「因果推論の科学」をめぐって(28)

注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。

 

(28)因果モデルの3段階

 

1)歴史は韻を踏む

 

マーク・トウェインは「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」といったと伝えられています。

 

これを、次のように書くことができます。

 

歴史=繰り返す部分(韻)+繰り返さない部分

 

こう書けば、歴史から、「繰り返す部分(韻)」を抽出するフィルターの設計が課題になります。

 

因果推論の視点で見れば、歴史は次のようになります。

 

歴史=因果構造(韻)+非因果構造

 

ノイズを考慮すれば、次になります。



歴史=因果構造(韻)+非因果構造+ノイズ

 

ノイズの分離は、解像度によります。

 

円ドルレートを考えます。

 

円ドルレート時系列=因果構造(韻)+非因果構造+ノイズ

 

因果構造には、金利差と産業の競争力が含まれます。

 

政府が、為替介入すれば、円ドルレートは変化します。

 

これは、日単位のデータでは、非因果構造の変化に現われます。

 

しかし、月単位のデータであれば、ノイズとみなすことができます。

 

解像度を大きくとれば、非因果構造の部分は小さくなります。

 

これは、株式であれば、長期保有で利益をあげる方法と、短期の売買で利益をあげる方法が異なることを示しています。

 

株式の場合、株価の全てを予測する因果モデルを作ることは困難です。

 

一方、産業分野や解像度を限定すれば、その範囲で、株価を予測する因果モデルをつくることは可能です。

 

著名な投資家は、独自の因果モデルを持っていると思われます。

 

ジム・ロジャーズ氏は、ハイテク株を購入しませんが、これは、ロジャーズ氏が、ハイテク株の株価の因果モデルをもっていないためと思われます。

 

このように「因果構造(韻)」は、人間が、因果推論をして得るものです。時系列データに含まれているものではありません。人間が、因果モデルを作れなければ、「因果構造(韻)」と「非因果構造」の分離はできません。

 

また、ロジャーズ氏の持っている因果モデルは、ハイテク分野にはあてはまりませんが、因果モデルがどの分野にあてはまるかは、持っている因果モデルと同じ因果構造がある場合に限定されます。その判断は、因果モデルを使う人の主観に基づきます。

 

2)3段階

 

「因果構造(韻)」(因果モデル)を分離するだけでは、予測をすることはできません。

 

例を示します。

 

2-1)因果モデル

 

経済学のテキストにのっているシュムペーター型のモデルを取り上げます。

 

経済成長(結果)<=(労働力、資本、イノベーション)(原因)

 

このモデルでは、操作出来る変数は、3つ(労働力、資本、イノベーション)あります。

 

2-2)問いとエスティマンド

 

「問い」では、3つの操作可能な変数から1つを取り上げます。

 

設備投資は、資本に含まれます。

 

「工場を大型化して効率をあげたら効果(売りあげ、利益率、経済成長)があるか」といった問いを設定します。

 

この問いは、資本が原因(説明変数)、効果が結果(目的変数)モデルをつくることになります。

 

この場合、労働力とイノベーションは、交絡因子になる可能性がありますので、チェックして、問題があれば、交絡因子の影響を補正をします。

 

次の式(エスティマンド)を算出します。

 

効果(結果、目的変数)=f(資本(原因、説明変数))

 

2-3)予測モデルの作成

 

データをつかって、エスティマンドのf()を決定します。

 

回帰モデルであれば、係数の求めることに相当します。

 

使うデータは、前向き研究で取得したものを使います。

 

2-4)予測計算

 

予測モデルにデータを入れて、予測計算をします。

2-5)注意

 

予測モデルは、問いに対応しています。

 

予測モデルは、3つ(労働力、資本、イノベーション)の変数のどれを、変更すると最大の効果が得られるかには答えません。

 

この問題は、3つの予測モデルをつかって、感度分析をして、求めます。

 

3)帰納法との比較

 

経営コンサルタントなどの推論は、ほぼ100%帰納法をつかっています。

 

帰納法は、科学的に間違った推論です。

 

「歴史が韻を踏む」のは、因果構造だけです。

 

因果構造のモデルとデータは分離して処理する必要があります。

 

ほぼ100%帰納法をつかって推論するのは、コンサルタントだけではありません。

 

文系の研究手法では、帰納法が多用されています。

 

その結果は、仮説の提示としては受け入れられますが、検証がなされていない点では、まったく価値がありません。ジャッジ付きの論文を100本以上もっていても、使える成果はゼロです。

 

帰納法が正しい検証法であると勘違いして、何十年もライフワークを進めた人がいても、その研究成果に、検証済みの推論という価値はありません。

 

文系の大学院に進学して、10年近く、専門の研究を進めて、博士の学位を取得しても、その成果に、検証済みの推論という価値はありません。

 

パール先生の言い方をすれば、「なぜ」という質問に答えて、問題解決をすることはできないのです。

 

4)応用問題

 

モルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)時代に「伝説のトレーダー」の異名を取った藤巻健史氏は、さらなる円安の進行やハイパーインフレが発生する可能性について、警鐘を鳴らしています。

 

藤巻氏の因果モデルは、「通貨量を異常に増やす(原因)とハイパーインフレになる(結果)」というものです。この因果モデルは、教科書にのっているものでは、間違いはありません。

 

この因果構造(教科書にのっているハイパーインフレの因果構造)が、現在の日本にあてはまるかという判断は、主観の判断になります。

藤巻氏は、「さらなる円安の進行やハイパーインフレが発生する可能性について、警鐘を鳴らしています」つまり、今後、ハイパーインフレの因果構造が、現在の日本にあてはまる可能性が高くなるといっています。

 

ハイパーインフレの因果構造には、時間のパラメータがないので、将来起こることのタイムラグの推定はできません。

 

藤巻氏は、随分前から、ハイパーインフレのリスクを口にしています。

 

それにもかかわらず、まだ、ハイパーインフレになっていないので、藤巻氏の主張はデタラメであるという人もいます。

 

しかし、「因果モデル、因果モデルがあてはまる因果構造の確認、データ」は区別して扱う必要があります。

 

まだ、ハイパーインフレになっていないことは、ハイパーインフレの因果モデルが、間違っていることの検証にはなりません。

 

有名人になりすました投資詐欺が増えています。

 

ある人は、「SNSで掲載されている投資広告の6割は詐欺広告です。広告費の高いものが優先的に表示され、実際目にする9割は詐欺」であるといいます。

 

ここには、帰納法の推論(投資に成功したという人をまねする)があります。

 

筆者は、ロジャーズ氏は、因果モデルを持っていると思いますが、ロジャーズ氏は、因果モデルを公開しません。株式運用の因果モデルは、公開して、多くの人が使えば、因果モデルが成り立たなくなるからです。過去に、そうなった例には、ブラックーショールズモデルがあります。

 

因果モデルで考えることが出来れば、詐欺にだまされるリスクは劇的に小さくなるはずです。