ラピダスの勝算

ラピダス問題点が表面化してきたので、整理しておきます。

 

今回は、引用文献を引用の直後にいれます。

 

1)TSMCのおさらい

 

ラピダスの計画を見る前に、TSMCの計画を復習しておきます。

 

1-1)3ナノメートル半導体の量産を開始

 

2022年12月29日、半導体の受託生産最大手、台湾積体電路製造(TSMC)は、回路線幅3ナノメートル(ナノは10億分の1)半導体の量産を開始した。最先端半導体の支配的サプライヤーとしての地位を維持することを目指す。

 

TSMCは韓国サムスン電子に続き、3ナノ半導体の量産を開始。同技術は アップル製スマートフォンiPhone」やインターネットサーバーなど、次世代の最先端機器のラインアップに搭載される見通しだ。



<1>TSMC、3ナノ半導体の量産開始-支配的サプライヤーの地位維持へ 2022/12/29 Bloomberg Debby Wu

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-12-29/RNMXD2T0AFB401

 

1-2)ASMLの台湾への投資

 

2023年4月10日、オランダの半導体製造メーカASMLは、台湾で大規模な投資を行い、2ナノメートルプロセス向けの、光学測定装置の研究開発と製造を推進する計画について、経済部にA+企業研究開発補助金の申請を行いました。経済部は、サプライチェーンの技術革新や国内生産率の向上支援方法という2つの面について、審査を行い、早ければ5月に決定するとしています。

 

ASMLは2022年、台湾での投資拡大を発表しました。北部・新北市の侯友宜‧市長は、ASMLが新北市の林口工業団地に工場を建設し、第1期の投資額は300億台湾元(およそ1280億日本円)以上、従業員は2000人規模になる見通しだと述べました。

 

<2>オランダの半導体製造メーカーASML、台湾で2ナノメートルプロセスを開発  2023/04/10 Radio Taiwan International 許 芳瑋

https://jp.rti.org.tw/news/view/id/96833

 

1-3)2ナノメートルの量産計画

 

2023年4月26日、半導体大手、台湾積体電路製造(TSMC)は、回路線幅2ナノメートル(ナノは10億分の1)の半導体を予定通り2025年に量産すると発表した。3ナノの強化版「N3P」は2024年下半期に量産するとしています。



<3>TSMC 「2ナノ」半導体、25年にも量産へ/台湾 2023/04/27 フォーカス台湾

https://japan.focustaiwan.tw/economy/202304270006

 

1-4)TSMC熊本工場

 

工事の着工は2022年で、2024年の操業開始を目指す。  製造するのは22~28nmプロセスの、「ロジック半導体」です。

 

工場への投資規模は約8,000億円で、前述3社のほか、国からの支援もあります。投資額の半分、4,000億円程度を国が出資します。

 

1-5)TSMCの先見性 

 

加谷珪一氏はつぎのように述べています。(筆者要約)

 

TSMCが設立されたのは1987年だが、同社は半導体の製造を下請けとして受託する小さな新興メーカーに過ぎなかった。同社は当時の段階から、IT業界が完璧な水平分業に体制にシフトし、半導体分野においてもファウンドリが業界の中核になるという見通しを描いていた。加えて、単なる下請け企業に陥らないよう、顧客となる半導体設計企業の業務を徹底的に分析し、彼らが必要とする機能をあらかじめモジュール化して提供する体制を整えるなど、今で言うところのソリューション型ビジネス(問題解決型)を実現する明確な戦略を立案していた。





<3>TSMCが世界1位になれた理由、開花するまでの「30年にわたる孤独な戦い」の全貌 2023/4/21 ビジネスIT 加谷珪一

 

<4>岸田政権・日本政府が主導して「半導体会社」を設立したが…「戦略不在」でまったく「成功を期待できない」ワケ 2022/12/21 現代ビジネス 加谷珪一

https://gendai.media/articles/-/103634

 

1-6)まとめ

 

TSMCは、2022年末に、3ナノ半導体の量産を開始しています。

 

2024年下半期に、3ナノの強化版「N3P」を量産する計画です。

 

2025年に、2ナノの半導体を量産する計画です。

 

AMSLは、半導体露光装置(ステッパー、フォトリソグラフィ装置)を販売する世界最大の会社で、世界中の主な半導体メーカーの80%以上がASMLの顧客です。

 

2023年4月に、ASMLは、台湾で大規模な投資を行い、2ナノメートルプロセス向けの、光学測定装置の研究開発と製造を推進する計画について、経済部にA+企業研究開発補助金の申請しました。

 

これから、2025年には、TSMCは2ナノの半導体で利益を生み出すと思われます。



2)日本の半導体産業の失敗の原因

 

日本の半導体アメリカを抜いたので、アメリカが「アメリカの安全保障を脅かす」とイチャモンを付けてきて、当時の通産省が「君主国」アメリカに降った。

 

「経営者の思考が時代の流れについていけなかった」ために、その後の「ファブレス」と「ファウンドリ」の水平分業の波に日本の半導体産業界が乗れなかった、いや、ついていけなかった。

 

その結果、日本には、半導体製造装置産業だけが生き残っている。

 

<5>台湾のTSMCはなぜ成功したのか? 2021/05/10 Newsweek 遠藤誉

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/05/tsmc.php

 

いつの時代も、そしてどの国でも、公務員というのは、すでに確立されたビジネスや技術しか認識できず、時代の先を行く戦略を描くことはできない。もし公務員にそうした起業家的なセンスや能力があるのなら、旧ソ連のような国家主導の社会主義的計画経済にすればうまくいくという話になってしまう。そうではないからこそ、資本主義の世界では起業家というプロフェッショナルが存在しているのだ。つまり政府が戦略を描くという段階ですでに大きなリスクを抱えているという現実についてまず認識する必要がある。 

 

日本は90年代以降、半導体分野で完膚なきまでに敗北したが、すべての原因は「戦略の不在」である。

 

<4>

 

3)ラピダスの問題点

 

2022年12月の現代ビジネスに、加谷珪一氏は次のように書いています。

 

2ナノメートル(もしくはそれ以下)という最先端の製造プロセス技術を確立できる見通しが立っているのは、現時点では米インテル、台湾TSMC、韓国サムスンの3社だけである。

 

日本メーカーは、2ナノメートル半導体を製造できる装置を持っておらず、こちらも欧州メーカーから装置を導入する必要がある。基礎技術については米国から、製造装置については欧州から支援を受けるという形であり、自国による生産基盤の確立とは言い難い。

 

2ナノメートルの量産体制を確立するためには、最低でも5兆円程度の先行投資が必要となり、上記3社はこの水準の巨額投資を行う方針を明らかにしている。だがラピダスについては、資金のメドが立っているとはいえず、政府も明確に全面支援するとは表明していない。

 

半導体産業というのは、巨額の先行投資が必要であると同時に、技術が陳腐化するスピードが速く、経営戦略的には極めてやっかいな分野である。十分な成果を上げるためには、完璧な戦略と資金の裏付けが必要であり、これは簡単なことではない。

 

後発となった日本が3社に追い付くためには、彼らの何倍も資金を投入して物量で勝負するか、もしくはゲームのルールを自ら変えるゲームチェンジャーになるしかない。

 

ラピダスはあくまで後発として先行企業に挑むというモデルなので、市場そのものをひっくり返すことを目論んでいるわけではない。だが、ラピダスが後発企業として、先行3社に追い付くための具体的な方策は見えていないのが現実だ。

 

ラピダスの最大の問題点は、なぜ国策企業を設立するのかという基本戦略が曖昧なことである。

 

<4>

 

AMSLは、受注残高が年間売上高のほぼ2倍に上っています。ASML関係者は、ラピダスへの出荷は2024年後半から2025年になるといっています。

 

ただし、このAMSLの装置は、2ナノメートルプロセス向けではありません。2ナノメートルプロセス向けの半導体露光装置の導入計画は未定です。

 

ラピダスが、仮に2ナノ半導体を開発できたとしても、量産化は、TSMCより2年遅れになります。2年立てば、2ナノ半導体が陳腐化している可能性もあります。TSMCの2ナノ半導体よりも、ラピダスの2ナノ半導体を優先して購入する企業は考えられませんので、ラピダスは、補助金をつぎ込みながら、国内で販売することになります。

 

しかし、その前に、次の問題があります。

(S1)基本的に、国内では、半導体を製造していないので、国内には、技術者はいません。

 

(S2)現在、日本国内工場では、40ナノ半導体しか生産できない。エンジニアリングでは、サイズが変わると、サイズ変更に伴う問題が発生します。問題は変化量です。TSMCは、3ナノから2ナノに微細化を進める場合でも、エンジン全開で行っています。現状では、サムスンとトップ争いをしています。後発の企業がこの速度を越えるためには、全く新しい技術のブレークスルーが必要です。ラピダスには、独自技術はありませんので、これは不可能です。

 

(S3)現状では、ラピダスが、企業として黒字を出すことはありません。TSMCより安く、性能の良い半導体を、TSMCに先んじて、量産する計画ではありません。日本の半導体製造は、農業のように、国際競争力がありません。日本農業のGDPシェアは1%ですので、補助金漬けでも、農業は回すことが可能です。一方、半導体製造関連のGDPシェアは高いので、補助金漬けでは国家財政が破綻します。企業の支えらえません。例えば、トヨタが、市場平均価格より高価なラピダスの半導体を使っても、その割り増しコストを自動車の価格に転嫁することはできません。そうすれば、自動車の価格があがって、トヨタの自動車は、価格競争力がなくなるからです。トヨタはお付き合いで、一部の半導体をラピダスから購入するかもしれませんが、範囲は限定されるはずです。経済産業省は、半導体産業の国際競争力がなくなったので、農林水産省の食料自給率の真似をして、半導体自給率を持ち出してきているように見えます。

 

4)ラピダスの現状

 

4-1)北海道工場

 

次世代半導体の量産を目指す新会社ラピダス(東京)の小池淳義社長は28日、北海道千歳市に工場を建設すると表明した。投資額は5兆円程度だと明らかにした。

 小池氏は、量産段階でエンジニアと呼ばれる技術者を500~600人雇用する考えを示した。

 着工は4月以降で、2025年に試作ライン、2020年代後半に量産ラインの稼働を目指す。

 

<6>ラピダス工場、北海道・千歳に=次世代半導体の量産へ5兆円  2023/02/28 時事通信

https://sp.m.jiji.com/article/show/2901849

 

訂正:ラピダス、半導体新工場を北海道千歳市に建設 25年に試作ライン

 

4-2)追加支援

 

経済産業省は4月25日、最先端半導体国産化を目指すRapidus(ラピダス)に2600億円の追加支援を行うと発表した。同日会見を行った西村康稔経済産業相は力を込めて支援の意志を述べた。

 

量産化のための第一歩は、アメリカの大手IT企業・IBMから2ナノの製造ノウハウを習得するため、ニューヨーク州にあるIBM半導体研究開発拠点「アルバニー・ナノテク・コンプレックス」へ、エンジニアの派遣がすでに始まっている。

 

IBMは量産技術こそ持たないが、2021年5月に世界で初めて2ナノ半導体の開発技術を発表した。

 

カギを握るのは、ラピダス千歳工場への技術移転だ。同工場の試作生産ラインの竣工は2025年半ばを予定している。試作ライン竣工から、およそ2年をかけて技術移転を進め、2027年の初頭には量産を開始する見込みだ。

 

また、最先端半導体の露光技術の開発では、ベルギーに本拠地を置く研究機関「imec(アイメック)」と連携する。imecは、最先端半導体を製造するのに欠かせないEUV(極端紫外線)露光装置を唯一手がけるオランダのASMLと共同で研究所を運営するなどしている。

 

アメリカの半導体受託製造大手・グローバルファウンドリーズ(GF)がIBMを提訴した。

その内容は、IBMがGFの知的財産や企業秘密をラピダスへ違法に開示している、というもの。さらに、IBMとラピダスの提携以降、GFのエンジニアに対する「違法な採用活動」が加速しているとも主張している。



「国策半導体」ラピダス、2ナノ量産までの道筋 社長の発言から見えてきた2027年への布石 2023/05/01 東洋経済 石阪 友貴

https://toyokeizai.net/articles/-/669396

 

この発表を要約します。

 

(S1)2600億円を追加支援する。

 

(S2)技術は、IBMとimecだのみです。

 

(S3) 40ナノから2ナノに、段階を経ず異グレードアップできるとしていますが、根拠はありません。これは、秘策がなければ、不可能なはずです。

 

(S4)量産技術とサンプル出荷の違いが無視されている。この2つでは、歩留まりが大きく違います。

 

(S5) 人材の質、特に高度人材の話は全くなく、人数だけが問題とされています。高度人材からすれば、敢えて、ラピダスで働くメリットは考えられません。

 

(S6)「2027年の初頭には量産」は、TSMCより2年遅れです。しかも、これは最短です。これだけ、不確定要素が多ければ、「2027年の初頭には量産」できる確率は10%以下だと思います。長期計画は調整のための時間が必要です。

 

4-3)2兆円支援要請



新会社「ラピダス」の東哲郎会長(73)が3日までに共同通信のインタビューに応じ、技術開発関連に2兆円規模の資金が必要との試算を示し、国に中長期的な支援を要請する考えを明らかにした。量産化に向け工場建設などに3兆円ほどが別途かかるとし、株式上場による資金調達も検討。将来は技術者を中心に千人程度を採用する計画という。

米中を中心にハイテク覇権争いが激化する中、日本は半導体開発で後れを取っている。政府は既に計3300億円の支援を決定。「必要な支援をしていきたい」(西村康稔経済産業相)と複数年度にわたる追加支援も検討しており、今後巨額の国費を投じる可能性がある。

 

 ラピダスは昨年設立された。北海道千歳市で2025年に試作ラインを立ち上げ、27年の量産開始を目指す。日本の主要企業からの出資額は計73億円にとどまる。東氏は2兆円規模の資金について、民間からの追加調達は容易でなく「国の支援を中心に考えないといけない」と語った。具体的には毎年度、3千億円規模の国費支援に期待を示す。

 

(注:経済産業省から700億円の補助金と、2600億円の追加支援が入っていません)



最先端半導体の製造に携わる人材は、世界中で獲得競争が激しくなっている。人材獲得は懸念事項の1つと見られていたが、蓋を開けてみれば50代のエンジニアを中心に採用は順調だという。そのような状況も、小池社長の自信につながっているようだ。



<7>ラピダス、国に2兆円支援要請へ 半導体新会社、上場も検討 2023/05/03 KYODO

https://news.yahoo.co.jp/articles/ae9277dd4282a53dda6bc22f635da223a046c1dd



5)まとめ

 

2022年12月の現代ビジネスに、加谷珪一氏の指摘を繰り返します。

 

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半導体産業というのは、巨額の先行投資が必要であると同時に、技術が陳腐化するスピードが速く、経営戦略的には極めてやっかいな分野である。十分な成果を上げるためには、完璧な戦略と資金の裏付けが必要であり、これは簡単なことではない。

 

後発となった日本が3社に追い付くためには、彼らの何倍も資金を投入して物量で勝負するか、もしくはゲームのルールを自ら変えるゲームチェンジャーになるしかない。

 

ラピダスはあくまで後発として先行企業に挑むというモデルなので、市場そのものをひっくり返すことを目論んでいるわけではない。だが、ラピダスが後発企業として、先行3社に追い付くための具体的な方策は見えていないのが現実だ。

 

ラピダスの最大の問題点は、なぜ国策企業を設立するのかという基本戦略が曖昧なことである。

 

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結局、成功する可能性のないビジネスになし崩しに、税金を投入して、どぶに捨てているように見えます。

 

「先行3社に追い付く」とは、2025年に2ナノ半導体を量産化することです。2027年に、2ナノ半導体を量産化しても、それでは、「先行3社に追い付く」ことにはなりませんので、市場での競争力はありません。

 

もっとも、現計画では、不確定要素が多過ぎるので、2027年に、2ナノ半導体の量産化は不可能だといえます。

 

実際に、東哲郎会長が、ラピダスを立ち上げる前に、国内の企業の声をかけた時に得られた返事は、それは無理な計画であるというものだったようです。

 

また、ラピダスの計画には、黒字化のスケジュールがありません。判っていることは、量産化が始まる2027年までは、100%赤字です。2027年でも、TSMCサムスンは先にいっていますので、「先行3社に追い付く」を基準にすれば、黒字にはならないはずです。