14)形而上学の課題
14-1)パースとスノーと鄧小平の見解
パースは、「ブリーフの固定化法」で、ブリーフの固定化には、「固執の方法、権威の方法、形而上学、科学の方法」の4つの方法があり、エビデンスによる検証を伴う科学の方法以外の3つの方法はパフォーマンスが劣ると主張しました。
エビデンスによる検証を伴わない「固執の方法、権威の方法、形而上学」は、重複している部分もあり、厳密な線引きはできません。とくに、権威の方法と形而上学の識別は困難です。以下では、この3つの代表として、形而上学を扱います。
こうすると、「ブリーフの固定化法」は、エビデンスによる検証を伴わない形而上学を使うか、エビデンスによる検証を伴う科学の方法を使うかという選択問題に集約されます。
あるいは、「ブリーフの固定化法」は、エビデンスによる検証を伴わない人文的文化を使うか、エビデンスによる検証を伴う科学的文化を使うかという選択問題に書き換えることが可能です。
スノーは、1959年に「二つの文化と科学革命」で、経済発展は、人文的文化ではできないので、科学的文化のエンジニア教育を拡充しなければダメだといいました。
鄧小平は、「猫理論」の中で、経済発展のためには、イデオロギーを捨てて、生産性の向上をはからなければならないと主張しました。
これはパース流に書き換えれば、経済を発展させる「ブリーフの固定化法」は、形而上学(イデオロギー、人文的文化)ではなく、科学の方法(エビデンスに基づく生産性の向上)であるという主張に対応します。
形而上学(人文的文化)は、実験による検証を行いません。つまり、エビデンスから切り離されています。
「数百年の時間を経過して、生き残った真実」が人文的文化であると主張する人もいます。しかし、その数百年の時間の間にエビデンスは変化していますので、「数百年の時間を経過して、生き残った真実」とは、その知識が、リアルワールドのエビデンスとは切り離された形而上学であることを示しています。
簡単に言えば、人文的文化をブリーフの固定化法に使っても「白黒がつかない」か、「使い物にならない」ので、「数百年の時間を経過して、生き残った真実」に昇華したと考えられます。
14-2)形而上学と生産性
ブリーフの固定化法に、人文的文化を使えば、生産性があがらす、企業の収益は減少し、GDPは増えません。
これを理解するには、パースとスノーと鄧小平の見解は不要です。
例をあげます。企業の生産を表わす数学モデルをつくります。
モデルの目的は、生産性(結果)を最大化するパラメータ(原因)を検索すること(ブリーフの固定化法)です。
科学的文化では、次の様になります。
モデルが複雑になると、解析的には解けませんが、数値的には、生産性(結果)を最大化するパラメータ(原因)の最適解(ブリーフの固定化)が得られます。
人文的文化では次の様になります。
このモデルのパラメータを人文的文化で設定した場合に、どのようなパラメータ選択(ブリーフの固定化)がなされるかわかりませんが、最適解とは異なるパラメータ(原因)が選ばれます。
厳密にいうと、最適解が選ばれる確率はゼロではありませんが、無視できるほど小さいです。
数学的には、最適解以外のパラメータでは、生産性がより小さくなり、経済成長が阻害されます。
14-3)科学の方法と差分
最適化問題で、目的値(結果)が、Y=Zであったとします。現在(x,y)にある場合、偏差ReZ=Z-yです。この偏差ReZを最少化するXを探索します。
最適化を求めるために、XとYの微分をつかって、最短経路を探索します。
現在の位置はが、(x1,y1)のときの残ReZ(x1)=Z-y1とします。
位置を、(x2,y2),(x3,y3),..と移動すると、残差ReZ(x2),ReZ(x3),..がもとまります。
ここで、ReZ(x1) > Rez(x2) > ReZ(x3),..と残差が減少するルートを探します。
つまり、目的地Y=Zと現在の位置Y=ynの偏差ReZ(xn)を常に計算して、残差が減少する方向を探します。
このように、科学の方法では、残差を減少させて、問題が無視できるほど小さくなる方向を目指します。
現実世界を表わす複雑なモデルでは、解析解は求まりませんので、数値解による漸近的な解法を使います。他の方法はありません。
14-4)形而上学の副作用
人文的文化(形而上学)では、リアルワールドのエビデンスは目標になりません。
日銀は、10年近く、インフレ率2%を目標に掲げていました。目標が達成できない責任を取ることはありませんでした。
インフレ率(結果)は、金融政策(原因1)だけでなく、円安(原因2)、戦争による国際物価価格の高騰(原因3)によっても、変わります。
目標インフレ率2%は、これらの原因のうち、金融政策(原因1)の寄与分を指すはずです。
これは、データサイエンスの基本です。しかし、実際のインフレ率のうち、金融政策(原因1)の寄与分の推定値は公開されませんでした。
つまり、目標インフレ率2%は、エビデンスで評価できる科学の方法の数字ではなく、形而上学の人文的文化の数字であったことがわかります。
猫理論は、経済成長は、生産性を向上させれば、達成できると主張します。
インフレで経済成長するのは、猫理論に反します。
しかし、猫理論も科学の理論なので、Casual Universeが異なれば、通用しない可能性があります。
問題は、どちらが正しいかではなく、エビデンスが、インフレ経済成長理論と猫理論のどちらを支持しているかを検証することです。
こうした検証がなされませんでしたので、日銀の金融政策は、Casual Universeをハックして、教科書から都合の良い理論をピックアップする形而上学であったといえます。
これは、官僚が責任をとる必要のない無謬主義の仕組みです。
猫理論は、形而上学(イデオロギー)では、経済成長はないと主張します。
経済成長の問題以外に、形而上学の副作用は広範に及びます。
使われないダム、道路、鉄道を建設すれば、財政赤字をふやし、経済が停滞するだけでなく、環境破壊が進みます。
ブリーフの固定化法が形而上学である限り、環境破壊を防止するメカニズムは働きません。
ジェンダー差別、正規・非正規の差別などの人権問題も、ブリーフの固定化法が形而上学である限り、これを防止するメカニズムは働きません。
婚姻率の低下、新生児人口の減少など少子化問題も、ブリーフの固定化法が形而上学である限り、これを防止するメカニズムは働きません。
つまり、過去30年変わらない日本といわれ続けてきましたが、ブリーフの固定化法が形而上学である限り、そこには、リアルワールドに介入して、変化させるメカニズムがありませので、変わると期待することは間違いです。
簡単にいえば、ブリーフの固定化法が、リアルワールドとの断絶がある形而上学である限り、ブリーフは、リアルワールドの変化を起こさないメカニズムになっています。
ここでは、これを、形而上学の副作用と呼ぶことにします。
これが理解できれば、変わらない日本の原因は、自明です。
これは、リアルワールドが変化しないという意味ではありません。
婚姻率が下がるといったようにリアルワールドでは変化が起こります。
定常状態で、変化が全くないリアルワールドは、普通は観測されません。
しかし、変化があったことと、その変化の原因がブリーフであった(ブリーフが変化を引き起こした)ということは全く別の問題です。
これは、データサイエンスの初歩のリテラシーですが、人文的文化の人は理解していません。
女性の企業の役員の比率は緩やかに伸びています。このグラフをもとに、次のようなコメントをする人がいます。
(C1)女性の役員の比率は、非常にゆっくりではあるが、伸びているので、時間はかかるが、ジェンダー格差はなくなるだろう。
(C2)政府のジェンダー差別を是正する政策は、効果が出ているが、速度が遅いので、予算を増やして促進する必要がある。
この2つは、因果モデルを無視しているので、科学的には、誤りです。
女性の役員の比率が伸びている原因、あるいは、女性の役員の比率の伸びの障害になっている原因を推測することが因果モデルで考える科学の方法です。
時系列は因果モデルではありません。株価は、一時期上昇しても、上昇し続けることはありません。女性の役員の比率も同様に変化します。トレンドで判断することは間違いです。
「女性の役員の比率が伸びている原因が、政府のジェンダー差別を是正する政策である」は、検証が必要な仮説です。この因果モデルが成立しない場合には、予算増は無駄になります。
このように、人文的文化(形而上学)による判断は、科学的な間違いを引き起こします。
さらには、都合の良いデータだけを、ピックアップする偽装も蔓延しています。
人文的文化(形而上学)によるブリーフの固定化は、リアルワールドの問題を放置していますが、その批判をさけるためのデータ偽装が蔓延しています。