である。

 

言うまでもなく、 村上尚己氏が、「実効性がある制度設計なしに」というのは、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」には、「実効性がある制度設計」が、書かれていないからです。

 

以下では、村上尚己氏のコメント以外の視点を述べます。

 

2)プロトコルはどこで議論するのか

 

日本では、政権が交代するごとに、新しい政策が思い付きで、たてられます。中身はともかく、政権は看板を取り換えるのが好きです。

 

一方では、政策検討や、政策決定のプロセスとそのプロトコルは、まともに議論されてきていません。

 

米国の場合、科学技術政策は、NTSC(国立科学技術評議会)とPCAST(大統領科学技術諮問委員会)が決めます。これは、専門の組織であってパートタイムワーカーで構成される日本の審議会とは異なります。

 

PCASTは、大統領との関係が強いので、最近では、中国との科学技術競争に勝つことが、安全保障上の課題として位置づけられています。

 

「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」には、開発競争に勝つために何が必要かという視点は全くありません。

 

科学技術に限りませんが、DX、労働生産性、教育改革についても、国際的な競争に生き残るためには、何が必要かという視点はありません。

 

過去の政策は、GAO(政府説明責任局)が評価します。

 

日本には、GAOに相当する組織はありません。

 

政権が替わるたびに、会議(今回は、新しい資本主義実現会議)を作りなおして、思い付きのような計画をたてても、勝負になりません。ここで、思い付きというのは、バックとなるエビデンスが示されていないことをさしています。

 

それにしても、米国に比べると、計画作成のプロセスとそのプロトコルが、あまりに、お粗末です。これでは、内容を見るまえに、科学技術に差が出るのは当然ではないかと思われます。



3)労働市場はどこにあるのか

 

IT人材については、次のようにかかれています。

 

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大企業、中小企業、IT企業で求める人材が異なる中、デジタル実装を進め、地域が抱える課題の解決を牽引するデジタル人材について、現在の100万人から、本年度末までに年間25万人、2024年度末までに年間45万人育成できる体制を段階的に構築し、2026年度までに合計330万人を確保する。

 

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これを読むと、大きな違和感があります。

 

2022/06/05の日経新聞の6面には、TSMCアリゾナ工場の人材確保の話が出てきます。

 

以下、ドルは米ドルをさし、1ドル120円として計算します。

 

TSMCが、台湾で、半導体の技術者を雇用する場合には、67700ドル(812.4万円)の年収を提示します。

現在、TSMC は、アリゾナで、118000ドル(1416万円)の年収を提示していますが、人集めに苦労しているそうです。

インテルは、アリゾナで、128000ドル(1536万円)の年収を提示して、人材を確保しています。インテルは、アリゾナ州立大学といろいろなパートナーシップを結んでいるので、人材を集めやすいのだそうです。

2021年のアメリカ全土のソフトウェアエンジニアの平均年収は、156000ドル(1872万円)だそうです。

つまり、TSMCの118000ドル(1416万円)は、安いので、難しいという記事です。

 

これから見ると、2000万円程度を提示すれば、ソフトウェアエンジニアが確保できます。

実際に、GAFAは、このレベルの年収を提示して、世界中から人材を集めています。

インド、台湾の比率が高いですが、ロシアやウクライナも含めて、世界中の人が働いています。

 

こう考えると日本でも、IT人材が不足していないことがわかります。

 

日本は、極東にあるので、交通が不便ですが、それでも、2500万円程度の年収を提示できれば、IT人材は確保できます。

 

日本の労働人口を6000万人、1人あたり平均年収を400万円とすれば、総額は、2,400,000億円=240兆円になります。

ITエンジニア300万人の平均年収を2000万円とすれば、総額は、60兆円になります。

300万人の6000万人に占める割合は、5%です。これから、総給与は次式になります。

240x0.95+60=288兆円

つまり、48兆円の給与支払いを増やす必要があります。

 

「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、平均年収400万円で、ITエンジニアが確保できるというあり得ない前提をとっているとしか思えません。

 

ITエンジニアの平均年収が2000万円であるということは、2000万円払えるだけの労働生産性の高い企業以外は、DXにのれずに淘汰されることを意味しています。補助金では、対応できません。

 

資本主義は、市場経済が原則ですから、「新しい資本主義」は、世界の労働市場を、前提にしているはずです。





引用文献



National Science and Technology Council (NTSC、国立科学技術評議会)

https://en.wikipedia.org/wiki/National_Science_and_Technology_Council

 

President's Council of Advisors on Science and Technology(PCAST、大統領科学技術諮問委員会)

https://en.wikipedia.org/wiki/President%27s_Council_of_Advisors_on_Science_and_Technology



Government Accountability Office (GAO、政府説明責任局)

https://en.wikipedia.org/wiki/Government_Accountability_Office

 

新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画~人・技術・スタートアップへの投資の実現~2022/06/07

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/index.html



新しい資本主義の変容と岸田政権の脱炭素促進政策 2022/06/01 Newsweek 村上尚己

https://www.newsweekjapan.jp/murakami/2022/06/post-16.php