10)リベラルアーツとデザイン思考
リベラルアーツに基づく官僚は、エンジニアリングのデザイン思考ができない事例を説明します。
地方再生:
民間の有識者らで作る「人口戦略会議」は2024年4月24日、全自治体の4割に当たる744自治体で、人口減少が深刻化し、将来的に消滅の可能性が高い「消滅可能性自治体」に該当するとの試算を公表しました。
<< 引用文献
【人口戦略会議・公表資料】『地方自治体「持続可能性」分析レポート』2023/04/24
https://www.hit-north.or.jp/information/2024/04/24/2171/
>>
これ以前には、日本創成会議が2014年に公表したレポートがあります。
地方再生は、1972年以降の自民党の政治の基本プロパガンダです。
田中角栄氏は、地元の新潟の人口の少ない村にトンネルを建設しました。
弱者を助けることが、政治の責任であるという主張です。
この主張は、次の点で間違いです。
第1に、弱者対策には、財源の限界があります。
弱者を助けるための財源は税金ですが、限度があります。
過疎地域の村の納税額では、トンネルは建設できません。
人口周密な都市地域の税金を、過疎地域に移転する必要があります。
過疎地域の面積は、都市地域の面積より遥かに広いので、全ての、過疎地域をこの方法でカバーすることはできません。
全ての過疎地域を救済することは財源の制約上不可能なのです。
その結果、政治献金の額で、税金を投入する過疎地域を選抜する利権の政治が出来上がります。
政治献金よりも、キャッシュバックされる補助金の金額の方が多ければ、お得になりますという政治です。
1990年頃までは、膨大な貿易黒字があり、補助対象の産業は農業だけでした。
つまり財源の制約上全ての過疎地域の救済が不可能である問題が表面化することはありませんでした。
現在は、貿易黒字はなくなり、補助対象の産業は農業に加えて、工業も含まれています。
財源の確保には、消費税増税が必須の状態になっています。
筆者は、消費税を増税してまで、過疎対策をすべきであるとは思いません。
コストのかからない唯一の過疎問題の解決策は、土地利用計画ですが、利権のために、土地利用計画は、骨抜きにされてきました。日本列島改造が典型例です。
第2に、弱者救済では、利用効率の低い経済効果の小さな分野に、税金が投入されるため、経済成長を阻害します。
通過交通の少ない過疎地域に橋をかけるよりも、都市地域の渋滞を解消した方が、経済効果が高いことは自明です。
弱者救済方法の政策には、経済効果がありませんが、経済効果がないことがバレるとまずいので、全ての政策の効果は計測されなくなっています。
第3に、弱者救済の方法では、無駄な支出が止まらず、税負担が増え続けます。
1972年以降、国債のストックは増え続けています。
これは、税収だけでは、費用が不足していることを示しています。
財務省は、均衡財政を主張しますが、経済効率の低い分野に、税金を投入することが政治の使命であると考えている政治家が多いので、無駄な支出を削減できるはずがありません。
税負担は、年功型雇用体系を通じて、若年層に集中しています。
若年層の実質所得が減少して、婚姻率が下がり、出生数が減少しました。
2024年4月28日投票の衆院補選の島根1区の自民党候補は、公共事業の推進や中小企業の後継者確保などの政策を挙げ、「人口減少に対し、政策を打って打って、打ち続けると約束する」と言いました。
公共事業の推進や中小企業の後継者確保などの政策は、経済的合理性を無視した弱者救済政策です。
そのためには、財源が必要になります。
弱者救済政策は、経済成長を阻害するので、税収の自然増は期待できません。
2023年は、一見すると税収の自然増が実現したようにみえますが、これは、円安効果であり、基軸通貨のドル換算でみれば、税収の自然増は認められません。
政治家が、経済成長ではなく、弱者救済が政治の使命であると考える理由は、政治家は法度制度のミームで、経済は市場原理ではなく、中抜き原理でまわっていると考えているからです。これは、リベラルアーツの効果であると思われます。
筆者は、イデオロギーには関心がありません。
市場経済と中抜き経済の違いは、微分方程式のモデルを作って比較すれば、一目瞭然です。
経済成長のために、中抜き原理を支持するエンジニアはいないと思います。
財政で考えれば、「人口減少に対し、政策を打って打って、打ち続ける」ことは、財源確保に、「増税と赤字国債を打って打って、打ち続ける」に対応しています。
すでに、若年層の税金と社会保障費の負担は50%に近くなっています。
今までの若年層の税金と社会保障費の負担が、婚姻率を下げて、出生率の減少につながった可能性があります。
今後、「人口減少に対し、増税と赤字国債を打って打って、打ち続け」れば、更に、人口が減少します。
もちろん、これは、仮説に過ぎないので、間違っている可能性があります。
仮説には、検証が必要です。
しかし、エンジニアリングのデザイン思考では、こうした波及効果を考えない政策の設計はあり得ません。
過去のエンジニアリングでは、自動車の排ガス問題のように、波及効果を無視した設計が行なわれてきました。しかし、一端、排ガスが、設計の要件にリストアップされれば、設計要件(排ガス)を無視した設計はできません。
エンジニアの視点でみれば、政策に設計要件がなく、政策選択の基準が、政治献金と選挙の当選だけに依存する状態は、異常に見えます。
政策効果の測定結果の活用や、費用対効果分析など、政策の設計要件の候補は多数あります。
エンジニアのミームで考えれば、政治家の考えていることは理解不可能です。
リベラルアーツの教育の結果、政治家が、法度制度のミームで、経済は、中抜き原理でまわっていると考えていると仮定すれば、現在起こっている状況を説明できます。
断わっておきますが、弱者救済は必要ですが、それは、経済困難者に、直接、補助金がわたる単純で透明性の高いものにする必要があります。
ガソリン補助金は、トリガー条項を使って、減税することが原則です。
この透明性の高い政策は、政治献金に結びつかないので、採用されませんでした。
建前の弱者救済を目的にした中抜き経済政策の実態は、ピンハネをねらった利権の政治になっています。
建前と実態(本音)を区別する必要があります。
11)デザイン思考の例
世界中に、日本より人口密度の低い国や地方は、いくらでもあります。
人口密度を基準に、地方都市は「最終的には消滅する可能性がある」という条件をあてはめれば、世界中には、消滅した地方都市であふれていることになります。
つまり、地方都市は「最終的には消滅する可能性がある」は間違いです。
それでは、世界の地方都市は、どうして、存続しているのでしょうか。
世界の地方都市が、存続する理由は、税収に見合った土地利用計画とサービス水準の設定です。
この2つが公共サービスのデザインの基本です。
土地利用計画は、サービス対象の選定に相当します。
災害対策を行なう場合には、対象エリアを限定することで、コストの削減ができます。
過疎地域では、今度、上水道が維持不可能で、給水車で、上水道サービスを行なう計画がでています。
これは、土地利用計画の失敗例です。
居住地域を集中させることができれば、上水道のコストは下げられます。
「給水車で、上水道サービスを行なう計画」は、今までの上水道、広く言えば土地利用の計画が失敗であったことを意味しています。
デザイン思考の欠如が問題の原因にあります。
地方都市が「最終的には消滅する可能性がある」という表現には、問題が発生した原因を特定して、原因を取り除くことで、問題を解決するというデザイン思考のプロセスが含まれていません。
ここには、科学の因果モデルがありません。
税収に見合った対象の限定とサービス水準の設定が政策デザインの基本です。
コストを下げてサービス水準をあげる手法には、DXがあります。
DXの内容は、「コストを下げてサービス水準をあげる」という政策デザインの基本要件を満たしている必要があります。
マイナンバーカードがこの要件を満たしていなければ、マイナンバーカードは、DXになっていないと判断できます。
日本には、年金問題、教育問題、医療費問題、環境問題など、問題が提示されて長い時間が経過しているにもかかわらず、解決の目処が立っていない問題が多数存在します。
「コストを下げてサービス水準をあげる」という政策デザインの基本要件は、これらの課題に共通する解決策です。
解決の目処が立っていないこれらの問題に共通する点は、「消滅可能性自治体」を提案する専門家と同じように、専門家は、因果モデルによるデザイン思考をしていない(あるいは、できない)という事実です。
税収に見合った対象の限定とサービス水準の設定が政策デザインを無視した問題解決はあり得ません。
現在の専門家は、リベラルアーツの人文科学や経験主義のアプローチをとっていますが、デザイン思考のエンジニアリングアプローチをとらない限り、問題解決は不可能です。
そう断言できる理由は、エンジニアリングは問題を解決する手法として、学問を作りあげてきた点にあります。
エンジニアリングが他の学問と異なる点は、最初に、解決すべき問題を設定して、それに合わせて、利用可能なツールをかき集める手順です。
同じ自然科学でも、実用上、理学部が工学部の後塵を拝する理由はここにあります。