8ー1)経済学は科学か
前回、筆者は、次のように書きました。
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今までの大学の経済学部では、ファクトに基づく疑似科学(広義のフィクション)を教育してきたという事実に対応しています。
つまり、「大学では因果に推論に基づく科学を教育しているか」、あるいは、「大学は、広義のフィクションを教育しているのではないか」という疑問があります。
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今回は、この疑問を確認してみます。
8-2)因果と相関
因果と相関を区別することは、エビデンスとファクトを区別することです。
相関は、フィクションを生み出しますので、科学ではなく、疑似科学になります。
日銀の黒田前総裁が2013年4月から開始し、現在の植田総裁が2024年3月に終了を発表した異次元緩和と、その影響について、山本謙三氏は、次のようにいっています。
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政府の財務残高は、10年間で、国と地方を合算すると、対GDP比で250%を超えています。
このうち、地方を除いた国の部分は700兆円の負債超過(資産から負債を引いたもの)です。 これに対して、日本銀行は600兆円近い額の長期国債を買っています。素直に見ると、(中央銀行が通貨を発行して国債を直接引き受ける)財政ファイナンスに近い状態になっています。
異次元緩和を開始する前の10年間と、開始してからの10年間を比較すると、GDPの伸び率はほとんど変わっていません。
日銀が異次元緩和に踏み切った背後には、物価が上がると中央銀行が約束し、そこに向けてどんどんと資金を供給すれば、人々は物価が上がると思い、消費や投資は拡大する──という米国の一部の経済学者などが主張していた理屈がありました。
結果を見ると、この見立ては正しくありませんでした。
日本経済停滞の要因は、企業の生産性や稼ぐ力が十分ではなかったことにあります。日銀が約束したから物価が上がると人々が信じるわけではありません。そのことが、異次元緩和を通して明らかになりました。景気が物価を決めるのであって、物価が景気を決めるのではなかったのです。
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<< 引用文献
経済は成長せず、国の借金だけが膨らんだ……異次元緩和で変わり果てた姿になった日本経済【著者に聞く】元日銀理事の山本謙三が語る、黒田前総裁と異次元緩和の総括 2024/12/06 JBPress 長野 光
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/85295
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最後の「景気が物価を決めるのであって、物価が景気を決めるのではなかったのです」の部分は、原因と結果の取違いを示しています。これは、相関を因果と勘違いしたことを意味します。
その前の「日本経済停滞の要因は、企業の生産性や稼ぐ力が十分ではなかったことにあります」は、交絡因子である「企業の生産性や稼ぐ力」を無視したことが間違いであるといえます。
つまり、「異次元緩和」は、相関と因果(ファクトとエビデンス)の区別ができなかったために、起こったと言えます。
経済学で、科学の手法である因果モデルを教育していれば、効果のない「異次元緩和」が行われることはなかったことがわかります。
山本謙三氏は、「異次元緩和を開始する前の10年間と、開始してからの10年間を比較」しています。この方法では、異次元緩和を開始する前の10年間と、開始してからの10年間の間の交絡因子の影響を排除できません。この方法は、ファクトに基づく相関を使っていて、科学的に、間違っています。
「異次元緩和」の影響を評価するためには、「異次元緩和が行われた10年間(事実)」と「異次元緩和が行われなかった10年間(反事実)」の差をとる必要があります。
以上のように、「大学の経済学部では、広義のフィクションを教育している」と考えられます。
8-3)金融市場
唐鎌大輔氏は、次のように言っています。
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金融市場はいつでも後講釈が跋扈する世界であり、「皆がそう思っていることはそうならない」ことが多い。短期的には意外な動きでも、長期的には結局、理屈通りに収斂することも多い。
直感的に言えば、与党大敗により今後の政局不安定がこの上なく可視化されている中で、株高の持続性に賭けるのは難しい。
筆者は株式の専門家ではないので詳述を避けるが、巷説で言われているように、今の円安や金利上昇がある程度、日本政治の左傾化を懸念した動きなのだとしたら、それでも株高が進んでいることの整合性をあえて見出すとすれば、「日本は制御不能なインフレになる」ということだろうか。
よく知られているようにアルゼンチンやトルコの株価指数は(自国通貨建てでは)非常に高い上昇率を記録している。日本がそうなると予想するつもりはないが、円安・債券安と株高が併存するならば、そのような説明も可能なことは知っておいてもいい。
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<< 引用文献
国民の関心事はもはやデフレ脱却ではなくインフレ、与党大敗の裏にある経済認識の大きなズレ 2024/10/31 JBPress 唐鎌大輔
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/84086
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「金融市場はいつでも後講釈が跋扈する世界」という表現は、経済学が因果モデルを使っていないことをさします。
これは、経済学が、相関モデルであると言えます。
なぜなら、「後講釈」とは、隠れ因子である交絡条件を指すことが多いからです。
唐鎌大輔氏は、「円安・債券安と株高が併存する整合性」は、「制御不能なインフレ」であるといいます。
これは、自由意思の問題です。未来は予測できませんが、自由意思の通用しないパラメータ間のトレードオフがあるという主張です。
自由意思では、「円安・債券安」、「株高」、「緩やかなインフレ」の範囲に入ることはできないという主張です。
8-4)補足
原稿を書いてから、WEBを見ると、山本謙三氏のように、「日本経済停滞の要因は、企業の生産性や稼ぐ力が十分ではなかったこと」ではないと考える経済の専門家が多数います。
その主張は、「金融政策で、日本経済は成長する」というものです。
しかし、この主張は、間違いです。
第1の理由は、山本謙三氏が、「景気が物価を決めるのであって、物価が景気を決めるのではない」と言うように、原因と結果が間違っているからです。
第2の理由は、金融政策には、「企業の生産性や稼ぐ力」に関する言葉がないからです。
言葉がないことは、金融政策は、「企業の生産性や稼ぐ力」を考慮していないことを意味します。
アベノミクスの10年で、大企業は生産を海外に移転して、「企業の生産性や稼ぐ力」を増やしました。つまり、大規模金融緩和と「生産を海外に移転した生産性の向上」の間には、相関があります。しかし、これは相関であって、因果ではありません。大規模金融緩和が、原因で、「生産を海外に移転した生産性の向上」が結果であるとは言えません、ここには、エビデンスによる検証がありません。
前⽥裕之氏は、「経済理論による演繹的な研究が⼤勢を占めていた時代」があったといいます。
<< 引用文献
経済学はどこに向かうのか 前⽥裕之
https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/fy2023/lm20231102.pdf
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現在でも、エビデンスを無視した経済理論による演繹的な研究(疑似科学)に基づく推論をする経済の専門家が多数います。