低い労働生産性の原因を考える~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(年功型雇用で、レイオフできないことが、経済停滞の原因と推定できます)

 

1)低い経済成長の原因

 

変わらない日本で、主に問題にされているのは、経済成長の停滞です。

 

2020/04/25の内閣府研究会で、深尾京司氏は、「近年の経済成長率減速の主因は、労働時間の減少ではなく、労働生産性上昇の低迷である」といっています。

 

労働生産性が上がらなければ、賃金も上がりません。

 

 2022/01/04のビジネス+ITで、加谷珪一氏は、「日本の労働生産性が低い原因の1つがIT化の遅れであることはほぼ間違いないが、IT化に対する日本社会の反応は依然として鈍い」といっています。

 

政府が、DXに熱心な理由も、加谷珪一氏と同じように、IT化の遅れが、日本の労働生産性が低い原因の1つと考えているためと思います。

深尾京司氏は、「近年の経済成長率減速の主因は、労働生産性上昇の低迷」といっていますから、深尾京司氏は、労働生産性の減少が原因とみなしています。

 

2)低い労働生産性の原因

 

ここで、筆者は、日本の労働生産性が低いことが、経済成長の停滞の原因ではなく、別に原因があると考えています。

 

もちろん、計算上、労働生産性が上がれば、経済成長は進み、賃金が上昇します。

 

筆者は、そのことを否定しているのではありません。

 

因果モデルを考えたときに、労働生産性は、交絡因子にすぎないのではないかと考えます。

 

まず、深尾京司氏の分析をみておきます。

 

労働生産性上昇の低迷は、①全要素生産性TFP)上昇の減速、②労働の質上昇の減速、③資本装備率上昇の減速、すべてで引き起こされている」

 

全要素生産性(Total Factor Productivity、TFP)は、 経済成長(GDP成長)を生み出す要因のひとつで、資本や労働といった量的な生産要素の増加以外の質的な成長要因のことで、 技術進歩や生産の効率化などがTFPに該当します。簡単に言えば、資本の部分を③、労働の部分を②として、残りをTFPにしています。

 

「2012年において日本の労働生産性は米国の59%であり(格差の大部分は非製造業)、格差のうち52%は日本の資本装備率の低さが、37%はTFPの低さが生み出していた。

2005-15年について、米独仏英と比較すると、日本の市場経済TFP上昇はドイツに次いで2位。労働生産性低迷の主因は、資本蓄積(R&D、ソフトウェアーを含む)の減速であった」

 

このことから、資本整備が行われていないことが、最大の要因であることがわかります。

 

資金不足が、資本整備が進まない原因であれば、金融緩和をすれば、資本整備が進みます。

 

しかし、企業は、十分な内部留保を持っていますから、金融緩和に効果はありません。

 

内部留保が大きくなると、需要不足を起こし、経済がまわらなくなります。

 

こう考えると、資本装備率が低くなる原因を考えるべきです。



3)反事実的思考

 

ここで、心理学の反事実的思考を取り入れてみます。

 

2005年頃に、かりに、ある企業が資本整備を増やしたとします。その結果、労働生産性は上がりますが、ビジネスは成功したでしょうか。

 

日本の人口は、2008年に1億2808万人でピークを迎えています。労働生産性をあげても、国内の販売量が増えることはありません。

 

欧米の企業は、労働生産性を上げて、不要になった人をレイオフします。

 

レイオフされた人は、スキルを身に着けて、新しいモノやサービスを生産します。こうして、人口が変わらなくとも、GDPが増加します。

 

1990年頃まで、日本企業は、年功型雇用を続けながら、資本整備を増やして行きました。次が、それが可能であった条件です。

(1)人口が増加して、国内需要が伸びている。

(2)海外市場での価格競争力があった。

(1)の人口増は、2008年以降は、マイナスになります。

(2)を補足します。1990年頃まで、日本製品は、良い製品を安く売っていました。松下幸之助水道哲学が典型です。1990年頃に、ソ連が崩壊し、中国が開放政策をとって、日本より、安い労働賃金で働く人が増えました。その結果、工場を海外につくる場合が出始めます。

2000年頃には、中国でも技術蓄積がなされ、簡単な製品であれば、自国で生産できるようになりました。こうなると、日本国内の工場は、価格競争力がなくなり、海外へ工場移転が始まります。つまり、(2)の条件は、2000年を過ぎた頃から、満たせません。

 

つまり、2005年頃には、水道哲学の条件は崩壊しています。工場を海外に移転しても、設計部門や事務部門は、国内に残ります。年功型雇用では、レイオフできませんので、この部分の労働生産性をあげられません。つまり、工場を海外に移転するだけでは、中国企業より、依然として割高で、価格競争力がありません。

パナソニックは、サンヨーを中国企業に売却しました。パナソニックでは、黒字にできなかった、サンヨーは、中国企業であれば黒字にできています。

工場を海外移転して、レイオフできなければ、企業は過剰人員を抱えることになります。

こうなれば、DXは、悪夢になります。

 

実は、2005年頃に、資本整備率をあげた例があります。シャープです。

シャープ亀山工場は、第1工場が、 2004年1月8日に、第2工場は、2006年(平成18年)8月 に操業を開始しています。 2004年から2012年にかけて展開された「世界の亀山」ブランドの液晶テレビの生産で知られていましたが、リーマンショック以降、業績が戻ることはありませんでした。

シャープ以外の家電メーカーもテレビは、作れば作るだけ赤字になって、撤退しています。価格競争力がなかったのです。

 

過剰人員をレイオフできず、価格競争に勝てないなかで、企業が活路を求めた方法があります。

 

(1)非正規尾用

(2)円安

 

(1)は、2001年、小泉純一郎首相(当時)は「雇用の流動化が進む中で、解雇基準やルールの明確化は必要だ」と述べ、解雇法制への取り組みを表明し、2003年に労働基準法第18条の2を追加する法改正が行われています。俗に、竹中改革と呼ばれるものです。

 

この2つは、レイオフ規制で、労働生産性を上げられない問題点を労賃の引き下げで対応する方法です。非正規雇用が、正規雇用よりも賃金が安ければ、非正規の割合を増やすことで、平均賃金を下げることができます。

次のように、OECDは勧告を出しています。「労働市場の二極化」が目的で、制度をつくっていますから、勧告は、無視されています。

 

2006年にOECDは日本経済について、所得分配の不平等改善のために労働市場の二極化を削減するよう提言している。

2009年にはOECD経済協力開発機構)は日本における非正規雇用増加の原因が「非正規社員に比して正社員の解雇規制が強いこと」と「非正規雇用への社会保険非適用」にあると指摘。労働市場の二極化を是正するよう、たびたび勧告を行っている。

 

以上のように考えると、非正規雇用の増加、弱年層の賃金の低下と出生率の低下、DXの遅れ、企業の価格競争力の喪失は、全て、年功型雇用の維持が原因で発生したと思われます。

 

4)いま、起こっていること

 

非正規尾用、円安は利用可能なレンジが限られています。そして、2022年には、この2つは、ほぼレンジいっぱいまで、使い切っているように見えます。一方、DXによるレイオフを含む労働生産性の向上は、継続的に進みます。

非正規尾用、円安にはもはや効果が期待できません。

 

2019年に経団連が、終身雇用は維持できないといっています。

 

レイオフ規制にもかかわらず、早期退職が増えています。

 

年功型雇用は、過剰人員を抱えることで、価格競争に勝てないために、崩壊しています。

 

次回は、これから、何が始まるのかを考えます。

 

引用文献

 

生産性低迷の原因と向上策 2020/04/25 内閣府研究会『選択する未来2.0』第6回会議資料 深尾京司

https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/future2/20200415/shiryou1.pdf

 

G7最下位の日本の労働生産性……停滞の根因「少なすぎるIT投資」の大問題とは 2022/01/04 ビジネス+IT 加谷珪一

https://www.sbbit.jp/article/cont1/77255