成長と分配の経済学(6)~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(21世紀に入って、日本企業の経営には、アンシャンレジュームが起こったように見えます)

 

13)西暦2000年のアンシャンレジー

 

13-1)機会費用と背任

反事実的思考は、以上ですが、これから、何がわかるでしょうか。

小泉政権は、反対勢力をぶっこわすといいましたが、反事実的思考を見れば、反対勢力が温存されたことがわかります。

なぜなら、反対勢力が抵抗した結果、反事実が実現しなかったと思われるからです。

株式会社の経営陣は、株主に対して、倫理的に問題のない範囲において、利益を最大化して、株主に還元する約束をしています。これから、DXを促進することで、生産性が上がり、利益が伸びるのであれば、経営陣は、株主に対して、DXを促進する約束をしていることになります。経営陣が、自ら、会社の利益を減らすような行為を行えば、それは、背任であって、犯罪になります。DXは、DXを進めないことで、直接の経営の数字に現れる損失はありません。しかし、競合する企業が、DXを進める中で、自社だけが、DXを進めなければ、生産性競争に負けて、潰れてしまいます。これは、他の企業が、DXによって得ている機会費用を取りこぼしているために起こるとも考えられます。つまり、DXの遅れは、広い意味では、機会費用に対する背任行為になります。背任が立証されて、有罪にならないとしても、倫理的な責任は生じます。

 

DXの極端な遅れは、市場経済の基準で考えれば、経営陣の犯罪なのですが、なぜか、日本では、犯罪意識はなく、政府の補助の対象になっています。

 

これは、機会費用に対する背任の意識が薄いためと思われます。

例えば、不況になっても、レイオフせず社内失業者を抱えている、管理職になれなかった高齢者を仕事がない窓際族として雇用しているなどは、明らかに、機会費用の損失です。

 

企業内に、赤字部門と黒字部門があった場合、黒字部門の黒字を赤字部門に注入して、全体を黒字にしている、この場合には、話は複雑になります。機会費用は、何を機会と考えるかで異なります。ベンチャー部門を立ちあげても、最初から黒字にはなりませんので、ベンチャー部門は当面は赤字です。しかし、その先に、黒字に転じるビジョンがあります。

一方、2010年頃、日本の家電メーカーは、液晶をテレビを作れば作るほど、赤字に追い込まれます。

この場合には、黒字に転じるビジョンが描けなければ、部門を売却するなどして、赤字幅の縮小をすべきです。

 

このように考えると、機会費用の視点からみれば、ビジョンのないヒストリアンの経営自体、背任の可能性が高いと言えます。

 

13-2)ガリレオ裁判とアンシャンレジー

 

1616年ガリレオは地動説を唱え、それを理由にカトリック教会から有罪判決を受けています。

ガリレオ裁判の解説では、どうして、科学的に正しい仮説が受け入れられなかったかに関心がいきがちです。

しかし、教会のビジネスモデルは、権威に基づいていますので、教会は、地動説が正しいか否かではなく、教会の権威が破壊されるか否かに関心があったはずです。教会の権威がなくなると、寄付金があつまらなくなり、教会のビジネスモデルは破綻してしまいます。ですから、組織を維持するためには、口封じをしてもらわないとこまると考えたと推定できます。

2000年過ぎに、米国の企業は、DXに舵をとります。その後の発展と経営者をみれば、経営のコアの部分に技術者がはいっています。海外からの移住者も多くいます。これは、エマニュエル・トッド氏が指摘しているように、何を作るか、どんなサービスを提供するかという技術者のアイデアなしには、企業が成長できないためです。

日本の企業の中枢には、技術者は少なく、海外からの移住者はほとんどいません。その結果、新しく、何を作るか、どんなサービスを提供するかというアイデアは、ほとんど出せていません。

1990年頃までは、日本にも、ソニー盛田昭夫氏、シャープの佐々木正氏といった伝説のエンジニアがいました。21世紀の日本の企業には、伝説のエンジニアはいなくなりました。

 

前回、企業の経営者には、次の2つの選択があるといいました。

 

(1)DXの受け入れを拒否して、権威を維持することで、年功型賃金体系を維持する

(2)DX受け入れる、同一労働同一賃金にして、ジョブ型雇用に移行する

 

エビデンスから見れば、日本企業では、(1)が選択されたことがわかります。

 

もしも、(2)を選択していたら、現在の企業の幹部の半分以上は、技術系幹部に変わられ、幹部になれなかったと思われます。

つまり、この例は、年功型雇用体系には、企業の利益より、個人の利益が優先されるシステム上のバクがあることを示しています。

日本を除く、世界中の企業は、ジョブ型雇用を採用していますので、DXをすすめれば、売り上げがあがり、所得も増えますので、経営者も、従業員もWINーWINになりますので、DXを進めない選択肢はありません。

日本の年功型雇用では、給与は年齢と経験という権威に基づいています。

DXや、データサイエンスに基づく経営をすると、技術者や若年者の給与は上がりますが、年齢と経験という権威以外にセールスポイントのない高齢者の非エンジニアの給与を下げる確率が高いです。もちろん、技術者よりも技術に詳しく、統計学やITが得意な文系の幹部もいますが、その割合は少ないです。そして、高齢者の非エンジニア、あるいは、その予備軍が、企業の人事権をもっています。

こうなると、ガリレオ裁判と同じように、幹部の多数には、権威に対する脅威を排除する動機があります。

そのためには、DXは出来るだけ封印します。エンジニアで、DXを推進しそうな人物は危険人物ですから、左遷します。幹部に昇進できるエンジニアは、イエスマンで、権威に対する脅威にならない人を選びます。

これは、DXについては、世界とは、真逆に進むアンシャンレジームです。

こうなれば、伝説のエンジニアはいなくなります。

2000年以降、日本のエンジニアによる韓国や、中国への技術移転や技術漏出があったと言われています。

しかし、その背景には、アンシャンレジームによるエンジニア虐めがあった可能性も考えられます。

 

霞が関では、未だにファクスを使い続けている組織が多く、河野太郎行政改革担当大臣(当時)が「中央省庁のファクス廃止」を発表したときにも、各省庁から400件を超える反論が寄せられています。

これを見れば、アンシャンレジームが、霞が関でも、依然として続いているように見えます。

 

13-3)黒船問題

日本が、鎖国を続けられるのであれば、「(1)DXの受け入れを拒否して、権威を維持することで、年功型賃金体系を維持する」は、サステイナブルなシステムです。しかし、鎖国を続けることはできませんので、このシステムはクラッシュします。

2022年の時点では、日本企業は、DXなどの技術革新に取り残され、輸出競争力がなくなっています。

2022/07/12の日経新聞では、日本の企業の取締役で、金融知識のある人の割合が欧米の3分の1なので、増やすように、経済産業省が指導すると書かれています。これも(1)が限界に達していることを示しています。

 

年功型雇用を維持するために、経験と年齢以外で差が付く専門家を排除してきたので、金融知識のある人が少なくなっています。

このままいくと、デジタルシフトには、間に合いません。クラッシュが起こります。

その検討をする前に、次回は、現状を考えてみます。