1)フィリップス曲線
フィリップス曲線は、間違いです。にもかかわらず、世界中の銀行家は、フィリップス曲線を使い続けています。
その理由は何でしょうか。
この理由は、メンタルモデルで説明がつきます。
銀行家は金利を変えた場合に、何が起きるかをメンタルモデルを使って考えます。
頭の中に、フィリップス曲線のメンタルモデルがあれば、金利を変えた場合に、何が起こるかを推論することができます。
フィリップス曲線のメンタルモデルがなければ、金利を変えた場合に、何が起こるかを推論できなくなってしまいます。
金利を変えた場合の推論が出来なければ、銀行家の仕事はできません。
もちろん、フィリップス曲線のメンタルモデルがなければ、仕事ができないのは、顧客が銀行である中央銀行だけです。
顧客が市民である銀行では、フィリップス曲線のメンタルモデルがなくても、困ることはありません。
日本銀行は「しかしながら、各国中央銀行の公表物では、日本銀行も含め、物価決定のメカニズムについては、フィリップス曲線の考え方に基づく記述が中心になっている。フィリップス曲線が疑わしいと言っても、それに代わる有力な物価決定メカニズムが見つかっていない以上、フィリップス曲線のパラダイムから移行することはできない」(前掲)といっています。
これは、「金利を変えた場合に、何が起こるかというメンタルモデルがないとビジネスができない」と置き換えることができます。
しかし、これは、科学の否定になります。科学では、予測できない、わからないことは、検討の対象外にするルールです。
水野和夫氏は、「日銀の金融政策は科学から呪術と化した」(「シンボルエコノミー、p.16)と、クロダノミクスを批判しています。
水野和夫氏は、「以前は、フィリップス曲線が生きていたが、その後、フィリップス曲線が、死んだ」と考えています。
水野和夫氏は、フィリップス曲線が生きていた生きていた時期の政策は科学であり、フィリップス曲線が死んだ時期の政策は呪術であると考えています。
しかし、フィリップス曲線は、相関であって、因果ではありませんので、「因果推論の科学」では、日銀の政策は、最初から、呪術であったと考えます。
水野和夫氏は、黒田前総裁を批判していますが、「因果推論の科学」では、問題は、黒田前総裁個人にあってのではなく、相関(ファクト)と因果(エビデンス)を区別しない、経済学界にあったと考えます。
また、フィリップス曲線を非難することは可能ですが、フィリップス曲線に変わるメンタルモデルがなければ、中央銀行は、フィリップス曲線を使い続けるはずです。
2)悪霊とメンタルモデル
一昔前には、発展途上国では、伝染病の原因は、悪霊が乗り移ったことと考えた人がいました。これは、呪術です。誰かが、伝染病にかかると、悪霊にとりつかれないように、皆は、病人に近付かないようにしました。
伝染病の原因は、何か乗り移ったことにあるという仮説は、観察データでよく説明できました。悪霊のメンタルモデルは、伝染病の拡散を防止する上では、有効でした。しかし、感染した病人を治療する上では、逆効果でした。
伝染病の病人が発生した場合には、周囲の人は、何らかの対策をしなければならないと考えます。この何らかの対策を考えることは、メンタルモデルを活用することになります。
伝染病の原因は、天罰であるというメンタルモデルと、伝染病の原因は、悪霊が乗り移ったというメンタルモデルでは、後者の方が、病気の拡散過程をを再現して、観察データによく合う(相関係数が高い)モデルです。
この2つのモデルの中で、悪例モデルを採択することは合理的な判断です。
悪霊モデルの欠陥は、相関ではなく、因果にあります。悪霊モデルは、原因についての検証をしていなかったので、病人を救済することができませんでした。
原因の伝染病のウィルスを考慮した伝染病モデルが普及すれば、悪霊モデルはなくなります。
悪霊モデルは、筆者は、相関と因果の違いを考える場合のメンタルモデルになっています。悪霊モデルは、相関と因果の違いを考える唯一の方法ではなく、代替手段は多数あります。しかし、メンタルモデルなしには、相関と因果の違いを考えることはできません。
3)自動運転のメンタルモデル
アベノミクスの10年で、日本の日本の家電業界は、輸出競争力がなくなり、中国と台湾の家電メーカーに身売りされました。
自動車産業では、EV化が進み、日産とホンダの経営が傾いています。
トヨタも盤石とは言えません。
少なくとも、自動運転については、GoogleのWaymo、アマゾン傘下のZoox、テスラ、中国のファーウェイの運転支援システム「Huawei ADS 2.0」、百度(バイドゥ)と勝負できる日本のメーカーはありません。
<< 引用文献
ついに到来した自動運転社会、「無人タクシー」行き交う中国で見え始めた「新課題」ビジネス+IT 2024/08/28
https://www.sbbit.jp/article/st/146785
>>
多くのマスコミや識者は、日本が家電の国際競争力を失ったように、自動車の国際競争力を失うかも知れないと考えます。
野口悠紀雄氏は、次のように言います。
<
テスラ車と、中国の安い価格の完全自動運転車が、日本に輸入される。日本のメーカーは技術面でも価格面でも立ち打ちできない。
電器産業が衰退したあと、自動車産業は、日本の唯一の基幹産業だ。それがこのような事態に陥った時、日本経済はどうなるのだろうか?
>
<< 引用文献
ついにイーロン・マスクの世界制覇計画が見えてきた…日本メーカー大打撃、価格3万ドル以下の完全自動運転タクシーの衝撃度 2024/12/18 現代ビジネス 野口悠紀雄
https://gendai.media/articles/-/143296
>>
野口悠紀雄氏のメンタルモデルは、生態学のメンタルモデルではありません。
生態学のメンタルモデルで考えれば、電器産業、自動車、半導体は、独立したエコシステムではなく、つながったエコシステムです。
電器産業と自動車産業の生態系はつながっています。
中国は、この2つの生態系をもっていますが、日本は、電器産業の生態系を失っています。
かつて、日本の貿易黒字は、電器産業と自動車産業が持っていました。日本では、情報産業の生態系が育ちませんでした。
日本に、電器産業があれば、大学の電気学科を卒業した学生は、日本の電器産業で就職します。生態学では、生物が生存するために必要な条件は、第1に、食料の確保、第2に、棲息場所の確保です。この2つが満足できなければ、生物は絶滅するので、絶滅を避けるために
移動します。
日本に、電器産業がなければ、大学の電気学科を卒業した学生は、外国の電器産業で働くことになります。
情報産業に至っては、日本国内には、食べられるだけの情報産業がありませんので、外国の情報産業(GAFAM)で働くことになっています。
ウクライナは、優秀なクラシックの演奏家を生み出していますが、ほとんどは、海外で生活しています。それは、国内には、食べられるだけの音楽産業がないためです。
政府は、膨大な税金を投入して、国産半導体を作る計画です。
しかし、生態学のメンタルモデルがあれば、その結果は、容易に予測できます。
政府は、防衛費を増額する計画です。
しかし、日本には、電器産業がなくなりました。これは、防衛産業が、周囲の生態系を失ったことを意味します。
電器産業がなくなれば、国産でつくることのできないモノが多く出てきます。この問題には、防衛予算の増額は効果がありません。
教育が公共財であり、税金を投入する価値があると考える理由は、教育を受けた人が、日本で働くと日本のGDPが増えるので、投資が回収できるからです。
ところが、電器産業と情報産業では、この条件は失われています。
日本の教育投資は、海外のGDPに貢献しています。
だからといって、出国を禁止しても、国内には、食べられる生態系がないので、社会不安が増大するだけで、問題解決はできません。
公務員と政治家と関連業界は、鉄のトライアングルを形成しています。
そこで、使われるメンタルモデルは、利権のメンタルモデルです。
意思決定がなされるときには、どれかのメンタルモデルを使います。
どのメンタルモデルが使われているかがわかれば、今後、何が起こるかを予測できる場合もあります。