1)前向き研究
ここのところ、「因果推論の科学」の説明を書いてきました。
この説明を書いて気づいたことは、書く内容が次第に減少していくことです。
統計学は、数学の一部です。
「因果推論の科学」は、統計学の発展したものですから、数学です。
「因果推論の科学」の理論の正しさは、数学の証明によっています。
数学の教科書を思い出してみればわかりますが、数学の本には、問題の解き方がのっています。
数学の本には、分野別の答え(どうしたら良いか)は書いてありません。
数学は、分野を問わず使える手法なので、どうしたら良いかは、問題を解けばわかるというスタンスです。
「因果推論の科学」では、観察と介入は異なります。
「因果推論の科学」では、例外的に、観察が介入の代りになる条件があります。これは、素晴らしい成果なので、パールは、説明しています。これは例外なので、混乱のもとになります。ここでは、基本に忠実に、観察は介入の代りにはならないと考えることにします。
観察と介入の最大の差は、介入では、交絡因子が紛れ込む可能性が低い点にあります。
また、介入時に、前向き研究でサンプリングを行えば、サンプルリングバイアスを補正することができます。
因果推論の科学では、問いと因果モデルからエスティマンドをつくり、それから、前向き研究で、介入データを収集します。
データを取るのは、エスティマンドができてから後になります。
1-2)問題点
前向き研究の問題点は、交絡因子の影響にまみれた観察データを使わない点にあります。
これは数学的には、正しい方法です。つまり、理論的には問題はありません。
しかし、科学的に正しい方法が、社会で、常に受け入れられるわけではありません、
産経新聞は次のように書いています。
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政府が備蓄米の放出を始めたにもかかわらず、4月14から20日に全国のスーパーで販売されたコメ5キロ当たりの平均価格は4220円となり、16週連続の値上がりで最高値を更新した。価格高騰の原因は2023年産米が想定以上の不作で、需給バランスが崩れたためとみられる。
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「備蓄米、何の効果もない」 5キロ平均4000円台、いつまで 誤算は23年産米の不作 2025/05/03 産経新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/eb14a90b2a87f3529791e5af2f89b15e9d4fc573
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産経新聞は、「価格高騰の原因は2023年産米が想定以上の不作」といいます。
江藤農水相は、コメの価格の高騰は、流通の問題であるといいます。
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生産者の方々はしっかり作っていただきました。需要に見合うだけの米の量は、確実にこの日本の中にはあります。しかし、流通がスタックしていて、消費者の方々に高いお値段でしか提供できていない。流通に問題があるということです。
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江藤農林水産大臣記者会見概要 令和7年2月14日
https://www.maff.go.jp/j/press-conf/250214.html
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つまり、ここには、23年産米の不作、流通の問題という2種類の原因の提案があります。
こうした場合、国民は、どちらが本当なのか、あるいは、より影響の大きな第3の原因があるのかを知りたいと考えます。
例えば、Copilotは、コメ価格上昇の第1の原因は、減反政策であると言っています。
しかし、コメの価格の上昇の最大の原因が何かは、まだ、結論がでていません。
備蓄米放出という介入を行ったにもかかわらず、コメの価格が下がらないので、流通の問題という仮説は間違いではないかと感じる人が出てきています。
「因果推論の科学」によれば、観察データから、原因を特定することはできません。
備蓄米放出という介入が行われましたが、その時に、エスティマンドをつくって前向き研究で、介入データを収集していなければ、介入があっても、得られるデータは、交絡因子まみれの観察データになってしまい、原因を特定することはできません。
政府は、AIは、嘘をつくといいますが、政府は、エビデンスのある本当のことを言ったことはありません。
コメの価格の上昇の最大の原因が何かがわからない理由は、因果推論の科学を無視しているからです。
ところが、多くの人は、観察データから、原因を特定できる(因果モデルを作ることができる)と考えています。
多くの人は、賢い有識者であれば、コメ価格上昇の原因を理解していて、説明ができると期待しています。
こうした期待に答えて、占い師のように、自分は真実を知っていると主張する有識者があとをたちません。
過去の日本の事例や海外の事例は、参考にはなりますが、歴史は繰り返さないので、そのままでは使えません。
ベイズ推論をする場合には、よい事前情報があれば、それだけ、速く正解に収束します。過去の日本の事例や海外の事例を事前情報に使うことは効率的でしょう。しかし、正解は、過去の日本の事例や海外の事例にはありません。
1-3)対処方法
こうした場合に、科学的に正しい「因果推論の科学」を使うべきであると主張しても、その主張は、読者(多くの人)の期待に沿うものにはなりません。
そうなると、読者が減ってしまいます。
複数の原因がある場合に、メンタルモデルを操作すれば、一番効きそうな原因を主観で抽出することができます。
これは、単なる仮説であって、検証されているわけではありません。
パラグラフの論理であれば、仮説を導くために使えるデータと論理を明示することができます。
これは、データと論理が改善された場合には、よい良い仮説を作ることができるという前提で、発言することになります。
段落の論理では、主張は、仮説ではなく、神託のように、とり扱われてしまいます。
ある経済学者は、日銀の大規模金融緩和は、どの教科書にもかいてない政策であるといいます。ここでは、教科書の内容が神託であり、論理は、段落の論理になっています。
段落の論理の世界では、仮説は、神託になってしまいます。
立民・野田佳彦代表は、消費税減税に、方針を転回しています。
「方針を転換」という解釈は、段落の論理でなければでてきません。
野田氏は、「雨が降ったら傘をさす」と言っていますが、そもそも、野田氏は、消費税増税のときに、パラグラフの論理ではなく、段落の論理を振り回していたので、既に、手遅れの説明になっています。
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立民・野田佳彦代表 消費税減税“方針転回”のワケ「今でも財政規律派ですが、雨が降ったら傘をさす…」2025/04/27 スポニチ
https://news.yahoo.co.jp/articles/26ec0516344d651d1435403965cddc0876589760
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「消費税を一度下げたら、あげられない」という主張も、データと論理を無視した段落の論理になっています。
失われた30年と言われる経済停滞の中、税率と社会保険料が上がり続けています。
ひろゆき氏は、(消費税減税を)「やらない理由をみんな作りたがるんですよ。いくらでもやらない理由は、それは言えますよ」といいます。
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ひろゆき氏 消費税率引き下げに私見「やらない理由作りたがる」「とりあえずやってみて…」2025/05/01 スポニチ
https://news.yahoo.co.jp/articles/1756334c886e1104f3cf97c9d3f7a83ed1de24d1
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「いくらでもやらない理由は言えます」は、段落の論理です。欧米では、議論の基本は、パラグラフの論理です。最初に、データと論理の付合わせを行い、結論は、データと論理から導き出します。この方法では、「いくらでもやらない理由を言う」ことができません。
例えば、上記の記事で、森山裕幹事長は次のようにいいます。
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食料品の消費税引き下げ案について、下げるとすれば、下げた分の財源をどこに求めるのかということ。1年限定だったら、消費税を下げるということではなく、別にやれる方法があるのではないか。
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これは、段落の論理(因果を無視した逆向き推論)です。
ここには、何のための減税かという問いが欠如しています。
パールは、「因果推論の科学」(p.286)で、次のようにいいます。
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科学の新発見による文化の動揺は、その発見に合わせて文化の方を再調整しない限り収束しない。
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これは、正論です。
しかし、「因果推論の科学」の先駆者であるシューアル・ライトとバーバラ・パークスの生涯を考えれば、これは茨の道です。
パールは、「因果推論の科学」(p.205)で、次のようにいいます。
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思い返すと、ベイジアンネットワークをAIコミュニティに受け入れさせる闘いなど、因果ダイアグラムを認めさせる闘いに比べれば、ピクニックのようなもの、いや、豪華船のクルーズのようなものだった。闘いはまだ続いている。
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読者を2種類に分けて考えることが現実的な対応かも知れません。