オランダ病を理解する(2)

1)「西洋の敗北」

 

トッド氏の「西洋の敗北」は、アメリカの覇権システムに対応する西洋(大国レベルでは、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、日本)を対象にしています。

 

一方、トッド氏は、<日本は、「敗北する西洋」の一部>であるかという疑問を提示しています。

 

これは、アメリカの覇権システムに対応する西洋が、コア(アメリカ、イギリス、フランス)と周辺(イタリア、ドイツ、日本)にわかれるためです。

 

周辺が、コアの影響をどれだけうけているか、コアと独立した活動がどれだけできるかで、、周辺への「西洋の敗北」の公式のあてはまり度合がきまります。

 

とはいえ、「西洋の敗北」で、「アメリカ」を「日本」に置き換えても、通用する事例が非常に多いです。

 

80%ぐらいは、「西洋の敗北」の「アメリカ」は「日本」に代替可能です。

 

これは、考えてみれば当然のことです。

 

経済学者の多くは、アメリカの経済理論を日本に当てはめます。

 

ここには、2つの間違いがあります。

 

第1に、アメリカの経済理論は、部分的に正しい理論で、部分的に間違っています。

 

アメリカの経済理論は、物理法則のように検証されていません。

 

これは、アメリカの経済理論が、部分的な間違いを抱えていることを示しています。

 

物理学をつかってロケットを発射させるときには、科学者の意見は一致します。

 

ズレがあった場合でも、実験をおこなってパラメータを求め直せば、意見は一致します。

 

経済学では、このような検証ができず、意見は一致しません。

 

日本人は、権威が好きですから、ノーベル経済学賞をもらった部分的に違った理論(部分的に正しい理論)を信奉します。

 

あるいは、アメリカで流行の経済学の理論を使いたがります。

 

これは、日本の経済学者が、「西洋の敗北」のアメリカ病の強力な伝染経路を維持していることになります。

 

第2は、経済学には、因果モデルのエビデンスがないという問題があります。

 

実証分析は、相関係数の検証であり、交絡因子の排除が不十分で、実証分析には、原因と結果の向きがありません。

 

パール流にいえば、do演算子という数的言語をつかわないので、経済学は、因果の検討ができないのです。

 

「インフレ期待が経済を成長させるのは、経済が成長するからインフレになるのか、」は、因果推論モデルでは、原因と結果が異なるので、まったく、異なる理論になります。

 

一方、経済学は、do演算子という数的言語をつかわないので、この2つの区別ができません。

 

アメリカの政策を日本に導入するには、交絡因子を点検する必要があります。

 

2004年改正では、国民年金及び厚生年金の年金財政の枠組みにおいて、自動的に給付と負担のバランスを図る仕組みとして、マクロ経済スライドが導入されました。

 

これによって、将来の年金が確実に減ることを政府が保証したことになります。

 

高齢化の進んでいる秋田県所得税申告者のうち「雑所得(年金等)」が占める割合は約27%前後になっています。

 

秋田県年金生活者の比率を直接示す統計は公表されていませんが、- 65歳以上の高齢者の割合は39.7%です。 高齢者のみの世帯は36.9%、ひとり暮らしの高齢者世帯は21.0%です。

 

これから、秋田県年金生活者の比率は概ね30から40%程度と推定されます。

 

つまり、秋田県では、「量的・質的金融緩和」の導入の影響は、30%の人には、次のようになります。インフレ期待があれば、将来年金はへり、生活が苦しくなるので、その準備をして、支出を減らします。「量的・質的金融緩和」は、まったく逆に機能するはずです。

 

一方、アメリカの年金生活者の割合は、日本ほど高くありません。マクロ経済スライドもありません。

 

こうした交絡審を無視して、「量的・質的金融緩和」を導入することは、科学の軽視になります。

 

オランダ病モデルでは、セクターを2つにわけて検討します。

 

高齢化した日本でも、勤労世帯と年金世帯にわけたモデルをつくれば、まったく異なった将来予測ができます。

 

インフレをオランダ病モデルで考えれば、勤労世帯の名目の賃金、名目の税収があがります。しかし、年金世帯の所得は急速に目減りします。

 

貧困老人は、餓して死を待つというわけにはなりません。その分のつけは、医療費の増加につながります。政府は、積極的に医療崩壊の原因をつくっていると考えることもできます。

 

アメリカの経済理論を信奉する経済学者は、こうした交絡因子を無視しています。

 

アメリカの経済理論を信奉する経済学者の思考パターンは、エビデンスを無視して、科学を逸脱しています。

 

GCMのようにコンピュータをつかえば、セクター分割は簡単にできます。

 

コンピュータを使わないで推論することは、温暖化予測は1BOXモデルで十分であるという主張と同じで、正気ではありません。

 

2)日銀の思考法

 

黒田前日銀総裁は、インフレ期待で、経済成長すると主張しましたが、その主張の根拠となるアメリカの経済理論は、部分的な間違いを抱えています。do演算子がないので、原因と結果の区別がありません。また、日本に導入する場合に必要な交絡因子の点検がなされていません。

 

黒田前日銀総裁の思考法(推論の方法)を引用します。

 

この4年間の日本の経験は、20世紀前半以降の経済学が示す「期待に働きかける金融政策」の有効性を改めて示すものと言えます。ただ、その政策は日本経済を正しい方向に導くものではありますが、残念ながら、我々のintellectual journeyは、まだ完了していません。消費者物価上昇率は、このところゼロ%程度で推移しており、「物価安定の目標」である2%の達成には、なお距離があります。

 

その主な理由は、「量的・質的金融緩和」の導入によって明確に上昇したインフレ期待が、その後再び低下し、なお弱含みの局面が続いていることにあります(図表9)。我々の分析によると、日本の場合、長年にわたってデフレが続いたこともあって、欧米に比べて、インフレ期待の形成における適合的な要素が依然として強い状況です。その結果、様々な要因で現実の物価上昇率が低下すれば、それ自体は一時的な要因であっても、これに引きずられる形でインフレ期待も低下する傾向があります。

 




<<

「期待」に働きかける金融政策:理論の発展と日本銀行の経験 2017/06/08 黒田東彦

https://www.boj.or.jp/about/press/koen_2017/ko170609a.htm

>>

 

図は、時系列データです。時系列は因果ではありません。

 

パールは、「因果推論の科学」(p.262)で、アメリカの1人あたりのタバコの年間消費量と男性の肺がん死亡者数の時系列グラフを示しています。2つのラインは、横(時間軸)にシフトすればほぼ重なります。しかし、パールは、「時系列は因果関係の証拠としては弱い」といいます。アメリカの1人あたりのタバコの年間消費量と同じような時系列パターンを示すデータ(例えば、自動車の普及率)があれば、肺がんの原因が、タバコ以外にあるという仮説を否定することができないからです。

 

つまり、黒田前日銀総裁の思考法(推論の方法)は、科学的に間違っています。ここには、エビデンスがありません。

 

「西洋の敗北」(p.298)で、トッド氏は、次のようにいいます。(筆者要約)

「経済」とは「育成されて能力を身につけた男女の集合体」のことだ。

 

経済のポテンシャルを評価するには、「生産」からさらに川上の法へ、つまり、モノを生産する「生産者」にまでさかのぼらなければならない。

 

モノやサービスの生産と消費に関する経済指標では、経済のポテンシャルの評価はできない。

 

つまり、トッド氏の主張では、「育成されて能力を身につけた男女の集合体」を表す言語をもたない経済学の理論では、経済成長について、推論ができないはずである(<「期待」に働きかける金融政策>は原理的に間違いである)ことになります。

 

これは、パール流に言えば、経済学のメンタルモデルの限界になります。経済学のメンタルモデルに支配されると、そこにバカの壁が発生して、「育成されて能力を身につけた男女の集合体」は、目に入らなくなります。表現が先で、データ取得は後です。

 

経済学のデータに、「育成されて能力を身につけた男女の集合体」に関する表現を付け加えれば、将来の経済学は、この問題を推論することができるようになります。

 

恐らく、その場合には、経済学と社会学の境は、なくなっているはずです。

 

ただし、サイロ化原則(他の学科には、クレームをつけない。他の学科からのクレームは受け付けない)を使っている総合大学では、このようなボーダーを破壊する研究はタブーになっています。