竹中平蔵氏とハル・ヴァリアン氏

2021/12/02の東洋経済オンラインに、東洋経済記者の中島 順一郎氏が、竹中平蔵氏に行ったインタビューが、「竹中平蔵『私が弱者切り捨て論者というのは誤解』ベーシックインカムは究極のセーフティーネット」というタイトルで、出ています。

最初に、中島 順一郎氏が、竹中平蔵を次のように紹介しています。」


日本の格差、貧困を議論するうえで、よく名前が挙がるのが竹中平蔵氏だ。小泉政権下で構造改革を推し進め、2004年の製造業への派遣解禁など、非正規労働者を拡大した政策の旗振り役とされている。


竹中平蔵氏の発言には、データサイエンスから見て、驚くべきものがあります。


まず日本に絶対的貧困層がどのぐらいいるのかが正確にはわからない。第1次安倍内閣のとき、官房長官の塩崎(恭久)さんに調べましょうとだいぶ申し上げたんですが、政権が1年で終わって実現できなかった。


第1次安倍内閣は、2006年(平成18年)9月26日から2007年(平成19年)8月27日でです。 竹中氏は、その前の2001年の小泉内閣のときから大臣を勤めています。これを聞くと、小泉内閣の時には、政策決定に必要なデータがあったのか、疑問を感じます。

次の引用は長いですが、問題点をよく整理しているので、多少、要約にして引用します。


今の構造は正規が非正規を搾取している
中島氏 ――非正規雇用に関連して、「弱者切り捨て論者」と見られがちです。

それは単なる誤解です。働き方、雇い方は本来自由でないといけない。製造業の大企業なら、今までの終身雇用・年功序列で、技術をオン・ザ・ジョブ・トレーニングで伝えていく方法は、雇用も安定し、悪いやり方ではない。

しかし、今製造業が占める割合は20%弱で、それ以外では多様な雇い方、多様な働き方ができたほうがいい。終身雇用・年功序列前提でない制度が必要です。

一方、多様な働き方をする上では、不平等があってはならない。現在は、正規・非正規の間の「同一労働同一賃金」が全く実現されない問題がある。

今の構造は、正規社員が非正規社員を搾取している。生産性に合わせて賃金が支払われず、自分の生産性より高い賃金をもらっている正規と、自分の生産性より低い賃金しかもらえない非正規の二重構造になっている。

不平等を解決するための方法、例えば労働時間ではなく成果に対して賃金を支払うとか、解雇の問題が起きた際の金銭解雇のルールを作ることに、既得権益を持った人たちがずっと拒み続けて今日に至っている。この構造問題を変えないといけない。

若い世代の、教育には問題がある。今まで日本の教育制度は終身雇用・年功序列賃金と一体だった。現在は、若いころに安い給料を我慢すれば後で高くなる、という約束が守られず、将来の期待所得が大幅に減っている。

今の大学教育の質が低いため、若い人に能力が十分身に付いておらず、能力に合わせて給与を支払うと若い人の給与が上がらない、構造問題を抱えている。

日本は世界的に見ると大学の進学率も低いし、教育に対する公的な資金の投入も少ない。不動産を保有が必須条件であるなど、新規大学の参入に対する規制が非常に多く、競争が不十分である。抜本的な教育改革が必要だ。

(中略)

PPP(購買力平価)で測ったら、1人当たりのGDPを韓国に抜かれた。でも、失業率が低くて、就職でき、犯罪率も低いので、皆、貧しくなったと感じていない。

しかし、この状況は続かない。強烈な危機感を持つべき状況である。


以上の話は、正論です。

しかし、「2004年の製造業への派遣解禁など、非正規労働者を拡大した政策」のときに、「終身雇用・年功序列前提でない制度」もセットで実施していれば、日本経済の停滞は、なかったと思います。

ですから、手放しで賛成はできません。

さて、今回のもう一人の登場人物は、ハル・ヴァリアン(Hal Varian)氏です。

ハル・ヴァリアン氏は、アメリカの大学の教授で、2007年から、Google社のチーフエコノミストをしています。

次のような著書があります。マクロ経済学(Microeconomics)の2冊の教科書は、まともに数式が書かれている理系の学生がよめる数少ない教科書なので、使った人も多いと思います。

ヴァリアン氏は、竹中氏が、「製造業への派遣解禁など、非正規労働者を拡大した政策の旗振り」をしていた、2004年には、カール・シャピロとの共著で、情報技術の経済学(The Economics of Information Technology)を出版しています。

  • Intermediate Microeconomics: A Modern Approach (1987,now 7th ed.)

  • Microeconomic Analysis (1978,1987,1992)

  • Information Rules: A Strategic Guide to the Network Economy (1998)

  • The Economics of Information Technology: An Introduction (2004)

ヴァリアン氏は、2002年から、Googleコンサルタントとして働いています。

グーグルをはじめとする検索エンジンの収益の大半は、「検索連動型広告」と呼ばれる企業広告の広告料です。ヴァリアン氏の最先端のオークション理論を、グーグルが活用したことが、Googleの成長を支えています。

次の記事は有名なので、ご存じの方も、多いと思います。


ニューヨークタイムスの2009年8月5日付けの記事「For Today’s Graduate, Just One Word: Statistics」(卒業生へ、ただひと言。「統計」だ)では、グーグルのチーフエコノミスト Hal Varian氏の次のような言葉が引用されています。

“I keep saying that the sexy job in the next 10 years will be statisticians,” said Hal Varian, chief economist at Google. “And I’m not kidding.”

「いつも言っていることだけれど、これからの10年で魅力的な職業は統計分析になるでしょう」と、グーグルのチーフエコノミスト Hal Varian氏。「大まじめですよ」


魅力的な職業、あるいは、イカす職業(sexy job)という単語は、大学の先生が使う単語とは、思われなかったので、度肝を抜かれた人も多かったです。

この記事は、2009年ですから、既に、「これからの10年」は経っています。 たしかに、現在のGoogleの活躍をみれば、「魅力的な職業は統計分析」は、あたっていました。

こうした状況を見ると、竹中氏の「今の大学教育の質が低いため、若い人に能力が十分身に付いておらず」というのは、本当だと思います。