6)推論が全て
6-1)事実推論と反事実推論
因果推論(反事実推論)は、「原因=>結果」でかけます。交絡因子等Zを明示的にかけば次式になります。
結果Y<=F(原因X)(Z)
ここに、Fは関数です。
確率Pを使えば、次になります。
W =P(Y|do(X))(Z)
事実推論は以下になります。
W=P(Y)(Z)
事実推論の例をあげます。
今日は日が昇った。明日も日が昇るだろう。
P(Y)は日が昇る確率です。
事実推論は、筆者の創作です。
さて、「今日は日が昇った。明日も日が昇るだろう」をオブジェクトとインスタンス(変数と値)を使って表現しています。
「日の出」が、オブジェクトで、「今日の日の出」、「明日の日の出」がインスタンスに見えます。この場合の「日の出」は、ベクトルになります。
もうひとつのアイデアは、「日の出」は、使い捨て変数になっていて、常に最新の日の出データのインスタンスがある場合です。この場合の「日の出」は、スカラーになります。
「今日は日が昇った。明日も日が昇るだろう」をIF「今日の日の出」があれば、THEN「明日の日の出」があるだろうと書くことは可能です。
しかし、「今日の日の出」は、「明日の日の出」(結果)の原因になっている訳ではないので、因果推論にはなっていません。
「日の出」のようなある単語(オブジェクト)を使う前提には、インスタンスが繰り返し観察されていると思われます。
人間の脳のワーキングメモリーは小さいので、繰り返されたパターンは記憶できますが、繰り返しが認知されないパターンを記憶することは困難です。
デジカメの画像をメモリーに保存する場合、コンピュータは、空きメモリーがある限り、記録に困難はありません。
一方、人間の脳は、パターンに意味(名前)のない画像を覚えることは困難です。
帰納法の問題よりも、パターン認識の問題が、より進化に関係しているように思われます。
先ほど
W=P(Y)(Z)
と書いた時に、Zを交絡因子等と書きました。
交絡因子は、因果推論にノイズを与える因子です。
しかし、それ以外の因子もあります。
「今日は日が昇った。明日も日が昇るだろう」という表現で、日の出のパターン認識問題は、容易ではありません。午後3時に、日の出がないからといって、「今日は日が昇らなかった」という人はいません。一方、朝に限っても、日の出の時間の位置は変化します。
あるいは、雲のある日には、日の出は観測されませんが、日の出がなかったという人はいません。
帰納法の前提には、パターン認識の一致がありますが、これは、説明が非常に困難な問題です。
そこで、推論は、因果推論(反事実推論)とパターン認識(事実推論)にわけられると考えます。
ミツバチは8の字に飛び回るダンスをすることで、ミツバチの巣の仲間に蜜や花粉、水源や新しい巣の予定地があることを知らせることができます。
この場合、ミツバチの行動には、「蜜や花粉、水源や新しい巣の予定地」のパターンは、継続するという前提があります。これは、事実が継続するという事実推論です。
ミツバチの行動からわかるように、事実推論は、暗黙知であると思われます。
事実推論には、「蜜や花粉、水源や新しい巣」のパターンをどうして識別できるのかという問題があります。
蜜のある花は、そのうち枯れてしまいます。事実推論には、有効期限があります。
事実推論の課題は、パターンの識別と有効期限の判定になります。
Zには、この問題が含まれていると思われます。
6-2)ブリーフの固定化法
パース氏は、ブリーフの固定化法には、「固執の方法、権威の方法、形而上学、科学の方法」があると分類しました。
科学の方法は、アブダクションをつかった因果推論(反事実推論)です。
それでは、「固執の方法、権威の方法、形而上学」の推論は、どのようにしてなされるのでしょうか。
「固執の方法」は前例主義なので、パターン認識(事実推論)であると思われます。
「権威の方法、形而上学」の推論も、どこからか、パターンをコピーしてくるパターン認識(事実推論)ではないでしょうか。
このように考える根拠は、全ての推論は、因果推論(反事実推論)とパターン認識(事実推論)に分類できると仮定するからです。
パターン認識(事実推論)では、どのパターンとマッチングさせるかという任意性が付きまといます。しかし、パターン認識(事実推論)は、暗黙知である限り、そのプロセスは、言語化されていないので、反論(思考実験による反例)を受け付けません。
しかし、言語化されている帰納法には、「思考実験による反例」は、必ず存在します。
「思考実験による反例」が、存在しない場合には、パターン認識(事実推論)と考えてよいと思います。
全ての推論は、因果推論(反事実推論、アブダクション)とパターン認識(事実推論)に分類できるのではなく、第3の分類の帰納法が存在するという説明もあります。しかし、筆者は、帰納法は、因果推論(反事実推論、アブダクション)の一部として機能するのであって、単独で機能することはないと考えます。
6-3)公約
自民党の総裁候補の締め切りが9月12日で、候補者が出そろってきて、公約を発表しています。
公約の多くは、「所得倍増」、「選挙資金の透明化」といった反事実に関するものです。
反事実に関する推論は、科学的に成り立つためには、その推論は、因果推論になります。
つまり、反事実の成立を防止してきた原因を推定して、その原因を取り除く推論である必要があります。
総裁候補の反事実の公約には、因果推論が含まれていませんので、公約が実現することはないと、科学的に断言できます。
パース氏は、ブリーフの固定化法で言えば、「科学の方法」でなく、「固執の方法、権威の方法、形而上学」が使われています。
仮に、「固執の方法、権威の方法、形而上学」の推論に、言語を使った明示的知識が使われていれば、公約の問題点の議論が可能になります。
しかし、アベノミクス以降の自民党政権では、言語を使った議論が行なわれたことは一度もありません。
これは、メンタルモデルの共有によるコミュニケーションが成立していないことを示しています。
これは、民主主義の基盤が崩壊していることを意味します。これほどの危機であるにもかかわらず、コミュニケーションを求める政治活動は希薄です。
そこで、その原因は、何かという疑問がわきます。
日本の政治のブリーフの固定化法が、暗黙知を使ったパターン認識(事実推論)に基づいていると仮定すれば、この疑問は解消されます。
プラグマティズムのような科学の方法のある世界では、政治決定が暗黙知でなされることはありません。
ところが、日本では、「鮨職人は、飯炊き3年、握り8年を実践するのが一番確か」といった暗黙知が、言語を使った明示的知識にまさるというトンデモ説がまかり通っています。
飯炊きは、物理現象です。温度と圧力の制御の方法と精度の問題です。飯炊き3年かけても、IH炊飯器に完敗するはずです。
物理学の明示的知識に、暗黙知が勝てることはありません。
科学のリテラシーである因果推論(反事実推論、アブダクション)が理解できていれば、実現不可能な暗黙知で政策を提示する政治家が選挙に当選することはあり得ません。
加谷珪一氏は、2012年から2022年の間に、物価が8%上昇し、賃金が7%減少したグラフを示しています。物価を基準にすれば、賃金は14%の減少です。2022年のあとも、賃金は下がり続け、物価は2%以上あがり、円安で、円の価値が下がりましたので、ドル換算の賃金は、半分近くに減少しています。
<< 引用文献
日本人の生活はますます苦しくなる…インフレを抑制できない日銀の無策がもたらす"厳しいシナリオ" 2024/03/06 President 加谷珪一
https://president.jp/articles/-/79066?page=3
>>
因果モデルで考えれば、賃金がへった理由は、インフレと円安です。これに消費税の増税が効いています。企業の国際競争力が減少した原因は、円安と既存企業への補助金と法人税減税です。ようするに、競争を排除すれば、競争力はなくなります。
所得を倍増するためには、産業間のレジームシフトを起こす必要がありますので、円安と補助金をやめて、法人税を元に戻せばよいことになります。補助金の廃止と法人税の増税で生じた資金は、ベンチャー企業への投資、個人の転職助成とスキルアップに使うべきです。
しかし、このような公約をする総裁候補はいません。
つまり、政治家は、暗黙知のレベルで、選挙に勝つことができると考えています。
あるいは、政治家の頭の中は、暗黙知でいっぱいで、政治家は因果推論ができないのかも知れません。
そして、暗黙知のパターン認識(事実推論)に基づいて、行動するマスコミと学者が、因果推論(反事実推論、アブダクション)を阻害しています。
ブリーフの固定化法は、選択の問題なので、筆者は、科学の方法が、暗黙知のパターン認識(事実推論)より正義であるというつもりはありません。
しかし、暗黙知のパターン認識(事実推論)を続ければ、因果推論(反事実推論、アブダクション、科学の方法)を部分的にでも採用する国に、経済的に追い越されてしまいます。
日本は、中国、台湾、韓国の背中を見ながら、追いかける国になりましたが、日本の先を走る国は、これからも増え続けると予測できます。