エンジニア育成とアーキテクチャ
(エンジニアの育成にエンジニア教育は重要ですが、エンジニアが能力を発揮できるジョブの提示が優先します)
1)デジタル社会のアーテクチャ
アーキテクチャは、エンジニアの独占ではありません。ビジネススクールのケースメソッドも、手法を限定していないわけですから。アーキテクチャの学習になっているでしょう。
とはいえ、エンジニア教育が、アーキテクチャ教育の中心になっていることも事実と思われます。
ここでは、エンジニア教育について考えてみます。
「人間中心のAI研究所」のGlobal AI Vibrancy Tool(国際AI活性度評価ツール)のところでも説明しましたように、日本では、AIエンジニアになっても、それに見合うだけの所得を得られるポストがありません。
この傾向は、AIにかぎらず、エンジニアリング全般に言えることで、エンジニアになっても、テクニシャンレベルの所得しか得られません。言い換えれば、日本にはテクニシャンのジョブはあるが、労働生産性が高い(給与の良い)エンジニアのジョブはありません。
これは、高度人材のエンジニアの外国人労働者が日本にはほとんどいないことからも確認できます。
技術系のポストで、唯一まともな所得が得られる職種は、医師だけです。このため、優秀な学生は医学部を目指す傾向が強くなっていますが、医師が外貨を稼げませんので、医師が優秀でも国が豊かになることはありません。
医師と類似の専門で、外貨を稼げる分野に薬学がありますが、日本は、この分野では輸入超過で赤字になっています。これは、薬学エンジニアに、相応の給与を払うなどまともな処遇をしてこなかったツケと考えられます。薬剤師はテクニシャンですが、新薬を開発する薬学エンジニアは別の職種です。医師が、新薬を開発する例もありますが、臨床試験を直接担当できない制限を除けば、薬学エンジニアが新薬を開発することも可能です。
「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」によると、医療・福祉分野の就業者は2040年度に、1065万人、総就業者数5654万人の18.8%になると予想されています。
野口 悠紀雄氏の試算では、製造業、卸売・小売業、医療・福祉の就業者の全就業者に対する比率2037年には、15.96%、17.59%、17.80%となって、医療・福祉が卸売・小売を抜き、就業者数で見て、日本最大の産業となると予想されています。
しかし、この経済構造では、日本経済は維持できません。デジタル社会の日本経済のアーキテクチャを設計しなおす必要があります。
こう考えると、大学の理系人材の定員を増やすという政策はナンセンスなことがわかります。
高級取りのエンジニアのジョブを作り出せない原因を取り除く必要があります。
恐らく、その原因のひとつは、ビジネスのアーキテクチャが組めない高齢のテクニシャンが企業の経営を握っているためでしょう。
2)エンジニア教育の課題
エンジニア教育は、卵(ジョブ)が先か、ニワトリ(教育)が先かという感じの問題になっています。
エンジニアになるには、勉強を沢山しなければならないが、それに見合った所得が得られるのであれば、大学で、エンジニア養成コースを作れば、定員がうまるでしょう。
しかし、医師を除けば、就職の実体は、テクニシャンか、それ以下の給与が得られるジョブしかありません。数学や物理ができても給与は増えませんので、大学の入学試験に、数学や物理を必修にすれば、定員割れが起こります。その結果、大学ではエンジニア養成どころか、テクニシャンの養成も危うくなっています。
注意してほしいのは、ここでいうエンジニアは能力のことで、資格ではありません。日本の民主党政権時代に、政府の中枢を大学の工学部を卒業した政治家が占めて、効果のある政策を実施できなかった時代があります。その時には、効果的なアーキテクチャを展開できていませんので、こうした政治家は、エンジニアの能力が高いとは言えません。政策の発想を見ていれば、細部にこだわるテクニシャンだったと思われます。日本の大学の工学部では、エンジニア教育とテクニシャン教育を区別していませんので、テクニシャンしか養成していない大学も多くあります。
テクニシャンには、技術的な要件を満たした設計ができる能力があります。
例えば水道であれば、パイプラインが地震でも壊れない強度を持つこと、必要な水の量を必要な圧力で送水できるパイプのサイズを保つことなどです。
エンジニアは総合的に、アーキテクチャを設計します。
エンジニアは、水道のアーキテクチャを設計します。水道の利用者である人口、年齢構成、ライフスタイルの変化、古くなった部品を断水を最小限にして交換する方法、漏水事故への対応、設計、建設、管理のステージなどを考えて、モジュールやレイヤーの組み合わせを最適にする必要があります。モニタリングデータが十分とれれば、パイプの故障リスクを管理することもできます。
昔からの用語では、設計思想が、アーキテクチャの一部を指しています。設計思想のない施設でも機能はしますが、より良い設計の余地が多くあります。
こうしたアーキテクチャを学習するベストな教育法はケースメソッドです。
ケースメソッドをカリキュラムに組み込んでいるかをみれば、エンジニア教育のレベルがわかります。
50年以上前には、ケースメソッドとまではいきませんが、卒業時に設計した図面で施設を作る卒業設計を卒業論文の代わりに採用していた大学もありましたが、最近では、無くなっています。
3)卵とニワトリ
大学でエンジニア教育ができれば、それに越したことはありませんが、世の中には優秀な学生がいて、教えなくても何でもできる人がいます。
つまり、卵(ジョブ)が先か、ニワトリ(教育)が先かという質問に対しては、卵(ジョブ)が先だと言い切れます。
卵(ジョブ)は、エンジニアが、能力を発揮して、それに、見合う収入が得られるジョブです。ジョブ型雇用では、ジョブが先にあり、ポストは後に付いてくるルールが原則です。ジョブに合わせてポストは改廃されます。
現状は、優秀な学生は、医学部にいくか、国内で外資に就職するか、アメリカでGAFAに就職しています。
この現状の深刻さを理解するところからスタートすべきです。
引用文献
日本の20年後「医療・福祉が最大産業」という異様 2022/09/04 東洋経済 野口 悠紀雄
https://toyokeizai.net/articles/-/613726