トリクルダウン効果はあるか(4)

平等性の維持システムの問題

ソ連と中国の共産主義生産体制は、その非効率さのために、中止に追い込まれます。典型的な事例は共同農場で、ノルマを中心にした割り当て生産は、生産性の低下をまねきます。中止の結果、平等性はなくなり、貧富の差が拡大します。

一方、日本では、1990年頃には、1億総中流などといわれ、一人当たりGDPの増加と、貧富の差の解消を同時に達成します。つまり、平等性の達成が、仮に、トリクルダウン効果によって引き起こされたものであれば、最も成功したトリクルダウンといえそうです。

しかし、筆者は、1990年頃の平等性は、トリクルダウン効果によって生じたものではないと考えています。というのは、日本以外の国では、経済成長によって貧富の差が減少した事例はないと思われるからです。貧富の差の拡大については、ピケティが広範な研究を行いました。その結果、貧富の差は、基本的には常に拡大していることが示されました。例外は、戦時経済が間に入った場合だけです。総力戦の戦争では、国民全体が戦争に参加する必要があります。兵隊を募集するためには、貧富の差が小さく、皆が、同じ国民であるという意識を共有できる必要があります。このために、戦時経済では、貧富の差が減少します。

日本でも、2000年以降は、派遣社員が合法になり、正社員以外の非正規雇用が拡大します。この傾向は、最近の安倍政権下でも継続していました。その結果、貧富の差が拡大します。非正規社員の拡大は、正規社員というムラの中での平等性は維持しますが、労働者を正規と、非正規の2つの身分に分断します。

非正規社員の拡大は結果としては、コモデティの生産を継続して、延命します。その結果、新しいトリクルダウンの芽が育ちません。こうして年功序列というムラの平等性の維持システムが延命されますが、その結果、国際的なIT化に取り残されます。そして、2015年くらいから、業績給が導入され始めます。その後は、少子化と高齢者の退職により、人手不足になり、非正規社員の正規化をするところがでてきます。

今年に入って、コロナウィルスの影響で、解雇や早期退職が増加しています。コロナウィルスは、年功序列賃金体系の崩壊を早めたと思われます。

年功序列は、専門に関係なくローテンションで転勤します。つまり、採用されて最初の内は、ポストは平等に回すのです。この場合、ポストはコモンズです。共産主義では失敗したコモンズが生きていてある程度成功しました。その理由は業務内容の難易度が正規分布をしていたためと思われます。正規分布の場合には、平均を引き上げることで、全体の効率性の向上が期待できます。一方、売れる漫画の作者の仕事の難易度は、非対称分布で、平均値は有効な代表値にはなりません。この場合には、人事ローテーションといった伸びる芽をつむ人事管理は破壊的な効果を生み出します。これが多くの日本企業が現在置かれている状況です。

それでは、どこからコモンズがきたのでしょうか。年功序列賃金は野口悠紀雄の研究によって、戦時体制の中でひろまったことが確認されています。しかし、広まる前から、このシステムはあったようにも思われます。筆者は、この由来は江戸時代の村請負制度に由来すると考えています。こう考えると、年功序列賃金の崩壊は、文化的に、あるいは、社会制度からみて、大きなエポックメーキングになると思われます。

まとめます。日本の場合には平等性の維持システムが、トリクルダウンの構造の大きなバイアスをかけたと思われます。そして、産業構造の転換を行うためには、この平等性の維持システムが取り払われることが必要であり、現在は、コロナウィルスによって、その転換が加速しつつあると考えます。