アベノミクスの総括(4)

5)チューリングテスト

 

山本謙三氏の「異次元緩和の罪と罰」を読みました。

 

2024年10月の時点で、「アベノミクスの総括」の本としては、最も詳細で、正確であると思います。

 

書かれていることは次の3点です。

 

1)異次元の金融緩和の間違い(効果がゼロで、コストは膨大であった)

 

2)中央銀行の本来の使命

 

3)中央銀行の使命回復の提案

 

2)は、世界の一般公式見解であり、特に、コメントはありません。

 

1)は、弱点がありますが、相対的にみれば、ベストだと言えます。

 

問題は、3)で、主旨には賛成ですが、この提案では、実現は難しいと思います。

 

そこで、3)について、コメントをします。

 

なお、山本謙三氏と藤巻健史氏の対談が、現代ビジネスにのっています。

 

一例は以下です。

 

<< 引用文献

私たちはこれからどんなツケを払うことになるのか…なんと11年に及んだ「異次元緩和」がもたらしたもの 2024/10/07 現代ビジネス 山本謙三 , 藤巻健史

https://gendai.media/articles/-/138653?page=2

>>

 

5-1)チューリングテスト

 

山本謙三氏は、FRB議長のボルカー氏とインド中銀総裁のラジャンシ氏は、インフレ目標の設定の政治圧力に応ぜず、中央銀行の独立を保ったといいます。

 

しかし、これでは問題解決を権威に転化したことになります。

 

読者が、仮に、ボルカー氏やラジャンシ氏の立場で、政治家や政府から、インフレ目標の圧力を受けた場合、どのように、説明できるでしょうか。

 

日本では、アベノミクスの前に、白川前総裁は、大規模金融緩和に反対しましたが、日銀法の改正まで、ちらつかされて、退陣に追い込まれました。

 

白川前総裁の立場になって、中央銀行の独立を保つ方法があれば、恐らく、それが、「3)中央銀行の使命回復の提案」になります。

 

これは、1種のチューリングテストです。

 

5-2)白川前日銀総

 

白川氏は、最近、「Time for Change」という論文を書いています

 

<< 引用文献

Time for Change Masaaki Shirakawa March 2023

https://www.imf.org/en/Publications/fandd/issues/2023/03/POV-time-for-change-masaaki-shirakawa

 

今こそ変革の時 白川方明 2023年3月

https://www.imf.org/ja/Publications/fandd/issues/2023/03/POV-time-for-change-masaaki-shirakawa

>>

 

また、白川氏は、『中央銀行』の英語版を刊行しています。

 

英語版の刊行の意図について、白川氏は、エコノミスト誌のインタビューに答えています。

 

 

── なぜ英語版を出したのか。

 

白川 自分の実体験も踏まえて言うと、日本の金融政策論議はグローバルな論調が変わらない限り、単独で変わることは残念ながら難しいと思っている。そのグローバルな議論は、日本の経験を誤って解釈し、不適切な教訓を導き出している。「日本のようにデフレに陥ってはいけない。だから金融緩和を粘り強く続ける必要がある」と。この議論の現状を変えたい。

 

── 『中央銀行』では、現行の金融政策の背景にある主流派経済学への疑問を提起した。この3年で変化はあったのか。

 

白川 学者の論文や政策当局者の発言を見ていると、変化は感じられる。

 

 サマーズ元米財務長官はこう発言している。「インフレ率を高めるための日銀の大々的な努力が失敗したこと(utter failure)は、これまで自明の公理として扱われてきたことが誤りであったと示唆している。中央銀行は、金融政策でインフレ率をいつも望むように設定できるわけでは必ずしもない」。

 

 英国上院の経済委員会は、私を含め各国の中央銀行関係者や学者から話を聞いたうえで7月に報告書「Quantitative easing: a dangerous addiction? (量的緩和は危険な依存症か)」をまとめた。このまま続けていいのかとの問題提起だ。

 

 ECB(欧州中央銀行)は7月に発表した「金融政策の戦略」の見直しのなかで、金融システム安定が物価安定の前提条件であることを強調しているほか、人口動態がインフレ率の低下要因となっていることも指摘している。私が総裁時代に受けた批判を思い起こすと、論調は徐々にではあるが変わりつつある。

 

 ただ、中央銀行や学界が十分変わったかと言えば、結論として変わったとは思えない。グローバル金融危機後、一時期は主流派マクロ経済学に立脚する金融政策運営を見直す機運も見られたが、現在は先祖返りしている印象を受ける。

<< 引用文献

「日本の経験を誤って解釈した議論を変えたい」=白川前日銀総裁 2021/12/06 エコノミスト

https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20211214/se1/00m/020/062000c

>>

 

出版の意図は、「日本の金融政策論議はグローバルな論調が変わらない限り、単独で変わることは残念ながら難しいので、グローバルな議論を変えたい」という点にあります。

 

日本では、前例主義、帰納法のメンタルモデルが強くあります。これは、交絡因子の無視になるので、統計学では完全な誤りです。

 

「異次元緩和の罪と罰」にも、日本銀行「物価の安定についての考え方」を参照した日本を含むとG7のインフレ率の図表3-1(p.81)が、出てきます。

 

しかし、交絡因子が異なります。経済学の理論は、市場原理を前提にして、微分法方程式を解いて求めます。市場原理があてはまらない場合には、経済学の理論の適合度に大きな差が出ます。日本の場合、労働市場がありません。自家用車は、いつでも使えるように準備しているので、車庫に止まっている時間が長くなります。自家用車の時間当たりコストは、「減価償却+維持管理費+ガソリン代」です。自家用車の時間当たりコストは、あまり高くありません。タクシーは、乗車している時だけ、使用料をはらいます。タクシーも車庫で止まっていることがあります。タクシーの利用者は、その部分の料金も走行している時の料金に上乗せして払うことなります。従って、1時間当たりの見かけのコストは、タクシーの方が自家用車より高くなります。とはいえ、使用頻度が低ければ、タクシーの方が、自家用車より割安になります。

 

市場原理が働いていれば、1時間当たりの使用料金は、パーマネントより、テンポラリーが高くなります。

 

滞在期間が長くなれば、ホテルよりウィークリーマンションが安くつきますが、滞在期間が1泊2日であれば、ホテルがウィークリーマンションより安くなります。

 

日本には、労働市場がないので、パートタイムの賃金が、正社員より低いという逆転現象が起きています。これは、7泊しても、ホテル(パートタイム)の方が、ウィークリーマンション(正社員)より安い状態です。こうなると、企業は、幹部以外の従業員をパートタイムに置きかえるようになります。これが、アベノミクスで起ったことです。経済学の理論は、こうした市場原理が働かない状態を想定していません。

 

下請けが、原材料費のコストアップを中間財の価格に転化できないことも、市場経済の不在を示しています。公正取引委会がときどき取り締まりますが、市場原理がなければ、焼け石に水です。

 

日本では、消費財以外では、市場原理は極めて弱く、中抜き経済が横行しています。この場合、経済学の理論の適合度は極端に低くなります。また、市場原理が成り立っている外国との比較は、意味がなくなります。

 

統計学で考えれば、「日本の金融政策論議はグローバルな論調が変わらない限り、単独で変わることは残念ながら難しい」状態は、科学(統計学)のメンタルモデルの欠如ですから、この状態での議論は、不毛です。メンタルモデルを変える必要があります。白川氏は、メンタルモデルを変えることは困難なので、グローバルな論調を変えようとしています。筆者も、メンタルモデルを変えることが困難な点には、同意します。しかし、このメンタルモデルは年功型雇用と強く結びついているので、ジョブ型雇用がひろまれば、変化すると考えています。

 

5-3)英国貴族院の経済問題委員会

 

英国貴族院の経済問題委員会は2021年4月20日白川方明(まさあき)前日銀総裁参考人として招きました。議員らの問題意識は、英国でも実施されている金融の量的緩和策(QE)が日本のように長期化したら、何が起きるのかという点にありました。

 

貴族院には現在、元イングランド銀行中央銀行)総裁のマービン・キング卿など経済問題に精通した議員が多数います。彼らが次々と発する質の高い質問に対して、白川氏は約1時間にわたって丁寧に答えました。

 

この委員会の内容は、エコノミストに掲載されています。

 

無料で読むことができる冒頭の部分は以下です。

日本特有の終身雇用

 

── QEを使っても日本でインフレに火がつかなかったのは、なぜなのか?

 

白川氏 グローバル化やIT革命による技術進歩が、日本を含む世界の多くの国にインフレの低下を起こした。どの国も並行的に下落した。現在の違いは、各国の当初のインフレの違いを反映したものである。

 

日本は、当初のインフレが非常に低かったため小幅のマイナスを記録するようになった。日本特有の要因としては、終身雇用慣行がある。経済が深刻な負の需要ショックに直面したとき、日本の企業経営者は雇用を優先し、従業員は低賃上げ率や賃金引き下げを受け入れてきた。

 

しかし、中央銀行が断固たる態度でインフレ予想に影響を及ぼせば、実際のインフレ率も上がると主張している人もいる。そういった類いの話をあなたは本当に信じるか? 実際の経験が最も分かりやすい。ローレンス・サマーズ米ハーバード大学教授は最近こう言った。

 

「インフレを押し上げようとした日銀の広範囲の努力は、完全な失敗となった。このことは、かつて自明の理として扱われていたものが、実際には誤りだったことを示している。金融政策でいつもインフレ率を定めることは中銀にはできない」(筆者注:2013年春に日銀はマネタリーベース〈資金供給量〉残高を2年で2倍の270兆円程度に拡大すれば、2%のインフレ目標は実現されると宣言した。同残高は650兆円を超えたが、2%ははるか遠い状態だ)。

 

生き続けるゾンビ企業

 

我々はこの経験を真剣に受け止め、金融政策の基本に立ち返らねばならない。金融緩和の効果とは、金利低下により将来の需要を現在に持ってくることにある。この戦略は、経済のショックが一時的なら機能する。

 

しかし、急速な高齢化と低出生率による人口減少といった人口構造の変化や、グローバル化やIT革命に対して柔軟性に欠く労働慣行が招く生産性低下などの構造的問題には効かない。

 

それでも金融緩和を長期化させると「需要の前借り効果」は不可避的に小さくなっていく。明日は今日になる。手前に持ってくる将来の需要の余地がなくなる中で、生産的な投資の比率も下落する。

<< 引用文献

白川前日銀総裁の英議会証言を読む=加藤 出 2021/07/12 エコノミスト

https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210720/se1/00m/020/054000c

>>

 

無料公開はここまでです。

 

エコノミストほど流暢な翻訳ではありませんが、東短リサーチ株式会社が、全文を公開しています。

白川氏に対する質問は、次の10問です。

 

論点1:QE を用いても日本でインフレに火がつかなかったのはなぜなのか?

論点2:今の超拡張的な金融・財政政策の後に持続的なインフレは起きるのか?

論点3:QE と QQE の違い、中銀によるリスク資産購入の問題点

論点4:欧米経済と日本経済の類似点、警戒サインは何か?

論点5:QE は日本以外の先進国でも恒久化してしまうのか? Japanification?

論点6:政府と中銀の協調はどうあるべきか?

論点7:QE は所得・資産格差を拡大したか?

論点8:高齢化・人口減少問題とインフレ率の関係

論点9:2%のインフレ目標は正しいのか?

論点10:マクロ経済学は謙虚であるべきか?

 

例えば、「論点9:2%のインフレ目標は正しいのか?」の対する返答の一部には、次が含まれています。

この問題を脇におくとしても、ダイナミック・プライシングや無料サービスが広が

っている時代において、個々の品目の価格をどうすれば認識できるのだろうか?

・2%を正当化することは難しいが、同様に 1%または 3%を正当化することも難しい。

・正直に答えるなら、インフレ率を測定することは、標準的な政策論議で仮定する範囲においては、厳格な科学とはいえない。

 

10問は大変興味深く、「異次元緩和の罪と罰」や、アベノミクスの総括に関連する内容が含まれています。

 

ここでは、サンプルとして、論点1の部分を引用します。

最初に委員長のフォーサイス卿(メージャー政権時の閣僚)が「QE を用いても日本でインフレに火がつかなかったのはなぜなのか?」と質問を発した。白川氏は次のように説明していた。

 

日本では最近、インフレ予想は適合的だ、という説明を最もよく耳にする。

 

・過去に非常に低かった実際のインフレに強い影響を受けてインフレ予想が形成されてい

るという。では一体なぜ過去のインフレはそんなに低かったのか?その議論によれば、過

去の金融政策が十分にアグレッシブでなかったからだという。

 

・私はこの種の議論に納得していない。第一に、インフレ予想は、多かれ少なかれ、多くの国において適合的だ。第二に、より重要な点として、過去に日銀が直面したインフレにも同じロジックがあてはまっている。

 

・どのような状況でも日本のインフレが低かったのは事実だ。それは最近の現象ではないことにも言及する必要がある。

 

・1980 年代の日本の平均インフレ率は G7 で最も低い 2.5%だった。アメリカは 5.4%、イギリスは 6.4%だ。1980 年代後半の巨大バブル期でさえ、日本のインフレは 1%未満だった。

 

・グローバルな経済要因と日本特有の要因を指摘してみよう。グローバル化や IT 革命によ

る技術進歩が、日本を含む世界の多くの国にディスインフレーションを起こした。どの国

のインフレも並行的に下落した。

 

・現在のインフレ率の違いは、それぞれの国の当初のインフレの違いを反映したものである。

 

・日本が小幅のマイナスのインフレ率を記録するようになったのは、部分的には、当初のインフレ率がすでに非常に低かったからだ。

 

・インフレに対する日本特有の要因は、終身雇用慣行である。金融危機などによる深刻な負の需要ショックに直面したとき、日本の企業経営者は雇用を優先してきた。代わりに従業員は低賃上げ率や賃金の引き下げすら受け入れてきた。経済へのショックが一時的なら、その裏側でマイルドなデフレが発生した。

・これが、国際比較で見て非常に低い失業率と、抑制された賃金やインフレ率との組み合わせが日本で見られてきた最も重要な理由のひとつである。

 

日本では準備預金が巨大に積み上がっている。日銀のバランスシートの規模は GDP比で、2000 年の 20%から現在は 114%へと拡大した。

 

・準備預金は金融機関の中銀に対する預金であり、それ自体は力を持たない。しかし、(一般的には)準備預金の増大は金利を低下させ、それが支出を刺激し、それがインフレ率を押し上げる。

 

・だが日本の短期金利は 1990 年代半ばから実際的にはずっとゼロ%で推移してきた。10 年国債利回りは、リーマン破綻時は 1.4%で、私が日銀を離れた 2013 年が 0.5%、現在が 0.1%だ。

 

・しかしながら、中銀が断固たる態度でインフレ予想に直接影響を及ぼせば、実際のインフレ率も上がると主張している人もいる。デフレはいつも貨幣的現象だ、というマントラ(お題目)をしばしば耳にする。

 

・しかし、そういった類の話をあなたは本当に信じるか?

 

・実際の経験が最も分かりやすい。

 

・ラリー・サマーズ(ハーバード大学教授、クリントン政権時の財務長官)は最近こう言った。

 

・「インフレを押し上げようとした日銀の広範囲の努力は完全な失敗となった」。

 

・「このことは、かつて自明の理として扱われていたものが、実際には誤りだったことを示している。金融政策でいつもインフレ率を定めることは中銀にはできない」。我々はこの経験を真剣に受け止め、金融政策の基本に立ち返らねばならない。

 

・金融緩和策の効果は、金利を引き下げることで、将来の需要を現在に持ってきたり、資産価格を押し上げたり、自国通貨を減価させて、外国から国内へ需要をシフトさせたりすることに由来する。

 

・前者(需要の前借り)のメカニズムは、経済へのショックが一時的ならば機能する。しかし、そうでなければ機能しない。

 

・日本は金融緩和を 30 年以上実施してきたためその効果は不可避的に小さくなる。なぜなら、手前に持ってくる将来の需要の余地が無くなってくるからである。

 

・後者のメカニズムとしては、リーマン破綻時に外国で大胆な金融緩和が行われたことで通貨価値が上昇したが、それに対抗する手段を日銀は持っていなかった。なぜなら少し前に説明したように、日本のイールドカーブはすでに他の先進国よりも遥かに低かったからである。

<< 引用文献

イギリス貴族院・白川前日銀総裁証言(上)(下)  2021/04/20 東短リサーチ株式会社

https://www.tokyotanshi.co.jp/kato_report_doc/TW2106SP1d.pdf

https://www.tokyotanshi.co.jp/kato_report_doc/TW2106SP2d.pdf

>>

 

返答の中で、「どのような状況でも日本のインフレは低かった。1980 年代の日本の平均インフレ率は G7 で最も低い 2.5%だった。アメリカは 5.4%、イギリスは 6.4%だ。1980 年代後半の巨大バブル期でさえ、日本のインフレは 1%未満だった」が問題になります。

 

「異次元緩和の罪と罰」(p.94)では、「日米の物価格差には、1%台の壁がある」といいますが、ほぼ同じ内容です。しかし、白川氏の指摘はより、シビアです。

 

白川氏のしてきが正しいとすれば、植田日銀は、設定インフレ率を1%未満に設定しないかぎり、金融緩和からの撤退はできないことになります。

 

門間一夫氏は、日銀のスケジュールを次のように解釈しています。

日銀は、「経済・物価の見通しが実現していけば、それに応じて政策金利を引き上げていく」としている。見通し期間の後半すなわち2026年度には、政策金利の水準はおおむね中立金利に達するとも言っている。日銀による中立金利の推計値は1─2.5%なので、その下限を頭に置いた場合、現在0.25%の政策金利が1年半程度で1%程度まで引き上げられていくイメージだ。

 

前回の利上げは7月だったので、今後も展望レポートを出す会合が中心になると考えれば、次の利上げは25年の1月になる。その次は同年7月というふうに半年に1回、0.25%ずつ上げていけば、26年1月には政策金利は1%になる。

<< 引用文献

コラム:「為替次第の日銀」は金融政策の正常な姿=門間一夫氏 2024/10/07 ロイター 門間一夫

https://jp.reuters.com/opinion/forex-forum/REEDN72QNRMUBDXXG5UUA3NWJA-2024-10-07/

>>

 

このスケジュールの実現は、インフレ率2%では、ほぼ不可能になると思われます。

 

5-4)メンタルモデルの改変

 

メンタルモデルを変えることは容易ではありません。

 

にもかかわらず、筆者は、メンタルモデルが変わると予測します。

 

日本の政治家は、利権の活動が政治であるというメンタルモデルで動いています。

 

これは、市場経済を否定して、中抜き経済を拡大します。

 

その結果、2つの問題が発生します。

 

第1は、生産性が上がらないので、賃金がさがり続けます。

第2は、市場経済が破壊されるので、経済学を使った、経済の制御ができなくなります。



「異次元緩和の罪と罰」は、日銀は事実上の財政ファイナンスをしていると、市場経済の破壊を指摘しています。

 

しかし、財政ファイナンス以外にも、市場原理の破壊による被害は、あちらこちらに出ています。

 

詳しい説明は、別の機会にしますが、市場原理の実現には、2つの方法があります。非公共財については、正常な市場の維持が至上命題になります。一方、公共財と呼ばれる市場が存在しない経済財があります。この場合には、疑似市場を作って効率化をはかります。その手法が費用対便益分析です。

 

「異次元緩和の罪と罰」(p.76)は、<マクナマラ氏が、国防計画に「費用対便益分析」の手法を導入した>と書いています。これを読むと、「費用対便益分析」が数字にこだわる悪い方法のように感じる読者もいると思います。国防のように、市場でとりひきされていない公共財については、「費用対便益分析」にかわる手法はありません。

 

利権の政治を排除できる唯一の方法は、「費用対便益分析」になります。

 

さて、本題の筆者がメンタルモデルが変わると予測する理由を述べます。

 

これは、エンジニアのメンタルモデルに由来します。

 

ここで、AIを使って、政治家に代わって、政治をするAI政治家を開発すると仮定します。

 

設計の方法は2つあります。

 

方法1:過去の日本の政治家の政治活動のデータをつかって、AIに政治活動を学習させます。

 

方法2:因果推論と費用対便益分析をつかって、数学的に最適な政策を提案して、実行するAIを作ります、

 

方法1では、AIは、利権の政治を学習して再現することになります。

 

方法1を使えば、人間の政治家とAIの政治家が共存できます。

 

方法2を使えば、人間の政治家とAIの政治家が対立して、どちらかが追い出されるまで、闘争が続きます。

 

AIIの政治家が勝った場合にも、人間の政治家は共存できますが、その政治家は、利権の政治をすることはできません。

 

人間の政治家がAIの政治家を追放して、利権の政治を継続する可能性はあります。しかし、その場合には、日本は、最貧国になります。

 

政治家は利権で動いています。

 

利権で動いている政治家に選ばれた日銀の総裁も利権で動いている可能性が考えられます。

 

AIの専門家は政治家だけではありません。

 

AIの銀行家、AIの経済学者などなど、これから続々と出てくるはずです。

 

AIは、人間と異なり、パフォーマンスが悪ければ、直ぐに、使用が停止されます。これは、AIは、常にパフォーマンス評価をされていることを意味します。

 

AIが人間に替わる時は、AIのパフォーマンスが、人間を越えてる時だけです。

 

このように考えれば、日本には、メンタルモデルを書き換えるか、最貧国を希望するかの2者択一の選択しか残されていません。

 

AIの基本は数学モデルです。

 

工学では、現象を数学モデルに置き換えます。

 

次に数学モデルで、問題の解を求めます。

 

この方法をプログラム化して、コンピュータに実装します。

 

インフレ率2%の問題は、工学のメンタルモデルでは考えれば簡単です。

 

経済現象の数学モデルを作成します。このモデルで、インフレ率2%がベストである場合は、2%が特異値になる場合を意味します。つまり、2%が特異値になるような数学モデルをつくることができない場合には、2%は間違いになります。

 

おそらく、読者の中で、このように問題を数式に変換して考える人は少ないと思います。

 

しかし、これは、典型的なエンジニアのメンタルモデルです。

 

同様に、AIと共存するには、メンタルモデルの大幅な書きかえが必要になります。

 

ITエンジニアが不足しています。大学カリキュラムの7割は文系です。初任給は、差がつき始めていますが、劇的な差ではありません。

 

多くの人は、有名大学の卒業証書があれば、良い企業の良いポストについて、それなりの給与が得られると考えています。年功型雇用が当面、弱くはなるがなくならないと考えています。

 

しかし、文系のメンタルモデルでは、AIと共存はできません。

 

国民のメンタルモデルが、AIと共存でき、数学で、結果が決まるのが当然であると考えるようになれば、文系への進学希望者はなくなります。ITエンジニアへの進学を希望する人が増え、ITエンジニアが不足しなくなります。ITエンジニアへの進学希望が増えて、文系のコースを廃止して、AIエンジニアコースの増設を希望する人が増え、それは、政治の公約になるはずです。このようなメンタルモデルを早く作ることのできた国だけが、先進国として生き残るはずです。