最低賃金と変化の起こし方(12)金融政策と脱デフレの効果

2021/12/15のニューズウィークで、投資家の村上尚己氏が、「日本の所得格差問題を改善するシンプルなやり方」というタイトルで、経済政策を論じています。

問題意識は、このブログとほぼ共通で、恐らく、多くの経済学者にも共通する問題意識です。

違いは、解決策の考え方です。

村上尚己氏の解説を参照して、最低賃金の問題を整理してみます。

村上尚己氏の論旨は、以下です。

  1. 日米の株式市場の年初来のパフォーマンス(12月10日時点)は米国(S&P500)+25.5%、日本(TOPIX)+9.5%と開いている。

  2. 2018年から4年連続で日本株のリターンが米国株に負け続け、常態化しつつある。

  3. 岩田前日銀副総裁の『「日本型格差社会」からの脱却』(光文社新書)の分析では、「日本型格差社会は、1990年代後半からの金融財政政策の失敗によるデフレと低成長が、非正規労働者ワーキングプア)を増やし、中所得者の所得水準が低下して、引き起こされた」とする。これを支持する。

  4. 労働者の所得の底上げを実現させたいならば、経済成長率とインフレ率を高める政策を徹底することで、労働市場での人手不足をより強め、企業が自発的に雇用者の賃金を引き上げざるを得ない経済状況を作ることが必要である。

3.の事実については、データで分析が出ています。

問題は、「非正規労働者を増やし」の部分の評価です。

ジョブ型雇用が実現していれば、正規雇用と非正規雇用の差はなく、非正規労働者は、ワーキングプアになることはありません。

非正規労働者が、ワーキングプアになった原因は、年功型雇用を維持するための安全弁として、非正規労働者が導入されたことに原因があります。

これは、既に、竹中氏の政策に関する問題で論じています。

さて、村上尚己氏は、日本株のリターンが米国株に負け続けているといっていますが、その大きな原因は、DX等に見られるイノベーションです。労働生産性が伸びない原因は、イノベーションの不足にあります。

村上尚己氏の今回の論旨には、イノベーションについては、触れられていませんので、この点の村上尚己氏の考えは不明です。

「経済成長率とインフレ率を高める政策」は、2、3年の短期であれば、金融政策で可能です。しかし、日本の場合、10年近く、金融緩和をしても、インフレ効果がありませんので、「経済成長率とインフレ率が高まらない」原因が他にあるはずです。

イノベーションを起こす人は、基本は若者です。

非正規労働者には、若者と女性が多く含まれています。

つまり、若者と女性を非正規で雇ったことは、イノベーションの芽を摘んでしまったはずです。

もちろん、非正規の若者が、そのままで、イノベーションを起こせるわけではありません。

教育を受ける機会を確保して、イノベーションのできる知識を身につけさせる必要があります。

とはいえ、現在の政治家が主張しているような授業料の無償化には効果はありません。

その理由は、次の2点です。

1)現在の大学のカリキュラムで、イノベーションに対応できる学科は、ごく一部です。新しいカリキュラムに対応した、新しい大学を作る必要があります。現在の大学の組み換えでは、もはや、時間的に間に合いませんし、世界的には、技術大学を新設する方法が標準です。

2)卒業資格を明確化させ、卒業率を7割以下に押さえる必要があります。出席しただけで、単位をとれて、卒業できる大学には、イノベーションのできる知識が習得できていないので、価値はありません。この点を考えると、全学生の授業料を無償化するよりも、成績優秀者への奨学金を充実する方が、合理的です。

ところで、こうしたイノベーションのできる優秀な学生を育成しても、出来高に応じた給与を払わないと、優秀な学生は、海外に流れてしまい国内に、就職しません。

ですから、教育の改革と並行して、出来高払いでない給与体系を壊さないと、経済成長はできません。

それには、村上尚己氏の考える「労働市場での人手不足をより強め、企業が自発的に雇用者の賃金を引き上げざるを得ない経済状況」ではなく、最低賃金を上げる方が、効果があると考えています。

  • 日本の所得格差問題を改善するシンプルなやり方 2021/12/15 ニューズウィーク 村上尚己

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