構造改革とは何だったか(2)

3)財務省の思考方法

 

国民民主党が掲げる「103万円の壁」の引き上げ案。与党側との協議は“打ち切り”となりました。そうした中、国の予算編成に深く関わる財務省に対して不満を持つ人たちが、各地で「財務省解体デモ」を行っています。

 

元財務官僚の森信茂樹氏は次のように言っています。(筆者要約)

 

 

財務省が上」ではないと指摘 他省庁との関係は?

 

 “最強官庁”“官庁の中の官庁”の異名を持つ財務省には、「主計局」、「主税局」、「関税局」、「理財局」、「国際局」があり、その中で、“花形”は主計局と主税局です



 予算・税制を作るにあたって、財務省に対し他の省庁は事業の費用を要求し、それに対して査定を行うのが財務省です。このため、財務省の力が「強い」と言われます。森信氏は<要求側と査定側という(上下)関係は「役目なので、『財務省が上』ではない」>といいます。なお、各省庁と結びつきが深い「族議員」と呼ばれる専門性の高い国会議員と交渉するのも財務省の役割です。

 

「官僚が勝手なことはできない」が…意思決定に取り込まれることも?

 

 財務官僚は政治家より大きな力を持っているのでしょうか。森信氏は「デモでは『選挙で選ばれていない財務官僚が勝手に』と言うが、最終決定権者はあくまで財務大臣。官僚が勝手なことはできない」と強調。現場で実際に動くのは官僚ですが、方針を決めているのは政治家であることから、市民はその政治家に思いを伝える、あるいは、市民の思いを実現してくれる政治家を選ぶという方向に動くべきではないか、という考え方もあるとしています。

 

 財務省設置法・第3条では、財務省の任務の1つとして「健全な財政の確保」を定めています。つまり、財政赤字の状況をチェックするのが仕事です。組織外の政治家との関係について、森信氏は「本来、官僚はシンクタンク(調査・研究機関)」の立場だと前置きしつつ、「『決められない政治』の中で、意思決定のプロセスに取り込まれてしまうことも」あると指摘。ここが財務省批判の1つのポイントではないかと言います。

 

 例えば、政治家同士の話し合いでなかなか決まらない「103万円の壁」協議の中で、財務省は「『恒久財源を7兆円も減らすことはできない』という情報を、大臣や自民党税制調査会とも共有している」と森信氏は指摘します。客観的なデータを示すだけでなく、例えばその先にまで言及すると、財務省として踏み込み過ぎているのではないかという見方があるようです。

 

元財務官僚「忖度せず、専門性で勝負するべき」

 

 そして今、財務省の危機が叫ばれています。2014年、安倍政権時代に「内閣人事局」が設置され、官僚人事に対する官邸の力が増大。その結果、政治家に対する官僚の「忖度」に批判が集まりました。しかし今は、「103万円の壁」の議論をめぐり“逆向き”の財務省批判が強まっています。つまり、「官僚は政治家の言うことを聞きすぎ!」から「政治家は官僚の言うことを聞きすぎ!」へと、批判の向きが変わっているのです。

 

 こうした状況に森信氏は「今の財務省は政治に深入りしすぎていると思う。忖度せず、なおかつ、専門性で勝負するべき」だと言います。

<< 引用文献

財務省解体デモ勃発】元財務官僚「今の財務省は政治に深入りしすぎ」..."決められない政治"の中で意思決定プロセスに取り込まれている!? 2025/03/3 MBSNEWS

https://www.mbs.jp/news/feature/specialist/article/2025/03/105407.shtml

>>

 

MBSNEWの報道には、内容以前の問題があります。

 

財務省解体デモ」のルーツは、森永 卓郎氏と高橋 洋一氏の著書にあります。

 

森永 卓郎 (著) ザイム真理教――それは信者8000万人の巨大カルト (2023)

 

高橋 洋一 (著)「財務省を解体せよ!」(2018)

 

MBSNEWSは、森信茂樹氏に、これらの本の内容の正誤について確認すべきです。

 

そうしないとMBSNEWSの報道は中立ではないことになります。

 

高橋 洋一氏は、財務省には、予算編成権と国税査察権の二つの巨大権限が集中している点が問題であり、歳入庁の設立すべきであると言っています。

 

森信茂樹氏は、この提案に対して答えていません。

 

さて、ここでは、森信氏の発言内容が、財務省の推論の方法であると考えます。

 

この推論には、問題があります。

 

第1点は、ファクトに基づいていないことです。

 

『恒久財源を7兆円も減らすことはできない』という情報は、机上の試算にすぎません。

 

森信氏は、7兆円を「客観的なデータ」と言いますが、7兆円は、計測値ではないので、データ’(ファクト)ではありません。

 

7兆円を確率の期待値であるとすれば、確率分布を考える必要があります。

 

しかし、ここには、統計学の言葉がないので、確率が存在しない世界になっています。

 

また、高橋 洋一氏は、財務省設置法・第3条の解釈に、間違いがあり、7兆円という数字はまやかしであるといいます。

 

財務省設置法・第3条」は、法治主義であって、法の支配に違反しています。

 

この法律は、財務省を対象にしたもので、政府の他の省庁を対象にしていません。

 

財務省設置法・第3条」には、他の省庁の活動を制約するものではありません。

 

「健全な財政の確保」が必要であれば、他の省庁の歳出を制限する法律を作るべきです。

 

これをしないことは、法の支配を逸脱しています。

 

EUも、アメリカも、「健全な財政の確保」に関する法律は、全省庁を対象にしています。

 

極端な解釈をすれば、「健全な財政の確保」ができなければ、この問題は、財務省だけの問題ですから、財務省に問題があるので、解体すればよい(設置法を作りなおすべき)という解釈も可能です。

 

他の省庁は、財務省の巻き添えを食うことはいやなはずですが、<要求側と査定側という(上下)関係(法度体制)があるので、我慢しています。

 

第2に、森信氏の発言内容には、政策の効果が一切出てきません。

 

高橋洋一氏は、予算案修正案をつくった場合の財務省の推論を次のように説明しています。(筆者要約)

財務省には与党と野党との交渉後も令和7年度予算案に計上された予備費1兆円の範囲で修正を抑えたい前提があった。それを超えると国債発行額が増え、特例公債法も変更しないといけないためだ。減額は、国民民主党の年収103万円の壁は、7兆円以上、立憲民主党の予算修正案は、3兆8千億円、日本維新の会の教育無償化は2千億円、公明党の年収103万円の壁は6千億円である。

 

減額の少ない、日本維新の会の教育無償化と公明党の年収103万円の壁で、予算案の修正も1兆円の範囲に収まった。過去の経緯から立民、国民、維新の3野党が協調して、政府・与党に対峙(たいじ)させないように計算した財務省の勝ちのようなものだ。(聞き手 永田岳彦)

<<引用文献

予算案修正案「財務省の勝ち、予備費1兆円以内の枠ありき」 嘉悦大教授・高橋洋一氏 2025/02/28 IZA

https://www.iza.ne.jp/article/20250228-NKHLSPOAV5MZXLF3UH5HTFGDGM/?utm_source=yahoo%20news%20feed&utm_medium=referral&utm_campaign=related_link

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ここにも、政策効果に関する配慮は一切ありません。

 

予算編成とは、政治的な要求のバランスをとる作業に過ぎないと考えています。

 

日本予算は、政策効果を一切考えずに、作成されていることになります。

 

この原理が理解できれば、少子化対策、所得の向上など政策の効果を期待することが間違いであることがわかります。

 

4)財政学の課題

 

高橋 洋一氏は、歳入庁を設立すれば、問題が解決するといいます。

 

しかし、この提案は、法度体制の存在を無視しています。

 

森信氏は<要求側と査定側という(上下)関係は「役目なので、『財務省が上』ではない」>といいます。

 

しかし、法度体制が存在しているという仮説を受け入れるのであれば、「財務省が上ではない」という主張は間違いです。

 

法度体制は、社会組織を上下に隷属関係に組み立てるシステムです。

 

霞が関に法度体制があり、財務省が、最上位にあれば、財務省の行動原理は、法度体制の維持を最優先にするはずです。

 

法度体制を維持するためには、データを無視して、科学を否定する必要があります。

 

そのためには、政策効果を計測することはタブーになっています。

 

野口悠紀雄氏は、「日本の国家資源の配分は、説明がつかないほど不合理な状態に陥っていると考えざるを得ない」といいます。

 

しかし、財務省の行動原理には、国家資源の配分への配慮はありません。

 

英語版のウィキペディア資源配分(Resource allocation)の説明は以下です。

 

なお、日本語版のウィキペディア資源配分の項は、大半が、英語版の翻訳になっています。これは、日本語版が、日本の実態を反映していないことを意味します。

 

資源配分

 

経済学では、資源配分とは、利用可能な資源をさまざまな用途に割り当てることです。経済全体の文脈では、市場や計画など、さまざまな手段で資源を割り当てることができます。

 

プロジェクト管理において、資源割り当てまたは資源管理とは、資源の可用性とプロジェクト時間の両方を考慮しながら、活動とそれらの活動に必要な資源をスケジュールすることです。

 

経済

 

経済学において、財政学の分野は、マクロ経済の安定化、所得と富の分配、資源の配分という 3 つの幅広い分野を扱っています。資源の配分に関する研究の多くは、特定の資源配分メカニズムがパレート効率的な結果、つまりいずれかの当事者の状況を改善すると他方の当事者の状況が損なわれるという結果につながる条件を見つけることに費やされています。

 

戦略計画

戦略計画において、資源配分とは、将来の目標を達成するために、特に短期的に利用可能な資源、例えば人的資源を使用する計画である。これは、さまざまなプロジェクトや事業部門に希少な資源を割り当てるプロセスである。資源配分問題を解決するには、手動アプローチ、アルゴリズムアプローチ(下記参照、ここでは省略) 、または両方の組み合わせを使用して資源を割り当てるなど、さまざまなアプローチがある。

 

計画から除外された項目の優先順位付け、つまり、より多くのリソースが利用可能になった場合にどの項目に資金を提供するかを示すものや、計画に含まれるいくつかの項目の優先順位付け、つまり、総資金を削減しなければならない場合にどの項目を犠牲にするかを示すものなどの緊急時対応メカニズムが存在する可能性がある。

 

日本語版には、次が追加されています。

 

パラグラフの論理で考えれば、「資源配分」のタイトルの後に、書かれている部分が、概要になります。追加部分は、構成を壊している(段落の論理になっている)と思われます。

 

概要

 

ライオネル・ロビンズなど経済学者の中には、経済学は資源配分の問題を解決することが目的であると定義している者も存在する。市場経済が主となる現代では、資源配分の問題は需要と供給による価格変動などといった市場原理のバランスに任せて解決している状態である。これに対して国家の物財バランスに基づいた計画によって配分される状態を計画経済と呼び、社会主義の国で主に採用される。 グローバリズムに伴う貿易自由化の流れは、基本的に効率的な資源配分を促すものであるといわれる。

 

ここで、「戦略計画」の部分が重要です。

 

野口悠紀雄氏は、「1940年体制 ―さらば戦時経済」(1995、増補2002、2010)で次のように論じています。(amzonの内容紹介)

日本型経済システムは日本の長い歴史と文化に根差したものであるがゆえに「変えられない」という運命論を排し、「日本的」と言われているものの多くが「1940年体制的」なものであることを示します。

 

1940年体制の確立として、「企業と金融」「官僚体制」「土地改革」から、高度成長、バブルを経て現在に至る日本の戦後システムの淵源を明らかにすることで、現在の危機状況を示します。

 

増補改訂版にあたり、経済危機後の今日の情勢を踏まえて書き下ろした追加の第11章「経済危機後の1940年体制」では、企業の戦時経済的体質について論じています。

 

つまり、野口悠紀雄氏の見解では、日本の財政は、「マクロ経済の安定化、所得と富の分配、資源の配分という 3 つの幅広い分野を扱わず」に、戦略計画の資源配分をしている可能性が高いことになります。

つまり、野口悠紀雄氏は、「日本の国家資源の配分は、説明がつかないほど不合理な状態に陥っていると考えざるを得ない」といいますが、その原因は、1940年体制にあると考えています。

 

1940年体制は、法度体制と同じです。

 

水林章氏は、法度体制のルーツは、徳川政権に遡ると考えています。

 

脇田晴子氏は、法度体制(天皇制の文化)のルーツは、中世にまで遡ると考えています。

 

法度体制のルーツの見解は違いますが、指し示している内容は、隷属的な上下関係です。

 

脇田晴子氏と水林章氏は、特攻を再び起こさないためには、何が出来るかという視点で、研究を始めています。

 

脇田晴子氏は、文化を変えることは困難であると考えていました。

 

水林章氏は、法度体制は、日本語に組み込まれていて、日本語を使うと、法度体制から逃れることは困難であると考えています。

 

脇田晴子氏と水林章氏は、特攻の再発を回避するという目的をもって研究をしていますので、法度体制を変えることが困難であるからといって、諦めているわけではありません。

 

野口悠紀雄氏は、1940年体制を戦時経済のために、1940年に作られた体制であると考えてます。

 

野口悠紀雄氏は、人工的につくられた体制であれば、人工的に壊すことが可能であると考えていたようにおもわれます。

 

2025年は、1995年の「1940年体制 ―さらば戦時経済」から、30年経っています。

 

この点では、特攻の再現を防ぐためには、法度体制を取り除く必要があるが、その道は険しいと考える脇田晴子氏と水林章氏の予測があてはまってきたと言えます。

 

水林章氏は、徳川時代に、法度体制が出来たと考えています。

 

戦国時代は、下剋上の時代であり、法度体制ではありませんでした。

 

下剋上は、法度体制の用語です。下剋上という用語が使われる時代には、法度体制が損刺したと思われます。

 

日本語版のウィキペディアの「下克上」には次のように書かれています。

下剋上/下克上(げこくじょう)とは、日本史において下位の者が上位の者を政治的・軍事的に打倒して身分秩序(上下関係)を侵し、権力を奪取する行為をさす。

 

日本では、用語としては鎌倉時代から南北朝時代より見られ、鎌倉時代後期から出現した自らの既得権益を守るために権力と戦う悪党や、南北朝時代の社会的風潮であった「ばさら」も下克上の一種とされた。足利尊氏は1336年に制定した幕府の施政方針を示した政綱である「建武式目」にて「ばさら」を禁止している。

 

つまり、脇田晴子氏の「法度体制は、中世(鎌倉時代)に発生した」という解釈が正しいと思われます。

 

ただし、戦国時代のように、法度体制が、極度に弱まった時代もあります。

 

徳川政権は、270年続いたので、もっとも安定した法度体制の構築に成功しています。

 

ですから、水林章氏の「徳川時代に、法度体制が出来た」という主張にも合理性があります。

 

同様に、野口悠紀雄氏の1940年体制としての法度体制の主張にも合理性があります。

 

ただし、GHQが事実上日本を支配していた1945年から1952年の間には、法度体制は弱体化しています。

 

江崎玲於奈氏は、1947年に東京帝国大学を卒業し、川西機械製作所(後の神戸工業株式会社、現在のデンソーテン)に入社、1956年、東京通信工業株式会社(現在のソニー)に移籍しています。

 

江崎氏は、1940年体制の崩壊を目にしたGHQ世代であると考えることも可能です。江崎氏は、1992年、筑波大学学長に就任して、研究の前線を退いています。

 

こう考えると、高度経済成長と安定経済成長は、1940年体制の成果ではなく、GHQ世代の成果であるという仮説も成り立ちます。

 

1990年は、1940年体制(法度体制)世代に対抗するGHQ世代がいなくなった時期に対応しています。

 

1968年から1969年にかけて東大紛争が起きています。これも、法度体制に対抗する政治勢力でした。

 

1972年の安定経済成長期にはいるまでの高度経済成長期には、法度体制が寡占ではありませんでした。

 

1990年以降、法度体制が強化されます。これは、一人当たりGDPが高くなったので、もっと豊かになるよりも、楽をすべきであるという考え、つまり、体制維持が支持されたためです。進歩を止めれば、技術競争には負けてしまいます。

 

1994年の新時代の「日本的経営」は、法度体制の強化を決定づけています。

 

大英帝国は、植民地支配では、インド人を、中間管理職につかっています。

 

フランスは、インドシナ植民地の支配では、ベトナム人を中間管理職につかっています。

 

新時代の「日本的経営」では、エンジニアは、中間管理職になっています。技術開発は、所得に反映されなくなっています。つまり、技術進歩が減速しています。

 

活況に沸く米国、世界の工場として経済発展著しい中国などの狭間で、日本の存在は薄らぎます。2008年1月のダボス会議のセッションの1つのタイトルは"Japan:A Forgotten Power?"でした。つまり、2008年には、日本には、国際的な技術競争力は残っていませんでした。

 

2025年現在、法度体制は、温存していますが、「財務省解体デモ」や、年功型雇用の崩壊のように、以前では考えられなかったレベルでの崩壊が始まっています。

 

法度体制の崩壊は、どこから始まったか。

 

法度体制、言い換えれば、現在の社会システムはどう変わるかを考える必要があります。