オリエント急行の政治資金規正法

 

裁判の証拠には、逸話的な証拠(事例証拠、Anecdotal_evidence)と科学的証拠(Scientific_evidence)があります。

 

逸話的な証拠とは、証言のことです。

 

日本語版のウィキペディアの「事例証拠(逸話的な証拠)」には、次のように書かれれいます。

証人による証言は、法律における証拠の典型的な形態であり、法律には証人による証拠の信頼性や確実性を検証する機構が備わっている。証拠を評価する法的プロセスは形式化されている。場合によっては、複雑訴訟形態の一部として証人が嫌がらせの証言を事例証拠として語る可能性もある。しかし、証言は検証され、信頼性を担保される。そのための手法の例として、質問、複数の証人による証拠、文書、ビデオなどがある。確証や具体的証拠がないために、法廷に証言の証拠能力を検証する手段がない場合、その証言は判決を検討する際にあまり重視されないことになる。

 

問題は、「法律には証人による証拠の信頼性や確実性を検証する機構が備わっている」という部分です。

 

英語版のウィキペディアの「逸話的な証拠(事例証拠、Anecdotal_evidence)」には、次のように書かれています。

逸話的証拠(または逸話データ)は、個人的経験や観察の記述や報告に基づく証拠であり、 非体系的な方法で収集されたものである。

 

逸話的証拠は真実の場合も虚偽の場合もありますが、通常は学術的方法論、科学的方法、あるいは法的、歴史的、学術的、知的厳密さのルールの対象とはならないため、捏造や不正確さに対する保障はほとんど、あるいは全くありません。

 

統計的証拠と比較した逸話的証拠の説得力は議論の対象となっている。ある研究では逸話的証拠を過大評価する一般的な傾向があると主張したが、他の研究では前提条件として議論の種類を強調したり、結論を完全に否定したりした。

 

法廷において、逸話証拠は、一定の法的要件を満たし、証言として認められれば、法廷で用いられる一般的な証拠形式である。多くの場合、逸話証拠は裁判で提出される唯一の証拠である。法廷における科学的証拠は物的証拠と呼ばれるが、これははるかに稀である。逸話証拠は、いくつかの安全策を講じれば、法廷における証拠の大部分を占める。

 

場合によっては、科学的証拠が法廷で法的証拠として提示されることもある。実際アメリカ合衆国では、専門家による証言はドーバート基準( Daubert standard) を満たさなければならない。

 

証言が証拠とみなされるための法的厳格さは、宣誓のもとで行われなければならないこと、証言者は自身の言葉と行動についてのみ証言していること、宣誓のもとで故意に嘘をついた場合は偽証罪に問われることなどである。しかし、これらの厳格さは、法廷における証言を科学的証拠と同等にするものではない。なぜなら、法廷における証言にははるかに緩い法的厳格さがあるからである。他人の経験や言葉に関する証言は伝聞と呼ばれ、通常は証拠として認められないが、特定の例外がある。しかし、裁判官によって異議が唱えられたり却下されたりしない伝聞は、陪審にとって証拠とみなされる。これは、裁判には相当量の逸話的証拠が含まれており、陪審によって関連証拠とみなされることを意味する。目撃証言(逸話的証拠の一種)は、陪審によって最も説得力のある証拠とみなされる。

 

英語語版のウィキペディアの「逸話的な証拠」は、「逸話的証拠は、(通常は科学的なバックアップがないので、)捏造や不正確さに対する保障はほとんど、あるいは全くありません」といいます。

 

つまり、日本語版のウィキペディアの「事例証拠」とは、全く異なります。

 

英語語版のウィキペディアは、次の部分で、「逸話的な証拠の根拠は証言の宣誓にある。科学的証拠は、逸話的な証拠より優先する」といいます。

 

「証言が証拠とみなされるための法的厳格さは、宣誓のもとで行われなければならないこと、証言者は自身の言葉と行動についてのみ証言していること、宣誓のもとで故意に嘘をついた場合は偽証罪に問われることなどである。しかし、これらの厳格さは、法廷における証言を科学的証拠と同等にするものではない」

 

科学的証拠(Scientific_evidence)の採用は、現在は、ドーバート基準(Daubert standard)によっています。それまでは、フライ基準が使われていました。

 

さて、「逸話的な証拠の根拠は証言の宣誓にある」は、推理小説を考えればわかります。

 

殺人事件が起きたあと、ポアロは、関係者に聞き取りをします。これは証言と同じ逸話的証拠です。

 

全員の逸話的証拠が正しければ、殺人事件はなかったことになります。

 

もちろん、これは、あり得ません。したがって、誰かが、ウソをついてて、ウソをついている人が犯人です。

 

仮に、関係者が10人いたと仮定します。

 

そこで、ポアロは、1番目の人がウソをついていた場合、2番目の人、、、と10通りの仮説を考えます。

 

この10通りの仮説の中に真実があると考えます。

 

共犯者がいて、ウソをついている人が、2人いる場合には、組み合わせは、10x9=90通りになります。この場合には、解決は、事実上不可能です。

 

小説の主人公のポアロは、超能力の持ち主なので、オリエント急行殺人事件では、共犯者がいる場合の殺人事件を解決しています。

 

政治資金規正法では、違法な献金を受け取った可能性のある議員が証言しました。

 

日本の国会は、違法な献金を受け取らなかったと発言すれば、白であると考えています。

 

しかし、全員が白であれば、事件はなかったことになります。

 

したがって、誰かがウソをついていることになります。

 

しかし、政治資金規正法では、違法な献金を受け取っていないと議員が発言しても、100%信頼できると考えている人は少数です。

 

何人かの議員は、ウソをついているだろうと考えるひともいます。

 

この人数が増えると、犯人は特定できません。

 

確率がわかっていれば、「法律には証人による証拠の信頼性や確実性を検証する機構が備わっている」とはいえないことがすぐにわかります。

 

国会には、ポアロはいませんので、複数の議員がウソをついていれば、犯人は特定できません。ウソをついている議員が1人だけと思った人は、何人いるのでしょうか。国家の証人喚問は時間の無駄です。

 

この場合には、科学的証拠のみを採用して、逸話的な証拠は、使えないというルールを採用すれば、犯人捜し問題は解決します。

 

英語版のウィキペディアの「逸話的な証拠」からは、この結論が導かれます。

 

これは、日本語版のウィキペディアの「逸話的な証拠」よりはるかに科学的です。