2025年の展望(1)

1)時定数



2025年の展望について、有識者がwebに記事を投稿しています。

 

記事の多くは、トレンドで推定するものです。

 

しかし、トレンドは因果ではありません。

 

建築物を建て直すのは、容易ではありませんので、建物の更新には、弱い連続性があります。

 

これが、地図が実用になる理由です。

 

しかし、地震などの災害があれば、弱い連続性は破綻します。

 

2025年1月4日の日経新聞は、ケニアにできた半導体工場を紹介しています。

 

工場を立ち上げるまでには、4年間かかっています。

 

弱い連続性は、時定数で評価できます。

 

この半導体工場の場合は、4年でした。

 

BYDのEVの場合でも、工場の拡大から、シェアの獲得までの時定数は4年程度です。

 

もちろん、EVの技術やサプライチェーンの構築にかかる時定数は、4年より大きいと思われます。

 

新薬の開発に、AIを投入すると開発期間が短縮できます。

 

これは、AIが時定数を短縮していることを意味します。

 

一方、コホートをつかった人口予測では、生まれてから、出産年齢人口に達するまでの、時定数は20年で、これは、技術によって短縮することはできません。

 

1-1)第1の時定数

 

人口予測のコホートの時定数は20年ですが、教育の時定数も大きいです。

 

これは、教育の内容には、階層性があり、下のレベルを習得しないと、上のレベルには、到達できないためです。

 

教育の時定数には特徴があります。

 

第1に、個人を単位にみれば、習得に要する時定数は、10年と思われます。

 

個人を単位にみた時定数を第1の時定数(あるいは、単に、時定数)と呼ぶことにします。

 

小学校から、大学院まで、合計すると(6+3+3+4+5=)21年あります。

 

これから、時定数を20年と概算する考えもあります。

 

しかし、現在では、技術進歩が速いので、10年経つと、ほとんどの知識は、陳腐化して使えなくなります。

 

この点を考えれば、大きく見積もっても、基礎5年、応用5年が最大の時定数と考えます。

 

この時定数は、分野で異なり、AIでは、1年未満と思われます。

 

もちろん、誰もがこの短い時定数に耐えられる訳ではありません。

 

学習の時定数を短縮する技法の1つは、暗記しないことです。

 

あるいは、暗記内容をショートメモリーに入れることです。

 

暗記内容が不足する部分は、検索とAIで補うことが可能です。

 

このようにして、学習の時定数を短くすることに成功して、初めて、技術開発の予選を通過することができます。

 

講義は、時定数が大きく、最悪の教育方法になります。

 

教育の効率は、同じ内容を学習するために、かかった時間で計測することができます。

 

この場合の、学習内容とは、主に、メンタルモデル(概念モデル)の習得になります。

 

1-2)学習のパフォーマンス比

 

学習内容が陳腐化する前に使える時間を学習にかかった時間(時定数)で割れば、学習のパフォーマンス比が計算できます。

 

学習のパフォーマンス比が、教育が経済発展に寄与する割合を決定します。

 

この「学習内容が陳腐化する前に使える時間」の概念には注意が必要です。

 

例えば、物理学の内容は、学習内容が陳腐化しないと考える人がいるかも知れません。

 

しかし、経済効果を考えれば、ここで、「学習内容の陳腐化」は、学習内容を使う場面があるかという意味になります。

 

ガソリン自動車が、EVになれば、燃焼の物理学と化学の知識は、「学習内容の陳腐化」を引き起こします。

 

ハードウェアが、ソフトウェアに置き換われば、物理学の「学習内容の陳腐化」が起こり、統計学コンピュータサイエンスの知識が必要になります。

 

これは、物理学の教育を、統計学コンピュータサイエンスの教育に振り替えないと、経済成長が停止して、貧困化が加速することを意味します。

 

経済学は、エビデンスに基づく経済学に置き換っています。ここには、従来の経済学の「学習内容の陳腐化」があります。

 

文学部は、WEB検索とAIに勝てなくなりました。AIの文学作品は、けしからんと批判することは可能ですが、冷静にみれば、その現象は、「学習内容の陳腐化」です。

 

1-3)AI

 

最近、ショックをうけたことがあります。

 

翻訳家の大半は、文系の教育をうけています。

 

因果モデルの翻訳で、日本語がわかりにくいところがあったので、英語の原文にあたり、次に、この原文を自動翻訳にかけてみました。

 

その結果を見ると、翻訳家の日本語より、自動翻訳の日本語のほうがはるかに分かりやすいのです。

 

グレン・カール氏は、次のよう言います。(筆者要約)

 

AI研究の権威で、メタ社のチーフAIサイエンティストのヤン・ルカンはもっと大胆に「機械が人間より賢くなるのは確実」であり、問題はそれが「いつ」「いかにして」起こるかだと言い切る。

実際、早ければ5年以内にAIはほとんどのタスク処理において人間を超えていく可能性がある。

(医療の)AI診断は今でも人間より正確とされる。

 

AIは世界中の工場やオフィスで人々の雇用を奪うことになる。どんな職種であれ、向こう15年以内に雇用の7から47%がAIに置き換えられると予想されている。もっと早く、「2030年代前半まで」には雇用総数の38%前後が不要になるとの指摘もある。

<< 引用文献

米情報機関が予測したAIの脅威......2025年は規制と支援のバランスを真剣に考える年 2025/01/06 Newsweek グレン・カール

https://www.newsweekjapan.jp/glenn/2025/01/ai2025ai.php

>>

 

自動翻訳が、翻訳家より優れている事実は、雇用がAIに置き換わる現象の一部と思われます。

 

雇用がAIに置き換わる理由を説明するモデルは、いくつか考えられます。

 

この場合に、筆者は、AIの学習のパフォーマンス比の高さに原因があるというモデルが有効であると考えます。

 

機械学習と呼ばれる手法は、AIの学習のパフォーマンス比を高めました。

 

学習のパフォーマンス比でAIに勝てる人間はいないと思われます。

 

現在のAIの学習には、アルゴリズムに基づくクセがあります。

 

アルゴリズムには改善の余地が多く、とても、万全とは言えません。

 

しかし、それにもかかわらず、AIが、高い知能のスコアを叩き出す理由は、高い学習のパフォーマンス比にあります。

 

雇用がAIに置き換えられる場合には、学習のパフォーマンス比を無視した教育をしている国は、経済的に破綻します。

 

1-4)第2の時定数

 

教育には、第2の時定数があります。

 

これは、制度(人間の自由意思)で定められてる時定数で、変更が可能です。

 

文部科学省のカリキュラムの改定では、科学的な根拠のない行政の継続性が優先されています。

 

大学を除いても、小学校から高等学校の卒業まで12年間あります。

 

文部科学省は、指導要領で、カリキュラムの内容を固定化しています。

 

教科書も指定しています。

 

現場の学校の裁量権は、とても小さいです。

 

12年分のカリキュラムは、セットになっています。

 

この方式で、新カリキュラムの改定をした場合に、新カリキュラムは、小学校の1年生からスタートします。旧カリキュラムで学習した2年生は、新カリキュラムの改定をしても、旧カリキュラムで学習します。

 

この方法では、新カリキュラムが、旧カリキュラムに完全に置き換わるまでに、12年かかります。

 

つまり、文部科学省は、人工的に、12年の時定数を付与しています。

 

12年経てば、「学習内容の陳腐化」が起こります。

 

しかし、行政の継続性が、「学習内容の陳腐化」より、優先されています。

 

つまり、経済価値のない内容の教育が行われています。

 

この教育をうけた学生は、「陳腐化した学習内容」を習得しているので、就職には、大変不利になります。

 

「陳腐化した学習内容」は、経済成長を阻害し、貧困化の原因になります。

 

つまり、教育が貧困の原因を作っています。

 

1945年には、全ての教育の継続性が否定されました。継続性を否定すれば、混乱はありますが、筆者は、「陳腐化した学習内容」よりは、すっとよいと考えます。

 

基本的には、「陳腐化した学習内容」を押しつけて、時定数を引きのばす制度に問題があります。

 

多くの国が現場の裁量で対応している問題を、政府が規制するメリットはありません。

 

1-5)第3の時定数

 

教育以上に、大きな時定数は、雇用の時定数です。

 

年功型雇用では、1980年代の50歳定年で、時定数は30年です。

 

再雇用して定年を70歳にすれば、時定数は50年です。

 

1980年代には、ジョブ型雇用でないファミリー型の雇用をしていたアメリカ企業もありましたが、401Kの普及に伴い姿を消しました。

 

1980年代には、学習内容が陳腐化する時定数が大きかったので、アメリカでも、ファミリー型の雇用が通用した訳です。

 

日本企業の社長は、60歳以上です。時定数が40年になっています。

 

再学習しないかぎり、「学習内容の陳腐化」になっています。

 

OJTは、「学習内容の陳腐化」を強化します。

 

1-6)人材育成の時定数

 

人材の時定数は、個人スケールで考える場合と、組織スケールで考える場合には、異なります。

 

組織スケールで考える場合には、世代交代を考慮する必要があります。

 

また、時定数は、分野と技術進歩の速度によっても変化します。

 

内容が複雑なので、ここでは、1例を示します。

 

中国は、頭脳流出を呼び戻すために、2005年頃に、帰国人材に対して、5000万円の年収、マンションの手当て、良質なこども教育サービスを提示しました。中国では、土地は国有なので、マンションの手当てが、最上の不動産サービスになります。

 

2010年以降、中国の経済成長の速度が高まり、日本の企業が価格と技術で負けるようになりました。

 

帰国人材政策の時定数は、少なくとも、5年程度であったと考えられます。

 

1994年以降、日本経済は停滞に入り、技術者の給与は低く抑えられました。

 

中村修二氏は、2000年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)教授に転出しています。

 

つまり、2000年代の科学技術では、中国と日本では、頭脳流出について、逆向きの政策がとられています。

 

日本では、最近でも、GAFAMへの人材流出が止まりません。

 

つまり、20年経っても、頭脳流出について、日本では、中国とは逆向きの政策がとられています。

 

技術者の給与が、医師の給与より低ければ、人材は、医師に流れます。

 

実際にそのような進学指導をしている高等学校も多いようです。

 

日本の技術者は、海外への頭脳流出がとまらず、国内では、医師への人材流出が止まりません。

 

人材流出先の医師では、「(医療の)AI診断は今でも人間より正確とされ」ています。

 

佐々木正氏(ロケット・ササキ)、糸川英夫氏といった伝説のエンジニアの活躍は、1980年代で終わっています。伝説のエンジニアの時代は、コンピュータサイエンス以前の時代であり、まだ、時定数が大きかった時代でもあります。

 

コンピュータサイエンス時代には、日本には、伝説のエンジニアはいません。

 

1-7)技術立国の終わり

 

2010年代に、日本の家電メーカーは、中国の家電メーカーとの価格競争に破れます。

 

それ以前の2000年代にも、日本のメーカーは、非正規雇用を使った人件費の圧縮をしてきました。一見すると、コストダウンは、技術開発とは、別のフェーズに見えます。しかし、DXを使ったコストダウンが可能であれば、非正規雇用を使った人件費の圧縮に必要はありません。これは、自動運転ができれば、運転手が不要になるのと同じ原理です。

 

筆者は、おそらく、2000年代には、日本の技術開発力が低下していたと思います。デジタル技術については、2000年代に、日本では、致命的な遅れが発生していたと思います。

 

新日鉄も、ホンダと日産も、合併によるコストダウンを気にしています。(注1)

 

これは裏返せば、技術開発力がなくなっている現状の反映です。

 

合併効果は、2000年代の非正規雇用を使った人件費の圧縮シナリオの書き直しに過ぎません。

 

この方法では、技術開発力の低下を補うことはできません。

 

科学技術基本法による予算の増額は、技術者の個人の所得とは無縁で、技術開発効果はなかったと思われます。

 

少なくとも、筆者は、科学技術基本法ができたので、医師になるのを止めて、エンジニアになったという人を知りません。科学技術基本法は、頭脳流出に対しては、無力でした。

 

インドの義務教育では、プログラミングが必修です。

 

インド出身者が、アメリカのコンピュータ業界では、多数働いています。

 

IMFの予測では、日本の一人当たりGDPは、2025年にインドに抜かれて、世界第5位になります。

 

しかし、エンジニアの数と質を考えれば、2025年以降、日本がインドに逆転できる可能性はありません。

 

少なくとも、時定数の大幅な改善がなければ、日本の技術は、現状の低下傾向が維持されます。

 

文部科学者は、第2の時定数を改善するつもりはありません。

 

日本のエンジニアの学習のパフォーマンス比が、インドの学習のパフォーマンス比に勝てなければ、日本の一人当たりGPDが、インドを逆転できる可能性はありません。

 

現代の生態学は、自然の世界だけでなく、人間の世界も対象にします。

 

学習のパフォーマンス比は、生態学の一部です。

 

経済学は、学習のパフォーマンス比を無視しています。

 

これは、パール流にいえば、経済学は、生態学の言葉をもたないので、生態学について考えることができない状態を指しています。

 

学習のパフォーマンス比を無視した教育をしている国は、経済的に破綻します。

 

注1:

 

年始のニュースでは、新日鉄USスチールの買収問題が取り上げられています。

しかし、ArcelorMittalとPOSCOの英語版のウィキペディアの記事をみれば、両者が企業の膨大な買収と売却を繰り返してきたことがわかります。その場合には、もめごとは、頻繁に起こっています。海外企業の買収と売却を繰り返していくためには、かなりのリスクを覚悟する業界のように見えます。