アーキテクチャ(7)

世界の AI 競争を評価する

 

(「人間中心のAI研究所」のGlobal AI Vibrancy Toolを元に世界の AI 競争を評価します)

 

1)Global AI Vibrancy Tool(国際AI活性度評価ツール)

 

折角の機会なので、Global AI Vibrancy Tool(国際AI活性度評価ツール)をみておきます。「人間中心のAI研究所」は、AI Indexレポートの第5版を出しています。このレポートは、政府、産業界、学界が協力して学際的なチームによって編集されています。

レポートとともに、HAI(人間中心のAI研究所)は23のAI関連指標で29か国を比較するGlobal AI Vibrancy Toolを更新しています。

 

それにしても、哲学が専門の所長のいる研究所が、AI Indexレポートをだすパワーには圧倒されます。

 

最初に、図1に、レポート本体の例を示します。

 

図1には、日本はありません。AI Indexレポートの第5版には、日本が出て来るところがゼロではありませんが、90%は図1のような国別リストに日本があがってくることはありません。

 

 

図1 相対的なAI普及率

 

図2は、Global AI Vibrancy Tool(国際AI活性度評価ツール)のAIの国際活性度指数です。日本は、中央あたりにありますが、Economyはほぼゼロです。つまり、AIの産業化において、失敗しています。

 

図1で、日本はAI Indexレポートにはほとんど出てこないと言いましたが、論文本数(Research and development)のような指標で見れば、日本は、リストに上がっています。一方、図2のような、実用化(経済活動、Economy)の面で見れば、AI Indexレポートに日本は、全く出てこないということです。

 

企業の管理職が、AIを理解していないと茶番劇が起こります。現在は、公開されたモジュールに便利な物が多数あります。時々、AIを使った新製品が開発されたと新聞が、記事にすることがあります。記事には、AIを使ったとしか書かれていません。AIは使うだけは簡単です。画像の基本的な瞳認識であれば、Open CVにもライブラリーがあり、学部学生でも、プログラムをかけます。AIを問題解決のどこに組み込むか、精度の確保、誤認識などのエラー対策、クラウドサーバーをつかった学習結果の共有とバージョンアップなどのアーキテクチャがポイントです。しかし、そこまで、理解して、AI製品の改善の指示ができる管理職は少ないと思います。

 

演習問題レベルで、今は、AIを組み込んだ製品はどこにでもありますが、他社にないサービスをAIが実現できているという図2の基準(経済的に実用化)で見れば、日本には見るべきものはないということです。

 

日本の新聞に紹介されているAI製品の多さと図2の日本のAIには、経済レベルで稼げるものがないというギャップは、このあたりにあると思います。

 

図2で実用化が日本と同じように遅れているのは、ロシア、マレーシアなどですが、いずれも、国際活性度指数が低い国で参考にはなりません。そう考えると、日本だけが実用化に背を向けている原因がありそうです。

 

ここで、考えられる原因は、賃金体系にあります。ジョブ型雇用であれば、技術者は、AIの実用化に伴う利益の山わけにあずかります。ですから、実用化に対する強いインセンティブがあります。一方、年功型雇用では、AIの技術を習得しても、給与は増えません。AIで売り上げが増えても、増分は、管理職が山分けするだけで、若い技術者には、まわってきません。売り上げが増えれば、仕事が忙しくなってサービス残業が増えるだけです。隣の机には、AIがわからないにもかかわらず、入社歴が同じで、同じような給与をもらっている同期生がいます。こうなれば、忙しくならない範囲で、AIの学習を楽しんで、論文を書くことがベストな生活になります。これは、組織のアーキテクチャの欠陥ですが、年功型雇用に、洗脳されている上司に組織のアーキテクチャの欠陥をいっても埒(らち)があくはずがありません。

 

図2 国際活性度指数

 

 

図2は、人口規模を考えていませんので、図3では、人口で割った人口当たり指数にしてみました。ここからは、HAIにはない筆者の分析です。日本は2本目の赤い矢印の右にあります。赤い矢印は後で説明します。

 

なお、人口でわった指数の場合、アメリカの扱いは注意が必要です。アメリカには、中国人、インド人のエンジニアや研究者が多数いますが、その点は考慮されていません。

 

 

図3 人口あたりの国際活性度指数

 

 

図4は、横軸に人口を、縦軸に、国際活性化指数を両対数でプロットしています。

対数にした理由は、国別データが重ならないようにするためです。

 

アメリカ、中国、インドは別格です。

 

 

 

図4 人口と国際活性度指数(両対数)

 

図5は、図4から、値の大きな3か国を除いて、線形軸でプロットしています。

 

赤い矢印で示すような傾きが、図3の人口あたりの国際活性度指数に対応します。

 

大まかにみれば、2本の赤い矢印を境に、3つのグループに分かれます。図3の矢印は、図5の矢印に対応しています。

 

G1は、人口当たりの国際活性度指数の高いグループで、平均的な活動レベルが高い国です。

 

G3は、平均的な活動レベルが低い国で、日本はここに入ります。

 

G2は、その中間です。

 

国際活性度指数を上げるには、2種類のアーキテクチャが考えられます。

 

第1は、平均レベルを上げ、打率を上げる方法です。

 

第2は、打率は低いが、その分は人口でカバーする方法です。

 

第2のアーキテクチャをとる場合には、平均値は無視して、優秀な人をひたすら伸ばすことになります。優秀な学生は、授業料免除で、初任給も2000万円くらい積んで、AIを医師より儲かるビジネスにする方法です。

 

日本は、G3ですので、第1のアーキテクチャはとれませんが、理工系の定員を増やしたがっています。

 

第1のアーキテクチャをとるのであれば、G1並みに、AI教育のアーキテクチャを変える必要があります。



2)日本の課題と企業組織のアーキテクチャ



図2に見たように、日本は、AIの実用化(産業化)は全く進んでいませんので、AIのスキルを持っていても、日本企業で働けば、それを収入に変えることはできません。そうなると、AIのスキルでかせぐには、日本を出るか、外資系のAIの実用化で利益を上げている企業で働く必要があります。

 

2022年8月27日の日本経済新聞にNTTは20代でも課長級の待遇をすることを労働組合と合意したとあります。しかし、これは無理筋です。これでは、ジョブ型雇用にはなりません。ジョブ型雇用は、昇進を早めることではなく、出来高払いの給与にすることです。その場合、年功型を続けると、出来高の評価ができなくなります。これが現状で、一番、怖い点です。

 

ジョブ型の基本は、出来高ですが、AIのように実用化が遅れていて、すぐには、出来高(売上)に結びつきません。この場合には、赤字を覚悟で、利益を出している海外の競合企業と同額の給与を支払わないと人材を繋ぎ止められません。この点を考えると、「20代で課長級」という発想では、世界の労働市場を無視していて、ろくな人材を集めることができないことがわかります。

 

日本のITベンダーで、最大手は、NTTデータです。NTTデータのトップの技術者は、GAFAに流出しています。GAFAは、AIで利益を上げていますが、NTTデータは、AIでは利益を上げていないので、AI技術者にGAFAと同じ給与を払うだけの体力があるか不明です。利益率の違いをみれば、赤字覚悟の高い給与はかなり高いハードルであることがわかります。



楽天は、2012年に英語を社内の公用言語にしてから、外国人の採用が増えています。現在、70か国の人が働いています。2022年には、インド工科大学の卒業生を150人採用するそうです。インドの場合、大学に合格するためには、60倍の倍率を越えなくてはいけないとも言われています。

 

楽天は、アマゾンとの競争に直面していて、経営は難しい位置にいますが、人への投資で考えれば、NTTデータよりは、有望に見えます。

 

2022年8月28日の日経新聞(第1面)には、日本企業の設備投資が低迷していると出ています。

 

2022年8月18日のNewsweekで、丸川知雄氏は、日本企業の設備投資問題に対する解決策は、分社化であると言いました。パナソニックは、2022年に持ち株会社パナソニックホールディングス株式会社と、8つの事業会社に会社を再編しました。事業会社は、資金を集めて、設備投資を行い、失敗すれば、倒産するリスクを抱えたハイリスクな事業展開ができるので、活路が見いだせるとしています。ベンチャー企業は、ハイリスク、ハイリターンですから、投資する事業を細分化・明確化して、その提案に対して、資金調達をする必要があります。大企業は、リスクがとれないので、資金をあつめられないのです。事業会社は、つぶれても、親会社には直接は影響しないので、リスクをとった経営が可能になります。

 

ジョブ型雇用は、企業のジョブを分割するアーキテクチャです。事業会社への分割も、会社の事業組織のアーキテクチャです。このような点を考えると、アーキテクチャの良し悪しが、企業の業績を左右することがわかります。

 

なお、賃金をあげるには、アンシャンレジームを中止する必要があります。今までの円安をやめること、研修生という名前の安価な単純労働の外国人労働力の導入をやめることです。

 

ドルベースで、日本の最低賃金は、最近10年で、半額まで下がっています。この2つをやめれば、最低賃金は2倍になるはずです。そして、労働力は不足しますので、日本企業は、労働力を代替できる設備投資を増やすでしょう。

 

春闘の賃上げ、円安政策、外国人研修制度は、アーキテクチャの不在を象徴しています。

 

 

図5 人口と国際活性度指数

 

引用文献

 

スタンフォード大学がAI Index 2022年次報告書を公表 

https://www.infoq.com/jp/news/2022/04/stanford-ai-index-2021/

 

レポート

https://aiindex.stanford.edu/report/

図表

https://drive.google.com/drive/folders/1LLHYjtZabHQHGrVpHOh9Ak-2rkP6d5Wj



Who's leading the global AI race?

https://aiindex.stanford.edu/vibrancy/

 

世界人口ランキング・国別順位(2022年版)

https://memorva.jp/ranking/unfpa/who_whs_population.php

 

肝心な時にアクセルを踏み込めない日本企業 2022/08/18 Newsweek 丸川知雄

https://www.newsweekjapan.jp/marukawa/2022/08/post-81.php