アーキテクチャ(18)

(デジタル社会に対応したジョブ中心の賃金体系のアーキテクチャを構築する必要があります)

 

1)同一労働同一賃金2.0

 

1-1)同一労働同一賃金1.0

 

スウェーデンでは、2008年には差別法が制定され、性別、民族・出身国、宗教・信条などを理由とする差別を禁止しており、人権保障の観点からの「同一(価値)労働同一賃金原則」が定められています。

 

フランス、ドイツでは、産業別労使団体間の労働協約で、各産業の各職種に対応した技能のグレード(等級)、各グレードへの格付けの方法が産業横断的に制度化され、グレードに応じた賃金率を設定するグレード職務給が基本です。

 

このグレードは、労働者が行っている職務に対応し、個人の能力は考慮され

ていないため一般的に査定等による加給がなされています。

 

欧米の「雇用形態にかかわらず、同じ仕事をする労働者は同じ賃金を得る」という意味の同一労働同一賃金同一労働同一賃金1.0と呼ぶことにします。

 

グレード職務給は、個人の能力の影響は小さく、補正で対応可能であるという考えなので、テクニシャンの賃金体系です。個人の能力が給与評価の中心になるエンジニアや企業経営者では、給与も上がりますが、給与の査定方法も異なります。査定対象は、与えられた課題に対して、アーキテクチャを考慮した解決法を提示できる能力になると思います。

 

また、今後、デジタルスキルが労働生産性を大きく左右するので、欧州では、グレードは今後も残るかもしれませんが、内容は大きく変化するでしょう。

 

1-2)同一労働同一賃金2.0

 

2020年4月1日に「パートタイム・有期雇用労働法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)」が施行されました。この法律の適用は、大企業では2020年4月1日から、中小企業では1年の猶予期間を経た2021年4月1日からです。つまり、2021年4月から、すべての企業に「同一労働同一賃金」が適用されました。

 

厚生労働省は、次のように書いています。

 

同一労働同一賃金の導入は、同一企業・団体におけるいわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者) と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)との間の不合理な待遇差の解消を目指すものです」

 

ここでいう同一労働同一賃金は、「雇用形態にかかわらず、同じ仕事をする労働者は同じ賃金を得る」という意味ではありませんので、同一労働同一賃金2.0と呼ぶことにします。

 

1-3)同一労働同一賃金1.0と2.0の違い

 

同一労働同一賃金2.0は、正規雇用労働者 と非正規雇用労働者の差を問題にしているだけであって、同一労働同一賃金1.0を目指している訳ではないので、この2つは別ものです。

 

つまり、厚生労働省は、同一労働同一賃金1.0を目指してはいません。

 

同一労働同一賃金1.0では、労働者は働いて成果(売り上げ、利益)を上げればそれだけ所得が増えます。

 

同一労働同一賃金1.0が実現していないと労働者は働いて成果を上げても、ピンハネされてしまいます。つまり、一種の奴隷制度になっていて、人権問題があります。

 

年功型賃金体系では、同じ仕事をしても若年層の給与は、年配層の給与より低く設定されているため、若年層から年配層への所得移転、ピンハネがあり、人権問題があります。

 

若年層もいずれ年配層になるので、この所得移転は、合理的であるとういう説明がなされることもありますが、企業が倒産したり、年齢層別の労働者の数が変化すれば、ピンハネされた分をあとで取り戻すことは不可能です。したがって、この所得移転の説明には、合理性がなく、人権問題があります。

 

つまり、欧米基準の同一労働同一賃金1.0を採用すれば、年功型雇用を放棄せざるをえなくなります。これが、同一労働同一賃金1.0を、同一労働同一賃金2.0にすり替えている理由と思われます。

 

人権問題は、社会正義の問題だけでなく、企業の経済的利益の問題です。

 

もしも、努力してスキルを上げて、労働生産性が上がれば、能力のある若い労働者は努力するので、企業の業績は良くなります。

 

もしも、努力してスキルを上げて、労働生産性が上がっても、その増分が、高齢者のスキルや能力の低い人が幹部のポストにいるだけで、ピンハネするのであれば、誰も、真面目に働きません。つまり、企業の業績は悪くなります。

 

なお、遠隔医療診療報酬が、通常の医療報酬より安めに設定されている問題も、同一労働同一賃金1.0の課題です。



1-4)同一労働同一賃金アーキテクチャ

 

同一労働同一賃金2.0は、同一労働同一賃金1.0のサブセットです。

スウェーデンでは、2008年には差別法が制定され、性別、民族・出身国、宗教・信条などを理由とする差別を禁止して、同一労働同一賃金1.0を実現しています。

 

同一労働同一賃金1.0を実現するアーキテクチャは、自動的に、同一労働同一賃金2.0を解決します。また、それ以外の性別、民族・出身国、宗教・信条などの差別も解消します。

 

従って、同一労働同一賃金2.0は、同一労働同一賃金1.0を先送りするためのアーテクチャであり、これをあえて目標にすることは、人権問題です。

 

2)デジタル社会へのレジームシフト

 

年功型賃金体系は次の2つの暗黙の前提の上に成り立っています。

 

(1)企業は倒産しないで、永遠に継続する。

(2)ジョブスキルは、経験年数とともに増加する。

 

(1)は不可能です。デジタル社会へのレジームシフトに伴い、企業の半分以上は入れ替わります。工業社会の企業にしがみついていたらどうなるでしょうか。それは、農業社会から工業社会へのレジームシフトをみればわかります。現在でも政府の保護をうけて農家は残っていますが、産業規模はGDPの1%です。労働者も高齢化しています。デジタル社会へのレジームシフトが進めば、工業社会の企業は、現在の農家のようになるとイメージすれば、良いと考えます。実際に、最近の政府の施策は、工業社会の企業に、農業と同じような手厚い保護をしてます。一方、GAFAのようなデジタル社会の企業は育っていません。

 

(2)ジョブスキルの概念はITによって変わっています。また、ITをつかった特定のジョブスキルは、5年もすれば陳腐化してしまいます。つまり、再学習しないと、ITのジョブスキルは、経験年数とともに低下します。再学習に対応しないOJTは害があるだけです。

 

このように、年功型賃金体系の2つの暗黙の前提は既に破綻しています。

 

デジタル社会に対応したジョブ中心の賃金体系のアーキテクチャを構築する必要があります。

 

デジタル社会に対応した賃金体系の必要性は、皆が指摘しています。

 

筆者は、問題の中心は、アーキテクチャの構築にあると考えます。

 

現在のように、個別の企業が年功型雇用の中に、部分的にジョブ型雇用に導入する方法では、効果が期待できませんし、デジタル社会のレジームシフトのスピードにはついていけないと考えます。

 

定年後の再雇用は、デジタル社会に対応した賃金体系のアーキテクチャの構築に背を向ける対処療法です。これは治療を先送りして、病状をより深刻にするだけで、問題解決にはなりません。

 

労働の成果に関係なく、ポストにいるだけで、給与が支払われるルールは、社内失業を抱えるため、平均賃金の低下を引き起こします。さらに、給与が、労働の成果ではなく、ポストに依存するため、業績を上げることより、椅子取り競争に熱心な労働者が増加します。定年後の再雇用はこの延長線にあります。

 

3)年功型雇用3.0

 

同一労働同一賃金2.0という用語を導入したので、年功型雇用についても同様の整理をしておきます。

 

年功型雇用と一口でいいますが、おおまかに、10年で区切っても、内容には大きな変化があります。

 

例えば、2000年代には、非正規社員が増えています。非正規社員は、年功型雇用の外に扱われることもありますが、企業の経済活動から見れば、同じ労働力です。つまり、年功型雇用を企業の雇用形態を表す言葉であると考えれば、年功型雇用は、非正規雇用も含めた雇用体系(例えば、年功型雇用2.0)になるはずです。

 

最近では、年功型雇用でも、早期退職を使ったリストラが盛んです。こうなると、年功型雇用定年まで勤めあげるというモデルは成立しません。一方では、定年後も、再雇用している場合もありますので、たとえば、年功型雇用3.0といった別の名称を扱うべきだと思います。

 

ともかく、同一労働同一賃金と同じように、違った内容を同じ言葉で扱うと、議論のすり替えが簡単にできますので、注意して言葉も区別すべきです。

 

引用文献

 

同一労働同一賃金特集ページ 厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html

 

同一労働同一賃金の実現に向けて 経団連

https://www.keidanren.or.jp/policy/2016/053_honbun.pdf