これから起こること~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(終身雇用原因仮説に基づく、将来展開を考えます)

 

今までのロジックを整理しておきます。

 

1)1990-2005年まで

(1)価格競争力喪失の主な原因:年功型雇用で余剰人員をレイオフできない

(2)価格競争力喪失の加速因子:1990年以降の世界の労働市場で、安価で良質な労働力が(主に中国から)供給されるようになり、日本企業の余剰人員問題が顕在化した。その結果、輸出競争力がなくなり、貿易収支が赤字に転じた。

(3)価格競争力喪失の加速因子:国内人口が減少に転じ、国内需要が減少に転じた。人口の減少を補うだけの1人当たり所得の増加は起こらず、実際には、所得の減少によって、国内需要は、人口減少以上に、減少が加速した。

2)2005年からのレイオフを前提としない対策の実施

(4)価格競争力喪失の遅延因子:非正規雇用の賃金を下げ、正規雇用を非正規雇用に組み替えることで、平均賃金の低下を図った。OECDが指摘する労働市場の二極化は、このために導入されたのであって、当初から解消する意図はなかった。

(5)価格競争力喪失の遅延因子:円安の導入により、消費者から、企業に所得移転を行った。(注1)

(6)価格競争力喪失の遅延因子:DXと労働生産性向上の回避をした。DXや労働生産性の向上のために、資本整備をしても、輸出は増えず、レイオフができなければ、投資は回収できません。簡単に言えば、シャープの亀山工場状態(輸出価格競争力がなく、つくれば、つくるほど赤字)になります。これを避けるには、レイオフの必要がない(過剰人員が生じない範囲)に投資を押さえる必要があります。その結果、資本整備も、FDIも極端に小さくなります。(注2)

3)現在起こっていること

(7)遅延政策の終焉:非正規採用の拡大と円安で、価格競争力の低下を遅らせる手法は、次の課題を抱えています。

(7-1)余剰人員がいつまでも減らない:大手銀行、IT企業などで、早期退職を進める傾向が明らかです。余剰人員対策をしなければ、先に進めなくなっています。

(7-2)遅延効果の喪失:非正規職員の比率がかなり高くなっているので、これ以上、非正規採用の拡大によって平均賃金を下げられません。この手法は、使えなくなっています。円安もかなり進んだので、円安によって、消費者から、企業に所得移転する手法も限界に達しています。

(7-3)遅延政策の弊害:遅延政策は、本来であれば、DXなどで、労働生産性をあげて、余剰人員をレイオフすることで、輸出価格競争力を維持する代わりに、非正規雇用と円安で、労働者の平均賃金を引き下げる政策です。この政策では、輸出価格競争力の低下を遅延することは期待できますが、輸出価格競争力を維持することはできません。なぜなら、労働市場のある(レイオフ可能な)国では、労働生産性は、不断に上昇を続けるからです。つまり、輸出価格競争力の低下は止められないのです。これは、貿易統計を見れば、確認できます。

さらに、この政策は、労働者の平均賃金を引き下げるため、国内需要が減ってしまいます。その結果、副作用として、売り上げが落ち込んで、余剰人員が更に増えてしまいます。(注3)

(8)海外との労働生産性ギャップの拡大:日本企業は、遅延政策をとって、労働生産性の改善を20年間行いませんでした。その結果、労働生産性のギャップは、無視しがたいほど拡大してしまいました。国際労働市場では、労働生産性は、給与所得に比例します。その結果、日本の労働者の賃金は、米国の労働者の賃金の半分に下がっています。労働生産性のバラツキが大きいIT企業では、賃金の差は更に大きくなっています。現在の日本の労働市場は、国内の年功型労働市場(92%)、国内IT人材市場(6%)、国際IT人材市場(2%)の3局化が起こっています。(数字は筆者の推定)経営者では、1%未満で、主に外国人ですが、国際経営者市場で、食べている人もいます。

4)日本経済停滞の原因のまとめ

 ここまでをまとめておきます。海外への資本投資を除いて、経済成長は、輸出と国内消費の伸びで、達成されます。

国内消費は、人口減少と平均労働賃金の引き下げで、成長をつぶしてしまいました。

輸出の基本は、良い品を安くで、価格競争力があれば売れます。2000年頃から日本の家電メーカーは、価格競争力を失っていました。高級品、高品質に重点を置いたことが、経営戦略の失敗であると分析されることも多いですが、それは、原因と結果を取り違えています。余剰人員を抱えて、レイオフできないので、良い品を安くできなかったのです。つまり、日本企業は、価格競争力のレースから、降りてしまいました。高級品のマーケットは小さいので、高級品志向は、低から中価格帯の製品のマーケットから撤退することになります。そうすると売り上げ(生産量)が減少するので、余剰人員が更に増えてしまいます。これは、価格競争力の更なる低下をまねきます。液晶テレビやデジカメのように、平均製品価格が下がると高級品のマーケットは加速度的に縮小して行きます。

こうして、日本の家電製品は、韓国や中国にとって替わっていきました。

レンズ交換式カメラも、同じことを繰り返しています。センサーの大きな高級品にシフトしていますが、これは、価格競争力がなくなったためです。iPhoneなどのスマホのカメラは、小さなセンサーで安価な部品で、良く写る内蔵カメラの開発を行っています。これは、価格競争力を維持する経営です。

ここ20年間日本の企業が、価格競争力を維持した例は少ないです。

自動車は、EVシフトが濃厚ですが、中国のEVと日本のEVでは、試作品な製品でも、圧倒的な価格差があります。日本の自動車メーカーはEVを作る技術はありますが、問題は、価格競争力の維持戦略です。ニュースを見る限り、明確な戦略を持っている企業は、まず、みません。いま、明確な戦略は、遅延効果を期待する方法ですが、これは、長期的には、効果がないだけでなく、マイナスです。そうすると、液晶テレビと同じように、作れば作るだけ、赤字の価格でしか売れなくなる可能性があります。つまり、今後も、輸出は減少傾向が続く可能性が高く見えます。新聞には、新製品開発のニュースが載っていますが、それを読んでも、価格競争力を維持できそうなものはみあたりません。

 

経済成長を、製造業で考えれば、輸出が伸びるか、国内消費が伸びる必要があります。輸出も、国内消費も減少していけば、縮小再生産で、デフレになります。金融緩和しても、作ってもうれませんので、設備投資はしません。輸出製品の価格競争力を維持するには、不断に労働生産性をあげる必要があり、企業内に余剰人員を抱えないことが必要です。企業内に余剰人員を抱えた企業と、抱えない企業の差は、マラソンであえば、背中に人を負ぶって走る選手と1人で走る選手の違いで、端から、レースになりません。

 

5)これから起こること

(9)労働生産性の向上と国際労働市場統合

今後も、遅延政策をとり続けることは不可能です。つまり、DXなどによる労働生産性の向上とレイオフがセットで起こります。過去の遅延政策は、レイオフの回避と年功型賃金の維持を中心に、進んできました。この2つのうち、レイオフの解禁と年功型賃金放棄が、労働生産性の向上より本質的な課題です。これが進めば、DXなどによる労働生産性の向上は自動的に実現されますが、逆に、DXを先行しても、レイオフの解禁と年功型雇用の放棄がないと、労働生産性はあがりません。

課題は、レイオフのサイズです。20年間労働生産性の向上を封印してしまった結果、米国など、国際労働市場と比べれば、労働生産性は半分にしかすぎません。つまり、国際労働市場で人材を獲得できるようにするには、労働生産性を2倍にすること、50%の従業員のレイオフが必要になります。

これから、DXで先行している米国企業では、さらなる労働生産性の向上が起こると思われます。いわゆるデジタルシフトの本格化です。

こう考えると、これから、直ぐに、レイオフの解禁と年功型雇用を放棄をしても、スタート地点が20年違いますから、追いつくことは容易ではありません。(注4)

 

(10)いくつ残るか

 

前にも紹介したように、2022/06/25の東洋経済で、村井英樹氏は、次のように言っています。

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二極化が進んできているように思う。柔軟な組織構造を取り入れて、社員のやる気と挑戦を引き出しどんどん伸びる企業と、硬直的な組織文化を維持して、閉塞感にあえぐ組織だ。日本経済社会にとっては、前者のような企業を応援するとともに、後者のような組織に変革を促すことが重要だと思う。

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第1文は、事実です。

第2文は、村井英樹氏の見解です。

労働生産性の向上と国際労働市場統合」が起こった場合、スタートが20年遅れていますから、それについていける企業とそれについていけない企業がでるはずです。20年の遅れを取り戻すこと、20年分のレイオフをまとめて行うことは非常に困難です。そう考えれば、第1文が、企業の現状を表しているのであれば、予想される通りの事態が発生していることになります。

大学の入学試験で、中学1年の時から、準備して勉強している学生と高校3年になってから、勉強を始める学生がいます。後者の学生でも、各段に優秀な学生は、中学1年から勉強している学生に追いつくことができます。しかし、大多数は、追いつけません。追いつけない学生も何をすべきかはわかっています。でも、頭がついていきません。

中学1年から勉強している学生が、米国企業です。デジタルトランスファーという入学試験が見えてきたので、高校3年になって、勉強を始めたのが、日本企業です。

 

こう考えると、デジタルトランスファーに、生き残る日本企業の割合は、余り高くないと思われます。

 

(11)労働市場の再編

年功型雇用では、開かれた労働市場はありませんでした。今後は、企業と労働市場は別です。

2005年頃にカンボジアプノンペンで、タクシーに乗ったことがあります。運転手さんは、英語が通じました。そのころのプノンペンのタクシー運転手の労働市場は2局かしていて、英語のできる運転手と英語の出来ない運転手で、日当が、2倍違いました。その結果、タクシー運転手で、英語を学習する人が増えていました。

今までの日本の労働市場は、英語ができても、ITが出来ても、給与が変わらないという社会主義労働経済市場でしたが、最近になって、普通の労働市場ができつつあります。

 

2022/06/25の日経新聞には、厚生労働省が、成長分野に人材移動をするために、副業解禁を企業に促すと出ていますが、これも、市場経済を無視した政策です。労働生産性をあげて、年収1000万円以上で、IT人材を活用できない企業は淘汰されます。これから起こることは、労働市場の再編です。

 

6)周辺系の課題

(12)高等教育

世界の労働市場では、習得している専門知識で、年収が違います。これは、IT だけでなく、データサイエンスに基づく経営も同じです。

今までのように、専門に関係なく、大学卒業であれば、初任給が同じことはなくなります。

これは、大学の再編につながります。

 

注1:

円安の影響については、以下を参照のこと。

円安が日本人に望ましくないのは結局、損だから  2022/06/26 東洋経済 野口 悠紀雄 

https://toyokeizai.net/articles/-/596320

 

注2:

日本のFDIにつて、リチャード・カッツは次のように述べています。(筆者要約)

 

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2019年のGDPに占める対内直接投資(FDI)の割合を示すデータで、日本のFDIは、北朝鮮のすぐ下位の196カ国中196位という順位である。対内直接投資を増やさずして経済改革に成功した主要国はほとんどないので、これは、日本が経済改革に失敗していることを表している。政府が日本の成長に本気であるならば、外国FDIを真剣に考える時である。他の先進国のように日本でも外国M&Aが一般的になることが必要である。

 

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日本は「北朝鮮より下の196位」というヤバい実態 日本の対内直接投資はなぜこんなに低いのか  2021/08/02 Newsweek リチャード・カッツ

https://toyokeizai.net/articles/-/444645

 

注3:

この点で、インバウンドに期待するのは、労働者の平均賃金を引き上げるという貧困対策を、無視した政策であるという批判ができます。

注4:

小泉政権下で、竹中平蔵氏は、非正規規制を緩和したことが問題であると指摘する人が多いですが、非正規緩和は、労働市場を拡充する政策で、経済学の基本からすれば、政府の失敗がない限りは、正しい(妥当な)政策です。竹中平蔵氏の経済政策の問題点は、労働市場経済にのらない年功型雇用を放置したことです。これが、OECDのいう「労働市場の二極化」を招いて、日本経済を殺した元凶と思われます。非正規規制を緩和しなければ、遅延効果がないので、日本経済は、より早く、落ち込むはずです。一方、年功型雇用を放置すれば、市場経済が上手くいかなくなることは、近代経済学の基本ですから、竹中平蔵氏は、理解していたはずです。要するに、一番肝心な部分で、改革を怠った点が問題です。

 

引用文献



岸田ブレーンが語る日本経済低迷の「真犯人」  村井英樹首相補佐官が語る「岸田政策」の裏側 2022/06/25 東洋経済 野村 明弘 

https://toyokeizai.net/articles/-/599204