新しい資本主義実現の緊急提言(案)
11月8日に、「新しい資本主義実現の緊急提言(案)」が出されました。
「アベノミクス」も、そうですが、「新しい資本主義実現の緊急提言(案)」にも、経済学の理論的なバックアップはありません。
簡単にいえば、お互い矛盾して、相入れないキーワードが並んでいます。
予想された内容(つまり新しくない内容)が入っていますので、内容を確認しておきます。
II.成長戦略
1.科学技術立国の推進
(1)科学技術立国の推進に向けた科学技術・イノベーションへの投資の強化
① 10 兆円規模の大学ファンド・大学改革
.....
(2)デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進
.......
(3)クリーンエネルギー技術の開発・実装
......
② 蓄電池の国内生産、水素ステーション・充電設備の整備、電動車の普及促進による自動車の電動化の推進と事業再構築
...
3.地方を活性化し、世界とつながる「デジタル田園都市国家構想」の起動
...
(3)いわゆる6G(ビヨンド5G)の推進
...............
III.分配戦略 ~ 安心と成長を呼ぶ「人」への投資の強化
1.民間部門における中長期も含めた分配強化に向けた支援
.....................
(5)非正規雇用労働者等への分配強化 ① 新たなフリーランス保護法制の立法 ② 厳しい環境にある非正規雇用の方々の労働移動の円滑化
③ 正規雇用と非正規雇用の同一労働同一賃金の徹底及び最低賃金の経済状況に応じた引き上げ、働き方改革
(6)大企業と中小企業の共存共栄を目指した、取引適正化のための監督強化、産業界への働きかけ強化
(7)事業再構築・事業再生の環境整備
① 中小企業の事業継続・事業再構築・生産性向上の支援 ② 採算性の回復が望める事業者に対する事業再構築の促進のための私的整理円滑化の立法 ③ 中小企業の私的整理等のガイドラインの策定等
内容に入る前に、ローマ数字や、丸付き数字といった、標準化では、使ってはいけない表記で書かれています。
この表記が気にならない人に、DXの推進ができるとは思えません。
以下では、
II.成長戦略
1.科学技術立国の推進
(1)科学技術立国の推進に向けた科学技術・イノベーションへの投資の強化
① 10 兆円規模の大学ファンド・大学改革
を、
「2.1.1.1 10 兆円規模の大学ファンド・大学改革 」とポイントシステムで引用します。
論点1)教育改革
2.1.1.1に、書かれていますが、大学の改組はしないで、お金をばらまくということです。
岸田首相は、「大学の改組」を総裁選の当初には、言及していましたが、そのあとは、取り下げています。IT人材の教育定員に手をつけるつもりはありません。米国のように、副専攻方式をつかって、学科の改組を最小限にすることも可能ですが、それでも、IT系の教員を増員しないと足りないでしょう。
論点2)再生エネルギー
2.1.3.2に、「水素ステーション・充電設備の整備」とあり、水素エネルギーを推進するつもりです。イーロン・マスク氏が、水素エネルギーには、将来性はないと切って捨てたことが知られています。
水素エネルギー推進のリスクは以下で、述べています。
2021/10/31
3)5G
2.1.3の「いわゆる6G(ビヨンド5G)の推進 」は、要旨には、タイトルにしありません。本文を見ると「次世代の通信インフラであるいわゆる6G(ビヨンド5G)について、2030年頃の導入を見据えて、基幹ネットワークにおける現在の100倍の通信速度とネットワーク全体における現在の100分の1の超低消費電力を同時に実現する革新的な技術を今後5年程度で確立するネットワーク技術やコンピューティング技術に関する研究開発を支援する」そうです。
5Gの敗戦の分析はありません。5Gを飛ばして、6Gに、行けるということはありません。
現在は、民間の研究開発投資額が、大きく、政府の研究開発支援の効果はありませんので、技術開発を可能にする規制緩和がポイントですが、言及されていません。
1-3)のまとめ
なお、産業政策(科学技術政策)は、全てのターゲティング政策です。2021/11/09のニューズウイークで、加谷珪一氏が、ターゲティング政策が、無効であることを、次のように述べています。
日本の産業政策はターゲティング・ポリシーと呼ばれ、特定の産業分野に対して補助金や税制などで支援を行い、競争力を強化するというものだった。どの分野が有望なのか事前に政府が決めるというのは計画経済的な手法であり、高度なイノベーションを必要とする現代社会では通用しないというのが世界的なコンセンサスとなりつつある。
加谷珪一氏は、「外資系企業を誘致して国内雇用を創出するというのは、典型的な途上国の産業政策だが、国際競争力を失った日本にとっては現実的な選択肢といってよい」といいます。ターゲティング・ポリシーから、「外国の優れた企業を国内に誘致するという現実的な戦略に切り替えたTSMC進出」を評価しています。
「新しい資本主義実現の緊急提言(案)」の日本の産業政策は、ターゲティング政策に、後戻りしています。
4)中小企業
岸田首相は、選挙の支援を受けた関係で、中小企業保護の可能性が高いと、既に、申し上げています。
2021/11/08
3.1.7.1に、「中小企業の事業継続・事業再構築・生産性向上の支援 」と書かれていますので、岸田首相は、中小企業を再編するつもりはありません。中小企業の労働生産性をあがらないと最低賃金は上がりません。
5)最低賃金
3.1.5.3に、「正規雇用と非正規雇用の同一労働同一賃金の徹底及び最低賃金の経済状況に応じた引き上げ、働き方改革 」と書かれています。「最低賃金の経済状況に応じた引き上げ」ですから、最低賃金は上げないということです。
2020/07/23の東洋経済で、デービッド・アトキンソン氏は、「最低賃金の高低は、その国の賃金の中央値に対する割合を見て判断するべきで、OECDはこのデータも公表しています。2018年では、日本の最低賃金は中央値の0.42でした。最低賃金制度を導入しているOECDメンバー29カ国中、アメリカとスペインに次いで下から3番目の25位である」といっています。1から3位の賃金の中央値に対する割合は、0.89、0.71、0.69と高いですが、その後の4から7位のグループ(フランや、ポルトガル、ニュージーランド、スロベニア、韓国、イスラエル)は、0.61から0.59です。
日本が、仮に、0.60に最低賃金を上げるとすれば、現在の1.64倍にしなければなりません。(注1)
「正規雇用と非正規雇用の同一労働同一賃金の徹底」をするには、この程度の最低賃金の引き上げ必須です。
最低賃金を1.64倍に引き上げると、ゾンビ中小企業はつぶれます。生き残る中小企業は、DXを進めますが、それは、中小企業が買収を繰り返して大きくなることを意味します。つまり、中小企業の数が激減します。
中小企業がつぶれると労働者はレイオフされますが、失業者は、ドイツのように国費で、再教育カリキュラムをサポートしなければなりません。
再教育を受けても、恐らく、2割程度は落ちこぼれがでます。この人たちは、ベーシックインカムのようなサポートが必要です。とはいえ、再教育を受けた人の8割は、最低賃金上昇に対応したより高度な仕事に順応できるでしょう。おそらく、全体の2割は、スキルが上がって、給与が各段によくなると思われます。
いずれにしても、所得が上がれば、税収は増えます。
「最低賃金と変化の起こし方(3)」では、ツーフレーズと申し上げましたが、「最低賃金上昇」、「失業者の再教育」、「ベーシックインカム等のサポート」というように(ここは、スリーフレーズ)、政策は、一連のものとして、総合評価されるべきで、「最低賃金上昇」のワンフレーズで評価をしてしまうと、現状を変えられなくなりますので、既得利権の温存に加担してしまいます。
ひろゆき氏が、農家は、外国人の技能実習生に頼らず「年収400万円払って日本人を雇えばいいじゃん」といっています。この400万円のというのは正規雇用をさすと思われますが、最低賃金が上がって、「正規雇用と非正規雇用の同一労働同一賃金の徹底」がなされれば、正規雇用の年収も400万円になり、ひろゆき氏の発言する世界になります。もちろん、その時には、労働生産性の低い中小企業の農家は、なくなっているでしょう。
注1:
最低賃金を、現在の1.64倍にするのは、1度では、変化が大きすぎるので、2、3回に分けて、2、3年かかるかもしれません。
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新しい資本主義実現会議(第2回)議事次第
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai2/gijisidai.html
https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2021/11/tsmc.php
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日本の最低賃金「メキシコ並み」OECD25位の衝撃 給料安すぎ問題の根因「最低賃金」を上げよ 2020/07/23 東洋経済 デービッド・アトキンソン
https://toyokeizai.net/articles/-/363475?page=2
https://news.yahoo.co.jp/articles/337fda180dad9be060b01d8c1ce1d12648bdb13e
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