非ホイッグ史観(1)

1)ホイッグ史観

パールは、「因果推論の科学」で、ホイッグ史観を、次のように言います。

ゴルトンの物語に関する最後の個人的なコメントとして、歴史記述における大罪を犯したことを告白します。本書で犯すであろう多くの罪の一つです。1960年代には、私が上で述べたように、現代科学の観点から歴史を記述することは流行遅れになりました。「ホイッグ史観(Whig history)」とは、成功した理論や実験に焦点を当て、失敗した理論や行き詰まりをほとんど評価しない、後知恵的な歴史記述スタイル(hindsighted style of history writing)を揶揄するレッテル(epithet)でした。現代の歴史記述スタイル(modern style of history writing)はより民主的になり、化学者と錬金術師を同等に尊重し、あらゆる理論をそれぞれの時代の社会的文脈の中で理解することを重視するようになりました。

 

この部分を読み解くには、かなりの前提知識が必要になります。

 

パールは、後知恵的な歴史記述スタイル(hindsighted style of history writing)であるホイッグ史観の反対語として、現代の歴史記述スタイル(modern style of history writing)をあげています。

 

しかし、この用語は、あまりに一般的で、誤解をまねきやすいので、以下では、ホイッグ史観の反対語として、非ホイッグ史観(非ホイッグ歴史記述スタイル)を使います。

 

2)ホイッグの歴史解釈

Butterfieldは、1931年に「ホイッグの歴史解釈( the Whig interpretation of history)」を出版します。

英語版のウィキペディアの「Whig history」説明から、引用します。

バターフィールドが1931年に著書を執筆した目的は、「ドラマチックな演出と見かけ上の道徳的明快さ」を目的として、過去の出来事を、現在に即して解釈した、過度に単純化された物語(あるいは「要約」)を批判することだった。

ホイッグの歴史解釈において、過去を現在に照らして研究することは不可欠な要素である。

バターフィールドは、歴史に対するこのアプローチは、歴史家の仕事をいくつかの点で損なうと主張した。進歩の必然性を強調することは、出来事の進行の連続が「因果関係の線(a line of causation)」になるという誤った信念につながり、歴史家が歴史的変化の原因をさらに探求することを止めてしまう誘惑に駆られる。歴史的変化の目標として現在に焦点を当てることは、歴史家を特別な種類の「要約」へと導き、現在の視点から重要と思われる出来事だけを選択することになる。

彼はまた、それが過去を近代化していると批判した。「ホイッグ党歴史学の結果は、私たちの多くにとって歴史上の人物が実際よりもはるかに現代的に見えることであり、より詳細な研究によってこの印象を修正した後でも、彼らの世界と私たちの世界の違いを心に留めておくことが難しいことに気付くのです」

「因果関係の線(a line of causation)」の意味が不明ですが、時系列を因果と取り違えることを指しているのでしょうか。

おおざっぱな例をあげれば、司馬の作り上げた「司馬史観」(ドラマチックな演出と見かけ上の道徳的明快さを目的として過去の出来事を現在に即して解釈した過度に単純化された物語)は、「ホイッグ史観」なので、バターフィールドに言わせれば、間違いになります。

日本語版Wikipediaの「司馬遼太郎」の項には、「司馬史観」の批判は書かれていますが、バターフィールドの「ホイッグ史観」に言及した人はいません。日本の歴史学では、バターフィールドの指摘は、共有されていないようです。

「ホイッグ史観」が正しいか否かは別にして、バターフィールドの指摘は、歴史学の方法論を考える上で、基本のメンタルモデルを形成しています。

バターフィールドに言わせれば、日本のテレビの大河ドラマは、「ホイッグ史観」で書かれていますので、フィクションであって、歴史学とは無縁になります。

福島県会津若松市郷土史家・宮崎十三八(とみはち)氏が提唱した「観光史学」も、「ホイッグ史観」で、歴史学ではありません。

白虎隊も、忠臣蔵も、明治政府の「ホイッグ史観」が作り出したフィクションです。

バターフィールドは、ホイッグ史観は、ビジネスになりますが、科学としての客観性がないので、歴史学ではないと主張します。

現在の義務教育では、科学的にまちがった「ホイッグ史観」が、無条件に採り入れられて、洗脳の手段になっています。

「特攻」や「原爆」ですら、「ホイッグ史観」になっています。

段落の論理(共感の論理)では、非ホイッグ史観を理解することは不可能です。

1945年8月6日午前8時15分に、広島に原爆が投下されました。

「ホイッグ史観」では、ともかく、広島に原爆投下があったという前提で、推論がなされます。

原爆の被害は、悲惨ですが、まずは、共感からスタートすることを強要することは、段落の論理です。

パラグラフの論理でいえば、日本政府に原爆を回避する手段があったかが問題になります。

原爆の問題をアメリカ軍に押しつけても、再度同じような場面があれば、原爆を落とされるリスクがあります。

人道的な問題はありますが、アメリカ軍が、納税者であるアメリカ国民を日本国民より優先するのは、当然の活動といえます。

1945年6月12日に、昭和天皇は、「本土決戦の戦勝による有利な講和」は不可能であり、ともかく講和を優先する判断にかわっています。

 

1945年6月19日に、沖縄における日本軍の組織的抵抗がほぼ終わり、これ以降は、日本軍の組織的活動はできていません。

6月12日から、8月5日の間に、講和ができれば、原爆投下はありませんでした。

1945年4月5日に、 ソ連は、日本に対して翌年期限切れとなる日ソ中立条約を延長しないと通達します。この時点で、ソ連は、中立を維持しない可能性を明らかにしています。

それにもかかわらず、日本政府は、スターリンに講和の仲介を要請しています。

 

スターリンに講和の仲介を要請するというミスをしなければ、原爆投下がなかった可能性があります。筆者には、これは、日本の外交史上の黒星に見えます。

バターフィールドは、<歴史的変化の目標として現在に焦点を当てることは、歴史家を特別な種類の「要約」(原爆中心の視点)へと導き、現在の視点から重要と思われる出来事だけを選択することになる>といいます。

1945年8月5日以前には、原爆という言語はありませんでした。

原爆の投下を防ぐために、日本人は、何ができたのでしょうか。

バターフィールドが指摘するように、ホイッグ史観が使う原爆というキーワードを避けて、この疑問に答えることは、できるのでしょうか。

パールは、言語がなければ、問いを発することができないといいます。

つまり、過去を現在の視点で見るホイッグ史観を封印すれば、「日本人は、1945年8月5日以前に、原爆の投下を防ぐために、何ができたか」という問題を、1945年8月5日以前の視点で、書き換えて表現することは非常に難しくなります。

たとえば、原爆と言語を使わなければ、「日本人は、1945年8月5日以前に、アメリカ軍が開発中であると伝えられる超強力爆弾の投下を防ぐために、何ができたか」と書くしかありません。

1945年8月5日以前に、「アメリカ軍が開発中であると伝えられる超強力爆弾」といっても、意味を理解することのできる人は、どれくらいいたでしょうか。かなり、難しい用語であったと思われます。

パラグラフの論理では、問いが、原爆投下を回避する方法になります。

しかし、段落の論理の教育をしている日本では、そのような問いは出てきません。

バターフィールドは、<ホイッグ史観が、歴史的変化の目標として現在に焦点を当てることで、歴史家を特別な種類の「要約」へと導き、現在の視点から重要と思われる出来事だけを選択することになる>といいます。

これは、非ホイッグ史観でなければ、可能世界を扱うことができないという意味になります。

3)科学史とホイッグ史観

バターフィールドのホイッグ史観の主張には、錯綜があります。

「過去を現在に照らして研究する」ことが大きなポイントですが、「過度に単純化された物語」、「進歩の必然性を強調」という別の要素もあります。

こうした錯綜の結果、歴史学におけるホイッグ史観と科学史におけるホイッグ史観には、ずれがあります。

Ungureanu氏は、次のようにいいます。

1970年代半ば以降、「ホイッグ」または「ホイッグ主義」というレッテルは、科学史の専門用語において頻繁に使用され、進歩という概念を重要な価値あるものとして受け入れる特定の科学史を軽蔑し、拒絶するものとして用いられてきました。より懐疑的で社会学的なアプローチを支持するこの専門用語は、「ホイッグ主義」「時代錯誤」「勝利主義」「現在主義」といったレッテルを、過去のあらゆる事柄を本質的に劣っていると考える年代順のスノッブ主義を示すために用いています。現在を基準として過去を研究するホイッグ主義の歴史学は、現在を過去の必然的な産物と見なすとされています。そのため、過去の科学は、現在において真であるとされる定理への貢献度に応じて評価されます。つまり、過去は現在の価値観を通して解釈され、結果として、先人たちの科学者たちの問題や考えは却下されるのです。

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Alvargonzález on Whig history and the History of Science、James C. Ungureanu

https://jamescungureanu.com/2013/04/23/alvargonzalez-on-whig-history-and-the-history-of-science/

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科学史におけるホイッグ史観は、このようなものと思われます。

1979年のノーベル物理学賞を受賞したスティーブン・ワインバーグ氏は、テキサス大学の教養課程の学部生にむけて行っていた講義のノートをもとに「To Explain the World: The Discovery of Modern Science (2015)、「科学の発見」 赤根洋子 訳 2016年 文藝春秋社 」を出版します。

この本で、ワインバーグ氏は、「ホイッグ史観」を使っています。

ワインバーグ博士は、「ホイッグ史観」を使った理由を説明しています。

現在に目を向けて—ホイッグの科学史

ティーブン・ワインバーグ

ケンブリッジ大学の歴史家ハーバート・バターフィールドは、自ら「ホイッグ派の歴史解釈」と呼んだものを描写し、非難しました。1931年、若きバターフィールドは同名の著書の中で、「いわば現在に目を向けながら過去を研究することが、歴史におけるあらゆる罪と詭弁の根源である…」と断言しました。彼は、アクトン卿をはじめとする、過去を現代の道徳的判断に委ねる歴史家たちを特に軽蔑した。例えば、ホイッグ党チャールズ・ジェームズ・フォックスを英国の自由の救世主としか見ていないような歴史家たちだ。バターフィールドは個人的に道徳的判断を下すことを嫌っていたわけではない。ただ、それが歴史家の仕事ではないと考えていたのだ。バターフィールドによれば、16世紀のカトリックプロテスタントを研究するホイッグ党の歴史家は、「どちらの党派が正しかったのかを示さない限り、依然として未解決の問題が残っている」と感じているという。

 

バターフィールドの批判は、後世の歴史家たちに熱心に受け継がれた。歴史家にとって「ホイッグ」と呼ばれることは、性差別主義者、ヨーロッパ中心主義者、東洋主義者と呼ばれることと同じくらい恐ろしいものとなった。科学史も例外ではなかった。科学史家ブルース・ハントは、1980年代初頭、大学院生だった頃、「ホイッグ派」という言葉が科学史において頻繁に使われる侮辱語だったと回想する。この非難を避けるため、人々は科学の進歩の物語や、あらゆる種類の「全体像」を語ることを避け、時間と空間に厳密に焦点を絞った小さなエピソードの記述へと移行していった。

 

それでも、物理学と天文学の歴史の講義をし、その後講義をまとめ本にまとめる中で、他の分野の歴史におけるホイッガー主義についてどう考えようとも、科学史においては正当な位置を占めると考えるようになった。芸術史やファッション史において善悪を論じることは明らかに不可能であり、宗教史においても不可能だと思う。政治史においてそれが可能かどうかについては議論の余地があるが、科学史においては誰が正しかったかを真に断言できる。

(以下省略)

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ティーブン・ワインバーグは、「現在に目を向けて ― ホイッグ派の科学史」[ NYR、2015年12月17日]

Eye on the Present—The Whig History of Science, 201/12/17 The New York Review, Steven Weinberg

https://www.nybooks.com/articles/2015/12/17/eye-present-whig-history-science/

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この論文には、ジョンズ・ホプキンス大学医学部名誉教授のアーサー・M・シルバースタイン氏の批判もついています。

ティーブン・ワインバーグは、「現在に目を向けて ― ホイッグ派の科学史」[ NYR、2015年12月17日]の中で、科学史家は過去を現代の知識(いわゆる「ホイッグ派の歴史」)の観点から考察することが許される一方で、そうでない歴史家はそうではないと示唆している。これは、科学においては過去に誰が「正しかった」か、誰が「間違っていた」かが分かるのに対し、宗教、政治、その他の社会学の分野では、科学的方法論と数学的応用に基づく究極の真実は決して決定できないからである。

しかし、これは本当に科学において真実なのでしょうか?

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The Whig History of Science: An Exchange, Arthur M. Silverstein, reply by Steven Weinberg

https://www.nybooks.com/articles/2016/02/25/the-whig-history-of-science-an-exchange/

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この後には、ワインバーグ氏の反論への回答がのっています。

「科学の発見」は、大論争を引き起こしました。

この問題については、大栗博司氏(カリフォルニア工科大学教授・東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究員)のすぐれた解説があるので、一読をお薦めします。

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『科学の発見』なぜ、現代の基準で過去を裁くのか解説 by 大栗博司 2015/05/18 文芸春秋

https://honz.jp/articles/-/42803

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「因果推論の科学」は、2018年に出版されています。

パールが、「因果推論の科学」を執筆している時は、ワインバーグ氏の「ホイッグ派の科学史」論争の最中であったことを理解する必要があります。

これは、アメリカ人の読者にとっては、言うまでもない前提になりますが、日本では、背景を理解する努力が必要になります。