リベラルアーツが有害である証明(7)5/8改訂版

13)リベラルアーツとデザインコンペ

 

「人口戦略会議」は、2024年1月に、岸田文雄首相に、2100年に「安定的で成長力のある8000万人国家」を目指すことが骨格の「人口ビジョン2100」を提出しました。

 

その第一歩として、国民全体で意識を共有し、官民を挙げて取り組むための「国家ビジョン」を策定することを求めています。特に政府は、人口減少問題そのものを議論する審議会が存在しない現状を踏まえ、内閣に「人口戦略推進本部」を新たに設ける一方、政府への勧告権を有する審議会を内閣総理大臣直属として設置するなど、二つの戦略を一体的・総合的に推進する体制を整備すべきであるといいます。

 

しかし、このアプローチは、間違いです。

 

人口問題を、がんの治療問題に置き換えてみます。

 

がんの治療のプロセスでは、病気の原因を推定する因果モデルを作成して、原因をとりのぞくか、原因をブロックする治療法を考えて、試験治療を行ないます。

内閣に「がん治療戦略推進本部」を新たに設けても、がん患者が治ることはありません。

 

そのような時間稼ぎをしていれば、がん患者は死んでしまいす。

 

同様に考えれば、少子化が止まらない原因は、少子化担当の大臣をもうけたり、こども家庭庁をつくって時間稼ぎをして、肝心の問題の解決を先延ばしにしてきたことにあると言えます。

 

問題解決のデザインができない人材をかき集めて、「二つの戦略を一体的・総合的に推進する体制」をつくれば、税金の無駄遣いが増えるだけです。

 

「人口戦略会議」に、問題解決の戦略をデザインする能力のある人(エンジニア)がいれば、問題解決の戦略をデザインを丸投げする「人口戦略推進本部」を提案することはありえません。

 

ここで問題にしたいのは、「人口戦略会議」という個別の組織ではありません。

 

リベラルアーツの問題です。

 

リベラルアーツ教育では、問題解決のデザイン能力は習得できないのです。

 

「人口戦略会議」の主要メンバーは、リベラルアーツ教育を受けてます。

 

あるいは、「人口戦略会議」の主要メンバーは、年功型組織のヒエラルキーの頂点にいる人材を集めていますので、法度制度のミームに支配された人が多くなっています。

 

これは、「人口戦略会議」に限りませんが、審議会等の主要メンバーは、年功型組織のヒエラルキーの頂点にいる人材を集めていますので、法度制度のミームに支配された提案が創出されます。

 

法度制度のミームに支配された提案は、科学的な提案ではないので、問題解決能力はありません。

 

「人口戦略推進本部を設け、戦略を一体的・総合的に推進する体制を整備すべき」という主張は、ヒエラルキーを中心とした法度制度を強化しろという主張です。

 

「人口戦略会議」の提案は、ヒエラルキーを中心とした法度制度であり、デザイン思考とエビデンスにもとづく、デザインの検証プロセスを含んでいません。

 

「人口戦略会議」の提案は、それまでの人口対策の提案がなぜ失敗したのか、失敗の原因を取り除くにはどうしたらよいのかというエンジニアリングの問題解決プロセスを無視しています。

 

因果モデルで考えれば、原因を取り除かなければ、問題は解決しないはずです。

 

「人口戦略会議」の提案は、ヒエラルキーを中心とした法度制度の提案は、経済学でいえば、中抜き経済を強化すべきであるという提案です。

 

エンジニアのミームでは、人口減少問題は、がんの治療と同じアプローチをとるべきです。

 

問題を設定して、問題解決のデザインのコンペをします。

 

その中で、有望な提案を複数抽出して、特区を作って、実際に、試験をしてみて、効果のあるデザインを採用すればよいことになります。

 

問題解決につながるデザインのコンペが行なわれないことは、問題解決をしたくないか、デザインのコンペをしたくない人が権力の中枢にいることを示しています。

 

例えば、こども家庭庁の政策よりも、1個人の問題解決のデザインの方が有効な場合には、こども家庭庁の権威がなくなるので困るというような視点です。

 

戦略を一体的・総合的に推進すればするほど、権威が強くなり、自由な発想の問題解決のデザインは封印されます。

 

「戦略を一体的・総合的に推進する体制」に効果があるというエビデンスはありません。

 

市場経済原理は、「戦略を一体的・総合的に推進する」のではなく、戦略は市場にまかせるという選択です。将来何が起こるかは予測不可能です。

 

「人口戦略会議」の提案のような将来予測はトレンド予測であり、科学的には予測不可能です。

 

ベストな予測とは、最新のデータを使って、確率予測を更新する方法です。

 

天気予報をイメージすれば、わかると思います。

 

明日の天気の予測は、刻々更新されます。

 

市場原理には、将来予測を随時更新する機能が含まれています。

 

「一体的・総合的に推進する体制」には、市場原理のこの機能が含まれていません。

 

つまり、予測は、時間が経てば外れ続けます。

 

「人口戦略会議」の提案自体が、市場原理を否定する発言です。「人口戦略会議」は、市場原理を否定した中抜き経済の推進組織になっています。

 

「戦略を一体的・総合的に推進する体制」は、中抜き経済原理であり、市場経済原理ではありませんので、効率性の点で、経済学では、かたならず失敗する否定された手法です。

 

メタは、オンライン上の詐欺対策について、次のように、「社会全体でのアプローチが重要だ」と主張して非難されました。

オンライン上の詐欺が今後も存在し続けるなかで、詐欺対策の進展には、産業界そして専門家や関連機関との連携による、社会全体でのアプローチが重要だと考えます。

<< 引用文献

著名人になりすました詐欺広告に対する取り組みについて  2024/04/16 メタ

https://about.fb.com/ja/news/2024/04/our_efforts_to_combat_scams/

>>

 

メタの「社会全体でのアプローチ」と「人口戦略会議」の「国民全体で意識を共有し、官民を挙げて取り組むための国家ビジョンの策定」は、同じアプローチです。

 

メタが非難されて、「人口戦略会議」が非難されない理由は、発言者が、法度制度のヒエラルキーの上にいるか、否かの違いにあります。

 

「人口戦略会議」の発言者は、法度制度のヒエラルキーの上にいる、高齢者かつ高給取りです。

 

人口減少の原因は、若年者の給与を安く、高齢者の給与を高く設定している年功型雇用にある可能性があります。

 

人口減少問題で、若年層の給与問題や、生産性問題をスルーすることは、原因に対する対策を回避しているように見えます。

 

「人口戦略会議」の発言者は、オンライン上の詐欺メタと同じように、若年層の給与問題の利害関係者です。

 

「人口戦略会議」の発言者が、「人口減少の原因が、若年者の給与を安く、高齢者の給与を高く設定している年功型雇用にある」とう代わりに、「国民全体で意識を共有し、官民を挙げて取り組むための国家ビジョンの策定」と発言している可能性があります。

 

これはあくまで可能性であり、間違いかも知れません。

 

しかし、問題解決のための政策には、利害関係者を排除するのは、三権分立の民主主義の基本である点を指摘する必要があります。

 

利害関係者を含んだ「人口戦略会議」は、民主主義の基本を満たしていません。

 

14)日本の教育の行方

 

2024年4月30日の日経新聞には、管理職に占める外国人の割合の計画が紹介されています。

 

2030年までの計画は、以下です。

ファーストリテイリング、管理職80%(56%、2023年)、執行役員40%(19%、2023年)

 

日立製作所、役員30%

 

富士フィルム、幹部ポスト35%

 

なお、東証プライム上場企業で、執行役員に外国人が1人以上いる企業の比率は2022年で、29%です。

 

この記事自体が、日本人の年功型雇用を前提にしています。

 

管理職に占める外国人の割合は、全従業員に占める外国人の割合を基準にしなければ、意味のない数字です。

 

そもそも、アメリカの企業で、管理職に占める外国人の割合を問題にしている企業はないと思います。

 

アメリカの企業が問題にしている点は、管理職に占める高度人材の確保だけです。

 

執行役員に外国人が1人以上いる企業の比率は2022年で、29%ですから、アメリカの企業並みに、管理職に高度人材が確保できている東証プライム上場企業の割合は、30%以下であることがわかります。

 

執行役員に外国人が1人以上という基準では、管理職に高度人材が確保できているとはとても言えませんので、かなり、あまい判定基準です。

 

ここで、「管理職に高度人材が確保できない企業は淘汰される」という仮説をたてます。

 

この甘い基準を使っても、執行役員に外国人が1人もいない東証プライム上場企業は、ジョブ型雇用に切り替えるか、淘汰されるか、になると推測できます。

 

さて、日経新聞の記事では、外国人の幹部人材を確保するために、世界各地の大学と連携を進めている企業があることが紹介されています。

 

日経新聞は、経験に価値があるという前提で執筆されていますので、実務経験を積む方法についての記述が多くあります。

 

経験を積んでも成功するか、失敗するかは、勤務先の条件によって異なります。

 

統計学者のフィッシャーが実験計画法を発案した理由は、区画Aに、肥料を投与し、区画Bに肥料を投与しない実験を行なっても、実測値から、肥料の効果が分離できなかった点にあります。

 

区画のAと区画Bでは、日照条件や水はけの条件が異なっている場合が普通です。その場合には、肥料の効果より、日照条件や水はけの条件の違いが収量に影響を与えることも多くあります。結果からは、肥料の効果が判定できなかったのです。

 

同様に、勤務先がAの人と、勤務先がBの人を比べて、勤務先がAの人の方が、業績がよくとも、そのことは、勤務先がAの人が、勤務先がBの人より優秀であると判断できません。これは、統計的な誤りになります。

 

能力のコンペは、条件を揃えて行なう必要があります。

 

この視点に立てば、実力主義とは結果主義ではなく、能力のコンペ主義、問題解決のデザインのコンペになるはずです。

 

今後、ジョブ型雇用の企業では、外国人の幹部人材を確保するために、世界各地の大学から人材を採用します。

 

実力の評価は、経験も考慮されますが、公平性の面では、問題解決のデザインのコンペが重視されるはずです。

 

実力の評価が、経験(実績)でできるという科学的に間違った偏見は、リベラルアーツミームに依存してます。

 

日本の高等教育の7割は、リベラルアーツの文系です。

 

文系でも、リベラルアーツではなく、問題解決のデザインを教育している学科もあります。

 

ピアニストは、リベラルアーツでは、ピアノが弾けるようにはなりません。

 

逆に、理系でも、リベラルアーツのように、問題解決のデザインを教育していない学科もあります。

 

ですから、問題は、文系か、理系かではなく、問題解決のデザインを教育しているか、いないかの問題です。

 

とはいえ、大まかに考えれば、大学定員の文系比率とおなじ70%くらいの大学の定員では、問題解決のデザインを教育していないと思われます。

 

この問題解決のデザインを教育していない卒業生は、年功型雇用では、問題解決のデザインができない弱点が表面化しません。

 

問題解決のデザインができないから昇進できないことはありません。

 

年功型雇用では、年齢と経験年数で、昇進が判断されます。

 

筆者は、今後、執行役員に外国人が1人もいない東証プライム上場企業は、ジョブ型雇用に切り替わると考えます。そうしない限り、その企業は、国際市場から淘汰されるからです。

 

ジョブ型雇用に切り替えた企業では、問題解決のデザインのコンペが重視され、コンペで良い成績をだせない人は昇進できません。

 

この場合、問題解決のデザインを教育していない日本の大学の卒業生は、世界各地の大学の卒業生に勝てないと予測できます。

 

その時点で、日本の大学に何が起こるかは、読者の演習問題に残しておきましょう。

 

世界の大学ランキングは、大まかで、細かな点ではあてになりません。

 

しかし、日本の大学の多くは、途上国も含めた世界各地の大学ランキングで、後塵を拝しています。



補足:

 

野口悠紀雄氏は、「学歴と企業規模のどちらが給与水準を決める支配要因か」を次のように分析しています。(筆者要約)

小企業で働く大卒者と、大企業で働く高卒者の給与は小さくなっています。

 

利回り3%の投資対象があれば、大学に進学せずに、それに投資をした方が有利です。

 

日本では、大学への教育投資は、利回り3%の価値になります。

 

(これは、世界の教育投資の利回り実績を遥かに下回ります。筆者注)

 

つまり、日本では、大学教育が過剰に供給されています。

<< 引用文献

大学は「進学価値700万円」の割に合わない教育投資?賃金差では取り返せない進学費用 2024/05/02 Diamond 野口悠紀雄

https://diamond.jp/articles/-/343064?page=1

>>

 

野口悠紀雄氏の分析は、過去の賃金データをもとにしています。

 

2024年現在で、過去の賃金データを元に行なった帰納法の推論は、現在の賃金のシステム(年功型雇用)、産業構造、企業規模のヒエラルキーが、今後も継続するというトレンド予測を前提した分析になります。

 

野口悠紀雄氏の分析のように、日本では、大学への教育投資は、利回り3%の価値で、世界水準では異常に低くなっています。大学への教育投資は、利回りが異常に低いことは、教育が投資の利回りに反映されるエンジニア教育の実施率が30%に止まること、給与体系が市場経済原理ではなく、中抜き経済原理で決まっていること(労働市場がないこと)を考えれば、データを分析するまでもなく、自明と思われます。

 

企業の経営に、エンジニアリングのスキルが反映されておらず、生産性が向上しないことは、大学への教育投資は、利回り3%の価値になる原因でもあります。

 

筆者は、このような企業は、国際競争力がなく、淘汰されると考えます。

 

もちろん、今まで、ゾンビ企業は、非正規採用の拡大による賃金低下、補助金、円安によって生き残る戦略をたて、そのために、政治献金をしてきました。

 

しかし、赤字国債の発行、税金と社会保険料の拡大、円安の拡大の政策は、ほぼ限界に達して、人口減少を引き起こしました。

 

これらの政策は、持続可能ではないので、筆者は、国際競争力がない企業は、今後、淘汰されると考えます。

 

その場合には、人材獲得競争が起こると予測されます。

 

大学卒業の学位には、価値はなく、問題解決のデザインができるスキルの有無に価値が認められる世界になると予測できます。

 

現状では、外国人の高度人材の能力を査定できる日本企業の幹部は、極めて少ないです。

 

2018年に、山口俊一氏は、「日本の初任給は東大卒も三流大卒も一緒」であると指摘しています。

 

大学のランキングに意味があるわけではありませんが、山口俊一氏の記事は、日本企業では、初任給は能力評価をしないで決めていることを示しています。

 

能力評価(デザイン思考の問題解決方法の提案のコンペ)ができないと、高度人材は獲得できません。

 

人材評価をする人は、人材評価をされる人以上の能力(デザイン思考の問題解決方法の提案能力)が必要になります。

 

<< 引用文献

東大卒も三流大卒も同じ初任給でいいのか…就活の常識が変わる?  2018/06/25 Diamond 山口俊一 https://diamond.jp/articles/-/173152

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