メタバースとマルチワールド(2)帰納と演繹からマルチワールドへ

科学の限界

メタバースについて、分析する前に、IT関係者の世界観を分析しておきます。 それは、メタバースが、ゲームの延長のお遊びのようにマスコミで扱われることが多いからです。 20世紀は、科学の世紀で、それまでの宗教の占めていた役割の一部までを科学が占めました。 科学は、帰納法で、法則を探して、演繹法で、その法則を活用するというモデルです。典型は、物理学です。 ここには2つの前提があります。

1)世界には、まだ、見つかっていない隠された法則がある 2)データを保存し、処理する能力(メモリーと演算処理)には限界がある

1)は、信念で、キリスト教などの一神教の影響が強いと言われています。 2)は、人間には、寿命がありますので、人間を対象にする限りは、明白な事実です。しかし、コンピュータの出現とムーアの法則は、この制約を大きく緩和しました。

前提ではありませんが、1)2)から、

3)メモリーと演算処理に限界がある以上、情報を少ないビットに集約できる科学は有効な方法論である

が、導かれます。

科学の法則は、if-thenで書くことができます。

1990年代に入って、科学の方法論(機能法と演繹法、仮説と検証)に対する有効性が、疑われます。

1996年には、ホーガンが、「科学の終焉」を出して、科学の方法論の有効性に、疑問を呈しています。

一方では、ニューラルネットワーク(NN)という因果モデルに依存しない推論方法が出てきて、科学者は、その取り扱いに困惑します。

いうまでもなく、現在のAIの進歩は、NNや、機械学習に支えられていますが、この方法論は、科学の仮説と検証の方法論ではありません。

筆者は、科学的な方法論が行き詰まった原因は、オブジェクト・ヒストリカル&アーティフィッシャルにあると考えていますが、この話題は、別の機会に譲り、ここでは取り扱わないことにします。

現在のAIなどのITが、科学的な方法論とは別の方法論、つまり、世界観に依存しているので、この点を掘り下げてみます。

アルファ碁の世界観

AIの能力を示す例に、アルファ碁が取り上げられますが、今回は、マルチワールドの視点から、アルファ碁を考えてみます。

アルファ碁は、手筋を推論します。手筋は、複数ありますので、これは、マルチワールドの例になります。アルファ碁は、マルチワールドの中から、最適と思われるワールドを選択します。

しかし、これは、if-thenルールで考えると、かなり難しい選択です。

終結果の手筋まで、全て読み切れるのは、終盤戦に入ってからです。序盤戦では、そこまでの手筋は読み切れないので、かなり、曖昧な評価関数を使うことになります。実際には、評価関数も、機械学習で処理します。

従来の科学は、仮説と検証の枠組を主張しますが、そのような単純なモデルは、アルファ碁は使っていませんし、使えないことがわかります。

マルチワールドを作ることは簡単ですが、ベストなワールドを選択することは容易ではありません。

こうした場合、人間はヒューリスティックに逃げ込むことが多いですが、それでは、碁に勝てません。

アルファ碁が動いている世界は、コンピュータの中の世界ですから、メタバースの1種です。

アルファ碁は、メタバースから、リアルワールドに手順を送信していると考えることもできますし、碁そのものが、リアルの世界に存在しないと考えることもできます。

これは、チューリングマシンと同じ思考をすればわかります。

碁の対戦が行われたとして、その対局のデータから、対局が、リアルワールドで、行われたか、メタバースで行われたかを判定できる方法は、ありません。

インスタグラムの世界観

現在の写真の流通の9割以上は、インスタグラムなどのネット上で行われています。

わずか、20年前には、写真は、カメラ、フィルム、印画紙のような、リアルワールドの上に存在していました。

現在、スマホで写真をとって、インスタグラムにアップして、写真を見るのであれば、これは、センサーが電気信号を生み出した時点から、写真は、全て、コンピュータとクラウド上にあります。

あなたが、インスタグラムをみていることは、マルチワールドを見ていることになります。 もちろん、NFT(Non-Fungible Tokens:非代替性トークン)を使えば、シングルワールドをつくることもできます。しかし、NFTは、計算機資源を多く使うので、例外的な利用にとどまります。

まとめ

今回の説明は、ここまでにします。インスタグラムとメタバースは、もちろん同じではありませんが、リアルワールドと比べれば、この2者の間の距離は、隣町のように、非常に近いところにあります。

IT技術者は、リアルワールドではなく、マルチワールドで、活動しています。ゲームのプレーヤーではありませんが、ゲーム作成中毒者と見ることもできます。

IT技術者は、NFTが例外であるといった、リアルの世界で、活動している人には、一見すると、理解しがたい世界観の中で、活動しています。

なお、ここでは、マルチワールドの是非は論じません。

ビョンチョル・ハン(Byung-Chul Han)が、「疲労社会(Müdigkeitsgesellschaft、The Burnout Society)」で主張しているように、リアルワールドとマルチワールドを取り違えると、社会問題が発生するという主張が適切かもしれませんし、混乱を避ける何らかの対策も、あるのかも知れません。

 

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