今回の内容は、タイトルからすれば、「料理の実験」のカテゴリーになりますが、注目点は、そこにあるのではなく、「焼き芋の甘い焼き方」の研究は進まないのかという点にあります。
わかっている古い研究では、Gore ( 1920 ) で、「甘藷 を60~80°C にゆっくり加熱 した際に、デ ンプ ンのマル トース(麦芽糖)へ の転化 は非常に早い」と述べています。
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GORE, H. C. (1920) OCCURRENCE OF DIASTASE IN THE SWEET POTATO IN RELATION TO THE PREPARATION OF SWEET POTATO SIRUP. Jour. Biol. Chem. 44: 19-20.
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Gore, H.C. (1923) Formation of Maltose in Sweet Potatoes on Cooking. Industrial & Engineering Chemistry, 15, 938-940
つまり、研究が始まって100年以上たっていますが、サツマイモの焼き方は、未解決の問題です。
サツマイモの焼き方は、4色問題のような数学の未解決問題ではありません。サツマイモの種類や、サイズがばらつくので、簡単な数字にはならないことが予想されますが、前人未到の難問とは思われません。
しかし、実際に100年たっても、問題は、解決していません。
ということは、データサイエンス的に考えれば、何かアプローチに問題があることになります。
Gore ( 1920 ) は、β-アミラーゼが温度60~80℃で、デンプンを麦芽糖に変えるといっています。
これは、100年たっても、正しいです。
焼き芋では、デンプンは糊化(温度70~75℃以上)でき、ペクチンが硬化しない(温度80℃以上)を一度通過する必要があります。
一方、β-アミラーゼが活性を失う温度は、70~80℃以上といわれています。
つまり、デンプンが糊化して、かつ、β-アミラーゼが活性を失わずに、デンプンを麦芽糖に変える温度は存在しません。
しかし、実際には、焼き芋は甘くなります。
問題は、丸いままのサツマイモ(丸芋)の場合です。丸芋は、熱伝導が悪く、温度が均一になりません。丸芋で、温度測定が可能は部分は、普通は表面だけです。
つまり、加熱による丸芋の食材の温度分布は不明です。
加熱による丸芋の食材の温度分布の連続測定は難しいのです。
実現可能な方法は、熱伝導方程式を数値的解いて、予測するしかありません。
温度何度という実験の記載は、すりつぶしたサツマイモか、サツマイモの一部を切り出したピースになります。
こうしたジュースやピースは、熱伝導、糊化の特性、β-アミラーゼの活性条件が、丸芋と異なります。
石焼き芋は、80度を超えている可能性が高いです。しかし、サツマイモが甘くなるということは、β-アミラーゼの活性は残っています。
これから、丸芋と、ジュースや、ピースでは、β-アミラーゼの活性が失われる条件が異なると思われます。「β-アミラーゼが活性を失う温度は、70~80℃以上」は、丸芋には、当てはまらないのです。
つまり、サツマイモの焼き方の研究は、サツマイモの焼き方を研究している訳ではなく、ジュースやピースの解きやすい別の問題を調べています。これが、100年たっても、「焼き芋の甘い焼き方」がわからない原因です。
しかし、振り返ってみると、料理のレシピは、全て、食材の温度ではなく、鍋の温度を示しています。
これでは、科学的に料理は作れません。センサーと微分方程式のソルバーがあれば、食材の推定温度は出せます。この値と、目標値の偏差をフィードバックして、加熱条件を変えれば、食材の大きさや形状に関わらず、一定の温度で、食材の加熱が可能になります。料理はプログラミングです。
こうした点を考えれば、将来のAIクッカーに、プロのシェフが勝てる可能性は、ほぼゼロです。
マイクロソフトをやめたNathan Myhrvoldが、料理の本をだしていますが、理論的に考えれば、料理ほど、データサイエンスが活躍できる分野も少ないと思われます。
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Modernist Cuisine
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Modernist Cuisine wiki
https://en.wikipedia.org/wiki/Modernist_Cuisine
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Nathan Myhrvold wiki
https://en.wikipedia.org/wiki/Nathan_Myhrvold