「因果推論の科学」をめぐって(8)

注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。

 

(8)経済政策の誤り

 

1)政策の誤り

 

日本では、政策の誤りが繰り返されています。

 

パール先生は、「まだ、実行されていない政策の効果を予測するという難問」(p.338)は、介入を使えば答えを出すことができると主張します。

 

2)介入

 

介入が必要になる原因は、交絡因子があるため、交絡因子の影響を補正して、排除する必要があるからです。

 

介入のレベルでは、まだ、実行されていない行動や政策の効果を予測するという難問を扱う。(中略)このとき、交絡が主な障害になって、私たちは「見ること」と「行動すること」をよく混同してしまう。

>(p.338)

 

観察と介入は区別する必要があります。

 

パール先生は次のようにいいます。

見ること(観察)と行動すること(介入)は根本的に違う。(中略)気圧計の針が下がっているのを見て、(中略)嵐の確率は上がっていると考えていいが、気圧計の針を無理に押し下げてたとしても、嵐がくる確率に変化はないのだ。

>(p.24)

 

パール先生は、計量経済学者の推論には、因果モデルが含まれないといいます。

 

哲学者たちは、因果関係をの概念を数式化するために、確率の言語に飛びついて、大失敗をして、最近の10年で、大失敗からほぼ立ち上がった)残念ながら、計量経済学と呼ばれる分野では、「グレインジャー因果」、「ベクトル自己相関」といった言葉を使い、いまだに、(確率で因果関係を数式化する)同様の研究、考察が行なわれている。

>(p.83)

 

計量経済学では、「まだ、実行されていない政策の効果を予測するという難問」には答えられないと主張しています。



パール先生は、データは、前向き研究で取得する必要があるといいます。

 

私が特に強調したいのは、今見てきた(因果推論)プロセスにおけるデータの役割だ。まず、データを収集するのは、因果モデルを作り、答えたい科学的な問いを記述し、エスティマインドを導き出してからだということに注意してほしい。これは、伝統的な統計学の手法とは対照的である。すでに書いたとおり、伝統的な統計学は、因果モデルすらも使っていない。

>(p.34)



パール先生は、データは何も教えてくれないと言います。

 

エスティマンドは因果モデルのみに基づきます。

 

図1からわかるように、エスティマンドは因果モデルのみに基づいていて導き出されており、データの詳細についての検証を必要としない。

>(p.35)



エスティマンドを作成するには、データの詳細についての検証を必要としない点が重要です。

 

因果モデルは、メンタルモデルと問いから作られます。

 

パス図の矢印の向きは、メンタルモデルで決まります。

 

ヒュームは、因果関係は習慣であるといいました。

 

パール先生は、学習によって形成されたメンタルモデルが、因果関係の推論の根源であると考えています。

 

因果関係のメンタルモデルは、学習によって習得されるスキルです。

 

3)少子化対策の間違い

 

少子化対策に反対する有権者は少ないと思います。

 

しかし、過去の少子化対策は失敗しています。

 

少子化対策には、この少子化対策政策に効果があるのかを予測する必要があります。

 

パール先生は、介入によって、「まだ、実行されていない行動や政策の効果を予測する」ことができるといいます。

 

つまり、介入によって、事前に、「まだ、実行されていない行動や政策の効果を予測」して、効果を確認すれば、少子化は防げることになります。

 

ところで、この政策検証のエスティマンドは、因果モデルによって作成されています。

 

エスティマンドの正しさは、メンタルモデルの正しさに依存しています。

 

政府の政策は、養育費を補助すれば、出生率があがると主張しています。

 

この主張は、メンタルモデルに合いません。

 

養育費は、出生後の子どもに対して支払われます。

 

出生という現象と養育という現象の時間順序が、出生先です。

 

出生が原因になって、養育という結果が生じます。

 

養育に補助を与えれば出生が変化するというのは、「気圧計の針を無理に押し下げてたとしても、嵐がくる確率に変化はない」のと同じように、結果を変えれば、原因が変化するという論理になっています。

 

パール先生は、介入によって、「まだ、実行されていない行動や政策の効果を予測する」ことができるといいます。

 

この方法は、メンタルモデルと問いから、エスティマンドを作成するステップと、エスティマンドに合うデータを前向き研究で収集するステップからなります。

 

適切なエスティマンドを作成するには、適切な因果モデルが必要であり、そのためには、適切なメンタルモデルが必要になります。

 

適切な因果モデルの選択には、消去法を用いて不適切な因果モデルを取り除く作業が必要です。

 

「養育に補助を与えれば出生が変化するという」因果は、メンタルモデルと相いれませんので、認められません。

 

「養育に補助を与えれば出生が変化する」というエスティマンドは作ることができません。

 

現在の少子化対策に効果がないことは、「因果推論の科学」から自明です。

 

4)帰納法と因果推論の放棄

 

「養育に補助を与えれば出生が変化する」には、因果推論がなされていないと思われます。

 

帰納法では、あたかもデータから法則(仮説)が導かれ、なおかつ、検証されているように振舞っています。

 

帰納法は、仮説を導き出すきっかけとして利用することができます。

 

しかし、帰納法がなくとも、演繹法で、同じ仮説を導き出すことは可能です。

 

一方、帰納法には、検証効果はありません。

 

後向き研究では、データサンプリングバイアスがあるので、都合の良いデータだけをサンプリングすることは容易ですが、この方法では、仮説の検証はできません。

 

帰納法の2番目の問題は、帰納法には、因果推論がないということです。

 

少子化対策のために、有識者会議を開いても、有識者は、因果推論ができません。

 

パール先生はいいます。

 

私の同僚の教授たちは、皆、それ(因果関係を表現すること)ができなかったが、誰も不満を持っていなかった。誰一人、一度も不満を持ったことがないと断言してもいい。なぜ、そうだったのか、今ならその理由がわかる。彼らは、因果関係を表現する数学的言語を見せられたこともなかったし、その利点を提示されたこともなかったのだ。

>(p.16)

 

パール先生は、言語がなければ、人間の脳は、その概念を処理できないと主張します。

 

有識者会議は、因果推論ができませんので、「まだ、実行されていない行動や政策の効果を予測する」ことはできません。

 

有識者会議の提案が必ず失敗することは、「因果推論の科学」で保証されています。

 

例えば、中国が台湾に侵攻するか否かという疑問があります。

 

この疑問に答えるには、何(原因)があった場合に、中国が台湾に侵攻する(結果)という因果モデルを作る必要があります。因果モデルからエスティマンドを作成して、前向き研究で、データを収集して、データを随時更新して、予測結果を更新すれば、中国が台湾に侵攻する確率(リスク)の計算が可能になります。

 

ところが、専門家の推論は、因果モデルになっていません。

 

その日の気分で、予測結果を変更している可能性すらあり得ます。

 

パール先生は、経済政策に効果がない原因は、正しい因果推論エンジンをつかっていないからであるといいます。