注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。
(29)反事実2.0の空間分布
1)反事実2.0のスワップ
現時点(t=0)に対して、将来(t=+1)のトレンド予測を事実2.0、トレンドに反する因果モデル予測を反事実2.0と定義します。
入院患者を例にすれば、今日生きているという事実のトレンド予測である「明日も生きている」が事実2.0です。これに対して、病気の症状から因果モデルをつくって、「明日は死んでいる」が反事実2.0です。
翌日になって、「患者が亡くなった」という表現には、tのステップが1つ進んで、得られた事実は、事実2.0の「今日も生きている」ではなく、反事実2.0の「今日は死んでいる」になったことを指します。
つまり、「患者が亡くなった」という表現は、「患者が死んでいる」ことを意味するのではなく、事実2.0ではなく、反事実2.0が実現したという反事実的思考が含まれています。
多くの場合、反事実2.0よりも、事実2.0が実現する確率が高いと思われます。
これは、カーネマン流に言えば、ファスト回路で生活できる根拠になります。
例外的な状況はトレンド予測が外れた場合です。
ソ連の社会主義が崩壊したという場合にも、事実2.0の「社会主義体制」ではなく、反事実2.0の「資本主義体制」が実現したという意味です。
社会主義政権時代には、事実2.0は「社会主義体制」で、反事実2.0は「資本主義体制」です。
社会主義政権が崩壊すれば、事実2.0は「資本主義体制」で、反事実2.0は「社会主義体制」です。
つまり、反事実2.0と事実2.0のスワップ(簡略して反事実2.0のスワップ)が起こっています。
「反事実2.0のスワップ」がどのような条件で起こるかは、重要なテーマです。
カーネマン流に言えば、スロー回路の推論が生きる条件は何かになります。
少子化問題(出生数をあげる)では、事実2.0の「少ない出生数」と反事実2.0の「多い出生数」の間のスワップを起こしたいというテーマになります。
日本の経済成長では、事実2.0の「小さなGDPの増加率」と反事実2.0の「大きなGDPの増加率」の間のスワップを起こしたいというテーマになります。
トレンド予測が外れる原因は、因果構造が変化するからです。
日本社会科学の研究者の99%は、帰納法の推論をして、因果構造を無視しています。
つまり、反事実の2.0のスワップに使える研究成果はないといえます。
2)空間分布
ソ連の社会主義が崩壊したという場合には、事実2.0の「社会主義体制」ではなく、反事実2.0の「資本主義体制」が実現して、反事実2.0のスワップが起こっています。
ソ連崩壊前夜をオセロのようなグリッドデータでイメージします。
社会主義が黒い駒、資本主義が白い駒を仮定します。
ソ連崩壊前には、ソ連に相当するセルには、オセロの黒い駒が見えます。
ソ連が崩壊すると、ソ連に相当するセルは、オセロの白い駒に反転しています。
ソ連崩壊前であれば、ソ連に相当するセルでは、白い駒(資本主義)は、反事実でした。
しかし、ソ連崩壊前でも、アメリカに相当するセルでは、白い駒(資本主義)は、事実で、黒い駒(社会主義)は、反事実でした。
つまり、GIS上では、反事実と事実は、補完する2つのレイヤーの問題であって、何が、事実で、何が、反事実かを識別する方法はありません。
反事実2.0のスワップは、ソ連のような地物の境界線の形状の変更に対応します。
さて、日本の雇用を対象に考えます。
日本の雇用では、年功型雇用ですが、世界標準は、ジョブ型雇用です。
これは、「年功型雇用=社会主義」、「ジョブ型雇用=資本主義」と対比すれば、ソ連の崩壊前のイメージになります。
20年前には、日本では、ジョブ型雇用は出来ませんでした。
企業の収益に貢献しても、給与は増えませんでした。
海外に流出すれば、ジョブ型雇用でしたので、状況は、ソ連の崩壊前そのものでした。
しかし、現在は、違います。
日本にいても、ジョブ型雇用の外資系企業に就職することができます。
日本にいても、ジョブ型雇用のアメリカ企業のリモート社員に就職することができます。
GIS上に2枚の雇用レイヤーをつくったイメージを考えれば、日本の中に、ジョブ型雇用のレイヤーが入り込んでいます。
3)ドライビングフォース
1945年に、日本は太平洋戦争にまけます。
ソ連の崩壊と同じような、地物の境界線の形状の変化が起こっています。
しかし、敗戦を境界線の移動であると認識している人は少ないです。
レイヤーの地物の境界線に移動をおこす原因(ドライビングフォース)は、生産性です。
日本の敗戦も、ソ連の崩壊も、生産性の違いで説明できます。
エマニュエル・トッド氏は、生産性の向上は、エンジニアが起こすといいます。
次の因果モデルです。
エンジニア(原因)=>イノベーション=>生産性の向上
1980から1990年に日本経済が世界をリードしたドライビングフォースは、高い生産性にあります。
日本の家電メーカーは、中国企業との競争にまけて、白物家電から撤退しました。
このとき、日本の家電メーカーは、生産性競争をしませんでした。
雇用を優先して働かないおじさんに給与をはらい続けて撤退しています。
工場を海外に移転した場合、日本企業と海外の企業の製造コストは同じになります。
つまり、工場の海外移転ができれば、技術レベルが同じであれば、、生産性競争に負けることはありません。
工場を海外に移転しても、、生産性競争に負ける場合には、考えられる原因は次の2点です。
第1は、技術レベルが低いことです。
第2は、管理費が高いことです。働かないおじさんに給与をはらい続ければこうなります。
現状は、この2つの原因で、日本企業は、生産性競争に負けています。
外国が、海外企業を受け入れる理由は、生産性の向上によって、国が豊かになるからです。
日本企業が生産性競争に負けたので、これから、日本企業の海外からの撤退が続くはずです。
資本を投資すれば、海外に工場や店舗を作ることができます。
しかし、その先に、利益をあげるためには、競合企業との生産性競争に勝つ必要があります。
一帯一路構想は、公共投資を中心にしています。しかし、公共投資は民間投資とリンクしています。民間投資の生き残りは、生産性競争に勝つことです。
日本の家電メーカーは、中国企業との競争にまけて、白物家電から撤退しました。
日本の家電メーカーは、生産性競争に負けました。
今後、同じ因果構造が、日本の海外と投資でも起こるはずです。
生産性競争を放棄して、雇用を優先すれば、ソ連の崩壊や、太平洋戦争の敗戦と同じドライビングフォースをかかえることになります。
筆者は、2割程度の日本企業が海外投資で成功して、8割程度の日本企業が海外投資で失敗して撤退することになると考えています。
4)スワップが起こる時
ソ連が崩壊するとき、ゴルバチョフ氏は、市場経済の導入を試みて失敗しています。
一方では、鄧小平氏は、市場経済の導入に成功して、中国は崩壊を免れています。
ソ連では、反事実2.0のスワップがおきましたが、中国では、反事実2.0のスワップは置きませんでした。
その違いは、生産性の向上に成功したか否かにあります。
「社会主義」と「資本主義」の2枚のレイヤーを使うのではなく、生産性の1枚のレイヤーを使って考えると現象が説明できると言えます。
IMDの2024年の世界競争力ランキングでは、中国は、14位、日本は、38位です。
つまり、日本企業が、中国企業に生産性競争で勝てる可能性は低いです。
IMDの2024年の世界競争力ランキングでは、台湾8位です。
これは、TSMCが、熊本に工場をつくると景気が良くなることを説明しています。
東南アジアの国は、日本企業より、中国企業に、中国企業より、台湾企業に期待していると言えます。
現代ビジネスは、官僚の天下りシステムが、生き残っている状態を説明しています。
<< 引用文献
「財務省の宇宙人」神田財務官、次なる野望は「日銀総裁」か…!? 7・11「サヨナラ為替介入」の全内幕と「財務官退任後のキャリアパス」2024/07/23 現代ビジネス
https://gendai.media/articles/-/133910
>>
天下りシステムでは、給与はポストにつきます。はたらかないおじさん(あるいはおじいさん)が、椅子に座っていれば高給がもらえるシステムです。このシステムは、年寄りが働らかない分、若年層が働くことで、成り立っています。若年層が給与が増えないのに余分に働く理由は、第1に、転職できる労働市場がないこと、第2に、自分が年寄になったときに、働かなくとも高給がもらえると期待するからです。
この条件は、20年前にはあてはまりました。
現在は、第1に、高度人材の労働市場があります。
第2に、自分が年寄になったときに、働かなくても高給がもらえると期待することはできません。
高齢になれば、スポーツ選手のように、身体の動きが悪くなります。
体力があって稼げるときに、仕事にみあった給与をもらえない組織は、ブラックなハイリスクな組織で、避けるべきです。
千本木啓文氏は次のように説明しています。
<
2022年までに、国家公務員の志願者は10年で3割減り、人材の離職が急増しています。
>
<< 引用文献
行政劣化の深刻!コロナ対応の自治体格差、国家戦略の押し付け合い…公務員の人材流出が招く「国家的危機」からの脱し方 2024/07/22 Diamond 千本木啓文
https://diamond.jp/articles/-/347218
>>
これは、年功型組織は、ソ連のように崩壊するリスクが高いので、適切な就職口ではなくなったことを意味してます。
「行政劣化」という表現は、偏見です。人材は、市場均衡に近づいて正常化しています。労働者が働き口を選べることは基本的に人権です。
千本木啓文氏は次のように説明しています。
<
2018年に、トランプ政権が関税率アップを強行した場合の影響試算は、内閣府(旧経済企画庁)ができずに、日本銀行が行っています。
>
千本木啓文氏は、内閣府が影響試算が出来なくなった原因は、「審議官クラスの人材が大学に流出したことにある」といいます。
しかし、これは、経済モデルに対する理解不足です。
一般均衡の経済モデルは、パッケージ化がすすんだので、博士課程レベルの能力があれば、簡単に計算できます。手間がかかるとしたら、日本の独自のデータを編集する部分だけです。
AIプログラムをゼロからつくる人はいません。公開されたライブラリを使います。
一般均衡の経済モデルの解析は、確実にお金になるので、有料のパッケージが主流になっています。こうしたパッケージが使える状況にあれば、関税率アップを強行した場合の影響試算は、簡単にできます。品目細分化すれば、その分のデータをつくる手間がかかりますが、計算事態は、AIプログラムがつくれるレベルのコンピュータの知識があればできます。
日本の大学の給与は、あまり高くありません。人材流出の影響があるとすれば、もっとと若年層が、高給の選られる民間に流出しているケースと思われます。
さて、以上の状況を考えれば、日本にスワップが起こるとしても、ソ連型のスワップにはならないと思われます。
ジョブ型雇用は、ある規模まで拡大すれば、年功型組織は崩壊するが、ジョブ型組織が生き残るようなマダラ模様の変化が起こると思われます。
これは、イメージとしては、競争力のある組織が、競争力のない組織を駆逐するプロセスです。
日本の在来植物が、光合成性能の高い侵入植物に駆使されるようなプロセスです。
企業は赤字になれば、淘汰されますが、行政組織は、赤字でも存続します。しかし、赤字の行政組織を存続させるためには、重税と国債の発行が必要になり、経済を疲弊させます。
ですから、行政組織だけは、ソ連型のスワップが起こると考えられます。
補足:
パール先生は、do演算子のような言葉をつくることで、今まで考えることのできなかった思考が実現すると言います。
これは、最近気づいたことですが、データをGIS表現(X、Y、Z、tと解像度)に変化すると、まったく違った世界が見えてきます。