1-1)good question
「課題発見力」の記事で、「課題発見力」は、日本にしかない概念であると、書きました。
野口悠紀雄は、よい質問について、次のように書いています。(筆者要約)
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それはいい質問だ。It's a good question.
これは、50年前、私が初めてアメリカに留学したときに聞いた言葉である。
日本の教室では、質問はわからないことを教えてもらうためにするものだと考えられている。
上で「質問」と言ったことを、「テーマ」と言い換えてもよい
論文を書くのに最も重要なのは、「いいテーマ」を選ぶことだ。それができれば、論文の8割はできたようなものだ。
よいテーマさえ見出せれば、それについての文章を書くのはそれほど難しいことではない。「よいテーマが見つからないから書けない」のはほぼ自明だが、その裏命題(対偶命題の逆命題)も真なのである。
アメリカの大学院の学生は、コーヒーポットのある小さな部屋に三々五々集まって、雑談をする。雑談の中からテーマを見出そうとしているのだ。大学や研究所で最も重要なのはここであることもわかった。
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「私は何を質問したいのか」ChatGPTの驚きの答え 2024/12/22 東洋経済 野口悠紀雄
https://toyokeizai.net/articles/-/847737
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「課題発見力」と「よい質問」は、一見すると似ています。
今回は、この問題を考えます。
1-2)変数
英語版のウィキペディアの質問(Question)には、「質問とは、情報を求める発話です」と書かれています。
パールは、変数は、「問い」、変数の値は、「答え」であると言います。
つまり、「よい質問」とは、「よい変数の選択」と置き換えることが出来ます。
この場合の変数は、目的、または、評価関数になります。
野口悠紀雄氏は、「よいテーマさえ見出せれば、それについての文章を書くのはそれほど難しいことではない」といいます。
これは、「よい目的変数(評価関数)が設定できれば、問題を解くのはそれほど難しいことではない」に対応します。
1-3)インフレ目標
日銀は、2%のインフレ目標を取り下げていません。
金融政策の目的は、通貨の安定と(可能ならば)経済成長です。
「経済成長が可能な金融政策とは何か」という問いには、値(答え)がありません。
つまり、この問いは、目的変数(評価関数)にならない悪い質問です。
金融政策を行うためには、良い質問が必要です。
日銀は、「経済成長に最適なインフレ率はいくらか」という問いを使います。
そして、この質問の答えが、「2%」です。
つまり、「2%のインフレ目標」の妥当性は、次の2つに分解できます。
第1は、「経済成長の目的としてインフレ率が使える」、あるいは、「経済成長に最適なインフレ率がいくらか」が、経済成長を論ずる場合の「よい質問」であるいう主張です。
「潜在成長率」は、設備などの資本投入、労働力、生産性の供給サイドの3要素できまります。
つまり、「経済成長を最大化する資本投入、労働力、生産性はいくらか」という質問が、標準の質問です。
この質問に比べて、「インフレ率はいくらか」が、よりよい質問であると日銀はいいます。
この主張は正しいでしょうか。
1-4)反例
経済学の理論の間違いを修正することは、素人には、困難です。
しかし、ポパーは、理論(仮説)の間違を指摘するには、反例を示せばよいといいます。
反例を示すことであれば、筆者でもできます。
日本の1人当たりの名目のGDP=国内総生産をドル換算で比較すると、2022年と2023年に初めて韓国を下回っています。円安によって、ドルに換算した場合のGDPが目減りしたことなどが影響しています。
2022年の逆転は、2024年6月に韓国のGDPが基準改定で上方修正されたためです。
<< 引用文献
日本の1人当たりGDP、2年連続でOECD22位 韓国下回る=内閣府 2024/12/23 ロイター
https://jp.reuters.com/markets/japan/funds/GH7BQNFVLBOW7LZFZQMMN2PCJY-2024-12-23/
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円安の原因は、日銀の低金利政策にあります。
日銀は、2%のインフレ目標の達成を主張して、低金利政策を継続しています。
つまり、日銀の政策は、所得の減少、ドルでみた経済成長の阻止を目指していることになります。
これは、「経済成長に最適なインフレ率がいくらか」が、悪い質問であることを示しています。
消費者の米価が上がっています。
米価については、稲垣公雄氏と山下 一仁氏が詳細な分析をしています。
<< 引用文献
コメ農家が赤字でもコメを作り続ける理由 2023/07/12 MRI 稲垣公雄
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20230712.html
JA農協&農水省がいる限り「お米の値段」はどんどん上がる…スーパーにお米が戻っても手放しで喜べないワケ 2024/09/30 President 山下 一仁
https://president.jp/articles/-/86548
山下 一仁
https://cigs.canon/fellows/kazuhito_yamashita.html
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これらの分析は、円で行われていて、交絡因子の円ドルレートを無視しています。
図1は、興味深い傾向を示しています。
2024年8月まで、円ドル為替レートの変動にも関わらず、米価は、ほとんど変化していません。
コメは8月下旬から新米がでます。7月までは、前年度に生産された米です。
つまり、円安の影響が米価に出るとしても、1年近いタイムラグがあります。
また、短期的に円安になっても、その後に円高になれば、平均の円ドルレートの円安影響は小さくなります。これが円安になっても、すぐに、販売価格が上昇しない理由です。
日銀の大規模金融緩和は、こうした価格の安定メカニズムは悪であると決めつけました。円安になれば、インフレになると期待する生産者がよい生産者であるという政策を実施しました。
それでも、米の生産価格は、2023年産までは、安定していました。
2024年になって、1ドル160円を超えた辺りから、円高に戻るという可能性を考える人はいなくなりました。
資源価格の高騰が収まったにもかかわらず、物価が下がらないことは問題であるという経済学者がいます。一方では、日銀は、低金利なのに、物価が上がらないのは、おかしいといいます。
日本は、アメリカと違って、資源輸入大国です。価格決定に対する金利の影響よりも、円ドルレートの影響の方が大きい可能性があります。
日銀は、生産者と消費者は、インフレになると信じて、価格を上げるべきであると主張しました。
しかし、2023年産まで、米価はそのように動きませんでした。
市場原理は、マーケットのようなリアルな市場を意味しません。
生産者が米に価格を付ける場合には、他の生産者がつける価格を予想します。
そして、その予想価格価格より、自分の生産した米が極端に安ければ、売れ残ると考えて、価格を調整します。
このようなメカニズムがある場合には、短期的な円安は、販売価格の上昇にはつながりません。
一方、円安が固定化して、他の農家も、円安が止まらないので、価格を上げてくると予測する場合には、自分の米の価格をあげることができます。
2024年には、円高に戻る期待が出来なくなりました。これは、円ドルレートの変化による資材費の高騰を価格転嫁できるという判断になります。
10年以上、日銀が期待したインフレ期待が形成されました。
米の価格上昇は、日銀が期待した夢のような経済発展の入り口に達したことを意味しています。
日銀は、2%インフレという夢のような経済発展の入り口を壊したくないので、金利を上げないと行っています。
筆者は、円安誘導による2%のインフレ目標は、悪夢だろうと考えています。
少なくとも、ひとり当たりGDPの低下が止まらないことは、筆者の判断に確信を与えます。