6)問いのヒエラルキー
6-1)表記法
因果ダイアグラムだけでなく、図式表示(表記法)は、文章よりも汎用性が高いです。
例をあげます。

図1は、簡単なコンピュータ処理のフロー図です。
「P1=入力、P2=処理、P3=出力」とすれば、次の文字で書けます。
P1=>P2=>P3
「P1=データ、P2=アルゴリズム、P3=出力」とすることも可能です。記号を使わければ、次のようになります。
データ=>アルゴリズム=>出力
この表記法では、工場のベルトコンベアをイメージすれば、次のようにかけます。
材料=>加工装置=>加工品
以下では、この表記をシーケンス表記(直列表記)と呼びます。
次に、並列表記をしてみます。

図2の左を説明します。
直列表記は、以下でした。
「P1(入力)=>P2(処理)=>P3(出力)」
図2の左が、並列表記です。
文字で書けば、次になります。
P3(出力)<=(P1(入力)、P2(処理))
ここで、P1とP2は、カテゴリーの異なるデータである点に、注意します。
次の表記も同じ内容を示します。
P3(結果データ)<=(P1(入力データ)、P2(アルゴリズム))
図2の右には、この表記を因果モデルにつかった場合を示しています。
文字で書けば、次になります。
(結果)<=(原因、エスティマンド)
(エスティマンド)<=(問い、因果構造)
直列表記にでは、この内容は書きにくいので、並列表記には、メリットがあります。
図2の右側の内容を文章で説明することは、不可能ではありませんが、困難です。
6-2)パラグラフの論理
パラグラフの論理は次の形をしています。
(トピックセンテンス)<=(論理、データ)
つまり、図2の左側は、パラグラフの論理に対応しています。
次の構造を追加すれば、パラグラフの論理を因果推論に拡張することができます。
(論理)<=(因果構造、問い)
因果構造とは、メンタルモデルの世界モデルを指します。
因果推論の目的は、問いに対する答えを出すことです。
図2の情報の流れは、問いから、結果に向っています。

結果は、因果推論の予測結果(問いの近似値)です。
ここでは、問いと結果は、一致しません。
パールは、因果構造の選択は主観であるといいます。
パールは、「因果推論の科学」(p.127)で、次のようにいいます。
<
ライトは(つまり、パールも、筆者注)、因果探索が困難なこと、おそらく不可能であることを理解していた。
>
因果推論の科学では、問いに対する解答は、因果モデルの数だけあります。
とはいえ、因果構造のもっとらしさ、モデル検証における精度の判定によって、解答を絞り込むことは可能です。
図1の「コンピュータの処理の概念」に話を戻します。
与えられた処理の方法をつかって、入力を出力に変換する問題は順問題と呼ばれます。
一方、出力が与えられた時に、入力を推定する問題は、逆問題と呼ばれます。
逆問題をとく、一般的な解法はありません。
順問題を繰り返しといて、目標の出力に近い値をえられる入力を選抜する方法がモンテカルロ法です。
図3は、一種のモンテカルロ法になっています。
また、問いは、解答よりも、上位の概念になっています。
パラグラフの論理では、問いと解答があります。
トピックセンテンスは、解答、つまり、問いの近似値になります。
トピックセンテンスは、解答が問いに近付くように、データと論理の改善に伴って、更新されます。
6-3)段落の論理
段落の論理では、主題(トピック、意見)が、全てです。
論理とデータは、段落には、必須の条件ではありません。
段落の論理にも、論理とデータが登場することがあります。
その場合には、論理とデータは、主題(意見)に従属します。
これは、主題の正当性は、発言者あるいは、推薦者の地位によってきまるからです。
段落の論理では、大臣の発言は、発言者の地位に、主題の正当性があります。
論理とデータは、主題(解答、意見)に従属します。
正攻法で、これができれば、逆問題が簡単に解けることになります。
数学的には、それはあり得ないので、因果モデルの視点でみれば、フェイクとしてダミーの論理とデータがセットされています。
段落の論理では、問いが封印されます。
例えば、「高等教育の目的は何か」といった問いは封印されています。
ジョブ型雇用の推論は、順方向で行われます。
最初に問いがたてられます。
例えば、「〇〇というサービスを提供するにはどうしたらよいか」といった具合です。
〇〇に、AIサービスを入れる場合には、AIサービスをするための設備投資やクラウドの借入、人材の確保をします。これらの設備投資と人材確保は、AIサービス(結果)を生み出すための原因になります。つまり、ここには、因果推論のメンタルモデルがあります。
実際に、AIサービスを提供したところ、問いに対応するようなサービスが提供できない場合には、設備投資と人材を改善します。
このプロセスは、図3と同じです。
段落の論理には、問いがありません。
AIサービス(結果)に対応した設備投資と人材を求めることができる(逆問題を解くことができる)という前提があります。もちろん、それは数学的に不可能です。その結果、ダミーの設備投資とダミーの人材確保が設定されます。
6-4)AIの研修
AIの技術は日進月歩です。AIサービスのような結果が明確になってはじめて、原因の候補が決まります。学習を始めるのは、そこからです。
Windows95の開発に携わった中島聡氏は、提供する製品やサービスが決まってから、集中してスキルを習得しています。
情報の陳腐化の速度が速い分野では、活用する直前に学習することが最も効率のよい学習法です。
2025年4月29日の日経新聞には、AIスキルを管理職要件にする日本企業が増えているといいます。
しかし、年功型雇用で、AIスキルを学ぶ方法は、OJTの拡張にすぎまません。
ここには、パラグラフの論理ではなく、段落の論理があります。
AIスキルを学んでも、実際に使う前に、知識が陳腐化することは目に見えています。
黒木 亮氏は、2023年に、英国政府のIT化について、紹介しています。
英国に住んで35年になるが、徹底した行政のデジタル化でコストを削減し、事務を効率化しようという英国政府の姿勢には常々感心させられている。
英国では税務関係の手続きもすべて電子化されている。
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英国政府の動きを見ていると、可能な限り行政サービスをデジタル化しようと考えていることが分かる。各種免許の申請、不動産登記簿の閲覧、年金保険料の払い込み記録の確認、自治体への植物性ゴミの回収依頼と料金支払いなど、あらゆることがデジタル化されている。
最近では、新型コロナ・ワクチンの接種に関し、まだ世界のどの国でもワクチンの開発が終わっていない2020年の秋には接種プログラムのロジスティクスを確定し、デジタルの予約システムを構築し、先進国の中で一番早い同年12月に接種を開始した。
予約・実施・データ等はNHS(国民医療サービス)が一元管理し、筆者もネットで予約をし、接種を受けた。
英国では単に行政手続きをデジタル化するだけでなく、ITとデータサイエンスをフル活用し、行政サービスの効率化と効果を高めようとしている。そのため各種組織は大量のIT要員を揃えている。
例えばNHSには「NHSデジタル」(本部・西ヨークシャー州リーズ市)という約6000人が働く情報・IT部門があり、そこがコロナ禍の渦中に力を発揮した。すなわち同部門が、患者との最初の窓口になるGP(家庭医)から患者個々人の情報を吸い上げ、多数のデータサイエンティストがそれを基に、地域ごとの将来のコロナ患者数の予測などを行い、経営陣がどの病院のどの部門を閉鎖し、どの設備と医療スタッフをコロナ病床やICUに振り向けるか、あるいは逆にどのコロナ病床を元の部門に戻すかといった決定をしていた。
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年金の受給手続きが5分で完了…日本人作家が痛感した「窓口すらない英国」と「すべてがアナログな日本」の差 2023/04/12 黒木 亮
https://president.jp/articles/-/68361
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NHSには、6000人のデジタル要員がいて、2023年時点で、紙の書類とリアルな窓口はほとんどなくなっています。
AIを活用する場合にも、数千人単位のデジタル要員をかかえて、システムを開発をして、今までのアナログ人材をレイオフする必要があります。
システム開発の能力のない人材に、AIスキル研修をうけさせても、何も生み出せません。
研修をすることで、プログラムを読む力を付けることはできます。
しかし、プログラムを書くことが出来るようになる人は、5%程度です。
さらに、効率のよいプログラムを書くことができる人は2%程度です。
これは、読み書きをならえば、小説の読者になることができますが、小説を書くことができるようになるハードルははるかに高いことと同じです。
AIスキル研修には、政府の補助金がでると思いますが、その税金は、生産性の向上には寄与しません。
つまり、税金は無駄につかわれ、ピンハネによって、官僚と政治家の収入をふやすだけになります。
段落の論理をすてて、パラグラフの論理に切り替える必要があります。
もちろん、そうなると法度体制が崩壊するので、利害関係者が、科学を無視して、反対しています。
問いは、全てに優先します。
パールは、「因果推論の科学」(p.27)で次のように言っています。
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問うことができない問いに答えることはできない。そのための言葉(数学言語、筆者注)がなければ、問いをたてることができない。
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なぜ、AIスキルが必要かという問いに答えることのできる経営者は少ないと思います。