オオカミ少年の話
非常宣言は、「オオカミ少年」の話ににているところがあります。
「オオカミ少年」は「嘘をつく子供」とも、「羊飼いとオオカミ」ともいわれるイソップ寓話です。
wikiを引用すると次のような話です。
羊飼いの少年が、退屈しのぎに「狼が来た!」と嘘をついて騒ぎを起こす。だまされた大人たちは武器を持って出てくるが、徒労に終わる。少年が繰り返し同じ嘘をついたので、本当に狼が現れた時には大人たちは信用せず、誰も助けに来なかった。そして村の羊は全て狼に食べられてしまった。
非常事態宣言も、本当の非常事態でないときに使ってしまうと、本当の非常事態の時には効果がなくなってしまう可能性があります。つまり、将来の展開が読めないときに、いつどのように非常事態宣言を使うかは、大きな問題になります。
データの信頼性とモデル
コロナウィルスの影響を見る場合に、データの信頼性が大きな問題点になります。
感染者数を使うか、死亡者数を使うのですが、次のような問題点が指摘されています。
感染者数:一般に、PCR検査で陽性反応が出た場合に、感染者にカウントします。検査の精度はあまり高くはありません。感染数が、PCR検査数の関数になってしまいます。健康な保菌者は多くの場合には、カウントされません。コロナウィルスでは、健康な状態の保菌者も感染させると考えられています。中国では、陽性反応でも症状がなければ、感染者にカウントされません。
死亡者数:感染者に比べれば死亡者の確認は確実です。ただし、感染して死亡した場合でも、感染がわからなくて、別の死因にされている場合もあります。これは、イタリアなど感染で死亡する人数が多くなると、無視できないサイズになるといわれています。ただし、死亡者数は感染者数に比べると数が少ないので、誤差は、感染者数より少ないと思われます。死亡者数のもう一つの課題は、サンプル数が小さい場合には、十分な情報が得られにくいことです。実効再生産数を推定する場合には、母集団はある限定された地域にとる必要があります。日本全体ではだめなのです。母集団を都道府県に分割すると、死亡者数では、サンプルが小さくなる自治体も多くあります。
現時点では、感染者数、死亡者数とも世界のレベルでみれば、日本は、少ないので、日本では、数の多い感染者数が主に使われます。一方、世界を見ると、死亡者数のデータに重きを置いている場合も多くあります。
感染者数を使う場合には、その精度が問題になります。
広く使われているSIRモデルを、WIKIは次のように説明しています。
SIRモデル(エスアイアールモデル)は、感染症の短期的な流行過程を決定論的に記述する古典的なモデル方程式である。名称はモデルが対象とする
感受性保持者(Susceptible)
感染者(Infected)
免疫保持者(Recovered、あるいは隔離者 Removed)
の頭文字にちなむ。原型となるモデルは、W・O・ケルマック(英語版)とA・G・マッケンドリック(英語版)の1927年の論文で提案された。
SIRモデルにおいて、全人口は感受性保持者・感染者・免疫保持者の3つへ分割され、感受性保持者Sは感受性保持者Sと感染者Iの積に比例して定率で感染者Iに移行し、感染者Iは定率で免疫保持者Rに移行する(感染期間は指数分布に従う)と仮定される。
当然のことながら、感染者(I)のモデル推定が、実際と合わなければ、モデルの結果は信頼できなります。
コロナウィルスでは、発病感染者と健康感染者があることがわかっており、特に、後者は、まともに把握されていないと思われます。その原因の一つはPCR検査の数の少なさです。少なくとも3月の中旬までのデータは検査数があまりに少なく、信頼性が低いと思われます。
モデル推定では、感染者(I)を発病感染者と健康感染者にわけることも可能なはずです。少なくとも接触の確率は大きく異なると思われます。
現在の政府のパンデミック予想は西浦モデルに基づいています。西浦先生は、必ずしも、自分の提案がそのまま政府に採択されるのではなく、勝手に改変されるといっているので、政府の予測=西浦モデルとは言えない部分もありますが、4月末時点では、ほぼ、3月末の西浦モデル計算に従って、意思決定がされていると思われます。
西浦モデル(より広く言うとコロナウィルスに関する政府の政策決定全般)については、モデル、データ、パラメータが公開されていません。
唯一言及されているパラメータは、基本再生産数はドイツのデータを参考にして2.5に設定したことだけです。
これから、想定されることは、西浦モデルは、ドイツのパンデミックをよく再現しているだろうということです。一方、モデル計算結果が公表されて、もうすぐ1か月になります。西浦モデルは、ここ1か月の日本国内の感染者数をうまく再現できているのでしょうか。西浦モデルは、ドイツよりも、日本の感染者数が少ない原因を説明できているのでしょうか。モデル再現はあっておらず、ここ1か月データが過大推定であった場合には、緊急事態宣言は「オオカミ少年」であったことになってしまいます。
どうして、そのような心配をするかを次に説明します。
人口当たり感染率
外務省のD発病感染者と健康感染者WEBを見ると、人口1万人当たりの感染者数がのっています。
日本は1.05人で、韓国は2.07人約半分です。WEBには、30位までのデータが掲載されています。
これを見ると次のようになっていて、日本は30位のセルビアの1/10にすぎません。
もう一つの大きな問題点は、30位までに、中東より東のアジアとオセアニアの国は、1つも入っていないということです。
1位 ルクセンブルク 60.84人
9位 米国 28.37人
30位 セルビア 10.93人
外務省のデータには、31位以降がないので、検索したところ次のリストを見つけました。
外務省のデータは、人口の極端に少ない国は除かれていますが、このリストは全ての国を扱っていて、第1位はルクセンブルクではなきく、サンマリノになっています。しかし、大筋は、同じです。ここで日本は83位です。
「List of Corona most Infected Countries in relation to the Population」
次に国内をNHKのWEBで見てみますと、1万人当たりの感染者数一番多いのは、東京都です。注したいのは、外国と比較したときの日本の平均値である1.01人を超えているのは、5位の千葉県までだということです。都道府県別にみると、人口当たりの感染者数の割合が、1.01人よりさらに小さい県の方が多いのです。
-
東京都 2.01人
-
石川県 1.41人
-
福井県 1.35人
-
大阪府 1.22人
-
千葉県 1.01人
-
福岡県 0.94人
-
京都府 0.91人
-
高知県 0.90人
-
兵庫県 0.88人
-
埼玉県 0.80人
-
神奈川県 0.77人
-
富山県 0.77人
-
北海道 0.70人
-
沖縄県 0.70人
問題の所在
ここで、まとめに入ります。考慮すべ記事項は以下です。
日本の人口当たりの感染者数の割合は世界的にみれば、まだ、低い。
また、人口当たりの感染者数の割合はアジアの国は世界的にみれば、低い。
日本は、台湾や韓国のように、経路不明感染者をゼロにすることは不可能なレベルに既に感染が広がっている。
これから、感染者は相対的に少ないとはいえ、非常事態宣言で、感染経路を絶つことは不可能で、非常事態宣言は感染の拡大速度を低下させる効果しか期待できない。
そこで問題は、人口当たり感染率の最大値がどのレベルになるかという点です。
ここからは、場合分けして考えます。
-
人口当たり感染率の最大値が低位の韓国(2人)のレベル:この場合には、現在の緊急事態宣言をしっかり達成して、これ以上、感染者数が増えないようにすることが大切です。しかし、経路不明感染者数を限りなくゼロに近くしない限りは、これは不可能ではないでしょうか。それには、圧倒的な検査数、プライバシーを棚上げにした個人情報の監視が必要と思われます。すくなくとも、4月末の時点では、これらは、担保されていません。しがって、この選択肢は今のままではありえません。
-
人口当たり感染率の最大値が高位の米国(30人)のレベル:現在の非常事態宣言で増加が一段落したあとに、第2波、第3波がきて、更に厳しい第2、第3の非常事態宣言がまっていることになります。一方、現在の少ない感染者数ですら財政的に大判振る舞いをしていますので、第2、第3の非常事態宣言では、ハイパーインフレになり、実効のある政策はできません。また、第2、第3の非常事態宣言では、違反すると逮捕するような強制力がなければ「オオカミ少年」効果で非常事態宣言は全く機能しなくなります。このシナリオは壊滅的な世界を予測します。
-
人口当たり感染率の最大値が中位(10人弱)のレベル:このシナリオには論理的な根拠はありません。現在のアジアの人口当たり感染者数で韓国の2.02人を上回っているのはブルネイの3.18人です。アジアの途上国の衛生水準や医療水準がヨーロッパより高いとも思われませんので、この数字は謎です。アジアのウィルスとヨーロッパのウィルスでは、変異により差があることがわかっていますが、それが、感染率に大きな差をもたらすというエビデンスはありません。また、アジアの国も、感染者数が少ないですが、非常事態宣言を出しているところもあります。いまのところ、アジアとヨーロッパの差を説明する材料はありません。その差が、感染拡大の時間遅れによるのであれば、長期的には、2番目のシナリオに収束するはずです。しかし、そうでない場合には、第3のシナリオも考えられます。しかし、これは、原因不明の要因でおこるシナリオなので、政策目標にはできないと思います。
- 第4のシナリオ:これ以外の可能性については、第4とします。説明はあとでします。
以上のように、第2のシナリオになり、破滅的な世界になる可能性が高いと思われます。
しかし、これは、悲劇的な結果になり、前回の敗戦の世界が再現します。
参照
(ヨーロッパとアジアの比率)
Coronavirus Disease (COVID-19) – the data by Max Roser and Hannah Ritchie
https://ourworldindata.org/coronavirus-data
外務省 1万人当たり感染者数(国別比較)
https://www.anzen.mofa.go.jp/covid19/pdf/graph_suii4.JPG
NHK 人口10万人当たり感染者数
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/analysis/
人口1万人当たり感染者数
List of Corona most Infected Countries in relation to the Population
https://www.poehm.com/en/list-corona-infected-countries-in-relation-to-population/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%98%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E5%AD%90%E4%BE%9B
SIRモデル
https://ja.wikipedia.org/wiki/SIR%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB
追記:4月28日
第4のシナリオを追加。
「アジア」を「中東より東のアジアとオセアニア」に修正。