成長と分配の経済学(3)~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(米国の金融企業は、ITを使って、利益をあげている)

 

8)米国の金融企業

前回の最後は、次の疑問でした。

疑問:日本企業は、どうして、経済成長を放棄したのか

これは、常識ではあり得ない仮定です。

 

そこで、この検討のために、反事実的思考を導入するのですが、ここで、反事実とは、「日本企業も、米国企業と同じように、DXが進んで、労働生産性が上がっている」という仮定です。

まず、米国の金融機関の現状を参照します。

野村資本市場クォータリー2019Winterの竹下 智氏の記事によれば、米国の金融機関は、IT系の卒業生にとって、必ずしも、人気がある就職先ではないようです。

給与水準は、米国のIT大手と同じか、若干高めに設定していると思われますが、米国の金融機関が、IT系の卒業生にとって、人気がない理由は、企業の将来性、成長の可能性について、IT大手程は期待できないということであると思われます。

このため、具体的な施策として、①人材獲得を目的としたスタートアップ企業の買収、②非営利団体NPO)が提供するトレーニングプログラムの活用、③企業とプログラマーを直接つなぐプラットフォームの活用、④新興国(ナイジェリア、ポーランド)での IT人材採用、などを行っているようです。

これからすると、「日本の金融機関の IT 人材数(推定)が、米国と同じ約 35 万人レベルになっている(実態は日本は、約 2 万人)」とすれば、積極的なIT人材確保をできたという仮定になります。

人材確保には、IT大手に引けをとらないレベルの給与を提示しなければ、IT人材を集めることはできません。バブルの後処理がおわった2000年頃に、IT金融に舵をきっていれば、ちがった展開になったはずです。

 

9)企業ランキング

2022年6月の世界の評価額ベスト100企業データで、金融関係企業の位置を確認します。

 

9-1)分野別構成

分野別の企業数で言えば、ベスト3は次の3つです。

金融業界は、第3位につけており、決して規模が小さい訳ではありません。

情報技術 20

ヘルスケア 18

金融 16

9-2)国別構成

トップ100は、アメリカ62社、中国14社、日本は1社のみになっています。

アメリカの金融企業は6社で10%、中国の金融企業は、6社で43%を構成しています。

なお、日本の1社は、トヨタ自動車で、金融企業は入っていません。

 

中国以外の金融企業

7 バークシャー・ハサウェイ

19 JPモルガン・チェース

33 バンク・オブ・アメリカ

73 ウェルズ・ファーゴ

80 カナダロイヤル銀行(カナダ)

85 モルガン・スタンレー

86 HSB(イギリス)

89 AIA(香港)

95 チャールズ・シュワブ

98 トロント・ドミニオン銀行(カナダ)

 

中国の金融企業

34 中国工商銀行

53 中国建設銀行

62 招商銀行

66 中国農業銀行

81 中国銀行

91 中国平安保険

 

10)弱点の克服

1989年の世界の企業ランキング50社のうち32社は日本企業でした。

金融企業だけで14社入っています。

もちろん、バブルの崩壊によって、ランク落ちする企業がふえるのですが、銀行について言えば、土地以外に投資するノウハウをもっていなかったこと、リスク管理ができなかったことが、ランク落ちの主原因です。

それから、30年以上がすぎましたが、銀行は依然として、土地に代わる投資のノウハウをもっていません。証券会社も同じで、金融工学にもとづく、金融商品を開発すれば、利益があがるはずです。外国企業の金融商品を紹介するだけでは、紹介手数料しか得られませんが、自社で、金融商品を開発すれば、はるかに大きな利益が得られるはずです。

弱点を克服して利益をあげることは企業経営の基本だと思われますが、「大きな利益が得られる機会(金融工学)」は回避されています。

中国は大きく経済成長しましたので、中国の金融企業と肩を並べることは難しいかもしれませんが、米国、カナダ、英国の金融企業に肩を並べて、ベスト100に入る日本の金融企業があっても不思議ではありません。しかし、そのような「大きな利益が得られる機会」は回避されています。

高校には、自分は数学がきらいだから、金融工学には、近づかない学生もいます。

しかし、金融企業は株式会社ですから、社員や幹部が、自分は数学がきらいだから、金融商品を開発しないなどということが許されるはずはありません。米国のIT企業より高い給与を設定すれば、数学が好きな、金融商品を開発できる人材をスカウトできます。そうして、自前の金融商品を開発していれば、日本の金融機関が、ベスト100に、1つくらいは入っていたはずです。

 

今回の最初の質問は次です。

疑問:日本企業は、どうして、経済成長を放棄したのか

これは、金融企業について言えば、次の設問に置き換えることが可能です。

疑問:金融企業は、どうして、金融工学に基づく金融商品を開発しないのか

疑問:金融企業は、どうして、金融工学に基づく、リスク評価に基づく融資をしないのか

 

今回は、ここまでです。

なお、このように考えると経済学の機会費用と心理学の反事実的思考には、共通点が多いことがわかります。

 

引用文献

 

日本企業「退潮」の実態 2016/06 三井物産戦略研究所

https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2016/10/20/160607x_omuraurakawa.pdf

世界株式時価総額ランキング(2022年6月末) トップ100は、アメリカ62社、中国14社、日本は1社のみ

https://lloydy-investment.com/equity-market-cap/

 

平成のはじめとおわり、世界の企業時価総額トップ50を振り返る

https://www.idaten.vc/post/%E5%B9%B3%E6%88%90%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%A8%E3%81%8A%E3%82%8F%E3%82%8A%E3%80%81%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E4%BC%81%E6%A5%AD%E6%99%82%E4%BE%A1%E7%B7%8F%E9%A1%8D%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%9750%E3%82%92%E6%8C%AF%E3%82%8A%E8%BF%94%E3%82%8B

 

野村資本市場クォータリー 2019 Winter

米国大手金融機関の IT 人材確保に向けた施策 竹下 智

http://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2019/2019win03web.pdf