3)言葉の問題(2)
「エビデンスの何が問題か」を論ずるには、最初に、言葉「エビデンス」が問題になります。
「表1 エビデンスの階層」は、統計学(疫学)の言葉で書かれています。
つまり、統計学のメンタルモデルがなければ、「表1 エビデンスの階層」は、理解できません。
統計学のメンタルモデルのない人が、統計学のメンタルモデルを使わずに、「エビデンス」を論じています。
欧米では、データサイエンスの発達に合わせて、高等学校の数学に統計学のカリキュラムが組み込まれ、統計学のメンタルモデルは、基本的なリテラーになっています。このメンタルモデルの共有の上に、2000年頃から、「Evidence Based Policy Making」が、実務に使われています。
「Evidence Based Policy Making(EMPM)」で検索すれば、実に多くの文献にヒットします。中には、既に、使われているガイドラインも多数あります。
2018年に、日本のEMPMについて、岡村麻子氏がまとめている文献の一部を引用します。(筆者要約)
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我が国においては、2013 年以降、「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)に「エビデンス」という用語が使われるようになり、2017 年には政府全体として、証拠に基づく政策立案(EBPM)を進める方針が示された。また、2014 年の統計改革(公的統計の整備に関する基本的な改革)においても、公的統計が EBPMを支える基礎としての位置付けが明記された。2016 年に施行された「官民データ活用推進基本法」により、政府横断的なEBPM 機能を担う組織として、EBPM 推進委員会が設置され、2018 年より EBPM 推進統括官(政策立案総括審議官又は政策立案参事官)が各府省に置かれることとなった。
このように EBPM の意義についての理解が政府内で進み体制が構築されたことは大きな進展であるものの、政策形成におけるエビデンスは何かについての混乱や、データや担い手となる人材不足等の課題も多く、一朝一夕に進むものではない。EBPM 推進委員会では、現時点での政府内の浸透度の調査や課題の抽出を行うとともに、今後進むべき方向性として、EBPM の普及・浸透、質の向上、人材確保・育成・活用という観点から、ロードマップを作成している。
そもそも、エビデンスとは何か。日本語としては、エビデンスや、根拠、証拠、客観的根拠、科学的根拠といった訳語が用いられている。エビデンスの定義には複数のものが存在し、多義的に用いられていることがわかる。
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<< 引用文献
0.3 政策形成におけるエビデンスと「科学技術イノベーション政策の科学」2018 岡村麻子
https://scirex-core.grips.ac.jp/0/0.3/main.pdf
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「エビデンスの定義には複数のものが存在し、多義的に用いられている」という指摘は不適切です。このような指摘がでる原因は、英語版のEBPMを、統計学のメンタルモデルなしに、自己流に解読した日本語の文献があふれているためです。この問題を回避するには、間違った解釈である日本語の文献を読まないで、英語の文献にあたればよいです。
岡村麻子氏は、エビデンスの定義の例として、「Evidence Collaborative」の「エビデンスとは、ある種の信念や主張が正しいかどうかに関して利用可能な体系的な事実や情報」を引用しています。
その「Evidence Collaborative」の説明は、単純で明確です。
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エビデンスに基づく政策立案の第一原則(First Principles of Evidence-Based Policymaking)
1.費用と便益を含め、何が効果的か(費用対効果分析、筆者注)についての厳密なエビデンスを構築してまとめます。
- プログラムの提供を監視し、影響評価を通じてプログラムの有効性を測定します。
- 厳密なエビデンスを使用してプログラムを改善し、効果的なものを拡大し、一貫して効果のないプログラムから資金を転用します。
- イノベーションを奨励し、新しいアプローチをテストします。
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<< 引用文献
Principles of Evidence-Based Policymaking 2016
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この説明を世見た目に必要なメンタルモデルは、統計学と公共経済学(費用対効果分析)です。政治学の知識は不要です。
英語版のウィキペディアの説明を引用します。
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エビデンスに基づく政策(Evidence-based policy)
エビデンスに基づく政策 (エビデンスに基づくガバナンスとも呼ばれる) は、政策決定が厳密に確立された客観的なエビデンスに基づく、または影響を受けることを提唱する公共政策の概念です。この概念は、イデオロギー、常識、逸話、または個人的な直感に基づく政策立案とはまったく対照的です。エビデンスに基づく政策で採用される方法論には、ランダム化比較試験 (RCT) などの包括的な研究方法が含まれることがよくあります。優れたデータ、分析スキル、および科学的情報の使用に対する政治的支援は、通常、エビデンスに基づくアプローチの重要な要素と見なされています。
個人または組織が特定の政策がエビデンスに基づいていると主張するのは、次の 3 つの条件が満たされている場合に限ります。
第1に、個人または組織が、特定の政策の効果と少なくとも 1 つの代替政策の効果を比較する比較エビデンスを持っていることです。
第2に、特定の政策が、特定の政策分野における個人または組織の少なくとも 1 つの選択(preferences)に従って、このエビデンスによってサポートされていることです。
第3に、個人または組織は、主張の根拠となるエビデンスと選択(preferences)を説明することで、このサポートについて正当な説明をすることができます。
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「特定の政策の効果と少なくとも 1 つの代替政策の効果を比較する比較エビデンスを持っていること」は。「費用対便益分析」に対応します。
「ランダム化比較試験 (RCT) などの包括的な研究方法」と「正当な説明」は、統計学のメンタルモデルに対応します。
なお、英語版のウィキペディアは、「エビデンスに基づく政策(Evidence-based policy)」と「政策に基づくエビデンス作成(Policy-based evidence making)」を混同するなと注意しています。
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政策に基づくエビデンス作成(Policy-based evidence making)
「政策に基づくエビデンス作成」とは、すでに決定された政策を支援するために研究を委託することを指す軽蔑的な用語である。これはエビデンスに基づく政策作成の逆である。
名前が示すように、政策に基づく証拠作成とは、事前に定義された政策から逆算して基礎となる証拠を作成することを意味します。結論から作業して裏付けとなる証拠のみを提供するというアプローチは、科学的方法のほとんどの解釈と矛盾しますが、政策の効果に関する研究とは区別する必要があります。政策の効果に関する研究では、裏付けとなる証拠または反対となる証拠のいずれかを提供する可能性があります。
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「政策に基づくエビデンス作成」の実例は、事業評価です。
4)トランプ政権を巡って
トランプ氏が、大統領選挙に勝ってから、日本のマスコミには、トランプ氏のイデオロギーを批判する記事にあふれています。
トランプ氏が選挙に勝った理由は、バイデン政権時代よりも、その前のトランプ政権時代の方が生活が良かったと感じた有権者が多かったからです。
Bloombergは次のように伝えています。
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トランプ次期米大統領は連邦政府の官僚制度を解体し、少なくとも一つの省庁の廃止を望んでいる。この実現に向け新設する機関が「政府効率化省(DOGE)」だ。「政府効率化省」をひきいるマスク氏の野望は大きく、2兆ドル(約313兆円)の歳出削減を見込んでいます。
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<< 引用文献
マスク氏発案の米「政府効率化省」は何ができるのか-QuickTake 2024/11/15 Bloomberg
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-11-15/SMXA2ET1UM0W00
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「政府効率化省」の無駄の削減ツールは、EBPMになります。
英語版のウィキペディアの「エビデンスに基づく政策」には、「この概念は、イデオロギー、常識、逸話、または個人的な直感に基づく政策立案とはまったく対照的です」と書かれています。
マスク氏の中国でのビジネスは、「中国製造2025」に、位置づけられています。イデオロギーでみれば、マスク氏の活動は、支離滅裂です。しかし、エビデンスに基づく行動としては、一貫しています。
トランプ氏は教育省を廃止し、政策と資金調達の管理を州に戻すと約束しています。
教育が、州の管轄になれば、有権者は、足による投票で、費用対便益の高い教育をしている州に移住することができます。
橘玲氏は、「テクノリバタリアン」(2024)の中で、マスク氏は、「テクノリバタリアン」であるといいます。橘玲氏は、マスク氏をイデオロギーの言葉で理解しています。
筆者には、マスク氏の行動は、データサイエンス(統計学)のメンタルモデルに基づいているように見えます。
「政府効率化省」が、成功するかは不明です。しかし、経済学のメンタルモデル(微分方程式のメンタルモデル)で考えれば、効率があがれば、経済成長が促進できます。
EBPMは、無駄な省庁の廃止につながります。
これは、デジタル庁、こども家庭庁といった官僚部門の拡大とは対立します。