注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。
(51)メンタルモデルの再編
1)レンズとメンタルモデル
パール先生は、因果モデルのレンズで世界を見るといいます。
「因果推論の科学」は、統計学のメンタルモデルから、因果推論の科学のメンタルモデルへのバージョンアップを目指しています。
レンズの説明を見ると、メンタルモデルを直接操作する方法はなく、レンズを通して。メンタルモデルが、形成されるように見えます。
メンタルモデルは、直接操作できない変量で、レンズを通して、操作するように見えます。
レンズ==>メンタルモデル==>因果推論==>因果モデル==>エスティマンド
(図1)
時系列は、因果ではありませんので、トレンド予測には、科学的な根拠はありません。
トレンドには、プラセボ効果があります。
人々が、トレンドは変わらない、あるいは、トレンドは変えられないと信じれば、予言は実現します。
一方、因果推論は、因果構造が変わらなければ、将来も成立します。
「因果構造が変わらない」と判断する根拠は主観になります。
たとえば、「物理法則の因果構造は、将来も変わらない」という主観が物理学の根拠になります。
「物理法則の因果構造は、将来も変わらない」ことを証明する方法はありません。
多くの「因果構造が変わらない」という主観判断は、物理法則のように強固ではなく、場合委によっては、確率(確信値)になります。
また、問題にする将来が、近い将来の場合には、確信値は、高くなります。
この場合の確信値の変化は、トレンドににていますが、因果構造の変化を点検している点が大きな違いになります。
さて、図1に戻ります。
図1は、「因果推論の科学」を参考にしています。
トレンド予測を、図1に準じて考えれば、次のようになります。
レンズ==>メンタルモデル==>トレンド推論==>トレンドモデル
(図2)
トレンド予測は、一般には、横軸に時間をとり、縦軸に、変数の値をとります。
2)レンズとメンタルモデルの分類
パール先生の「因果関係にいたる3段のはしご」は、つぎのようになっています。
第1段:関連付け
第2段:介入
第3段:反事実
第1段の関連付けでは、「観察を行い、その結果から何らかの規則性を見いだし」ます.
(p.51)
観察の対象が時系列データであれば、その規則性は、トレンド分析になります。
株価の場合には、トレンド分析をバージョンアップしたテクニカル分析になります。
観察の対象が2変量の場合には、「相関」、「回帰」、「条件付き確率」になります。
条件付き確率P(A|B)は、形式的には、IF-THEN形式と「IF B THEN A」と対応を付けることが可能です。
しかし、条件付き確率は、「(1)原因と結果の区別がない、(2)データは観察によって得られ、介入によってえられていない」ため、因果関係ではなく、疑似因果関係になります。
2024年時点で、RCTのように介入を伴う研究はまれです。現在の研究の90%は、「第1段:関連付け」のレベルにあります。
パール先生の関心は、因果推論にあるため、「第1段:関連付け」では、因果推論との関係で問題になる統計学が主に取り上げられています。
2-1)統計学
「第1段:関連付け」で、統計モデルが扱われる場合には、科学のメンタルモデルが前提になっています。これには、「仮説」と「検証」の科学のプロセスが含まれます。
統計学のレンズ==>メンタルモデル==>統計理論==>統計モデル
(図3)
疑似因果関係のモデルは、たまたま因果モデルに一致する場合があります。
その場合でも、原因と結果の変化のレンジは、観察値の範囲におさまっていることが多いです。簡単に言えば、内挿は成功しますが、外挿は失敗する確率が高くなります。
2-2)時系列モデル
時系列モデルは、因果関係ではありません。
時系列解析で、例学として、確実に科学(因果モデル)になっているのは、ランダムプロセスだけと思われます。
ハレー彗星の出現のように、周期がみられる現象でも、力学のモデル(因果モデル)で説明が可能なので、周期モデルが必須ではありません。力学の因果モデルであれば、ハレー彗星が何かに衝突したような場合でも、予測が可能ですが、周期モデルでは、対応ができません。
時系列解析は、因果関係が不明の場合の代替手法と思われます。
地震の確率予測は、外れますが、因果モデルではないので、仮説が外れても、仮説を修正することは困難です。
地震の発生は、力学プロセスなので、ランダムプロセスであるという仮定には無理があります。
時系列解析には、「仮説」と「検証」の概念があり、この点では、科学の条件を満たしています。
時系列モデルの一番簡単なトレンドモデルによる予測は、確実に外れるので、ここには、仮説の検証という概念はありません。
2-3)前例主義
前例主義は、トレンド予測の拡張です。
「仮説」と「検証」の概念はなく、科学的に、まちがったメンタルモデルです。
因果モデルではないので、原因と結果の概念もありません。
日本の人口は、過去2000年の間、飢饉による短期変動を除けば、一貫して増加してきました。これが前例主義という異常なメンタルモデルの根拠と思われます。
中国やヨーロッパのように、人口の増減を繰り返してきた社会では、前例主義というメンタルモデルはありません。
日本は、2000年の歴史ではじめて人口が減っています。
人口密度が日本より小さな国は、いくらでもあります。
過疎という問題は存在しません。
問題は、人口減少の場合には、前例主義が機能しないことです。
筆者は、政治資金に対する見返りとして補助金を配布するシステムは、良いシステムであるとは、思いません。しかし、人口が増加する場合には、補助金によって生産を増やすシステムは、ある程度は機能します。
人口が減少する場合には、税金を減らして、予算規模を縮小して、補助金を減らさないと、内需が減ってしまいます。
このような場合には、規模縮小が正解になります。
ところが、過疎問題でも、人口の取り合いをしています。
これは、前例主義のメンタルモデルから抜け出せないためです。
新聞では、過去の成功者の経験談が掲載されます。
この成功は、人口増加の条件ではなされました。
人口減少の時に、同じことをすれば、確実に失敗します。
前例主義のメンタルモデルから抜け出せなくなると、前例参照以外の思考ができなくなります。
政府と与党の政策は、既得利権の温存になっています。
アベノミクスの第3の矢は産業構造の組み換えでしたが、まったく、手が付きませんでした。
その原因を、利権システムの温存が優先していると分析することは可能です。
しかし、メンタルモデルで考えれば、前例主義のメンタルモデルに支配されてしまうと、前例主義のメンタルモデル以外の思考ができなくなります。
政府は、トレンド予測で物流業界の2025年問題があるといいます。
しかし、Newsweekとロイターは、次のように伝えています。
<
中国では、19の都市がロボタクシーや自動運転バスの試験走行を行っており、そのうち7都市ではアポロ・ゴーなど5社が人の操作を排した完全自動運転の試験サービスの承認を得ています。
5社のうちアポロ・ゴーは、年内に武漢にロボタクシーを1000台配備し、2030年までに100都市で運営する計画を公表済みです。
小馬智行(ポニー・エーアイ)は300台を運行しており、2026年までに運行台数を1000台増やす予定です。
>
<< 引用文献
中国で「ロボタクシー」増加...配車ドライバーは将来を悲観 2024/08/11 Newsweek
https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2024/08/post-105387.php
アングル:中国でロボタクシー加速、配車ドライバーは将来悲観 2024/08/11 ロイター Ethan Wang, Sarah Wu
https://jp.reuters.com/markets/commodities/XATMC7VDIRMJBEUGFA5EIJDT3I-2024-08-08/
>>
自動運転トラックがあれば、物流問題は、発生しません。
前例主義のトレンド予測はナンセンスです。
岸田首相が2024年8月14日、突然9月の自民党・総裁選に出馬しないことを明らかにした。
岸田は、前例主義のメンタルモデルでした。
自民党は、2世、3世議員も多く、前例主義のメンタルモデルです。
これが理解できれば、将来予測ができます。
因果推論では、因果構造が変わらなければ、将来予測ができます。
前例主義のメンタルモデルには、因果推論はありませんので、「因果構造が変わらなければ、将来予測が可能」という公式は使えません。
しかし、前例主義のメンタルモデルが変わらなければ、因果モデルの代りに、前例主義が使われます。したがって、「前例主義のメンタルモデルが変わらなければ、ひき続き前例主義が継続するという将来予測は可能」であると思います。
パースの分類では、固執の方法になります。
2-4)訓詁主義
訓詁主義は、江戸時代のメンタルモデルです。
審議会、骨太の方針など、訓詁主義が生きています。
訓詁主義は、検証可能な仮説ではなく、科学的な根拠はなく、エラーの修正も行なれません。
パースの分類では、権威の方法になります。
前例主義と訓詁主義は、日本の文系の伝統であり、外国にはありません。
例えば、法律には、権威がありますが、アメリカでも、ドイツでも、修正を繰り返しています。法律は、目的を達成するための手段であり、環境がかわれば、修正されます。
法律の修正の提案は、だれでもすることができます。
2-4)RCT
RCTは、「第2段:介入」に属します。
3)反事実
パール先生は、反事実について、次のようにいいます。
<
反事実はデータとは非常に相性が悪い。なぜなら、データとは「事実」だからだ。データをいくら見ても、観測された事実が無残にも否定される反事実の世界、想像上の世界で何が起きるかはわからない。
>(p.59)
<
反事実的な問いに答えられる因果モデルを持っていたとしたら、それによる利益は計り知れないほど大きい。何か大失敗した場合にも、その原因がわかるので、その後は同じ失敗をしないように対策を講じることができる。
>(p.60)
第1段の関連付けでは、「観察を行い、その結果から何らかの規則性を見いだし」ます.
(p.51)
この部分が今のところ未整理です。
以前であれば、帰納法の偏重と考えていました。
筆者には、実験を伴いない研究をする研究者の9割は、「観察を行い、その結果から何らかの規則性を見いだし」ているように見えます。
これは、仮説をつくる方法としては、帰納法になります。
しかし、これは、検証方法ではありません。
この研究方法は、データ中心で、反事実とは非常に相性が悪くなります。
反事実的な問いに答えられないので、同じ失敗を繰り返します。
パール先生の区分も、細かな点では整理しきれていないところがあります。
日本の場合、前例主義、訓詁主義、「観察を行い、その結果から何らかの規則性を見いだすことが科学である」という3つのメンタルモデルが氾濫しています。
この3つのメンタルモデルは、科学の方法ではないので、反事実的な問いに答えられないので、同じ失敗を繰り返しています。
まだ、未整理な点が残りましたが、今回は、ここまでにします。