よい質問(2)

2-1)よい質問の条件

 

よい質問についてもう少し考えてみます。

 

山下 一仁氏の記事を例にとります。

 

次のような表現があります。

なぜ減反は廃止できないのか。

 

減反はJA農協発展の基礎だからである。

注:減反は、制度ではなく、実質をさす。

<< 引用文献

JA農協&農水省がいる限り「お米の値段」はどんどん上がる…スーパーにお米が戻っても手放しで喜べないワケ 2024/09/30 President 山下 一仁

https://president.jp/articles/-/86548

>>

 

質問と答えに分解すれば、次になります。

 

Q:減反は廃止できない理由は何か。

 

A:減反はJA農協発展の基礎だから。

 

変数と値のイメージで考えると、この場合の答えは、質問に対応していないように思われます。

 

因果モデルでは、質問が「結果」、答えが、「原因」にあることがあります。

 

その枠組みで考えれば、質問と答えがかみ合っていません。

 

因果モデルに転写すると次のようになります。

 

A「減反がある」(原因)=>Q「減反がなくならない」(結果)

 

これは、山下 一仁氏の文章に問題があると言っているのでは、ありません。

 

「よい質問」とは、何かという視点で、表現を見直すと見えてくるものがあるということです。

 

減反は廃止できない理由は何か」には、類似の質問もあります。

 

たとえば、Q:「減反の廃止に反対している人は誰か」などです。

 

この場合の、答えは、A:「JA農協である」になります。

 

この場合を、因果モデルに転写すれば次になります。

 

A:「JA農協の反対」(原因)=>Q:「減反は廃止できない」(結果)

 

書きなおせば、次になります。

 

A:「JA農協の反対」(原因)がなければ=>Q:「減反は廃止できる」(結果)



別の例をあげます。

 

国民のために政府が行うべきことは、減反廃止、直接支払い、二毛作復活である。

 

Q:国民のために政府が行うべきことは何か

 

A:減反廃止、直接支払い、二毛作復活である。

 

「国民のために政府が行うべきこと」に対して、「減反廃止、直接支払い、二毛作復活」は、答えの集合としては、あまりに小さいと思われます。

 

ここでの質問と答えは、因果関係ではありません。

 

「国民のために政府が行うべきこと」の集合には、「減反廃止、直接支払い、二毛作復活」のインスタンスが含まれるということでしょうか。

 

しかし、別の表現も可能です。

 

Q:「政府はどのように変わるべきか」とA:「減反廃止、直接支払い、二毛作復活を実施するように変わるべきである」。

 

しかし、この質問は、妥当ではありません。

 

その理由は、政府には、「減反廃止、直接支払い、二毛作復活」をしないことによる利権が存在するからです。

 

利権を持っている該当者に、利権を放棄して下さいと主張することは、実現性のない主張です。

 

減反廃止、直接支払い、二毛作復活」するためには、利権を持っている政府に対してではなく、有権者に向って、よい質問をする必要があると思われます。

 

アメリカは、核兵器を含む膨大な軍事力を持っています。

 

核兵器は、政治的な利権の根源になります。

 

アメリカが、核兵器を放棄するときが、来るかもしれません。しかし、その実現のためには、アメリカの有権者が納得するよい質問が必要になります。

 

正解は分かりませんが、よい質問は問題解決に対する前進になります。

 

なお、多くの読者は、ここでの議論を煩雑に感じると思います。

 

しかし、AIは、このレベルの議論をクリアしないと実用になりません。

 

このレベルの議論が出来なければ、AIから、無能と判断されて、失業する人が出てきます。

 

2-2)環境問題

 

日本では、魚などの水産資源が減少しています。

 

マスコミは、有識者に次のような質問をしています。

 

Q:「漁獲量が減少している原因は何ですか」

 

A:「温暖化の影響があると思います」

 

これは、次の因果モデル(温暖化による漁獲量の減少の因果モデル)に対応します。

 

A:「温暖化」(原因)=>Q:「漁獲量の減少」(結果)

 

この質問は、Q(結果)から、A(原因)を求める推論になっているので、アブダクションになります。

 

社会の現場では、帰納法演繹法よりも、アブダクションが多用されています。

 

アブダクションによって、有識者は、漁獲量の減少の因果モデルを提案しています。

 

しかし、有識者は、相関と因果の区別ができないので、交絡因子を無視しています。

 

「温暖化」が、「漁獲量の減少」の原因であれば、「温暖化」は、世界中で起きているので、世界中で、「漁獲量の減少」が起きているはずです。

 

しかし、世界の漁獲量データをみれば、「漁獲量が増加」している地域や国も多くあります。

 

つまり、反例によって、「温暖化による漁獲量の減少の因果モデル」が間違いであることが分かります。

 

アブダクションによって、温暖化以外の原因(交絡因子)を探索する必要があります。(注1)

 

「漁獲量が減少している原因は何ですか」は、よい質問ではなかったと言えます。

 

例えば、次のような質問が考えられます。

 

「世界には、漁獲量が増加している地域と漁獲量が減少している地域があります。日本が、漁獲量が減少している地域になっている原因は何ですか」

 

質問は、2番目の文章だけで、1番目の文章は、背景説明です。

 

この質問であれば、「漁獲量の減少の原因は、温暖化である」という答えが返ってくることがありえません。

 

環境問題では、よい質問を考えることが重要であると言えます。

 

注1:

 

反例を示して、推論を改善するプロセスは、クリティカル・シンキングになります。よい質問は、クリティカル・シンキングの一部です。クリティカル・シンキングについては、別途検討します。

 

2-3)半導体の未来

 

NHKは、次のように、報道しています。(筆者要約)

台湾のTSMCと韓国のサムスン電子は2025年から2ナノ先端半導体の量産を開始する計画です。

 

ラピダスは2027年ごろの2ナノ先端半導体の量産化を目指しています。

 

経済産業省はラピダスの研究開発費に3年間で9200億円の支援を決めています。

 

政府が2024年11月示した経済対策には、半導体やAI産業を支えるための新たな財源フレームを設け、2030年までの7年間で10兆円規模の支援を行う方針です。

 

このうち、4兆円ほどの資金がラピダスの量産化技術に割り当てる検討がされています。

 

ラピダスが2ナノの量産を実現するためには、量産技術が必要です。

 

ラピダスは、アメリカのIT大手・IBMに150人ほどの技術者を派遣し、製造技術の習得を目指しています。IBMには、2ナノ半導体を量産するノウハウがないので、ラピダスがIBMと共同で量産技術の開発が必要です。

<< 引用文献

2025年は2ナノ元年?ラピダスの勝算は 2024/12/19 NHK

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241219/k10014672401000.html

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中国問題グローバル研究所の遠藤誉氏は、中国の半導体産業について、4本の記事を書いています。要点は以下(筆者要約)です。

2024年1月から10月までの中国の半導体輸出のデータと、過去3年間のデータから、2024年の中国のチップ輸出は24兆円を超えている。

 

2024年11月22日に、台湾のテクノロジー分野専門の調査会社Trend Forceは、中国の半導体メーカーが最先端半導体分野で著しい進歩を遂げていると書きました。主要なプレーヤーは、SMIC(Semiconductor Manufacturing International Corp.=中芯国際)(エス・ミック)と、NAND(ナンド)に焦点を当てたYMTC(Yangtze Memory Technologies Corp.=長江存儲科技、長江メモリ)、ファブレスHiSilicon(ハイシリコン)、IoTチップメーカーのUNISOC(紫光展鋭)です。

 

遠藤誉氏は、SMICは2030年代半ばまでにTSMCに挑戦できると推測しています。その理由は、SMICには台湾のTSMCの主要な研究開発およびプロセス・エンジニアリング・スタッフが数多く採用されているので、TSMCとほぼ対等に競争できる状況にあるからです。

 

梁孟松氏

 

SMICのCEOの梁孟松氏は、以前に、TSMCに身を置いていた半導体業界のベテランです。

 

梁孟松氏は、TSMC、サムソン、SMICで、主要な開発メンバーとして活動してきました。

 

梁孟松氏は、SMICが2024年初頭に、古いDUVマシンで5nmノードの開発に成功することに貢献しています。

 

ファーウェイは、アメリカの貿易制裁によって最先端の半導体製造技術へのアクセスを制限されているため、SMICとの協力を深化させて、チップを作っています。

 

ファーウェイとSMICが5nmノード技術の開発に成功しましたが、量産化できていません。

 

SIMCの「5nm-7nmのプロセス」で製造されるのファーウェイのMate70シリーズKirin 9020チップは、「TSMC 4nm」を使ったアメリカのQualcomm(クァルコム)の「Snapdragon 8+ Gen 1」チップ、台湾のMediaTek(メディアテック)の「Dimensity 9200」チップより強い性能を示しています。

 

張建中氏

 

張建中氏は南京科技大学コンピューターサイエンス学部を卒業し、冶金部自動化研究所に入学して修士号を取得したあと、ヒューレットパッカードDELL中国支社のコンピュータシステム部門のゼネラルマネージャーなどを歴任しました。

 

「これからはAIの時代だ」と判断した張建中氏は、MicrosoftIntelAMD、Arm などの多くの半導体大手出身のエンジニアを引き連れて2000年10月にムーア・スレッドを創立しました。

 

2005 年 5 月、張建中氏はNVIDIA中国エリアのCEOおよびグローバル副総裁に就任し、NVIDIAGPUに関して完全なエコシステムの開発に成功し、中国市場を NVIDIA にとって世界で最も重要な市場の 1 つに創り上げることに成功しました。

 

ムーア・スレッドは、通常の「PC用GPU MTT S80を一般利用者向けに発売する」と同時に、「AI半導体GPUであるMTT S4000も同時発売した唯一の中国企業」で、「中国版NVIDIA」と言われます。

 

ムーア・スレッドはNVIDIAのCUDAコードを簡単に自社プラットフォームに移し替えることができるように、互換性を重視しています 。

 

現在、「NVIDIAのA100」はアメリカの対中制裁により中国では入手できませんが、「ムーア・スレッドのMTT S4000」の性能は「NVIDIA社のA100」の60%(NVIDIAmp1世代前の製品と同等)のパフォーマンスを提供しています。

 

ムーア・スレッドが、GPUを扱ってまだ4年間である。ムーア・スレッドのGPUは、その製造過程で「TSMC7nm」を使用しています。

 

今回、アメリカの半導体輸出規制は4年前のファーウェイから、TSMCファウンドリに依存している「地平線(ホリゾン)、寒武纪(カンブリアン)、摩尔线程(ムーア・スレッド)、平头哥(平頭哥半導体)など多数のAIチップ企業になりつつある。

 

つまり、AIチップ企業が、TSMCから、SIMCに、ファウンドリを切り替えられれば、今後予想されるアメリカの制裁には効果がありません。切り替えに失敗すれば、制裁が、大きなダメージになります。

 

中国の半導体の未来は、SIMCの梁孟松氏にかかっています。

 

AIとトンネルピッチ

 

半導体の微細化に関して「半導体の性能が18ヵ月で2倍になる」という経験則「ムーアの法則」は実際上かなり前から破綻しています。「トンネル長」は約「3nm」が限界です。

 

製造メーカーは、回路線幅が何ナノ(ナノは10億分の1)メートルであるかではなく、製品の世代を示す商品番号を使っています。例えば、TSMCは、「TSMC 3nm」チップとは言わずに、TSMC「3N」と、商品番号を使っています。

 

現在、半導体市場の成長の勢いは、スマホ、パソコンから、自動車および工業セクターに傾いている。

 

自動車および工業セクターでは、サイズ制約は緩いので、5nmから7nmで十分である。特に、AIでは「アーキテクチャ、接続帯域幅アルゴリズムの最適化」など、サイズ以外の要因が製品の価値を決定する。

 

Googleエリック・シュミット元CEOは、2024年11月19日に、ハーバード大学政治研究所のフォーラムで、「より強力なAI開発競争でアメリカは中国に後れをとっている」といいました。

 

講演の中でシュミット氏は、「アメリカのような優秀なエンジニア、強力なチップ、大規模なデータソースへのアクセスに加えて、中国はAIモデルのトレーニングに必要な電力をより多く持つことでも恩恵を受けている」と述べました。

 

中国は、「微細化こそが王様」という概念から抜け出したAI開発と新産業が要求するレベルの発展を目指しています。

<< 引用文献

中国半導体最前線PartⅠ アメリカが対中制裁を強化する中、中国半導体輸出額は今年20.6兆円を突破 2024/12/07 中国問題グローバル研究所 遠藤 誉

https://grici.or.jp/5891

 

中国半導体最前線PartⅡ ファーウェイのスマホMate70とAI半導体 2024/12/09 中国問題グローバル研究所 遠藤 誉

https://grici.or.jp/5896

 

中国半導体最前線PartⅢ AI半導体GPUで急成長した「中国版NVIDIA」ムーア・スレッド   2024/12/11 中国問題グローバル研究所 遠藤 誉

https://grici.or.jp/5904

 

中国半導体最前線PartⅣ 半導体微細化「ムーアの法則」破綻の先を狙う中国 2024/12/13 中国問題グローバル研究所 遠藤 誉

https://grici.or.jp/5911

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2-4)半導体補助金問題

 

筆者は、日本には、梁孟松氏レベルの専門家がいないので、ラピダスは失敗すると考えます。2025年に、製品化が出来ているレベルのモデルを、2027年に出しても2世代遅れですから、売れるとは思えません、

 

しかし、ここで論じるのは、その点ではありません。

 

筆者は、読者に、よい質問をして欲しいのです。

 

政府は、半導体やAI産業に、10兆円、ラピダスに4兆円の税金を投入する計画です。

 

10兆円の本予算は、通りませんので、政府は、実質的には国会審議のない補正予算で、10兆円を、投入すると思われます。

 

10兆円の投入に伴い、天下りポストができます。過去の例をみると、そのポストは、成果に関わらず高給が支払われます。つまり、利害関係者がいて、ノーリスク・ハイリターンで高給が得られることになります。

 

ラピダスが失敗して、裁判になって、幹部が、給与以上の何億円もの損害賠償を求められる可能性は、ほぼゼロです。

 

財務省は、均衡財政といいますが、1972年以降、日本が均衡財政であったことは一度もありません。赤字になれば、国債を発行しています。

 

均衡財政の国では、建設が中断します。中国やタイなどでは、財政収支が不足して、建設が中断した建築が放棄されています。英国は、高速鉄道の沿線を凍結して、規模を縮小しました。均衡財政であれば、歳入が減れば、歳出も減ります。

 

民主主義では、政府は、政策について、有権者に説明責任があります。

 

説明は、段落(danraku)ではなく、パラグラフ(paragraph)で行われる必要があります。

 

梁孟松氏レベルのエンジニアは、日本にはいません。

 

お金を積めば技術開発ができるのであれば、オイルマネーのある中東が、先端技術の中心になっているはずです。

 

日本のAIは、アメリカと中国のレベルに追いついていません。

 

その原因を取り除かないで、税金を投入しても、効果はありません。

 

そのほかにも、考えられる点があると思います。

 

民主主義にとって、大切なことは、有権者が、政府によい質問をすることです。

 

よい質問とは、その回答を見て、有権者が、投票する政党を選択できる質問になります。

 

中央教育審議会は、「いかに社会が変化しようとも、自分で課題を見つけて、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」が大切であるといいます。

 

筆者は、「自分で課題を見つける」ことは、間違いであると主張します。

 

筆者は、民主主義の教育では、政府に「よい質問」をすることを教育すべきであると考えます。

 

野口 悠紀雄氏は、「日本の教室では、質問はわからないことを教えてもらうためにするものだと考えられている。だから、質問者は自分の理解能力が低いことをさらけ出しているとみなされる」と言います。

 

これは、日本の教育が破綻していることを示しています。