理系の経済学(9)漬物とDX

(DXが進まない原因はデザイン思考の欠如にあります)

 

1)政策決定の分析の方法

 

DXを進めるためには、科学に基づく政策決定(ブリーフの固定化)を進める必要があります。DXの内容は目に見えないので、実際に、科学に基づく政策決定が行なわれているかを検討することは困難です。

 

そこで、ここでは、大胆な次の仮定を設定します。

 

「DXを進めるための政策決定(ブリーフの固定化)と他の目に見える分野の政策決定のプロセスには、相似性がある」

 

目に見える分野で、政策決定(ブリーフの固定化)がどのように行なわれているかをチェックして問題点が見つかれば、DXにも、同じ問題点が内在していると考えます。

 

2)改正食品衛生法

 

北海道で2012年、地元の食品会社が生産した白菜の浅漬けを食べた子どもを含む8人が腸管出血性大腸菌O157による食中毒で死亡したことがきっかけになって、2021年6月に、改正食品衛生法が施行されました。改正前から製造する事業者には、2024年5月末まで3年間の経過措置が設けられています。



読売新聞によると改正食品衛生法では、「漬物の製造に国際基準HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理が義務づけられ、▽加工施設と住宅の分離▽指で触れないレバー式や自動の蛇口の設置―などを満たした上で、保健所の許可を得る必要がある」としています。

 

HACCPに基づく衛生管理はコーデックス委員会(1963年にFAO及びWHOにより設置された国際的な政府間機関)が策定したHACCP7原則に基づき、食品等事業者自らが、使用する原材料や製造方法等に応じ、計画を作成し、管理を行う衛生管理です。

 

読売新聞は、「道の駅や農産物の直売所に漬物を出品する農家が相次いで生産をやめている。食品衛生法の改正で漬物製造が保健所の許可制となり、6月以降は全ての生産者が厳しい衛生基準を満たさなければ販売できなくなるためだ。地域ならではの産品を守ろうと、支援に乗り出す自治体もある」といいます。

 

<< 引用文献

道の駅や直売所の漬物、販売ピンチ…6月以降許可制で製造やめた農家「買ってくれていた人に申し訳ない」 2004/03/08 読売新聞

https://www.yomiuri.co.jp/economy/20240308-OYT1T50108/

>>

 

しかし、これは、理不尽です。

 

改正食品衛生法の目的は、食中毒を減らすことです。特に死亡事故を減らすことです。

 

HACCPに基づく衛生管理は、食中毒を減らすことに貢献しますが、食中毒をゼロにすることはできません。

 

食品衛生法を、科学的に考えれば、許容される食中毒の目標値を設定して、管理することになります。

 

許容される食中毒の目標値を高めに設定すれば、製品の製造コストが上がってしまいます。

 

道の駅や農産物の直売所に漬物を出品する農家が作っている漬物には、食中毒のリスクがありますが、そのリスクは、許容範囲であるとして、今まで製造販売が行なわれてきました。

 

大切なことは、購入者にリスクを明示することです。

 

たとえば、HACCPに基づく衛生管理を行なった食品と通常の衛生管理を行なった食品をラベルで識別して、購入者が選択できれば問題はありません。

 

筆者は、通常の衛生管理にこだわります。

 

その理由は、通常の衛生管理を許容しないと伝統的な食品が失われるからです。

 

イタリアには、地域毎に伝統的な食材があり、それが観光のセールスポイントになっています。ハムには、伝統的な製法を守って肉と食塩以外を使うことはできません。

 

2012年の食中毒では、患者数169名、死者8名を数え、患者発生場所の多くは高齢者施設でした。

 

つまり、2012年の食中毒の拡大は、高齢者の増加も原因になっています。

 

高齢者は、体力がないので、食中毒に対して脆弱です。

 

高齢者施設では、高価でもHACCPに基づく衛生管理を行なった食品を使うべきであると思われます。

 

事故を回避するために、骨のある魚を提供しない高齢者施設もあります。

 

しかし、高齢者以外の人は、骨が喉にささるリスクを回避するよりも、美味しい魚を食べる方を選択すると思われます。

 

HACCPに基づく衛生管理を行なった食品と通常の衛生管理を行なった食品は、同じ味にはなりません。伝統的な製法を変化させれば、味は変わってしまいます。

 

食品衛生法は、ハムに、食塩と肉以外の添加物を多量に使用することを認めてきました。

 

農家は、漬物に添加物をほとんど使いませんが、その結果、味にバラツキが生じます。農家は、そのバラツキを、漬物にする野菜の素材のバラツキを抑えることで小さくしています。

 

HACCPに基づく衛生管理を行なった食品をつくる企業では、添加物をつかって味のバラツキの調整を行なっています。

 

これは、一長一短なので、どちらが良いかということではなく、選択できることが重要です。

 

 1975年の OECD調査団は、日本の社会科学の研究と教育について次のような指摘をしました。

彼らは書物から学んだ しばしば日本とはまったく異なった社会に関する研究から引き出された一般的な原理をそのまま学生に伝えるだけである。

 

研究の大部分は高度に抽象的な研究者個人の「机上」研究である。日本の重要かつ複雑な社会・経済問題を解明するために必要な多くの専門にまたがる実地研究は非常に少ないと言える 。

<< 引用文献

OECD調査団報告:日本の社会科学を批判する」文部省訳(1980)、講談社学術文庫

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HACCPに基づく衛生管理は、一般的な原理をそのまま使っているだけです。エビデンスに基づくリスク管理になっていません。

 

3)改正食品衛生法の裏側

 

イタリアの生ハムメーカーは、HACCPに基づく衛生管理を守る努力をしていると思われますが、小規模メーカーが、HACCPに基づく衛生管理が100%達成できているとは、とても思えません。

 

厚生労働省のHPには、次のように書かれています。

 

 重要なお知らせ

2021年06月01日

HACCPに沿った衛生管理が完全施行されました。

 

「HACCPに基づく衛生管理」はコーデックス委員会が策定したHACCP7原則に基づき、食品等事業者自らが、使用する原材料や製造方法等に応じ、計画を作成し、管理を行う衛生管理です。

 

 一方、「HACCPに基づく衛生管理」をそのまま実施することが困難である小規模事業者等については、取り扱う食品の特性に応じた衛生管理である「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」を求めています。「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」は、業界団体が作成し、厚生労働省がその内容を確認した「手引書」の内容を実施することで対応が可能です。

<< 引用文献

HACCPの考え方を取り入れた衛生管理 

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/haccp/01_00019.html

>>

 

読売新聞は、「食品衛生法の改正で漬物製造が保健所の許可制となり、6月以降は全ての生産者が厳しい衛生基準を満たさなければ販売できなくなる」といっています。

 

しかし、厚生労働省のHPによれば、小規模事業者等については、業界団体が作成し、厚生労働省がその内容を確認した「手引書」の内容を実施する「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」の内容を実施すれば、良いことになっています。

 

業界団体が作成し、厚生労働省がその内容を確認した「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」は、簡単に利権の温床になります。

 

業界団体が小規模事業者等向けの法律作成の代行をしています。

 

業界団体は、国会の審議なしに、実質の法律を作ることができます。

 

正確には、行政指導になりますが、これは、三権分立に反する憲法違反です。

 

憲法違反の行政指導は利権の温床になっています。

 

業界団体は、市場規模の小さな道の駅や農産物の直売所に漬物を出品する農家を潰したいとは思ってないでしょう。

 

業界団体のターゲットは、輸入食品にあると推測できます。

 

一般のスーパーで販売している輸入食品は、日本のメーカーが、海外生産してますので、「HACCPに基づく衛生管理」の条件を満たしています。

 

一方、業務スーパーのような海外生産品を直接輸入するルートは、改正食品衛生法の影響を受けるはずです。

 

こうした食材は、一般家庭ではなく、レストランで使われています。

 

エスニック料理を提供する小規模レストランは、2024年6月からは、値上げをするはずです。経営が出来なくなるところも出て来ると思われます。

 

利権のシステムで考えれば、エスニック料理を提供する小規模レストランは、業界団体を通じて、政治献金をしなかったので、当然の報いを受けたことになります。

 

3)まとめ

 

改正食品衛生法の分析で推測できたことは、ほんの一部です。

 

最近、食品の価格が異常に高騰しています。

 

以前は、春になると小粒の見栄えの悪いイチゴが1パック100円程度で販売されていました。

 

筆者は、安価なイチゴで、自家製のジャムをつくっていました。

 

現在では、ジャム用のイチゴは入手できなくなりました。

 

原因は、不明ですが、改正食品衛生法と同じように、業界団体が動いている可能性があります。

 

今回の考察は、DXの問題点を分析するための予習でした。

 

規制は、市場を破壊して、中世化を促進します。

 

市場原理では、適切な表示によって、消費者が、リスクとリターンを考慮した選択ができるようにします。

 

この選択ができないと市場原理が機能しなくなります。

 

市場原理が機能しなくなれば、物価は高騰するか、品不足になります。

 

最近では、実際に、製品や労働者の不足が頻発しています。

 

その原因は、市場原理を無視した中世化の社会主義政策にあります。

 

政府は、製品や労働者の不足に対して社会主義政策を強化しています。

 

日本では、利権の強欲社会主義が跋扈して、中世化が進展しています。

 

この条件では、コストダウンのためのDXが機能することはありません。



地方では、廃業した学校や生産施設を自治体が交流施設に転用している例が多く見られます。

 

これは、民営から官営への移転であり、社会主義政策です。

 

財源の不足は、赤字国債と課税強化で穴埋めされています。

 

非効率な官営施設がなければ、消費税率を下げることが可能です。

 

消費税率を下げると、その分のお金は、民間で回るので、官製の場合より効率が高く、経済成長を促進します。

 

お金の回転率が高くなれば、それだけ、経済成長は促進します。

 

非効率な(民間にできる不要な)仕事をしている公務員をレイオフしなければ、経済はどんどん停滞します。

 

有権者が、無駄な補助金や公共事業に対して、ノーという必要があります。

 

有権者が、無駄な仕事をしている公務員を、レイオフしろという必要があります。



今後は、生産性の低下に伴う賃金の低下と利権の強欲社会主義に伴う物価の上昇が続くと予測できます。

 

少なくとも、中世化が阻止できない限り、この流れは止まらないと思われます。