1)AI人材の課題
野口悠紀雄氏は、日本のAI研究について、次のように言います、(筆者要約)
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日本はこのままで良いのかどうかを、真剣に考えなければならない。AIが未来の世界を作る最も重要な原動力であることは間違いないからだ。
まずは大学でのAI関連の研究・教育を飛躍的に強化する必要がある。
AI研究は大学の理工学部の中でさして大きな比重を占めているわけではない。工学部では、伝統的な製造業の人材の育成が依然として主たる教育内容になっている。
一方で日本政府は、効果があるかどうか不確かな半導体企業ラピダスに10兆円規模の公的支援を30年度までに行うことを決めている。
日本の国家資源の配分は、説明がつかないほど不合理な状態に陥っていると考えざるを得ない。
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<< 引用文献
AI「トップ100大学」中国49校で日本は“ゼロ”、在米トップ研究者の半数も中国出身者 2025/03/06 DIAMOND 野口悠紀雄
https://diamond.jp/articles/-/360486
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間接的な表現になっていますが、10兆円規模の公的支援をラピダスするよりも、優先順位の高い歳出があるという意見です。
ラピダスへの歳出は、非公共財への歳出であり、教育への歳出は、公共財への歳出です。非公共財への歳出は、産業競争力を低める政府の失敗の原因になります。
経済学の原則では、公共財への支出を、非公共財への支出に優先するべきです。
筆者は、野口悠紀雄氏は、適切な指摘をしていると思いますが、過去の野口悠紀雄氏の指摘をみれば、指摘が政策に反映された例はほとんどありません。
つまり、ファクトを見れば、指摘をする(原因)ことで、政策の軌道修正ができる(結果)という因果関係はありません。
政策の軌道修正をするためには、他の手段(原因)も必要であると考えられます。
2)財務省解体デモ
財務省解体デモについて、ひろゆき氏は、次のように言っています。
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「多分そのあまり頭のよろしくない人って、財務省解体デモというのをすることで社会が良くなると誤解をしてるんですよ。良くなりません」「財務省を変えるのであれば、選挙で政治家が財務省を解体するという法案を作らないと変わりません」
続けて、「なので財務省を解体したいと言っている政治家に投票するか、もしくは『財務省をこう変えるんだ』という政治家に対して投票するべきで、いくら財務省の前で何を叫ぼうとしても無駄です」と主張。
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<< 引用文献
ひろゆき、財務省解体デモは「財務省の前で何を叫ぼうとしても無駄」 「効果のないデモ」に私見 2025/02/28 JCASTニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/1e2f2d053bf8a8f474b93395e39b370ae6b361e3
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これから、野口悠紀雄氏の指摘している「日本の国家資源の配分は、説明がつかないほど不合理な状態に陥っている」問題の解決には、選挙で、「日本の国家資源の配分を適正化する」法案をつくる政治家を選出しなければならないことがわかります。
政治家がかわっても、法度制度が継続すれば、「日本の国家資源の配分を適正化する」法案はできません。
政治家の選択がポイントになります。
逆にいえば、こうした政治家に投票するつもりであるという意思表示をすることが、大切です。
財務省解体デモは、意思表示ではありますが、政治家の候補者には、この方法では、意思が通じないだろうということが、ひろゆき氏の指摘の内容です。
財務省を解体した後に何を作るべきかという意思表示がなければ、立候補する政治家には、アピールしないでしょう。
野口悠紀雄氏のアイデアを借りれば、選挙で、「日本の国家資源の配分を適正化する」法案をつくる政治家を選出して、科学的な政策のできる政府をつくりたいというアピールの方が、デモよりは有効であると思います。
「日本の国家資源の配分を適正化する」ためには、エビデンスに基づく政策選択(EMPM)が必要になります。
つまり、科学に基づく政策選択ができる政治家がポイントになります。
統計学では、RCTがベストであると考えますが、現実には、コストの問題があり、RCTは困難です。
RCTにかわる方法として、因果推論(エビデンスに基づく方法)が提案されています。
因果推論は、RCTと同じように前向き研究になります。
エビデンスに基づく政策選択の原始的な形態は費用対便益(効果)分析です。
費用対便益分析のアイデアには問題がありませんが、このアイデアは厳密には、実施できません。費用対便益は、費用(原因)と効果(便益、結果)の間に、因果関係があることを前提としています。
実は、費用対便益分析は、因果モデルを前提としていますが、その因果モデルは検証されていません。EMPMは、因果モデルの検証を含みますので、この点が大きな違いです。
トンネルを作ると、時間短縮効果があります。費用対便益分析は、この時間短縮効果は、机上の過程の計算です。データを実測して、効果を検証する必要があります。
高額療養費制度を改正した(原因)場合に、医療費の公的負担がいくら節約できる(結果)かは、机上の計算です。
実際に、いくら節約効果があったかは、前向き研究で、変更前後のデータを、バイアスのないようにサンプリングして収集する必要があります。
政府は、今まで、一度も、前向き研究で、変更前後のデータを、バイアスのないようにサンプリングしてきませんでした。これは、政策は全て、エビデンスに、基づいていない(科学を無視している)ことを示しています。
高額療養費制度を改正した場合には、治療を控えることより、寿命とQOLにマイナスの効果(結果)が生じます。このマイナスの効果も計測する必要があります。
高額療養費制度の改正は、医療保険料の減少だけでなく、被保険者が支払う自己負担の増大(結果)を伴います。
医療費の保険支払いを減らしても、被保険者が支払う自己負担が増大すれば、寿命とQOL(生活の質Quality of life)にマイナスの効果は出なくなります。
因果代グラムを使わないで、ここまでの因果関係を整理すれば次になります。
高額療養費制度の改正(原因)=>医療費の公的負担の節約(結果)
改正後の医療費の公的負担(原因)=>寿命とQOLの効果(結果)
高額療養費制度の改正(原因)=>被保険者が支払う自己負担の増大(結果)
被保険者が支払う自己負担の増大(原因)=>寿命とQOLの効果(結果)
つまり、医療費の保険支払いを減らしても、寿命とQOLにマイナスの効果が生じなくとも、その原因が自己負担の増加である場合には、医療費の保険支払いを減らしても、問題がなかったとは言えません。統計学の用語で言えば、交絡因子が無視できないと言えます。
最悪の場合には、医療費の公的負担があまり減らない、被保険者が支払う自己負担が増大する、寿命とQOLにマイナスの効果がでるという組合せもありえます。
政府は、こうしたデータを収集して、公開する必要があります。
政府は、リアルワールドエビデンスを無視しています。
立憲民主党が全面的な凍結を求めている「高額療養費制度」の負担上限額の引き上げについて、石破総理大臣は、2月28日の衆議院予算委員会で、ことし8月からの引き上げは予定どおり行う一方、来年8月以降の制度のあり方については患者団体などの意見も聴いたうえで改めて検討し、ことし秋までに決定する方針を示しました。
政府の説明は、段落の論理になっています。
バックデータと主題とデータを結びつける説明をするつもりはありません。
これは、法度体制を維持するためには、避けるべき内容だからです。
「高額療養費制度」の負担上限額の引き上げは、無謬主義になっています。
お上の言うことは正しいので下位者(国民)はだまって従属することを求めています。
ここには、間違いを訂正するプロセスはありません。
政府は、念仏のように、ひたすらマントラを唱えて、相手(野党と国民)が根負けするのを待っています。
パラグラフの論理でなければ、発言には、データと論理がありませんので、反論することは不可能です。
パラグラフの論理が出て来るまでは、段落の論理では、議論ができないと、議論を拒否するのが、合理的な対応になります。