アベノミクスの総括(11)

12)金融緩和の効果

12-1)リフレ派の前提

 

「金融緩和=>マネタリーベースの増=>マネーフローマネーストック)の増加=>インフレ=>経済成長」は、リフレ派の因果モデルですが、「経済成長=>インフレ」が、正しい因果関係です。

 

また、「マネタリーベースの増加」と「 マネーフローマネーストック)の増加」には、因果関係はありません。

 

つまり、リフレ派の因果モデルは、赤字のところ2か所で、間違っています。

 

「金融緩和=>マネタリーベースの増加=>マネーフローマネーストック)の増加=>インフレ=>経済成長」

 

恐ろしいことに、政治家には、因果推論のメンタルモデルがないので、衆議院選挙に向けた公約で、金融緩和の停止を掲げる政治家はいません。

 

数学の証明と同じように、間違った推論の結果を反映した政策をすれば、経済は壊れてしまいます。

 

「経済が壊れる」というメンタルモデルは、経済学者に固有のものと思われます。

 

中国経済は、社会主義市場経済です。

 

市場原理に従って、企業活動が行われている場合には、投資家は、企業の業績の予測がある程度できます。

 

投資家は、企業の業績を推測しながら投資を行なうことが可能です。

 

しかし、共産党による介入がある場合、投資家は、企業の業績を推測しながら投資を行なうことが不可能になります。

 

こうなると、投資のリスク評価ができなくなるので、資金が逃げ出します。

 

日銀(中央銀行)が、不合理な金利操作をしたり、EFTを大量に購入すると、市場経済にゆがみがきます。その場合にも、投資のリスク評価ができなくなるので、資金が逃げ出します。

 

たとえば、日本の株価は、日銀が、ETFを売れば下がります。

 

日銀は、普通の営利企業ではないので、ETFの売りは、営業利益の影響を受けません。

 

これは、日銀が、いつETFを売るかという予測が困難なことを示しています。

 

多くの投資家は、日銀が市場経済に介入して、市場原理が働かなくなっているとうすうす感じています。

 

「異次元緩和の罪と罰」を読むと、日本では、市場原理がほぼ完全に壊れていることがわかります。

 

つまり、日本への投資のリスクは、中国への投資のリスクと大差がないように見えます。



12-2)円ドルレート

 

為替レートは中期的には、金利差で説明できます。

 

ただし、この場合に使われる円とドルは、名目値ではなく、実効値です。

 

20年で、物価が2倍になると円の実効値は、半分になります。

 

実際に、過去20年で、アメリカの物価は2倍近くなりました。

 

一方、日本は、弱いインフレでした。

 

ここで、話を簡単にするために、過去20年の間に日本では、インフレ率がゼロであったと仮定します。

 

20年前に1ドル100円であったと仮定し、日米の金利差が無視できるほど小さいと仮定します。

 

アメリカの物価が20年で2倍になり、賃金も2倍になったと仮定します。

 

このとき、アメリカでは、20年前と同じ生活をするには、2倍のドルが必要になります。

 

つまり、ドルの実効値は、0.5倍になります。

 

日本では、インフレがないので、円の実効値は、1倍です。

 

この条件では、円ドルレートは、1ドル50円になります。

 

実体経済は、円の実効値で動いています。名目値で考えることは間違いです。

 

過去20年、日本は、インフレでなかったので、金利を極端にあげて、インフレを抑える必要はありませんでした。

 

マネタリーベースが極端に小さくなると、マネーフローマネーストック)が不足します。

 

マネタリーベースの増加は、マネーフローマネーストック)の増加の必要原因ですが、十分原因ではありません。

 

マネーフローマネーストック)が不足しない程度に、金利を調整しておくことが、日銀(中央銀行)に求められる政策です。経済成長のためには、技術革新が必要です。

 

過去20年間、日本は、アメリカに比べて、インフレではありませんでした。

 

これは、金利差がなければ、円ドルレートは、円高になることを意味します。

 

アベノミクスが始まる前は、円高でした。

 

企業経営者の中には、円高で経営が困難であると主張する人がいました。

 

高い法人税率が問題であると主張する人がいて、法人成立が引き下げられました。

 

しかし、インフレ下の円高は、実効値には、影響がありません。

 

つまり、円高で経営が困難であるという主張は間違いです。

 

筆者は、日本企業の経営が行きづまった原因は、メンタルモデルの共有が出来ないので、技術革新が停止したことであると考えます。

 

アップルのように、開発者会議を開催できている日本企業は少ないと思います。

 

技術開発に必要なメンタルモデルの共有ができていない日本企業が多いと感じます。

 

技術開発に必要なメンタルモデルの共有ができていないと技術開発が進みません。

 

特に、今世紀に入って、技術開発の中心がソフトウェア技術になったため、開発者会議を開かずに、技術開発をすることは不可能になっています。

 

過去20年の日本企業は、コストカットを中心に経営をしてきました。

 

加谷珪一氏も次のように述べています。

これまでの日本企業は、労働者の賃金を犠牲にすることで利益を確保してきたと言っても過言ではない。過去20年の日本企業における増益分の大半はコストカットによるものである。加えて日銀の低金利政策によって企業は利払い負担も回避できており、政府が下駄を履かせてきたのが現実だ。

<< 引用文献

「本当の敵」は旧安倍派でも、裏金議員でもない…石破首相が「脱アベノミクス」をゴリ押しする本当の理由  2024/10/15 President 加谷珪一

https://president.jp/articles/-/86948

>>

 

これが、非正規採用が増えて、所得が下がった原因です。

 

経営者が、メンタルモデルの共有ができていなければ、技術開発についてのコミュニケーションができないので、技術の中身の検討ができなくても可能なコストカットの経営が唯一の選択肢になります。



同様に、メンタルモデルの共有ができていないので、技術開発についてのコミュニケーションができなければ、金融政策で経済成長が可能であるというトンデモ理論が横行することになります。

 

シュンペーターは、経済成長の基本は、技術革新であるという仮説を提示しています。経済成長について論ずる場合には、最初に、シュンペーターの条件について検討するところから始めることが、経済学者のメンタルモデルになっているはずです。もちろん、シュンペーターは、2024年の技術については、何もいっていませんので、シュンペーターの条件についての検討は、シュンペーターの本を読んでもできません。エビデンスを集める必要があります。

 

豊かさの基準とされる国民一人当たりの国内総生産GDP)は、IMFのデータでは、2021年は27位です。

 

スイスのビジネススクール国際経営開発研究所(IMD)の世界競争力ランキング2024では、日本は38位です。

 

スイスの国際経営開発研究所(IMD)の世界デジタル競争力ランキング2023では、日本は32位です。

 

世界競争力ランキング、世界デジタル競争力ランキングと国民一人当たりの国内総生産GDP)の順位は、ほぼ対応しています。

 

これは、世界競争力ランキングと世界デジタル競争力ランキングが生産性を示す指標だからです。

 

金融緩和では、世界競争力ランキングと世界デジタル競争力ランキングは上がりません。

 

それどころか、加谷珪一氏が指摘するように、「日銀の低金利政策によって企業は利払い負担も回避できており、政府が下駄を履かせてきた」、つまり、ゾンビ企業を温存してきたことがわかります。

 

金融緩和は、日本の世界競争力ランキングと世界デジタル競争力ランキングが下がる原因になっています。

 

世界中で、同一価格が実現しているものがあります。

 

円ドルレートで、価格が変動します。自動車とカメラの価格は、10年前の2倍になっています。

 

食料品も、輸入食品の価格は、中期的には、円ドルレートで、価格が変動します。

 

国産の食品の価格も、原材料を輸入しているので、中期的には、円ドルレートで、価格が変動します。

 

つまり、金融緩和をやめなければ、多くの物価は、2倍になるまで、漸近的に価格上昇するはずです。

 

そうなった場合には、1000円の最低賃金を1500円にあげても、賃金は下がります。

 

2000円まであげる必要があります。

 

無謀な金融緩和の副作用は非常に大きなものです。

 

唐鎌大輔氏は、次のようにいいます。

 円安と金利上昇の二者択一

 

誰がリーダーになろうと円安か金利上昇のいずれかは受け入れる必要がある。為替を制御するのが難しい以上、緩やかな金利上昇を甘受した上で円安抑制を図るしかあるまい。

<< 引用文献

コラム:曖昧すぎるデフレの定義、国民が望むは「インフレ脱却」=唐鎌大輔氏 2024/10/15 ロイター

https://jp.reuters.com/opinion/forex-forum/MHG5L7AUUFOFHA5HPLDKUODSFM-2024-10-15/

>>

12-3)ノーベル経済学賞

 

NHKの報道を引用します。

2024年のノーベル経済学賞に、アメリカのマサチューセッツ工科大学のダロン・アセモグル教授など3人の研究者が選ばれました。

 

受賞が決まったのは、マサチューセッツ工科大学のダロン・アセモグル教授とサイモン・ジョンソン教授、それにシカゴ大学ジェームズ・ロビンソン教授の3人です。

 

授賞理由は「制度がどのように形成され、国家の繁栄に影響を与えるかの研究」です。

 

王立科学アカデミーは、3人がヨーロッパの植民地で導入されたさまざまな政治・経済制度を検証し、国家間の繁栄に大きな差があることについて、社会制度の根強い違いが1つの重要な原因になることを明らかにしたとしています。

 

アセモグル氏とロビンソン氏は、共同で執筆した「国家はなぜ衰退するのか」の著作でも知られていて、この中でも繁栄する豊かな国と貧しい国との違いには、政治的な制度が関係していると指摘しています。

 

王立科学アカデミーは「受賞者たちの研究は、法の支配が貧弱な社会や国民を搾取するような制度は成長やより良い変化をもたらさない理由を理解するのに役立っている」としています。

 

2024年のノーベル経済学賞に選ばれた研究者の1人、マサチューセッツ工科大学のダロン・アセモグル教授は、アメリカとトルコの国籍を持つ57歳の経済学者です。

 

1992年にイギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで博士号を取得し、2000年からマサチューセッツ工科大学の教授を務めています。

 

経済学にとどまらず、幅広い分野の著作があり、数多くの論文が引用される学者として知られていて、共同受賞が決まったマサチューセッツ工科大学のサイモン・ジョンソン教授と、シカゴ大学ジェームズ・ロビンソン教授と社会制度と国家の繁栄の関係などを研究してきました。

 

英語版ウィキペディアは、「国家はなぜ衰退するのか」を次のように紹介しています。

2012年に初めて出版された「国家はなぜ衰退するのか:権力、繁栄、貧困の起源」は、経済学者ダロン・アセモグルとジェームズ・A・ロビンソンによる本です。この本は、制度経済学、開発経済学、経済史の洞察を適用し、幅広い歴史的ケーススタディに基づいて、なぜ一部の国は権力と繁栄の蓄積に成功し、他の国は失敗するなど、国によって発展の仕方が異なるのかを理解しています。

 

この本は、ダロン・アセモグルの経済成長理論とジェームズ・ロビンソンのアフリカとラテンアメリカの経済に関する長年の研究、および他の多くの著者の研究を統合した成果である。この本には、新しい制度学派の観点から、消滅した国と現代のさまざまな国の歴史の解釈が含まれている。著者の多くの作品の中心となる考えは、国が高い福祉レベルを達成する上での制度の決定的な役割である。著者による以前の本「独裁と民主主義の経済的起源」は同じことを扱っているが、さまざまな歴史的例はそれほど多く含まれていなかった。

 

著者らは、世界的な不平等を説明する他の理論の著者らと間接的に論争を繰り広げている。その理論とは、ジェフリー・サックスジャレド・ダイアモンドの地理理論、アビジット・バネルジーエスター・デュフロのエリート層 の無知の理論 、シーモア・マーティン・リプセットと彼の近代化理論 、そして様々な文化理論である、北欧住民の特殊な文化構造に関するデイヴィッド・ランデスの理論 、イギリス文化のプラスの影響に関するデイヴィッド・フィッシャーの理論、そしてプロテスタントの倫理が経済発展に及ぼす影響に関するマックス・ウェーバーの理論である。彼らは地理理論を「一般的な世界的不平等を説明できないだけでなく、多くの国が長い間停滞し、その後、ある時点で、地理的な位置は変わらないのに急速な経済成長を始めたという事実も説明できない」と最も厳しく批判した。

 

サイモン・ジョンソンはアセモグルとロビンソンの多くの著作の共著者であるが、この本には貢献していない。例えば、2002年の論文では、統計分析を通じて、さまざまな国の一人当たりGDPを決定する上で、制度的要因が文化と地理に大きく影響していることを示した。 また、2001年の論文では、植民地におけるヨーロッパ人入植者の死亡率が、これらの地域の制度の確立と将来の発展にどのように影響したかを示した

 

アセモグル教授とロビンソン教授が論争ができる(コミュニケーションができる)ことは、メンタルモデルの共有ができていることを示しています。

 

筆者は、フィッシャーのRCTが生まれる前にできた「プロテスタントの倫理が経済発展に及ぼす影響に関するマックス・ウェーバーの理論」は間違っているはずであると書きました。

 

しかし、日本では、「マックス・ウェーバーの理論」は間違いであるという人は少ないと思います。

 

これは、日本人のブリーフの固定化法が、権威の方法によっていて、科学の方法のメンタルモデルの共有ができていないことを示しています。

 

科学とは、可謬主義(Fallibilism)に基づいて、仮説を作って、より良い仮説に更新する営みです。

 

既に、提案された仮説を紹介する営みではありません。

 

産経新聞は、日本人のノーベル経済学賞の受賞者がいない理由を次のように述べています。

日本のある大学教授(経済学)は「優れた経済理論を開発し実際に生かそうという機運が必要だが、本当にそれを実践できる日本人は少ない」と指摘する。

<< 引用文献

ノーベル経済学賞、今年も日本人の獲得ならず 英語が高い壁、日本発の理論も少なく 2024/10/14 産経新聞

https://www.sankei.com/article/20241014-O6NFXKCESBPJBLYEAPSUOD7CSA/

>>

 

「優れた経済理論を開発し実際に生かそうという機運」とは、経済学のメンタルモデルの共有に他なりません。

 

筆者は、アセモグル教授とロビンソン教授のように論争をしている経済学者を知りません。

 

12-4)「国家はなぜ衰退するのか」

 

「国家はなぜ衰退するのか」は、制度を政治制度と経済制度とに分け、それぞれを収奪的(extractive)な制度と包括的(inclusive)な制度に分けています。収奪的な政治制度と経済制度をもつ国は衰退し、包括的な政治制度と経済制度へと移行できた国は発展するといいます。

 

「国家はなぜ衰退するのか」は次の因果モデルを提示しています。

 

 

包括的な政治制度=>包括的な経済制度=>投資とイノベーション(そして創造的破壊)=>持続的な経済成長=>繁栄

 

収奪的な政治制度=>収奪的な経済制度=>限られた投資とイノベーション=>経済停滞、またはせいぜい持続しない経済成長(搾取的な制度の下での成長)=>貧困



なぜ失敗を選ぶのか?

 

損をする人がいる

 

・ 対立:多元主義と中央集権的な政治制度への自然な連携(natural tendency)がない。

 

さらに、負のフィードバック ループがある

 

・ 搾取的な経済および政治制度が存続する。

 

・ 搾取的な経済および政治制度はクラスター化している。



おそらく最も重要な政策の処方箋は、人々の世界に対する見方を変えることです。

 

 

「国家はなぜ衰退するのか」多数の事例を扱っていますが、アフリカ、ヨーロッパ、南北アメリカの事例が多いです。

 

日本の政治家は、補助金による所得移転が政治の目的であると考えています。その結果、中抜き経済が蔓延して、市場原理が損なわれ、「投資とイノベーション(そして創造的破壊)=>持続的な経済成長=>繁栄」の因果モデルが成り立たなくなっています。

 

ジェンダー格差と正規非正規の格差を見れば、「 搾取的な経済および政治制度が存続する」と言えます。

 

二世、三世議員が多いことは、「搾取的な経済および政治制度はクラスター化している」といえます。

 

「国家はなぜ衰退するのか」の理論は、そのまま、現在の日本にあてはまるように思われますが、この問題を扱った論文はあるのでしょうか。

 

「人々の世界に対する見方を変えること」は、新しいメンタルモデルの共有に他なりません。

 

三菱スペースジェットの失敗について、経営者は、型式認証が取れなかったことが失敗の原因であると主張しています。

 

しかし、開発者会議が機能して、メンタルモデルの共有が出来ている場合を想定すれば、「式認証が取れなかったことが失敗の原因」という説明はあり得ません。