科学は、実験によって進歩しました。
実験とは、因果モデルの原因以外のパラメータを揃えて、原因パラメータだけを変化させることで、因果モデルを検証する手法です。
実験は、対象が実験室におさまるサイズであれば、実施可能ですが、対象が大きく、広範にわたる場合には、実施は不可能です。
かつて、実験が不可能な対象は、経験科学の独壇場でした。
データを集めて、データから法則性を見つける帰納法が主な研究手法です。
帰納法は、仮説をつくる方法としては、非効率です。
また、帰納法には、仮説の検証能力はありません。
帰納法が仮説をつくる方法として、非効率である理由には、デザイン思考ができない点があげられます。
TSMCの成功には、デザイン思考でビジネスモデルを構築した点があげられます。
TSMCは現在のビジネスモデルの構築に10年以上をかけています。
これは、プロ野球のチームを例に考えれば理解しやすいと思います。
データから、勝率の高いチームの法則を帰納法で求めることができます。
しかし、帰納法で、勝率の高いチーム作成の法則を求めている監督はいないと思います。
セイバーメトリクスは基本的に、チームが出来たあとの分析です。
チームの能力、選手個人の能力、チームプレイの能力、監督の作戦能力、選手の健康状態を維持するサポートチームの能力、能力の高い選手をスカウトする資金力、資金を得る営業能力に分けられます。
これだけ、多くのパラメータが作用している場合には、帰納法による法則を使うことはできません。
しかし、デザイン思考で、因果モデルを考えれば、上記のパラメータ(原因)の1つが書けても、成果(結果、高い勝率)が出せないことは自明です。
この推論は、結果から原因を推定するアブダクションになっています。
アブダクションは、科学(エンジニアリング)の基本的な推論です。
プロ野球のチームを考えれば、ドリームチームを作るためには、時間が必要です。
政府の産業育成プロジェクトは、悉く失敗しています。
その理由は、結果から原因を推定するアブダクションで考えれば自明です。
プロ野球のチームの能力は、選手個人の能力、チームプレイの能力、監督の作戦能力、選手の健康状態を維持するサポートチームの能力、能力の高い選手をスカウトする資金力、資金を得る営業能力に分けられます。
同様の企業の競争力も、複数の要因に分解することができます。
プロ野球のチームの能力では、選手個人の能力の影響が、勝率をあげるもっと大きな原因です。
同様の企業の競争力で、高度人材の能力の影響が、競争力をあげるもっと大きな原因です。
企業の成長のためには、技術と投資と人材が必要ですが、人材があれば、あとの2つは補填が可能です。一方、人材は、補填がききません。
ほどほどの賃金であつめた人材では、競争力のある企業は作れません。
人材には、スキルに見合ったジョブと給与が必要です。
人材育成には、教育が大切です。特に、高度人材のエンジニア教育が基本になります。
これは、1959年に、スノーが「2つの文化と科学革命」で論じた点です。
1990年以降、エンジニアリングに特化した大学は、シンガポール、香港、中国で建設され、大学ランキングの常連になっています。
ほどほどの賃金であつめた人材で、競争力のある企業が作れるのであれば、プロ野球のチームは、年功型雇用で、経験値を中心にレギュラーを選抜しているはずです。
そんな馬鹿なプロ野球チームはありませんが、そんな馬鹿な経営をしている日本企業が多くあります。
ビジネスは、プロ野球と大きく異なり、成功する企業のルールは変化します。
将来のルール変更を見越して、ビジネスを進める必要があります。
TSMCの成功は、ビジネスルールの変更を予測して、的中させた点にあります。
2024年現在、TSMCが成功したビジネスルールを模倣することはできますが、模倣が完了した5年後には、ビジネスルールは変わっているはずです。
湯川鶴章氏は、生成AIビジネスについて、次のように発言しています。
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そう遠くない将来に、どこかのスタートアップがチャット型AIの新たなマネタイズの仕組みを見つけ出すことだろう。その仕組みを思いついた人が今回も、「大金持ち」になるのは間違いないだろう。
>
<< 引用文献
生成AIでネット広告はどう変わるのか 2024/04/25 Newsweek 湯川鶴章
https://www.newsweekjapan.jp/yukawa/2024/04/ai-22.php
>>
「チャット型AIの新たなマネタイズの仕組み」のデザイン思考ができれば、「大金持ち」になるのは間違いないといえます。
帰納法(前例主義)を使えば、このようなチャンスを逃すことになります。
2024年4月26日に、NTTドコモは、前田義晃副社長(54)を社長に昇格させる人事を公開しています。マスコミは、前田氏はリクルートからの転職組で、NTT グループ生え抜き以外の社長就任は初めてであると報道しています。
この報道(リクルートからの転職組で、NTT グループ生え抜き以外の社長就任は初めて)は、大企業社長人事が、いまだに、法度制度に基づいていることを示しています。
あるいは、マスコミが、企業の人事は、法度制度で行なわれて当然であると判断していることを示しています。
プロ野球の、選手個人の能力は、過去3から5年の実績で評価されます。それ以前の活動は評価の対象外になります。
因果モデルで考えれば、社長人事に関係がある実績は、過去3から5年程度前まです。デザイン思考では、それ以上に、経営のデザイン(設計書)をつくる能力を評価する必要があります。
これは、経団連には、年功型雇用企業が多く、法度制度の中抜き経済で経営している経営者が多いことを示しています。
日本で、法度制度を支えている教育は、リベラルアーツです。
1962年に経団連会長の石坂泰三氏は、日本の産業の再編成を図る「特振法」(特定産業振興臨時措置法)を「経済的自由を侵害する統制」「形を変えた官僚統制」として、退けました。
1962年の経団連の判断は、現在の経団連の判断とは異なっていました。
筆者は、その転換点は、1972年の田中内閣の成立と高度経済成長の終焉にあると考えます。1972年以降、ベンチャー企業が育たなくなっています。
思想信仰の自由があるので、法度制度で考える人がいることは問題ではありません。
問題は、マスコミのような発言者が、法度制度のミームに支配されていて科学的な思考がストップしているという認識がなくなっている点にあります。
ここまで来れば、一億総玉砕の特攻の再現が、目の前にあります。
10)STEAM教育
アブダクションは、科学(エンジニアリング)の基本的な推論ですが、例外的に、リベラルアーツのなかで、アブダクションを使っている分野にアートがあります。
STEM教育が、STEAM教育になり、アートが加えられる理由は、ここにあります。
ただし、日本のアートは新しいものを否定して、権威主義に走っていますので、STEAM教育のアートには、該当しません。
良い作品をつくるためには、帰納法や経験は不要です。
STEAM教育のARTは、良い作品をつくるためのアブダクションです。
Z世代が選ぶ!!「将来役に立たないと思う教科TOP10」の1位は「音楽」で、2位は「図画工作」でした。
<< 引用文献
【Simejiランキング】Z世代が選ぶ!!「将来役に立たないと思う教科TOP10」2024/03/13 バイドゥ株式会社
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000809.000006410.html
>>
図画工作には次のコメントがあります。
<
「工作をする職業があまり少ない」
「何かを作るのは想像力は広がるがあまり役に立たないと思う」
「芸術家になる以外で使う事があまりない気がする」
「普段生活していく中で、特に物を作らない」
「何かを作るよりかはPCとかで仕事する」
「IT企業に務めたい」
「材料を買わないといけないときがある」
「作っても捨てるだけ」
>
これは、「図画工作」がアブダクションに対応していないことを示しています。
「図画工作」が、良い作品をつくるためのアブダクションであれば、最終的な目的はデジタルアートになります。
ゴッホのように油絵を書いて、生活することは不可能です。
ゴッホですら油絵はうれず、油絵では生活はできませんでした。
一方では、デジタルアートのマーケットは大きいです。
最近では、生成AIも良い作品をつくるためのツールとして使いこなす必要があります。
画像処理には、色彩理論の理解が不可欠ですが、「図画工作」では、体系的な教育はなされていません。
アブダクションを目指すアートは最終的には、画像処理やGISのソフトウェア、生成AIによる作品の製作につながります。
MITのメディアラボをイメージすれば、何が必要かわかります。
「図画工作」で、アブダクションを目指すアート教育ができる人材は少ないです。
コメントに、「作っても捨てるだけ」という指摘がありました。
デジタルアートは、コピーも、再利用も可能です。
9)介入と帰納法
かつて、実験が不可能な対象は、経験科学の独壇場でした。
対象が大きく、広範にわたる場合には、実施は不可能だからです。
現在のデータサイエンスでは、この制約が緩和されています。
第1は、実験計画法です。
実験とは、因果モデルの原因以外のパラメータを揃えて、原因パラメータだけを変化させることで、因果モデルを検証する手法です。
実験室の外では、原因以外のパラメータを揃えることは不可能です。
実験計画法では、原因以外のパラメータを揃えることを放棄します。
代わりに、原因以外のパラメータは、乱数になるように、実験を計画します。
実験計画法とは、原因以外のパラメータをランダム化することで、屋外でも実験を可能にする計画手法です。
実験計画法は非常に強力な手法ですが、原因以外のパラメータをランダム化するためには、膨大なコストがかかります。
現在のデータサイエンスでは、実験計画法の代替手法として、介入と傾向スコアが使われています。
ここでは、介入の概念を説明します。
円相場は2024年4月27日早朝の外国為替市場で1ドル=158円40銭台まで下落し、約34年ぶりの安値を更新しました。
これに対する対策は、為替介入または、利上げです。
外国為替市場の為替レート(結果)の原因は、金利差と将来の経済見通し(経済のファンダメンタル)です。
為替介入は、因果モデルには関係がないので、効果は一時的です。
つまり、利上げ以外の解決策はありません。
以下では、利上げを介入として取り扱います。
さて、ここで仮に、日銀が利上げしたと仮定します。
その結果、為替レート(結果)は変動します。
しかし、為替レート(結果)を決定する要因は、金利差と将来の経済見通しの2つです。
将来の経済見通しの中には、ウクライナ戦争も含まれます。
戦争の状況は、資源価格に大きな影響を与えます。
将来の経済見通しに資源価格が与える影響は、国によって、異なります。
つまり、ウクライナ戦争の戦況が大きく変化すれば、為替レートが変化します。
日銀が利上げした日に、ウクライナ戦争の戦況が大きく変化すれば、為替レートの変化の原因には、「日銀の利上げ」と「ウクライナ戦争の戦況の変化」の2つが、寄与していることになります。
「日銀の利上げ(原因)」で、「為替レートが変動(結果)」するというモデルでは、「ウクライナ戦争の戦況の変化」はないことが暗黙の了解になっています。
「ウクライナ戦争の戦況の変化」がないことは、実験計画法の「原因以外のパラメータは、乱数になるように、実験を設計する」ことに対応しています。
「ウクライナ戦争の戦況の変化」は、日本政府や日銀が制御可能なパラメータではありません。
しかし、「日銀の利上げ(原因、介入)」のイベントにかかる時間は、数秒です。この数秒の原因の変化に対して、為替レートは数時間で変動します。
このように変化が短時間に起こる場合、「ウクライナ戦争の戦況の変化」のようなもうひとつの原因が同時に発生する確率は、非常に小さいと判断できます。
介入のアイデアをまとめます。
想定する原因の変化が非常に短時間に発生する場合、想定外の原因が同時に起って、結果に影響を与える確率は小さいと推定してよい。
介入によって変化が起きた時の前後のデータを使えば、因果モデルの検証は、可能です。
それ以外の時期のデータは、想定する原因の変化の影響を受けています。
それ以外の時期のデータには、コンタミネーションが多すぎて分析は不可能です。
公共事業で、河川に橋をかけたとします。
橋には、交通の時短効果があります。
橋の開通の前後の短期のデータからは、橋の公共投資の効果を分析できます。
しかし、橋の開通以降のデータから、橋の公共投資の効果を分離することはできません。
現在のルールでは、公共事業の効果を追跡確認する科学的に無駄な委員会が開かれています。
これは、官僚がリベラルアーツの帰納法の間違いを繰り返しているためです。
人口が減少すれば、自動車の台数が減って、橋の通過交通量は減少します。
橋の通過交通量の減少は、橋の設計や施工とは関係がありません。
人口が減少する場合には、土地利用と交通体系を再編するデザイン思考が必要です。
公共事業の効果を追跡確認する委員会は、無駄です。
リベラルアーツに基づく官僚は、エンジニアリングのデザイン思考ができません。