1)失われた30年と反事実推論
1-1)反事実推論
因果推論の科学は、反事実推論の劇的な効果を発見しています。
メンタルモデルに反事実推論が含まれているか、いないかは、推論の結果に決定的な違いをもたらします。
科学は、観測値に基づいて検証をします。
しかし、科学は、観測値に基づいて推論する訳ではありません。
科学は、反事実に基づいて推論します。
分析する対象が確率現象である場合、「観測値に基づいて推論する」ことは、間違いになります。
推論には、起こらなかったけれども、起こる可能性のあった現象(反事実)を含めて推論する必要があります。
例をあげます。
1-2)失われた30年
日本経済は、30年間経済成長しませんでした。(失われた30年)
日本で、一般的に行なわれる分析法は、帰納法です。
失われた30年のデータを集めて、30年間経済成長しない原因を探します。
帰納法を単独で使うこの方法は、欧米では使われません。
帰納法を単独で使う方法は、べーコン流の帰納法と呼ばれ、欧米でも、19世紀には使われましたが、20世紀以降は使われません。
べーコン流の帰納法には、基本的な欠陥があります。
例えば、失われた30年の原因が、重要な何かが欠けていたためにおこったと仮定します。
この場合、欠けていた何かは、、失われた30年のデータには含まれていません。
したがって、べーコン流の帰納法では、問題を解決する方法は見つからないと言えます。
重要な何かが欠けていたために問題が発生したという仮定は、合理的な仮定です。
例えば、壊血病は、ビタミンCが不足したためにおこる病気です。
壊血病の患者をいくら調べても、そこに見出されるものは、ビタミンCの不足であって、ビタミンCはありません。
壊血病の患者にとって、ビタミンCは、反事実です。
反事実の推論をしなければ、問題は解決しません。
科学は、実験によって、大きな発展をしました。
実験は、介入によって、反事実をテストする方法です。
「失われた30年」については、介入によって、反事実をテストする方法(実験)が使えません。
だからといって、反事実を封印すれば、問題は解決できなくなります。
実験ができない場合に、反事実の問題解決をどのように扱うべきかは、「因果推論の科学」の問題です。
「因果推論の科学」は、自由に実験条件が設定できない場合に、実験に代わって、反事実の問題解決をする方法が検討されています。自由な実験はできないのですが、部分的な介入が必要であるのか、介入なしで、実験に代わって、反事実の問題解決をする方法があるのかといった議論が続いています。
しかし、スタートは、実験と同じように、反事実の推論をするところにあります。
思考実験による演繹で、反例を見つけて問題を絞り込む方法が基本になります。
思考実験が可能になるためには、メンタルモデルの共有が必要になります。
1-3)失われた30年の原因
ここで、失われた30年の原因について、反事実の推論をしてみます。
野口悠紀雄氏は、日米の自動車技術者の年収を比較しています。
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トヨタ自動車の従業員の平均年収は、899万円だ(Yahoo!Financeによる)。
ウェイモ(サンフランシスコの無人タクシーを開発・運用している企業)のL5(5段階のうち、下から3番目のランク)の年収は、5795万円だ。
テスラについてみると、P3(6段階の下から3番目のランク)の年収が2997万円となっている。
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<< 引用文献
自動車技術者の年収「日米で最大6倍差」ある真因 2024/09/29 東洋経済 野口悠紀雄
https://toyokeizai.net/articles/-/830282
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テスラとテスラは、自動運転のエンジニアが主流で、工業ではなく、デジタル産業のエンジニアです。
デジタル産業の労働生産性は工業よりはるかに高いので、年収が高くなります。
これは、工業からデジタル産業への労働移動が起これば、劇的に労働生産性が上がることになります。
教師が生徒を教えるときに、1クラス20人でも、1人の生徒にさける時間は、20分の1になります。
これは、AIの教師であれば、1人の生徒に1人の教師が対応することになります。
クラスにAI教師を導入して、AI教師が、人間の変わりができれば、AI教師は、人間の教師の20人分の働きをしますので、20倍の給与を払う価値があります。
実際には、AI教師の人数は、生徒の数だけ準備することができます。
人間の教師がゼロでかまわなければ、AI教師の開発者には、日本中の教師の給与を支払っても、よいことになります。
このように、デジタル産業のエンジニアの労働生産性は、非常に大きいです。
失われた30年の原因は色々ありますが、反事実の推論で、もっとも効果のある解決策は、「工業からデジタル産業への労働移動」になります。
過去30年の間に、「工業からデジタル産業への労働移動」の実現を目指した政権はありませんでした。
反事実の推論で考えれば、「工業からデジタル産業への労働移動」以上に、労働生産性をあげる方法はありません。他の方法は、明らかに、見劣りします。
これは、「農業から工業への労働移動」の時に起った現象と同じパターンです。
農産物の輸出や、インバウンドによる労働生産性の向上は、ゼロではありませんが、無視できるレベルの改善効果しかありません。
石破新総理の金融・経済政策には、賃金をあげる効果はありません。
日本で、「工業からデジタル産業への労働移動」が起きない理由を、次回以降に、考えます。