成長と分配の経済学(2)~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(日本では、エンジニアが活躍できなかったことが、経済成長できなかった原因です)

 

5)バブルの頃の話

今回のテーマは、次の疑問に答えることです。

 

疑問:日本は、本当にエンジニアを活用できなかったのか、活用できなかったとしたら、その原因は何か。

 

バブルの頃の話です。

企業の幹部になって高給をとるのは文系の卒業生で、大学にいるときは、レジャーにせいをだしていました。

理系の卒業生は、実験があるので、レジャーにはいかず、毎日、遅くまで、大学に通っていました。

授業料が高い上に、真面目に勉学に励んで、安月給なら、理系にはまともな学生が進学するはずがないと、その頃の進学指導をしていた高校教師はいっていました。

その後の30年を見れば、医学部を別にすれば、理系の学科の人気は、長期低落傾向になりました。

それから、30年して、楽をした文系の卒業生が企業幹部になっています。

数学が不得意な文系の卒業生は、論理的にものを考えませんし、ITもわからないと思われます。

何が起こっているかは、30年前に予測された通りのことではないでしょうか。(注1)

6)1990年代の金融機関

以下では、DX対応問題を考えますが、状況証拠が多く、取引関係が単純な金融機関を対象にします。

金融機関に限らず、1990年代には、将来はソフトウェウアエンジニア(そのころは、IT技術者を、こう呼んでいました)が不足することを、政府は予測していました。それから30年たったので、トレンド予測(ヒストリアン)は、問題解決に寄与しなかったことがわかります。現在も政府は、今後のIT技術者の不足を予測しています。日経新聞は、IT技術者の不足が経済成功の足かせになると述べています。

しかし、政府は、30年前と同じことを繰り返しているだけですから、DXが進まない原因を究明して問題解決をするつもりはないか、とりあえず問題点を指摘しておけば、、免罪符になると考えていると思います。

こう考えると、現在の政府のDXは、30年前の繰り返しにすぎず、ほぼ確実に失敗すると予測できます。

30年までに、IT技術者の予測をする以外に、何か、別の対策をうてなかったのか、30年前の間違いを繰り返さないためには、何をしたらよいのかを考える方法は、反事実的思考といいます。これは、次節で扱います。

さて、話を1990年代の金融界に戻します。

1994年から1999年まで存在したヘッジファンドのロングタームキャピタルマネジメント(英語:Long-Term Capital Management、略称:LTCM)は、ブラック–ショールズ方程式をつかって大きな利益を得て、その後破綻します。

1990年代には、金融工学の知識をつかったコンピュータ取引ができないとまともな金融商品は開発できないことが誰の目にも明らかになっていました。

金融機関にとって、ITやDXは死活問題になることは、この頃からわかっていました。

 

7)2020年の金融機関

 

30年たって、日本の金融界は、DXに対応できたのでしょうか。

2021年には、みずほ銀行が、大規模障害をおこしています。

出口は、2022年にもみえません。

野村資本市場クォータリーの2019Winterの竹下 智氏は、「金融機関の IT 人材数(推定)は、米国で約 35 万人に対し、日本で約 2 万人と圧倒的な差がある」といいます。

つまり、みずほ銀行などの金融機関は、米国と比べれば、まともにIT対策をしてきたとはとても言えません。

大規模障害をおこしていない銀行も、DXに対応できたとは言えません。

一般に、工学の世界では、スケールの違いが10倍を越えると、量の違いが質の違いに転じると考えます。

米国で約 35 万人に対し、日本で約 2 万人という差は、大きいので、こうなると「米国の金融機関」と「日本の金融機関」は、ことなる業種であると考えるべきです。

実際に、日本の金融機関にいっても、すすめられる金融商品は、100%海外のファンドが設計運用しているものです。日本にも、ファンドはありますが、統計理論に基づく、リスク評価をつかって引用しているところはありません。

日本の金融機関のDXレベルでは、金融工学をつかった金融商品を開発できなくなっています。

1990年代であれば、大学でITと金融工学を習得して、日本の金融機関に就職して、金融商品開発をして、高い所得を得る可能性にかえてみることもできたかもしれません。

しかし、2020年に、大学でITと金融工学を習得して、日本の金融機関に就職しても、金融商品開発することはできません。

比喩で説明します。あなたは、農業を目指し、トラクターの運転やメンテナンスができる技術を習得したとします。日本と米国の農業会社に就職面接にいったとします。

米国の農業会社に就職を応募します。トラクターの運転やメンテナンスができるのであれば、欠員があれば、あなたは、採用されるでしょう。

日本の農業会社に就職を応募します。(注2)会社の就職担当者がいいます。わが社では、トラクターのような先端機械はつかっていません。仕事がありませんので、お引き取りください。耕運機でも構わなければ、採用しますが、給与は半分になります。

日本のDXの現状はこんなレベルです。ITのノウハウをもっていても、給与に反映されませんし、仮に、ITの仕事があっても、それは、銀行のレガシーシステムのようなメンテナンスであって、最新の知識が活用できて、高い所得が得られることはほとんどありません。

 

これが何を意味するかと言えば、日本の労働市場は、IT技術者を求めていないということです。

1990年代には、政府は、IT技術者が不足すると旗を振っていましたが、IT技術者が増えなかった結果から見れば、日本の労働市場は、IT技術者を求めていなかったということです。

「その原因は何か」の答えは、「日本の労働市場は、IT技術者を求めていなかった」ことになります。

これは、意外な結論です。

「日本の労働市場は、IT技術者を求めていなかった」ことは、労働生産性改善の可能性のある最大の技術革新分野を放棄することになりますから、労働生産性があがらず、経済成長するはずがありません。

つまり、企業は経済成長したくなかったとも言い換えることができます。

 

疑問:日本企業は、どうして、経済成長を放棄したのか

これは、常識ではあり得ない仮定です。

 

長くなりましたので、この続きは次回に進めます。

 

注1:

エマニュエル・トッド氏は、法律家が増えて、GDPが増えても、経済成長には繋がらないといいます。それは、法律家は新しい価値を作り出す訳ではないからです。

同様に考えれば、理系で医師だけが高い所得を得る社会も、経済成長できません。医師は、国家経済では、医療費の消費に過ぎないからです。毎年、予算に占める医療費の割合が増加していますが、これは、経済成長が、医療費の増加を下回っているためにおこります。優秀な学生がエンジニアになって、経済成長が進めば、経済成長が医療費の増加を上回るはずです。エマニュエル・トッド流に考えれば、医師より、所得の高いエンジニアが多数いるような社会にならないと、医療費の負担増問題は解決できません。

バブルの頃の話から少し脱線しましたが、所得が労働市場できまらないと経済成長が阻害されることがわかります。

注2

日本では、株式会社の農業参入には障壁がありますので、農業会社は、少ないですが、その点を、ここでは、無視しています。