8)事実推論の課題
8-1)復習
因果推論と事実推論を振り返ります。
因果推論(反事実推論)
W =P(Y|do(X))(Z)
事実推論
W=P(Y)(Z)
因果推論では、Zは交絡因子です。因果推論は、原因と結果の2項演算になっています。
事実推論のZは、パターンが繰り返されるオブジェクトYの性質に関するパラメータです。
明日の朝、日が昇る場合には、「日」には、月などの他の惑星が含まれないこと、時間が朝であること、方角が東であること、雲や建物があれば見えないことが含まれます。
Zには、時間と位置のパラメータとオブジェクトとインスタンスの関係が含まれると整理することもできます。
事実推論は、1項演算子になっています。
因果推論とは、演算子の項数がことなるので、混乱することはありません。
なので、意味はまったく異なりますが、便宜上、交絡因子と読んでもよいと思います。
さて、事実推論を提案する理由は、1項演算子の推論があると考える説明のつく事例が多いためです。
なお、事実推論は、暗黙知に基づきます。
カーネマン氏のファスト回路のように、事実推論が使われている例は、どこにでもあります。
しかし、原則に反して、事実推論が、因果推論に優先するという判断は、先進国では、日本以外では行なわれることはありません。
8-2)自民党総裁選の候補者
2024年9月12日夜、自民党総裁選に立候補した9人が報道ステーションに出演し、派閥裏金事件を受けた政治改革や労働市場の流動化に向けた解雇規制緩和、物価高対策を含む経済政策、選択的夫婦別姓について議論をしました。
ここでは、例えば、解雇規制解除に、賛成、または、反対という意見が提示されました。
解雇規制解除に賛成、解雇規制解除に反対は、1項演算子であり、事実推論です。
事実推論は。暗黙知なので、言語モデルであるメンタルモデルの共有ができず。議論は進みません。
解雇規制解除は目的(結果)ではありません。解雇規制解除は産業間労働移動を促進して、生産性を向上させ、賃金を上昇させます。
解雇規制解除=>産業間労働移動の促進=>生産性の向上=>賃金の上昇 (図1)
高度経済成長の時には、加工貿易のメンタルモデルを共有することで、離農すれば、賃金があがるはずであると考える農家の子弟が、工業で働きました。
同様に考えれば、製造業を解雇されて、情報産業で働けば、GAFAM並みの賃金がもらえるはずであると考える製造業の労働者が多くなれば、情報産業への労働移動が生じます。(注1)
ところが、日本情報産業の生産性はとても低くて、高い給与を払うことができず、高度人材は、GAFAMに流出しています。
図1を、ベイジアンネットワークとしてみれば、=>の方向に、「条件付き確率」が伝播します。逆向きには、「尤度比」が伝播します。
経済学の基本原理によれば、市場が成立している場合には。賃金の上昇が最大化します。
政府、特に、経済産業省は、半導体製造に見られるように、市場に介入を続けてきました。その結果、情報産業の賃金が低く設定されているので、日本の情報産業で働きたい人は少なくなります。これは、ITエンジニアの給与の国際比較をみれば明らかです。
政府は、情報産業市場に介入した結果、ITエンジニアの給与があがらず、図1のベイジアンネットワークを尤度比が伝播して、解雇を希望する人が減っていると考えることができます。
このように考えれば、問題は解雇規制解除よりも、政府の情報産業への介入にあると推測できます。
このブログでは、なんども繰り返していますように、筆者は、仮説を提示しますが、検証している訳ではありません。筆者には、仮説が、正しいか、間違っているかはわかりません。しかし、仮に、仮説が正しい場合には、大きな影響が予測できるので、仮説は検討に値すると考えています。
さて、話を自民党総裁選の候補者に戻します。
ポイントは、司会者も、候補者も、事実推論を使っている点にあります。
推論は、因果推論のように2項演算である必要があります。
ある反事実になる政策を行なえば、他の要素に影響がでます。
その影響は、2項演算になりますので、1項演算の事実推論では、考慮されません。
自民党総裁選の候補者の討論会では、2項演算子は使われていませんので、言語化された知識が使われていません。
自民党の政策は、事実推論によってなりたっています。
経営者には、法人税を減税し、政治献金に応じて、補助金をキャッシュバックします。
2項演算子で考えれば、この政策は労働者にはマイナスになります。池田政権は、「貧乏人は麦を食え」といいましたが、一方では、「所得倍増計画」によって、労働者へのリターンを約束しました。筆者は、マルクス主義を指示するわけではありませんが、経営者と労働者の人口は、労働者の方が、多いので、池田政権のように、経営者よりの政策を行う場合、労働者へのリターンを明示しな限りは、選挙に勝てなくなります。
このために、2大政党制では、経営者向けの保守と、労働者向けの革新の対立構造ができます。
ところが、自民党は、経営者にも、労働者にも有利な政策を展開していると主張しています。
自民党は、春闘で賃金をあげてくださいと経営者にお願いすることで、労働者の得票を得ています。
マスコミは、事実推論を提示するだけです。
労働者は、因果推論ができず、事実推論(実態は暗黙知)に、依存した判断をしています。
「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」は、ドイツの鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルク氏の格言です。
ここで、歴史とは、自分が経験してない内容なので、自分が経験していない内容を、あたかも、自分が経験した内容のように取り扱うことになります。つまり、ビスマルクの格言は、反事実の重要性を指摘したものになります。
自民党は、経営者にも、労働者にも有利な政策を展開していると主張していますが、2項演算子の推論では、これはあり得ません。つまり、税金は、対立する政策に投入されていることになり、政策効果は期待できません。対立する政策に、税金を投入すれば、政策効果は上がらないので、いくら増税しても、十分にはなりません。
生産性を向上させる基本は、市場原理です。市場原理の実現には、介入を排除して、監視をする必要がありますが、それには、お金はほとんどかかりません。政治家と官僚にとっては、美味しくない政策になります。ただし、これに逆らって、補助金をばら撒き続ければ、生産性は低下し続けます。これは、旧ソ連の崩壊の原因であり、現在、日本で起こっていることです。
注1:
これは、帰納法の1つである類推推論になります。ただし、筆者には、演繹法にも見えます。